温もりフォーリンラブ
とある週末の金曜日。
はぁ。今週もよく働いたわ!
頑張ったね、俺。
凄いよ、俺。
え?
突然何を言い出してるのかって?
いや、俺って独り者だろ?
頑張ってもさ、誰も褒めてくれないじゃん?
だからさ、褒めてるんだよ。
自分ってやつをね!
自画自賛ここに極まれりってなもんだ。
こんな日は、熱い風呂にでも入ってサクッと寝るに限る!
そして土日はごろごろと寝て過ごしてやるのだ!
時間の無駄遣い?
いいえ。違います。
これが、これこそが、独身男に許されるプレミアムな時間の使い方なんですよっと。
決して負け惜しみなんかじゃないんだからね!
そんな訳で、湯船にお湯を溜めるぜぇ!
溢れそうなくらいたっぷりと、贅沢に溜めてやるぜぇ!
と、いう訳で、溜まったお風呂がこちらでございます。
では、早速入るとしましょうかね。
おもむろに衣服を脱ぎ、そのまま洗濯機へと放り込みスイッチをオン。
こうしておけば、風呂上りキュッと一杯のビールを呑み終わった頃に洗濯完了するから、ササッと干して直ぐ眠れるんだよな。
ふふふ。なんという無駄のない段取り。
まぁ、子育てとかもしながら、家事もしてる本職の主婦の方からみれば、その程度で自慢すんなボケが! とか、言われちゃいそうだが、何せ本日の俺は自分で自分を褒めていくスタイル。
気にせずに自画自賛していく所存。
流石俺。やったね俺。
さーてと、湯加減はどんなもんかな?
……
あれ?
冷たい。
湯温にムラでもあるのかな。
混ぜてみるか。
うん。やっぱり冷たいわ。
追い炊きでもないのに、湯温にムラなんて出来る訳ないよな。
はい。水ですよっと。
誰がどう見ても、どう触れても、紛う事なき完璧な水風呂ですな。
お湯と水を間違えたのかな?
まぁ、仕方ない。
今日のところは、シャワーで我慢するとしますかね。
ってな訳で、湯船は諦めてシャワーの蛇口を捻る俺。
冷た!
シャワーの向きを確認する忘れてたわ。
お陰で思いっきり冷水浴びちゃったじゃんよ。
うおお。超寒い。
シャワーよ。早く温かくなってくれ!
真冬の風呂で、水からお湯に変わるまでの待ち時間って、ある意味ちょっとした拷問だよね。
しかも今の俺ってさ、微妙に濡れちゃってる状態な訳だし。
春の訪れを待つ、動植物を待つ気持ちってこんな感じなのかもしれんね。
10秒経過。さむさむ!
20秒経過。そろそろかな?
3分経過。
ちょっと待てぇい!
何で!? どうして水が一向にお湯にならねぇんだよ!?
全裸待機してるこっちの身にもなってくれよ!
寒いってばよ!
限界だってばよ!
ひょっとして壊れたのか?
電気温水器の故障なのか!?
どうすんの?
風呂に入るの止めるにしても、今まで着てた服は絶賛洗濯中だよ!?
体を洗ってないままに、洗濯済みの服着るのって、ちょっと嫌なんですけど!?
うおおおおお!
こうなったら、やってやろうじゃねぇか!
何をだって?
決まってる!
冷水シャワーってやつをだ!
心頭滅却すれば火もまた涼しだ!
まぁ、既にシャワーは、この上なく涼しい状態だけどな!
水温一桁が何するものぞ!
掛かって来いやぁ!
いや、むしろぶっ掛かって来いやぁ!
二時間後。
うん。やっぱ冷水シャワーは無理だったっぽい。
体が冷えすぎて、お腹ぴーぴーさん状態ですわ。
生際防衛隊さんは、すっかりトイレの住人に成り下がってしまったよ。
花子さんに成り代わって、新たな都市伝説としてデビューする日も遠くないかもね。
ああ。温い。
ウォシュレットの温水が身に染みますわ。
お尻も擦り切れすぎて、二重の意味で染みまくりだよ。
泣いて良いかな?
しかし、あれだな。
電気温水器の故障って、経済的に痛いよなぁ。
まぁ、肉体的にはタイムリーにお腹とお尻が痛い訳だけども。
全部纏めたら三重の意味で痛いとか、ヘレンケラーもびっくりだよ。
でもまぁ、あれだよな。
新品に換える事も考慮しなきゃいかんよな。
温水器って今、いくらするんだ?
ちょっと調べてみるか……
まず、一番手っ取り早いのはガス給湯器か。
工賃含めて15万もあればいける感じなのか。
次は電気温水器か。
ん? エコキュートっていうのもあるのか。
ふむふむ。電気を使うけども、沸かす方法が温水器と違うから光熱費が安いって事なのか。
これら二つは工賃込みで30万~ってところかな。
機器自体の金額でいうと。
ガス給湯器<電気温水機≦エコキュート
って感じでエコキュートが一番高価っぽい。
でも光熱費となると。
ガス給湯器>電気温水器>>>>エコキュート
って感じでエコキュートの圧勝なのね。
特に家族4人構成での平均でみると、ガスと比べると5分の1くらいになるっぽい。
そして寿命。
電気温水器>ガス給湯器=エコキュート
ふむふむ。電気温水器の寿命は15年で、ガスとエコキュートは10年って感じか。
それらを総合して判断すると。
エコキュートの圧勝ですわ。
特に家族が増えれば増えるほどに差は顕著になっていくっぽい。
光熱費が圧倒的に安いってのがやっぱり大きいね。
まぁ、今のところ家族が増える兆候は微塵も存在しませんけどね!
でも、買い替えは最終手段だな。
何せ先立つものがなさ過ぎる。
何でこう金の掛かるトラブルばかり起きるのかね。
某漫画みたいにエロイ感じのトラブルなら大歓迎なのにね。
とりあえず、明日は土曜で仕事休みだし、馴染みの電気屋さんにでも電話してみますかね。
そんな訳で翌日。
「まいどー!」
電気屋さん。突然の呼び出しにも関わらず、直ぐに来てくれてありがとね!
いや、本当に助かりますよ。
「うちみたいな小さな個人経営の店を、御贔屓にしてくれるお客さんは、少ないですからね。
何時でも遠慮なく、御連絡ください!」
そう言ってニコヤカに笑う電気屋さん。
いい人や。ネットや量販店には値段の面では及ばないけども、本当にまったく及ばんけども、何時でも頼れるってのは心強いよな。
家電量販店じゃこうはいかない。
人情ある付き合いに万歳だ。
とりあえず、まずは一杯お茶でも飲んでくだせぇよ。
おい。お袋さんよ。
お茶を一杯頼みますわ。
「いえ、お構いなく。では、早速温水器を見させて頂きますね」
おお…… 何て頼もしい。
惚れそうだわ。
テキパキとした様子で早速温水器を調べ始める電気屋さん。
電気屋さんが温水器を調べ始めて数分後。
どうやら故障の原因を突き止めたっぽい。
早くね?
ひょっとして大した故障じゃなかったのかな?
だとしたら嬉しいんだけど。
だけど、電気屋さんの表情は暗かった。
暗いって言うか、複雑な感情が入り混じった表情だ。
あれ?
これは嫌な予感がするね。
やっぱり修理出来ない感じ?
「非常に言いづらい事なんですが……」
そこまで言って、躊躇う様子を見せる電気屋さん。
電気屋さん、もういい。
もういいよ……
覚悟は出来たよ。
いっその事スパッと切り捨ててくだされ。
そんな俺の思いを汲み取ったのか、電気屋さんは再び口を開く。
そして俺に突きつけられる驚愕の真実。
「これ…… 電気止められてるだけですよ」
それだけ言うと気まずそうに視線を逸らす電気屋さん。
ほぇ!?
故障じゃないの!?
えええええええええ!?
あああああああああああああああ!
心なしか電気屋さんの視線が、電気代すら払えない可哀想な人を見る目になってる気がする!
いやあああ!
そんな目で見ないで!
払えますから!
そんなに贅沢は出来ませんけども、電気代くらいは払えますから!
ってか、まじで!?
まじで電気止められてんの?
いや、それっておかしくない?
普通に電気使えてますよ?
「電気温水器は深夜電力で沸かすので、電気代は別なんですよ」
という事らしい。
そういえば、そうだった!
別々だったわ!
普通に他の電化製品は使えてたから、電気が止められてるっていう発想は出てこなかったよ。
あ…… ここでピンと来た。
そいえば、電気代の支払いは引き落としに切り替えたってお袋が言ってたな!
信金さんに引き落としに切り替えてくれって、泣きつかれて変更したとか聞いた気がするぞ!
つまりあれか?
普通の電気代だけを引き落としに切り替えて、電気温水器の方は切り替えなかったって事か?
お袋さんよ。
そこは両方切り替えるべきところでしょうが。
真冬の超寒い中、冷水シャワーした俺の身にもなってくれよ。
いや、一番の被害者はどう見ても電気屋さんだよな。
仕事かと思って出向いてみれば、ただ、電気が止められていただけというね。
このままじゃ、骨折り損の草臥れ儲けじゃん。
電気屋さん申し訳ない!
あの、これ少ないですけど。
「いえいえ。何もしてないのに受け取れませんよ」
充分してくれましたよ!?
電気屋さんが来てくれなかったら、原因に気が付けませんでしたし!
お陰で今晩から風呂に入れそうですし!
「意外と多いんですよ。今回みたいなケースって。他のお客さんからも受け取ってない以上、受け取れません。これからも御贔屓にしてくだされば、それが何より有り難いです」
うおおおお!
イケメンだ!
この電気屋さん心意気がイケメン過ぎる!
顔は普通のおっさんだけども!
それを補って余りある心意気ですぞ!
ガチで惚れそうですわ。
絶賛お尻擦り切れ中なので、抱かれるのはNGですけどね!
こうして電気屋さんは帰っていき、数時間後、無事に電気代を払い終えた我が家の電気温水器は、無事に送電再開されたのでした。
めでたし、めでたし。
という訳で、その日の晩。
ふひひ。昨夜は冷水シャワーで疲れを癒すどころじゃなかったからな。
今夜こそはゆっくりと湯船に浸かってやるぜ。
などと浮き浮きした心持で湯船に向かった俺。
だがしかし。
俺を待ち受けていたのは、またもや冷水風呂。
え?
何で?
そこでようやく俺は思い至る。
何故なら、電気温水器は深夜電力で沸かす機械だという事に。
結局この日も、冷水シャワーの洗礼を浴びる事となり、再びトイレの住人となった生際防衛隊なのでした。




