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猫ときどき兄貴

「クロとトラを見せびらかしに来たぞ!」


 唐突に押しかけてきて、こんなありがた迷惑な事はほざいているのは、当年とって40歳の我が実兄である。

 子猫を拾って飼い始めて以来、事あるごとに、というか何もなくても猫馬鹿全開な電話をガンガン掛けて来やがるんで、暫く電話を出ずにいたら、我慢できずに見せびらかしに来たらしい。

 あんた、どれだけ猫自慢したいんだよ。

 んで、これが例のクロとトラなのか?

 真っ黒な毛並みの雄がクロで、茶虎の雌がトラなのな。

 クロは兎も角として、雌にトラってネーミングしちゃう辺り、兄貴のネーミングセンスも相当に残念なレベルにあるよな。

 うん。確かに愛くるしいし、これは可愛いと認めざるを得ない。

 でも、子猫にしちゃ、でけーよな。

 うにょにょーんって伸びた時なんて、1メートルくらいあるんじゃねーの?

 これで子猫ってのなら、大人になったらどれだけデカくなるんだ? 

 クロヒョウと虎にでもなるんじゃねーか? 的な冗談を飛ばしてみれば。


「拾ったの半年以上前だぞ?

 まだ、子猫っちゃ、子猫だけどな。

 流石にもうこれ以上はデカくはならんだろ」


 そりゃそうか。まぁ、それでも十分にデカいよな。

 それにしても、すげー警戒されてるわ。

 兄貴の後ろに隠れて一切近寄ってきやしねぇ。

 その割に何だか知らん奴がおる! 的な感じで俺の事をガン見してやがる。

 少しだけ残念に思わなくもないが、いきなり知らん家に連れて来られて猫共も困惑してるんだろうな。

 そしてそれ以上に、猫共に対する兄貴の態度が気持ち悪い。


「クロちゃーん! トラちゃーん!」


 このざまだ。

 あんたは峰不二子に言い寄るルパン三世か。

 若かりし頃、我が家の大魔王として君臨し続けてた面影は全くない。

 朝起こせって言うから起こしてみたら、「朝っぱらから、うるせぇぞ、ボケが!」って、キレて暴れ始めたり。

 深夜二時に、寝てるところを蹴り飛ばされて、「ジョージア買ってこい」と言われたり。

 いきなりぶん殴られて、意味も分からずにいたら、「うるせぇ! 何となくだ!」とか言って更にもう一発ぶん殴られたり。

 まだスマホどころか携帯電話やポケベルすら普及してない時代に「長渕剛のギターのスコアを買ってこい」と10キロほど離れた楽器屋に自転車で行かされた挙句に、売ってなくて手ぶら戻ったら、15分ほどぶん殴られて、更に30キロほど離れた町まで買いに行かされ、たどり着いた時には既に店は閉店してて、一晩その場で夜を明かして翌朝ようやく手に入るかと思ったら定休日で、更にもう一晩明かして何とか入手して帰ったら、「遅いわ! ボケが!」と更に小一時間ぶん殴られたり。

 おっと、これ以上は色々ヤバいんで言わないが、その頃の面影は全くない。

 ひょっとしてコイツは、兄貴の(つら)を被った偽物なんじゃないかと思わなくもないが、あの大魔王が帰って来るくらいなら、偽物でも良いかと思わなくもないというか、むしろ偽物の方が良いという結論に至ったんで、この思いは俺の胸の内にそっと仕舞っておくことにしよう。


 そんな駄目な感じの兄貴に対して猫共の反応と言えば、至ってドライだ。

 エサやトイレの世話をしてくれる人という認識はあるらしく、若干嫌そうな気配を漂わせつつも、従順に愛でられている。

 まぁ、一通り見せびらかし終わったら帰るだろうと、適当に相手をしていたのだが、次の兄貴の言葉に俺は凍り付くことになる。

 その言葉というのがこれだ。


「ん? 今日か? 勿論帰らんぞ。

 多分、二週間くらいは寛ぐつもりだから、良きに計らえ」


 何という理不尽。

 なんだよ、勿論って。

 しかも一晩位ならまだしも、二週間って。

 大魔王は健在なりってか。


 どうやら、猫共を見た俺の反応の薄さが気に入らなかったらしい。

 一目で骨抜きメロリンキューになるものだと思ってたっぽいな。

 今まで散々と犬派を宣言し、猫なんて恩知らずのろくでなしみたいな事を主張し続けていたお袋が、2秒で骨抜きフライドチンになっただけに、余計に俺の反応が納得いかないらしい。

 そんなしょうもない理由から、俺が猫共にメロリンキューになるまで、我が家に居座る事を決定したっぽい。

 そりゃ、俺だって可愛いとは思っているぞ。

 でも、見てみろよ。

 猫共は俺の事を警戒しまくってるじゃんよ。

 猫共から寄って来てくれれば、撫でる事もあるのかも知れんが、現状として猫共は俺の手の届く範囲に入って来る事は無い訳で、無理に追い回したら可哀そうだろうがよ。

 この状況じゃ無理だろ。

 メロリンキューは無理だろ。

 まぁ、そんな感じで俺は特に猫共に構う事もなく、その日は眠りについた訳だ。


 翌朝、目覚めると世界は激変していた。

 何だか布団が重いなぁと視線を送ってみれば、クロさんがどっかりと寝転がって寛いでいらっしゃるし、布団の中は中で、トラさんが湯たんぽの如く丸まっておられますわ。

 これ、多分、懐かれてるんだよな?

 はっきり言って何が起こったのかサッパリ分からん。

 普通はもうちょっと時間を掛けて、徐々に距離を縮めていくものだと思っていたんだが。

 体温か? 一般人よりもちょいと高い俺の体温が、猫共にとって心地良かったりするのかも知れんな。

 まぁ、傍でごろにゃんしているだけで、特に害もない。

 嫌われるよりは良いし、好きにさせておくとするか。

 そんな感じでリビングに向かってみれば。

 当然のように猫共も付いてくる。

 そんな俺達を満面の笑みで、迎える兄貴。


「ほらほら、クロとトラは可愛いだろ! な? な?」


 おう。確かに可愛いが、それは昨日時点で既に認めていただろうがよ。

 あと、これだけは言っておくが、可愛いのは猫共であって、あんたじゃない。

 あんたはただの中年のおっさんだろうがよ。

 それもドヤ顔がイラッとくるおっさんだ。

 まぁ、兄貴がおっさんである事を差し引いても、猫共は愛らしいと認めざるを得ないけどな。


「だろ? マタタビとかやると、うにゅーんって伸びて面白いんだぞ!」


 そんな事を言いながらマタタビの粉を取り出す兄貴。

 おいおいおい。

 あんた正気か?


「何がだよ?」


 猫にマタタビってのは、危険なんだぞ。

 あれは、酔ってるんじゃない。

 脳神経が麻痺してんだよ。

 度が過ぎりゃ、呼吸も出来なくなって死んじまうぞ!

 飼い主ならそれぐらい知っとけっての!

 まぁ、少量なら、猫の健康に害はないって言われちゃいるが、脳神経を一時的にとはいえ麻痺させる事が、猫にとって良いことである訳がないって想像位は出来るだろ。

 飼い主の留守中にマタタビの袋を漁って、飼い主が帰宅した時には死んじまってたって話は沢山あるんだ。

 気を付けろよ。

 

「マジか……」


 マジだよ。

 まぁ、飼い主はあんただ。

 今の話を聞いた上でもマタタビをやりたいって言うなら、好きにしな。


「おう。もうマタタビは封印するわ!

 クロちゃーん! トラちゃーん! 今までごめんなー!」

 

 お、おおう。素直だな。

 だが、その意気やよし。

 まぁ、クロさんとトラさんを抱きしめながら、浮かべるおっさんスマイルは若干どころじゃないレベルで気持ち悪いけど。

 飼い主としては及第点をくれてやろう。


 でも、兄貴の心からの笑みはここまでだった。

 この後は、徐々に引き攣って行く事になる。

 何故かって?

 大体予想は出来るだろ?

 猫共の俺への懐きっぷりがとどまる事を知らなかったんだよ。

 俺が出かける際には玄関にまで来てお見送り、帰宅の際には狂喜乱舞のお祭り騒ぎと来たもんだ。

 俺が座っていれば、クロさんは背中から頭の上までよじ登るし、膝にはスポっとトラさん納まる訳ですよ。

 キャットタワーか俺は。

 歩けば、足元にしゅるしゅると纏わりつきながら付いてくるし、風呂に入れば風呂場の前でスタンバイ、トイレに行けば、何とか中にまで入って来ようと、ドアノブにぶら下がる。

 事あるごとに、身体をゴシゴシと俺に擦り付けてはマーキングっぽい事も繰り返してくるし、何やら一生懸命に、にゃーにゃーと語りかけてもくる。

 ここまで来ると、体温云々は関係なさげだな。

 よく分からんが、これは単純に懐いてるってレベルを三段跳びで跳び超えて、愛されちゃってると言っても過言ではないのではなかろうか。

 今現在も、二匹仲良く毛繕いだよ、俺の腹の上で。

 だらしない弟なクロさんを、面倒見の良いお姉さんなトラさんが甲斐甲斐しく毛繕いしていらっしゃいますわ。

 しかし何故、毛繕いする場所をそこにしたんだよ。

 一匹ならまだしも、そこに二匹は無理だろ。

 はみ出しちゃってるじゃんよ。

 落ちないように立ててる爪が地味に痛いんだが。

 どうせ爪を立てられるなら綺麗な女の子に立てられたいんだけどな。

 一生懸命に踏ん張ってるところに水を差すようで申し訳ないが、ハッキリ言ってお前等、三割位は落ちちゃってるからな?

 

 それにお前等、もうちょっと飼い主に配慮は出来んのか?

 ほら、あそこのおっさんを見てみろよ。

 お前等に相手にされなさ過ぎて、ハンカチを食い千切らんばかりの悔しがりっぷりじゃんよ。

 どこぞの家政婦さんよりもバッチリ見ているし、むしろ、家政婦さんが犯人でしたと言わんばかりの眼力だよ。

 どうすんだよ、あれ。

 滅茶苦茶怖いんだが。

 エサもトイレも世話してるのあっちだぞ?

 人間の女にもてる事を諦めたおっさんの愛が重すぎるってのは分からんでもないが、もう少しだけ愛想ってやつを振りまいてやっても良いんじゃねーの?

 などと、念話を送ってみるが、案の定、クロさんにもトラさんにも伝わる気配は全くないと来たもんだ。

 腹の上で可愛くごろにゃんしてやがる。

 部屋の戸を閉めて締め出すってのも試してみたりはしたんだが。


「もう、開けるの大変なんだから、閉めないでよね!」


 と言わんばかりの雰囲気で、戸を開けて入って来て、にゃーにゃー文句言いやがるしなぁ。

 猫の手も借りたいって言葉にある猫って部分には、役立たずって意味があるっぽいけどさ。

 コイツらって結構器用だから、借りてみたら借りてみたで、意外と役に立つんじゃないかと思うんだよな。

 

 んでもって、完全に手詰まりだな。

 寝るか。諦めて寝るか。

 おーい。クロさんやトラさんや、そろそろ寝るぞぃ。

 俺が布団を敷いて寝転がれば、何時ものようにクロさんは布団の上に寝転がり、トラさんは布団の中で丸くなる。

 俺は、日常になりつつある重みと温もりを感じながら眠りにつくのだった。


 翌朝、目を開けてみると世界がちょっぴり変わっていた。

 何が変わったのかと思案してみれば、当たり前になりつつあった、重みと温もりがないって事だ。

 その事にちょっとした寂しさを感じながらも、リビングへと向かってみれば。

 猫共どころか、兄貴すら居やしない。

 猫用のエサもトイレもなければ、兄貴の荷物もない。

 なるへそ。これはつまりあれか。

 逃げ出したって事ですか。

 俺が猫共にメロリンキューする前に、猫共に構って貰えない寂しさで、兄貴の心のポッキンアイスが折れちまったってか。


 メンタル弱ぇ。

 二週間どころか、まだ一週間も経ってないんだが。


 だけどな。

 今なら、兄貴が逃げ出した気持ちは分からんでもない。

 だって今、俺もちょっとだけ寂しいからな。

 クロさんとトラさんが、俺にくれた温もりは、それはちっぽけな温もりだったけども、中々心地のよい温もりでもあったりしたよ。

 だからもし、猫馬鹿な電話が掛かって来る事があったなら、今度は少しくらい話を聞いてやるとしますかね。

  

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