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迷子犬物語

 ある日の事だ。

 20時頃、帰社して一人で日報を書いてたら、倉庫から何やら物音が聞こえて来る。

 ん?

 何だ?

 他の連中はもう家に帰っている時間だってのに。

 泥棒か?

 そいえば、以前に家なき子ならぬ、家なきおっさんが住み着きかけた事があったな。

 泥棒にせよ、家なきおっさんにせよ、あまり嬉しい事態じゃない事は間違いない。

 ちょっと覗いて見るか。

 すると、そこにいたのは。


「きゅーん」


 柴犬っぽい可愛いらしい仔犬。

 おお。良かった。

 泥棒ならぶっ飛ばせば良いだけだけど、家なきおっさんは正直扱いに困るからな。

 まぁ、犬が勝手に入り込んでても困るっちゃ困るんだが、見知らぬおっさんが居るよりも100倍以上はマシってもんだろ。

 しかしこの犬ってば、野良犬―――――って事はないよな。

 この辺りに野良犬がいるって話は聞いた事ないし。

 となると、近所の子犬が迷い込んだって線が濃厚か。


 それにしても、子犬ってのは何でこんなに可愛いのかね。

 円らな瞳が辛抱たまらーん!

 

 うぇっへっへっへ。

 ほーら、おいでおいで。

 怖くないよー。


 俺の声に反応して駆け寄って来る仔犬。


 そして――――――――


 ガブリ!


 超いってえぇぇ!

 思いっきり足首に咬みつかれたぞ!?

 何でだよ!?

 流石に肉食獣なだけはあるな。

 仔犬でも、咬まれるとめっちゃ痛いわ。

 正直ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、落ち着け俺。

 某風の谷のお姫様だって、わさわさ(うごめ)く蟲っぽい生き物と最終的には通じ合って黄金の草原を闊歩したんだ。

 あれに比べたら子犬に咬まれた程度なんて、怒るような事じゃない。

 という訳で、レッツ、リトライ!


 ほーら、怖くないぞー。

 こっちこーい。


「ぐるる……」


 おいおい。そんなに警戒するなって。

 大丈夫だって。


 クンクン……


 大丈夫、大丈夫だぞー。


 やっぱりガブリ!

  

 いてぇっての!

 今度は手に一咬みときたもんだ。

 何でだよ!?

 何となくそんな気はしてたけども!

 いたたた。

 こらこら、咬みついたまま引き千切ろうと顔を振り回すんじゃない。

 野生の本能なのか?

 痛いじゃねぇか、この野郎。

 うわ。めっちゃ血が出てきた。


 良かろう。

 そこまで俺との決着を望むのであれば、今ここで雌雄決してくれるわ!



 数分後。


 風の谷のお姫様になれず、仔犬相手に勝ち誇る残念な男がそこに居た。

 男っていうか俺だけど。

 まぁ、俺は元々男な訳で、お姫様になんてなれる訳ないし、なれなかったと別に悔しさもない。

 ないったらない。


 因みに別に虐待的な事はしてないよ。

 首根っこを掴んで、ポリバケツに放り込んで捕獲しただけだ。

 その時にキチンと首輪が付いてる事と、首輪に連絡先を記したタグが付いてるのを確認してたりする。

 あと、雌だって事も確認した。

 おっと、誤解しないでくれよ?

 幾ら何でも子犬にムラムラしちゃうほど飢えてるって訳じゃないぞ。

 たまたま見えちゃったんだよ。

 いや、雌だからタマタマ見える訳はないんだけどな。

 見えないのに見えちゃうとはこれ如何に。


 …… おっさんの戯言だ。


 気にしないでくれ。

 しかしあれだな。

 結構、がっつりと咬みつかれたなぁ。

 狂犬病は、予防接種が義務付けられているから大丈夫。

 でも、それ以外の感染症のリスクはある訳だ。 

 これが、普通の切り傷なら、焼酎で洗って瞬間接着剤で良しとするんだけど、犬や猫といった動物に咬まれた場合の傷は意外な程に深い。

 表面だけを洗浄したところで、意味がないとは言わないが、万全とは言い難かったりする。

 数日様子を見て、膿んだり発熱したりしたら、医者へGOだな。

  

 さて、問題はこの犬っころをどうするかだけど。

 え?

 飼い主への連絡先が分かるなら連絡すれば良いって?

 それは理解してはいるんだ。

 でもな。

 一つだけ問題がある。

 その問題ってのは、飼い主さんのところに記されている名前だ。

 これが女性って事だったりする。

 こういったタグに書く名前ってのは、大抵の場合は世帯主の名前を書くものだと思うんだ。

 ここに女性の名前が書いてあるって事は、飼い主さんは独身の一人暮らしの女性って可能性が高いと推測出来る。

 犬の雌にはムラムラしない俺ではあるが、相手が霊長類ヒト科の雌となれば、話は別だ。

 ムラムラ出来るよ。

 超出来る。

 下心満載でダサいって?

 放っといてくれ。

 日照りの続いた独身男なんてものは、どいつもこいつも似たようなもんだっての。

 ここはポジティブに思考すべきだよな。

 問題ではなく、チャンスだと捉えるべきだろ。

 ってな訳で、高鳴る鼓動を抑え電話を掛けてみれば。

 電話に出やしない。

 誰も出んわってなもんだ。

 ひょっとしたら、この犬の事を探し回っているのかもね。

 家の固定電話じゃなくて、携帯の番号でも書いといてくれれば良かったんだけどなぁ。

 まぁ、仕方ない。

 明日にでも、もう一度連絡してみるか。

 必然的に今夜はうちで預かる事になる訳だ。


 ってな訳で。

 ほれ、飯だぞー。

 帰宅後に、ドックフードを手にとって差し出してみれば。


 ガブリ!


「グルルルル……」

 

 やっぱりか。

 この野郎。

 何で咬みついてから、唸り出すんだっての。

 先に唸れよ。

 そしたらもうちょっと警戒するってのに。

 しかも、エサも食べやしねぇ。

 あれか?

 安物のカリカリだから食わんのか?

 缶詰だったら食うのか?

 試しに缶詰のエサを差し出してみる。


 おおう。

 食ってるな。 

 バクバク食ってやがる。

 贅沢な奴め。

 良し、食ったな。

 んじゃ、寝るか。

 そこら辺におしっこやウンチされても困る。

 洗面所にでも放り込んでおくか。

 ってな訳で、洗面所に放り込んだんだけど。


「きゅーん、きゅーん」


ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ



 う・る・せ・え!


 近寄れば咬みつく癖に、隔離したら隔離したでこの態度かよ。

 爪を研ぎたいお年頃の猫かお前は。

 あーあーあー。

 分かった、分かったって。

 出してやるって。

 その代わり俺が寝てる間は、大人しくしといてくれよ。

 そんな訳で、俺の寝室に犬を入れてやったものの。

 やっぱり近づいてきやしない。 

 なんだろうな、このやるせなさ。

 普通、子犬ってもうちょっと人懐っこいもんじゃないの?

 仮にも俺ってば、お前の事を保護してエサまであげてるんだぞ?

 犬耳美少女に変身して、恩返ししろとまでは言わんけども、せめてもうちょっと懐いても良いんじゃねぇの?

 まぁ、犬側の視点からしてみれば、俺は拉致監禁の実行犯とも言えるのか。

 それで懐けって言うのも、無理があるのかも知れんな。

 仕方ない、諦めて寝るとするか。

 明日は飼い主に連絡付くと良いなぁ。 

 


 翌日。

 目覚めと共にある感情が俺の心に湧き上がる。

 その感情とは。

 ズバリ、痛いである。

 まぁ、犯人は分かってる。

 犯人と言うか犯犬だけどな。

 犬が俺の足をメッチャ齧ってるんだよ。

 昨日程全力じゃないから、我慢できなくもないけど、それでも結構痛い。

 多少は懐き始めたってところか。

 夢中で齧ってやがるし。

 いや、これは懐くってよりは、ほねっこ扱いだな。

 俺の足ってば、そんなに美味いのか?

 鶏ガラとか豚骨的な旨味でも出てるんかね。

 楽しそうだし、暫く放っておこう。

 お?

 キチンとトイレシートに用を足してるじゃないか。

 ちょっと見直したわ。

 さてと、犬が足に夢中になってる間に、もう一度連絡先に電話を掛けてみるか。


 おお、今度は出た。

 しかも、声から察するに結構若い。

 しかも、何かメッチャ喜んでるっぽい。

 飼い主がめっちゃ美人だったらどうしよ?

 これって俗に言うところの、恋愛フラグてやつなんじゃなかろうか?

 噛み付かれて散々だったけど、もしかしたら逆転サヨナラホームランかもな。


 おいおい。

 来ちゃうんじゃねぇの。

 俺の時代って奴が!


 そんな邪な事を考えつつ、待ち合わせ場所で待つ事数十分。

 遂にそれらしき車がやって来る。

 弾け飛ばんばかりの期待を胸に、相手の女性をしかと確認した俺。

 脳裏にとある人物が浮かび上がる。


 八十吉(やそきち)


 そう、皆さんご存知の元大関小錦八十吉(こにしきやそきち)だ。

 え?

 知らない?

 まぁ、適当に検索でもしてみてくれ。

 多分画像出て来るから。

 勿論本人という事はないよ。

 でも、どう見ても俺よりも豊かな体系をしてる。

 多分100kgはあるな。

 最高に八十吉(やそきち)してる。

 俺は心の中で親指を力強く突き立て叫ぶ。


 アウト! アウト! アウトー!!

 ゲームセット!

 

 サヨナラホームランとは行かなかったかぁ。

 やっぱりそう簡単に素敵イベントは起きないもんだなぁ。

 まぁ、本来の目的は迷子犬を飼い主さんに届けてやる事だ。

 八十吉やそきちも犬も喜んでるっぽいし、良い事をしたってのは間違いないだろ。 

 下手をしたら、保健所にて処分されちゃう可能性もあった訳だしな。

 それが回避出来ただけでも良しとするか。

 そんな事を思いつつ帰宅しましたとさ。


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