パンドラボックス
えぐい描写がありますので食事中の方はご注意を!
何時も通りに昼過ぎに会社に顔を出すと、何だか大掃除っぽい事をしてたんだ。
まだ、秋だよな?
何してんのこの人達。
「お疲れっす。
んで、何してんの?」
「おう、お疲れ。
この前の台風で事務所にも色々ガタが来ただろ?
ちょっと色々手直ししようと思ってな」
俺の質問にスキンヘッドのおっさんが答える。
そういえば、確かにこの前、珍しく台風が直撃してたよな。
うちの地元は滅多に直撃する事はない。
たまに直撃するとさ。
シャボン玉飛んだ~
屋根まで飛んだ~
屋根まで飛んで~
壊れて消えた~
って位には、大変な事になるんだよな。
うちの会社のプレハブ仕立ての事務所も、例外なく屋根が剥がれて飛んでる始末だよ。
金があれば業者に注文するところなんだろうけど、街の小さな運送屋さんにそんな金がある訳ない。
金がないからプレハブ小屋な訳だし。
そんな訳で、自分達で出来る限り修復をして、お茶を濁そうっていう事らしい。
うわ。
面倒な場面に出くわしちまった。
まだ、出発するまで時間あるし、手伝わない訳にも行かないよなぁ。
「んで、最終的に何処を目指してんの?」
「とりあえず、雨漏りと、腐ってる床板を何とかしたいんだよな」
俺の質問にスキンヘッドのおっさんが答える。
因みに答えたのは、さっきのおっさんとは別のおっさんだ。
うちの会社のおっさん率は脅威の90%。
社員の40%がスキンヘッドだったりするし、更に40%が丸刈り、10%が短髪って具合だ。
おっさんじゃない残りの5%はおばちゃん、5%は爺さんだ。
そんな訳で石を投げりゃハゲに当たるし、潤いはないが、光源は充分。
面接を受けに来たときに、おっさん共が面接やってる隣で花札やってるのをみて、この会社は大丈夫なのか? と、不安になったりもしたけども、慣れりゃ気の良いおっさん達だ。
「室内の物を全部外に出すから、手伝えー」
「あいよー」
今から仕事だと断る事は出来るんだろうが、こういった事は協力するべきだろう。
おっさん達だって自分の仕事の合間にやってんだし、本音を言えば相当面倒くさいと思ってるんだけど、手伝わない訳にもいかないだろう。
おっさんの要請を受けて、椅子や机を運び出す。
そして、事件はおきる。
数年は動かしていないであろうソファを動かした時だ。
俺の視界へ不意に飛び込んでくる大量のGとその卵。
同時に部屋を縦横無尽に駆け巡るGという名の黒き流星群。
「「「うっぎゃあああああああああああああああ!?」」」
一斉に上がるおっさん達の悲鳴。
男の癖にだらしないって?
少なく見積もっても百匹以上のGの群れだぞ?
黒い3連星どころか100連星以上なんだ。
中にはFlyawayして来る奴とかも居るんだぞ!
そんなん誰だってビビると思うし、おっさん達も逃げ惑うわ。
鳥肌もすげー事になってるし、もはやハリネズミ肌って言っても、過言じゃない位に粟立ってるっての。
普段はふてぶてしい態度のおっさん達。
そんなおっさん達が、スキンヘッドを煌かせながらも、逃げ惑う姿はなかなかに滑稽で笑える。
それにしても、まだ俺の仕事は始まってないってのに疲労感が物凄げぇ。
「おい! 何とかしろよ!」
「うるせえ! お前がしろよ!」
涙目で怒鳴りあうおっさんの群れ。
必死だな。
仕方ない。
俺がやるか。
某殺虫剤を片手に孤軍奮闘する事10分程。
一応室内からは黒い100連星の姿は消えた。
卵は兎も角、大半は近くの草むらに逃げ込まれちゃったが、これは仕方ないだろう。
定期的にバルサンでも炊くしかないよな。
何とか黒い100連星共を撃退し終えたんだが。
一難去ってまた一難。
「何だか凄く嫌な感じの物が出てきたんだが……」
おっさんの声に視線を巡らせれば。
そこに現れ出でたるは、弁当箱という名のパンドラボックス。
パンドラボックスを見つめるおっさん共の表情も完全に青ざめてる。
それは、数年前に冷蔵庫を買った直後から存在していたという冷蔵庫の主。
とりあえず様子を伺う為に振ってみる。
ちゃぽん。ちゃぽん。
物凄く嫌な音が聞こえる。
これ弁当箱だよな?
何この不安しか沸きあがってこない感覚。
「どうすんの、これ?」
「…… 焼くか」
うん。俺もそれが良いと思うわ。
開けても、誰も幸せになれんのは間違いない。
殺菌処理したとしても弁当箱として絶対に使いたくない。
焼却処分が妥当だと思うわ。
開けずに焼却処分する事に決まったパンドラボックス。
だが、ここで現れたのが、社員の5%に分類される爺さんの一人だ。
「ん? 何だこれ? 弁当か?」
「ちょ!? 爺さん待て! それに触るんじゃねぇ!」
この爺さんは、尋常じゃなく耳が悪い。
おっさん共の必死な制止も全く届きもしやしない。
そして解き放たれるパンドラボックス。
同時に部屋中に立ち込める刺激臭。
それはその場に居た全員に襲いかかる。
何だこれ!?
鼻に!
喉に!
眼に!
あらゆる粘膜に!
ねっとりと粘りついてきやがる!!!
「「「ぅぼぅぇえぇぇえぇぇぇ!!!」」」
悲鳴をあげながら屋外へ脱出するおっちゃん共+俺。
耳どころか鼻も利かないのか、ニコニコと笑いながら、絶望という名の緑色の液体の入った箱を持って佇む爺さん。
何がどうなったら、弁当があんなに禍々しい緑色になるんだよ!?
あまりの臭さに数人がすぐ近くの草むらで嘔吐。
黒い100連星が逃げ込んだと思われるあの草むらだ。
勿論、それは俺も例外じゃない。
連れゲロだ。
胃が痙攣する。
内臓ごと飛び出すんじゃないかという勢いで襲い来る嘔吐感。
止まらない涙。
地獄だ。
本当に地獄だ。
辛い。
まだ仕事が始まっていないってのにもう帰りたい。
でも、俺のこの認識はまだ甘かったんだ。
その事を直ぐに思い知る事になる。
何故ならば。
やっとの事で立ち直り、部屋へと戻ると、其処には本当の地獄があったんだ。
ぶちまけられた緑色の絶望。
その中心には立ったままに吐瀉り続ける爺さん。
途切れることなく吐瀉り続ける爺さんのその姿は、正にマーライオンの如しだ。
な、何て嫌な光景なんだ。
通常なら駆け寄ってその身を心配するべきなんだろうが。
嫌だ。
嫌過ぎる。
近寄りたくねぇ……
どうやら、爺さんは刺激臭を全く感じなかった訳ではないらしい。
反応速度自体が衰えていたようで、時間差で臭いにやられた上に、老化で機敏さも失われていた。
結局、屋外退避する事も出来ずにその場で吐いたらしい。
その惨状を見て、俺の喉奥からは、再び酸っぱいを通り越した苦い物が込み上げてくる。
誰がこの場を片づけるんだ?
拙い。
この場にいる中じゃ、年齢的にもキャリア的にも俺が一番下っ端だ。
心なしかハゲ共の視線が、俺に集まってるような気がする。
俺か?
俺がやらなきゃいけないのか?
間違いなく入社後、最大の危機だわ。
どうする?
何とか逃れる手段を探さねば。
だが、俺は救われる事になる。
荷主さんの下へと向かう出発許可が出たんだ。
「じゃ、後は宜しく!」
通常の三倍の速度でトラックへと乗り込み、通常と同じ速度で走り出す俺。
因みに三倍の速度で走行はしない。
レッツセーフティドライビングだ。
そんな俺を恨めしそうに見つめるおっちゃん達。
にひひっ
良かった。
本当に良かった!
仕事って、労働って素晴らしい!
誰が片すか分からないが、頑張ってくれよ!
こうして俺は無事に地獄からの脱出を果たす事が出来たのだった。
PS
バタバタしすぎて床の貼り替えはうやむやになった模様。
PSのPS
雨漏りは直した模様。




