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その4:ラスボスの魔獣使いの正体を知ること。

 倒れ込んだ私の口の中に砂が入り、じゃり、とイヤな感触がした。

 うつぶせになった私の背中を、何かが押さえ込んでいる。耳元から聞こえる荒い息と獣臭い臭いは、私の身体を竦ませるのに十分だった。


「……殺しにでも来たのかい?」


 右手から放れたナイフを拾い上げたゴドーが、無感動に呟く。この状況で殺すつもりはなかったと弁明しても、信じてはもらえないだろう。

 私の目の前にしゃがみ込んだゴドーは、マントのフード部分を払い除けて、顔を覗き込んで来た。


「女の子……?」


 愕然と呟くゴドーの顔は、私の方からも確認できた。ついでに視界の邪魔になっていたマントが払われたことで、私を地面に押し付けるライオンの顔も見えてしまった。


(万事休す、って状況なのかな。―――それにしたって、こんなに似てなくてもいいじゃない……っ!)


 ゴドーの顔は、あの後藤くんに瓜二つだった。思わず「双子かよ!」とツッコんでもいいぐらいに。そんなスキルは持ち合わせていないけど。


「そこまで恨まれる覚えはないんだけどね」


 ライオンのたてがみを撫でるゴドーの表情には、動揺が見えた。

 そういえば、ユジィの話からすると、積極的に人を襲っていたりはしてなかったみたいだった。それまで町外れにいたのが、いきなり砂時計を襲ったとだけ。


「……殺すつもりは、ありません」


 ナイフ失敗、からの説得コースへ進路変更した私は、できる限り冷静な声音を搾り出した。


「動揺さえ誘えれば、良かったんです。用があるのは、その砂時計だけですから」


 肺が圧迫されているから、自然と言葉が途切れ途切れになってしまう。だが、私の言葉はちゃんと伝わっているようで、「へぇ」という相槌は返って来た。


「まさか、修復する気かい? やめときなよ。時間が流れたっていいことなんてない」


 ゴロゴロと喉を鳴らすライオンを撫でながら、ゴドーはにっこりと笑った。


「戻したくても戻せないなら、いっそのこと止まってしまった方がいいだろう?」


 その笑みが、なぜか空虚なもののように見えてしまったのは、なぜだろう。


「君がどうして動けるのか知らないけど、これを直そうとしてるのなら、諦めてくれないかな」


 圧迫に耐え、苦しい呼吸を繰り返していた私の胸に、憤りの火が灯った。


(今、その顔で、その声で、私に話しかけないで―――)


 ゴドーにしてみれば、知ったことじゃないだろうけど、私にとっては一大事だ。


「それが動かないと、私は、戻れない……っ!」


 ぐぐぐ、っとライオンの力に抗って身体を起こそうとするものの、途中で力尽き、ぺしょん、と潰れる。

 私とゴドーのやり取りが気になったのか、トンボのような羽根を生やしたウサギが、砂にまみれた私の顔を覗きこんで来た。恐怖を与える異形の魔獣の中にあって、珍しくかわいらしい。

 ふんふんと寄せる鼻が冷たく、少し硬いヒゲが私の頬をくすぐった。


(やっぱり、私、見覚えある気がする―――)


 ひとしきりニオイを嗅いで好奇心が満足したのか、ウサギはぼってりぼってりと背を向けて歩み去った。背中の羽根は飾りなのか、と思った時、私は驚きに目を丸くした。


『てめぇ、何とっつかまってんだ!』


 ガツン、と今にも殴りかかりそうな啖呵は、紛れもなくユジィのものだった。

 声から少し遅れて、空から暴力的な光が降りそそぐ!

 私はライオンの足の力が緩んだ隙に、下から這い出した。


「くっ!」


 光源に背を向けて3、4歩の距離を取ってから立ち止まる。


『何してやがる、とっとと逃げろ!』

「うぅん、ユジィさん。もういいんです。大丈夫ですから」


 私の言葉に、白い毛玉が空から降って来て、頭の上にもふっと乗っかった。


『どういうことだ?』


 目が眩んで動けないでいる魔獣をぐるりと見渡して、うん、と頷いた。


「私、この魔獣たち、ほとんど見たことがあるんです」


 ようやく視界の戻ったゴドーが、顔をしかめたままでこっちを向いている。


「エドワードさんが、私を呼び込んだのは、間違いでも当てずっぽうでもなかったんです。ねぇ、ユジィ、本当にすごい魔術師だったんですね」


 頭の上でユジィが胸(?)を張る気配がした。


「あれは、去年の文化祭でした。とっても、リアルだよね、ってクラスメイトと話してたんです」

「文化祭? クラスメイト? 君は何の話をしているんだ?」


 ゴドーの問い掛けに、私は羽織ったマントに手をかけた。


(文化祭やクラスメイトなんて単語、知らないとオウム返しに出来ないよね)


 勢いよく、マントを脱ぎ捨てる。恥ずかしいが、濃緑チェックのリボンと膝上スカートに指定外のベストというユジィ改造後の制服姿のお披露目だ。


「そ、それは―――」

「その人は美術部でも何でもなかったんですけど、模擬店をする自分のクラスの壁に描いた絵を貼っていたんです」

「何を、何を言っているんだよ……」


 ゴドーが目に見えてうろたえている。それに影響されてか、魔獣たちもまごまごとしていた。


「クラスメイトにからかわれながらも、更に描き上げていました。その表情がすっごく生き生きしてたのを覚えてます」


 私は、ウサギを指差した。


「もう、忘れてるかもしれないけど、このウサギ、羽根が生えてて可愛いですねって声をかけたら、物理的に考えたら飛べないんだけどね、なんて答えてくれました」


 そっと胸を押さえて、続ける。知らない人じゃないし、もう、敬語の必要もない。


「今年、同じクラスになれて嬉しかった。人を楽しませるのが得意で、いつも笑いの中心にいたよね?」


 ゴドーの両手が震えていた。


「ユジィの言う通り、確かに外見は人並み以下かもしれないけど、でも、それを補って余りある『輝くもの』があったの! だから私、休み時間も予習するフリとかしながら、ずっと見てたし、……もっと話してみたいと思ったから、告白、したの」


 恥ずかしさで、私の声はどんどん小さくなってしまった。でも、ちゃんと、言わないといけない。声を荒げてはいけないというしつけを振り切ってでも。


「私、そんな後ろ向きの考えする人だとは思わなかったよ、後藤、修くん!」


 頭の上に陣取ったままのユジィを軽く押さえながら、私はゴドー、もとい後藤くんの脇を走り抜けて砂時計の方へ向かった。


「ねぇ、ユジィさん。これ、上の部品を持ち上げれば、くっついたりします?」

『あ? あぁ、試しにやってみろ』


 話についていけていないユジィは、まだ混乱しているようだった。


『動揺は誘ってるから、もしかしたら上手くいくかもしんねぇ』


 砂時計は大きく、上のパーツだけでも両手で抱え上げられるか、というほどだった。

 ガラスのようなツルツルの表面に手をかけたとき、


「君、もしかして、藤谷……?」


 掠れた声で名前を呼ばれたけれど、顔を見たくはなかったから、背中を向けたまま答える。


「そうだよ。ここの人に呼ばれたの」


 砂かガラスか、重みのあるパーツはとても持ち上がりそうになかった。


「何だよ、そのカッコ。別人みたいじゃないか」


 ぼそぼそと呟く声が聞こえた。


「……あの話、聞いてたんだよね? どうして、もっと、怒らないのさ、憎まないのさ!」

(怒る? 憎む?)


 そんな風に思っただろうか? いや、昨日の夜は―――

 あたしは、震える胸をそっと押さえて、ゆっくりと後藤くんに振り向いた。


「悲しくて、目が溶けるぐらいに泣いたよ。でも、後藤くん本人の口から返事をしてくれるまで、フラれたとは思わないようにしたの。だって、目を見て話を聞かないと、……ちゃんと、受け止められない、から」


 変に気を遣わせないように、と笑おうとしたけれど、何故か、涙がこぼれた。


『っつーか、藤谷とか、マジないわー』


 あの時にえぐられた傷は、まだじくじくと痛みを訴えている。後藤くんの言葉ではないけれど、それでも―――


「そんな顔も、できるんだね」


 モスグリーンの長衣は、いつの間にか見慣れた制服に変わっていた。


『お、おい、これは……』


 ユジィの声に振り向けば、あんなに重かった砂時計のパーツが、ふわりと浮き上がっていた。


『やったぞ! これで時間が動く!』


 ユジィがポンポンと跳ねた。

 砂時計は壊れる前に巻き戻るかのように、元々あった姿に戻って行った。そして、砂が流れ落ち―――


「ひゃっ?」


 いきなり、景色が遠ざかった。


『ありがとな、お前のおかげだ』


 ユジィの声も遠く離れて行く。ぐんぐん後ろに引っ張られるようにして、私は―――



 ◇  ◆  ◇



 見慣れた廊下に立っていた。

 目の前には「2-E」というプレートが掲げられたドアがある。

 その向こうから、爆笑が響いてきて、私は肩を震わせた。


「すげー、後藤ちん。ドSだわ」

「イエスかノーのコマンド入力待ちのコンピュータに、保留って!」


 ゲラゲラと笑う男子の声。これは、聞き覚えがあった。


「っつーか、藤谷とか、マジないわー。後藤ちん、かわいそ」

(なんで? よりにもよって? 二度と聞きたくないと思ってたのに!)


 胸の痛みでどうにかなりそうだ。


(そうだ、時間が止まってから丸一日って―――)


 まさか、あの砂時計が止まった瞬間まで巻き戻ったとか、そういうこと?

 昨日の通りなら、とにかくここから離れないと、いけない。また同じ会話を聞くなんて、とても耐えられない!


「お、おい、後藤ちん?」


 驚く男子の声とともに、目の前のドアがガラッと開いた。


「げ、藤谷……」

「やべ」


 目の前には、後藤くん。そして、彼と仲の良い男子数名が、決まり悪そうにこちらを見ていた。

 だめだ、涙が溢れてきそう。

 早く逃げないと、と思った私の手を、後藤くんが掴んだ。


「ちょ、放し、て」

「―――別に、藤谷のこと嫌いじゃないし」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「あと、去年の文化祭の時のことも覚えてるよ。面と向かって誉めてくれたの、藤谷だけだったし」

「え、あ、あの……」

「メガネ取ったら? 伊達メガネっていうのは知ってるから。っていうか、取るよ?」


 状況が把握できずに、アワアワとしている内に、メガネを取られてしまった。


「あと、髪おろした方が、かわいかった」


 聞き返す間もなく、三つ編みおさげを止めていた黒い髪ゴムをぐいっと取られてしまった。


「後藤くん、何を―――」


 もっと表情出しなよ、と言いながら、後藤くんは、三つ編みを手で梳きながらほどいていってしまう。


「佐藤、清水、鈴木。藤谷さんに謝ってよ」


 呼びかけられた男子が、こちらに向かって手を合わせて拝む仕草をした。


「ごめん、藤谷。ちょっと言い過ぎた……?」

「茶化したらマズいのは分かってたんだけど……?」

「つい、チョーシこいたこと言って……?」


 三人三様の謝罪を口にして、なぜか全員が言葉の途中で口をつぐんでしまった。


「おい、マジか……?」

「いや、でも、藤谷だよな?」

「メガネ、ダテだったのかよ」


 ボソボソと何かを話し合っているみたいだけど、私の耳にはよく聞こえなかった。

 何だか、呆気に取られて、というか、驚いてるような―――?

 耳を澄ませたら聞き取れないかと考えたところで、目の前の後藤くんが声をかけてきた。


「保留にしてた返事、今でいいかな? いいよね? うん、付き合おう」

「え? あの、ほんとに?」


 後藤くんはにこにこと「だから、もっと表情に出しなよ」と指摘する。


「うん、嬉しい……」


 苦しいほどに詰めていた息を吐く。でも、少し恥ずかしくて頬が赤らむのが分かった。それでも、嬉しいのだと後藤くんに教えるために、うつむかずにまっすぐ彼を見た。

 細めた瞳から、ぽろり、と涙がこぼれる。


「あれ、ごめんなさい、なんか、止まらない……」


 困った顔の後藤くんが、指で涙をすくい取る。


「うーん、あの時みたく、かわいい格好して来て欲しいけど、ちょっとイヤかもなぁ……」


 その後藤くんのセリフは、どういう意味だったのか、結局分からず終いだった。



 ◇  ◆  ◇



 そのまま、私たちは付き合うことになった。

 私は、相変わらず三つ編みおさげだけど、前髪は少し、短くしてみた。スカートも膝下丈から、膝丈にこっそり裾上げをしている。靴下も、たまに紺のハイソックスを履くようになった。メガネは、散々悩んだけれど、やっぱりかけている。フレームのない視界に、どうにも慣れないからだ。

 後藤くん相手に練習しながら、少しずつ表情を表に出すよう頑張っている。なぜか、頑張り過ぎなくてもいいと言われるが、せっかくだし、意識しなくても自然と表情を出せるようにしたかった。

 あの砂時計が時間を管理する世界は、夢だったのかどうだったのか分からない。

 でもある日、後藤くんはスケッチブックを広げて、私に尋ねて来た。


「ねぇ、これ、藤谷が書いた?」


 白いページの端っこに、ライオンみたいな尻尾を持った、もこもこの毛玉が描いてあった。

 私は首を横に振って否定したけど、少しだけ考えてから手にしていたシャーペンで「ユジィ」と書き加えた。

 結局、あの世界がちゃんと元通りになったのか、私を呼んだエドワードさんも無事だったのか確かめることはできない。

 でも、ユジィが最後にお礼を言って来たのは聞こえたから、きっと。


「不思議だよね。結局、あれはどこだったのかな」

「うん、でも、きっと」


 私は続く言葉を飲み込んだ。とても恥ずかしいセリフだと気付いたからだ。


―――きっと、あなたと付き合っている間は、あの場所に行くことはないと思う。


なんか、色々とお約束な展開で申し訳ありません。<(_"_)>ペコリ

蛇足ながら、次回彼視点で完結とさせていただきたいと思います。

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