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その2:問答無用で毛玉に改造されること。

 ユジィに鬱屈と言われてヒヤリとした。

 確かに色々と思うところはある。

 私の家は、同じクラスの友達に比べて、随分と厳しいしつけがされている。

 人に迷惑をかけないように。

 見られて恥ずかしくない格好を。

 言葉は正しく。

 慌てたり騒いだりするなんてみっともない。

 大口を開けて笑うなんてはしたない。

 先生の言うことには従いなさい。

―――そんな、たくさんの言いつけが私を縛っていた。


 私の髪型は三つ編みのおさげになり、表情を少しでも隠せるように伊達メガネをかけ、制服は律儀に規定に従って改造もしないまま。

 成績を優秀に保っていることもあって、ついたあだ名は「コンピュータ」。

 どこで間違えたのか、そもそも間違ってもいないのか、分からないまま、私は私のままで過ごしていた。

 それでも、昨日のアレがなければ、ここまで自分の現状に疑問を感じなかったのだろうに。



 ◇  ◆  ◇



『もう、目ぇ開けてもいいぜ』


 ユジィの声に、私はおそるおそる目を開けた。

 視界がまだチカチカとしていたが、石壁と、石像と、白い毛玉はちゃんと見えた。


「何のために、光ったんですか?」

『あぁ、それは上に行ってから話す』


 何かを企んでいるような声音に不吉なものを感じたけれど、私は先を行くユジィに従って階段を上がった。まだ、さっきの光の影響か、視界に違和感があるけれど、歩く分には支障はない。

 上った先は、世界名作劇場に出てきそうなカマドと、簡単な食卓のある部屋だった。窓の外には、曇った空と灰色の町並みが見えている。さっきまで居た部屋は地下にあったらしいとそこでようやく理解した。


『それ見てみな』


 にょきっと伸びた尻尾で指し示されたのは、大きな窓だった。それにしても、あの尻尾、伸縮自在なんだろうか。さっき触った時には、そんなもの見あたらなかったんだけど。

 覗いた窓の向こう側には、うちの高校の制服を来た女子が立っていた。タイミングが悪かったのか、絶句してこちらを凝視している。


「動けるのは、私たち二人しかいないんじゃありませんでしたっけ?」

『そうだな』


 それなら、と窓の向こうを指させば、ちょうど彼女もこちらに人差し指を突きつけて……


「えぇと、ユジィさん?」

『ユジィでいいぜ?』


 毛玉がからかうように、くるりと回った。


「もしかして、これ、鏡でしょうか?」

『そうだな』

(いや――――っ!)


 思わずしゃがみこんで顔を伏せた。

 メガネはどっかに行ってるし、目にかかるぐらいのギリギリの位置をキープしていた前髪は眉のラインまで切られてたし、……っていうか、三つ編みが! あと、うちの学校はパーマ禁止です!


『オレの趣味で整えたが、悪くねぇだろ。元々素材が良いんだから、ちゃんと磨けよ』


 私はよろよろと立ち上がり、もう一度自分の姿を確認した。


「……あ、眉毛も抜かれてる。スカート短いし、紺のハイソックスになってる。学校指定のじゃないベスト……」


 ぶつぶつと間違い探しのように変わってしまった所をつぶやく私に、褒めろとばかりにユジィが『どうだ?』と尋ねて来る。


「正直なところ、……これまでの私を全否定された気分です」

『あんなダサダサのカッコで、ヤツを誘惑できるわけがねぇだろ』

「ハイソウデスネ……、え、今、何て?」

『誘惑』


 私は鏡の前を離れ、食卓のイスに腰掛けた。木のイスは固く、お世辞にも座り心地が良いとは言えないが、学校のイスと似たようなものだろう、と諦めた。


『だってよ、お前みたいな女が、力付くでヤツを止められるわけねぇだろが』


 確かに運動神経がないのは自覚している。でもそれと同じくらいに、色気がないという自覚もあるんだけど。


「えぇと、色仕掛けという結論に至ったのは理解できました。けど、一応、そこに至るまでの途中経過というか、そもそもヤツってどんな人なのか、とか、聖遺物って結局どういうものなのか、とか、もう少し説明して欲しいです」


 いつにもまして平淡な声色になってしまったのは、意識してのことではなかった。色々と理解が追いついていないのだ。


『魔獣使いゴドー、というのがヤツに付けられた名前だ。それが本当かどうかなんて知らねぇが、な』


 ユジィは、目下の敵についてようやく私に説明をしてくれた。

 ゴドーは、ずいぶん以前から国外れに異形の怪物を召還し、暴れていたそうだ。だが、人の少ない場所だったこともあり、そのまま放置されていたらしい。

 それが昨日、突然魔獣を従えて、聖遺物の納められている神殿へ強襲をかけ、とうとう時を止めてしまったのだそうだ。


「その、聖遺物っていうのは、どういうものなんですか?」

『そうだな、形は、……ニホンで言う、砂時計にそっくりだな。ま、お前の倍ぐらいの高さはあるけどな』


 時間を司るのが砂時計。何だか随分とお粗末な、と思わなくもない。


『今はヤツの手で、ちょうどくびれた部分がぶったぎられてる。砂が流れない限り、時間は動かねぇ』

「え、それ、直せるんですか?」

『直す必要はねぇんだ。切られてるように見えても、聖遺物は物理的に壊せるもんじゃねぇからな。単にゴドーが時の流れを拒む願いが、聖遺物の守りを凌駕したってだけの話で―――まぁ、要はヤツの気を逸らしゃ、聖遺物は勝手に戻るってことだ』


 途中からチンプンカンプンになっていたが、ユジィの分かりやすい説明で、なんとなく納得した。いや、まだ手段に納得できたわけじゃないけど。


「それが、どうして色仕掛けになるんですか?」

『見た目が残念なヤツだからな。お前みたいのでも、騙されてくれんだろ』

「……あーそーですか」


 私の投げやりなセリフに、ユジィは苛立ちを示すようにぶわり、と膨れた。


『じゃ、魔獣をどうにかできんのか?』


 その言葉に私は立ち上がり、カマドの近くにひっかけてあった果物ナイフ(のような刃物)を掴んだ。


『おい……?』


 鞘から取り出し、刃を確認すると、刃こぼれ一つなくきれいなものだった。鞘は革だったのだろうけど、時間が止まってしまった影響か、石のように固く重くなっていたので、鞘だけを棚に戻す。


『何考えていやがる』

「色仕掛けなんてしなくても、切りつけられれば痛みとか恐怖とかで、何とかなるんじゃないですかー?」


 ユジィの言葉を聞き流し、私はスカートのポケットを探った。いつも通りならハンカチがあるはずだ。


『人の話を聞けってんだろうが! ―――ん?』


 ハンカチでぐるぐると刃の部分を巻いていた私は、一緒にポケットから転がり落ちた物に気づいていなかった。


『お、おい、何だこれ』


 あわてた様子のユジィの声にようやく振り向いた私は、ユジィがいじくり回していた落とし物を引ったくった。


「~~~~~!」


 言葉にならない。顔が火照っているという自覚はある。

 だが、次のユジィの言葉に、全部ふっとんだ。



『それ、ゴドーじゃねぇか』



「……え、と?」

『てめぇ、ゴドーの手先だったのかこの野郎!』


 ユジィが勢いよく私の顔面に体当たりをしてくる。

 ぼふっと毛に埋まり、一瞬だけ呼吸を忘れた。


「ちょ、ちょっと待って、……ください。ゴドーって」

『うるせぇ、ゴドーの絵姿なんて持ち歩いておきながら、ゴドーと何の関係もねぇなんて』

「だから待って!って」


 私は二度目の体当たりをしようとしていたユジィを、わしっと掴んだ。

 恥ずかしさを堪え、落とし物=生徒手帳を開く。表紙の裏側に挟んでいたのは、一人の男子の写真だ。


「これは、同じクラスの後藤くんの写真です」

『ゴトウ? ゴドーじゃねぇのか? いや、その微妙な造作といい、暗そうな目元といい、どう見てもゴドーだろ。……つーか、何でそのゴトウの写真なんて持ってんだ?』


 それを聞くのか、と私はため息をついた。


「……好きだから、です。告白も、したんですから」


 ユジィはそれ以上は聞いてこなかった。まぁ、「告白した」と過去形で話したことが全部の説明になっているんだろう。


『もしかして、ヤケになってねぇか?』

「……だって、周囲に嫌気が差していると、ここに来やすいんでしょう?」


 じわり、と涙がこみあげそうになるのを、気力で止める。泣くのは迷惑になる。だから、止めるんだ。


『あーあー、オレが悪かった。そんな言い方すんな。っていうか、分かりにくいんだよ。怒りたきゃ怒ればいいし、泣きたきゃ泣けばいいのに、なんっでお前は無表情かなぁ?』

「……泣いても、怒っても、周りの人に不快な思いをさせるでしょう?」


 だから、私は感情をできるだけ表に出さないんだ。


『オレだけしかいねぇし、オレも許可してやっから、とっとと爆発させちまえ』


 あっけらかんと言われ、私の体から力が抜けた。


「なん、で、そんなこと言うんですか……?」


 ぽろり、と涙がこぼれる。


『やせ我慢してるヤツ見ると、腹立つんだよ』


 どこかばつが悪いのか、毛玉がゆらゆらと揺れる。

 時が止まった世界。

 ユジィ以外に誰もいない世界。

 私は……


『―――あ、声は控えめに』


 ユジィの注意に出鼻をくじかれつつも、食卓に突っ伏して呻くように泣き出した。


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