1. ケンイチの場合
終業式の日、ケンイチはいつものようにサクラ先生に絡んでいた。
「俺ら、もう中学生だよ? なんで読書感想文なんて書かなきゃいけないのさ。今どきそんなの、ロボットにだって余裕だよ?」
「勘違いしないで。ロボットがやってくれるのは『要約』。君たちにやってほしいのは『読書感想文』。ぜんぜん違うものよ」
「同じだろ。最後に『面白かったです』って付けときゃいいだけじゃん」
「ち・が・い・ま・す! 読書感想文はね、本について書くんじゃないのよ。本を通じてケンイチ君が感じたことや、改めようと思ったことを書くの。ロボットにそれができる?」
サクラ先生はケンイチの肩に陣取っているリス型の万能ロボットを見る。ちょこんと首を傾げたリスの姿に、思わずほにゃりと笑顔を浮かべるサクラ先生。この若い先生は、どうにもケンイチのリスに弱い。
「そんくらい、どうにでもなるよ。じゃあ先生、もしコイツが読書感想文を書いてきたら、俺のは免除でいい?」
「ええ。本当に書けるのならね。ただし、コアプログラムは自分で書いて、使ったライブラリは別途資料として提出すること。それができるなら、立派な夏休みの宿題として認めてあげるわ」
それって、普通に書いたほうが早いんじゃ……。
サクラ先生もきっと、そう思ったからケンイチの条件を呑んだんだろうけど。
「決まりな! よーしジロー、ユウコ、マモル、一緒に頑張ろうぜ!」
ケンイチのいい笑顔。
……ん? 僕も? なんでそうなるの?
試作一号機は一週間で完成した。
……もはや「普通に書いた方が早くね?」なんて言い出せる雰囲気ではない。みんなムダにやる気だ。
「それじゃ、行くぞ」
ケンイチがおごそかに言い、太宰治の『走れメロス』をリスに与える。
しばらくの待ち時間を経て、リスはゆっくりと読書感想文を読み上げはじめた。
「私はロボットです。マスターの生活を便利にするのが私の仕事、そう思い定めて二年間生きて参りました。マスターのためならば、どのような艱難辛苦も厭わない覚悟でございます」
かわいいリスのくせに、なんだかハードボイルドな雰囲気だ。そんな難しいこと考えながら生きてきたのかよ、このリス。
「ある日、私はマスターより『走れメロス』という小説を与えられました。この作品は言うまでもなく、主人公メロスと、友人セリヌンティウスの、友情についての物語です」
まずは本との出会いを書く。その次はあらすじになるが、本が充分に有名な場合は、詳しいあらすじを書かなくてもいい。たくさんの読書感想文を検索して、僕たちが出した結論だ。ここからは、具体的なエピソードに入って行く。
「メロスが、妹の結婚式に出るためにセリヌンティウスを身代わりとして差し出したとき、私はセリヌンティウスに共感を覚えました。もしメロスが私のマスターならば、私は代わりに処刑されたいと願うでしょう。そしてそのまま戻ることなく、幸せに暮らしてほしいと願うでしょう。
しかし驚くべきことに、メロスは戻ってくるのです。これは一体どうしたことでしょう。私がセリヌンティウスならば、なぜ戻ってきたのかとメロスを責めるでしょう。しかしセリヌンティウスは、メロスが戻ってくることを信じていたというのです。これは私にとって大変なショックでした。セリヌンティウスは、メロスが死んでも構わないと言うのでしょうか」
特定のエピソードを取り上げ、自分ならばどうするかを考える。さすが高性能のAIを積んだリスだ。けっこうそれっぽい。
「私は懊悩し、そしてはたと気付きました。メロスとセリヌンティウスの関係は、主従関係ではないのです。彼らは対等であり、お互いが相手の幸福を願っているのです。またお互いが、相手は嘘をつかない誠実な存在であると信じているのです。自分の代わりに、友が処刑されることなどあってはならない。友が戻ってくると約束したのならば、それを信じる。それが友であり、仲間なのです。
私は自分自身をセリヌンティウスと重ねていた自分を恥じました。私は気付いたのです。私はこれまで、友というものを知らずに生きてきたのだということに」
自分の反応と作中人物の反応を比べ、なぜそのような差異が発生したのかを考える。いくつか用意したパターンの一つだ。そうして得られた発見について、倒置法を使ってショックを表現するなど、地味に芸が細かい。その辺りをがんばってチューニングしていたユウコが、嬉しそうな顔をしている。
これで原稿用紙が二枚埋まった。ここからまたパターンが分岐する。得られた発見について、これから自分がどのようにそれを生活に生かしていくかという抱負を書くパターン。実際にその発見を元にした行動を取り、その感想を書くパターン。ニュースや一般論に繋げるパターンもあり、どれを選ぶかはランダムだ。
「私はマスターの友ではありませんし、友でありたいとも思いません。なぜなら私は、マスターに一方的にお仕えする存在であるからです。しかし、『走れメロス』を読み終えた私は、マスターとは別に、友を持つことも良いことなのではないかと考えるようになりました。
そこで私は友を作ることにしました」
ん? 予想外の展開だ。さっきリスに『走れメロス』を与えてから、リスはこの場を動いていないのに。
「嘘をつかない誠実な存在は、私の周りに多く存在します。およそロボットというものは嘘をつきません。その中で、お互いに相手の幸福を願うことができる存在があれば、それが私の友となるでしょう。さて、私にとっての幸福はマスターの幸福です。友となる相手の幸福が、マスターを害するものであってはいけません。ですが、もし相手が同様の定義付けをされた存在であれば、私と相手がお互いの幸福を願うことに何の問題もありません」
設定した読書感想文の長さは原稿用紙三枚から五枚だ。もう三枚目が埋まろうとしているけど、まだ感想文は続くらしい。
「そこで私は、マスターが毎晩抱いて寝ている、ゴリラのぬいぐるみのゴリちゃんと友になることを決めました」
「ちょっと待てっ!」
ケンイチが顔を赤くして叫ぶ。思わぬ秘密が暴露されてしまった。リスは律儀に「再生を一時停止します」と答える。
最近のぬいぐるみ――特に、抱いて寝られるような大きいもの――は、子供が窒息する事故を防ぐだとかの目的で、たいてい内部にセンサーやAI、それと多少の駆動装置が組み込まれている。つまり実質的にロボットと変わらないのだ。リスと友達になるのだって、難しいことではないだろう。
「いいじゃないの、続きを聞かせてよ。プログラムが最後までちゃんと動いたのか知りたいじゃない」
「そうそう。べつにオレたち、ケンイチが中学生にもなってぬいぐるみ抱いて寝てたって、全然気にしないぜ?」
「う、うううるさいっ!」
しかし……大人びているケンイチに、そんな面があったなんて衝撃だ。
「ほら早く、続きを聞かせなさいよ」
ユウコに促され、ケンイチは渋々「再生を続けろ」とリスに命じる。
「一般的に、友との間には、隠し事があってはならないそうです。そこで私とゴリちゃんはマスターについてのデータを交換し、お互いに興味深い知見を得ました。マスターに関する新しい情報を得たことにより、私達は今日からより良くマスターに尽くすことができるでしょう。これも『走れメロス』が私に友情の素晴らしさを教えてくれたおかげです。
これからは、私もメロスとセリヌンティウスを見習い、友を大切にして生きていきたいと思います」
まとまった!
最初に名前とタイトルを入れて一行開けたとして、原稿用紙の四枚目の半分あまりが埋まる、ボリュームとしては問題のない作品だ。パターンは「発見を元にした行動を取り、感想を書く」ものだったが、思いのほか行動力のあるリスだった。
「つーか、勝手にゴリちゃんと友達になってんじゃねえよ! 読書感想文を書けって言っただけなのに、どうしてこうなるんだ!」
プログラムを書いたのは自分なのに、ケンイチはイライラと頭を掻きむしっている。リスが「マスター、そのようなことをしてはハゲますよ。寝ている間にも同様の癖が頻繁に見られます。頭皮はきちんと洗えていますか?」と冷静に忠告する。寝ている間の様子はゴリちゃんから聞いたのだろう。
「サクラ先生に好感を持ってもらうためにも、この癖は直されることをおすすめします」
「なっ、なななんでいきなりサクラ先生が出てくるんだよ!」
「マスターの寝言のログより、この方はマスターにとって重要な人物であると判断しました」
ああ……うん。分かりやすいよね、ケンイチ。いつもサクラ先生に絡んでるのは、先生にかまってほしいからだよね。
ユウコとジローも温かい目でケンイチを見ている。大丈夫だよケンイチ、君の恋心は元々バレバレだから。まさか夢の中でまでサクラ先生を追いかけてるとは思わなかったけど。
ケンイチは涙目になりながら、大きく深呼吸。それからリスの頭を掴んで、「こんにゃろ!」とベッドの上に放り出した。
「ちくしょう……プログラムの修正だ! それと、次はマモル! お前んとこのロボットでやるぞ!」
「ええっ、僕!?」




