過保護な人
連載が詰まってるときに気分転換に書いたものです。
その場のノリで書いているので拙いところも多いです。
ときどき自分でもこんがらがってしまうのでうまく皆様に意味が伝わるといいなぁと思います。
彼は優しく目を細めて、いつもそんな風に言う。
『過保護だからね』
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彼に会ったのは私が小学校に上がった年。団地に引っ越して来た彼とその家族に子供から大人まで皆、興味津々だった。
新しい人達が入ってくるときはいつも子供も大人も浮き足立ってはいたが今回は別格だった。なんでも旦那はエリート、奥様もキャリアウーマン、子供は美形となんとまぁどこの異世界の人ですか?という感じだ。
ちなみに私の家族は平凡に平凡を塗り重ね、平凡で丁寧に梱包したような家庭だ。父は頑固親父、母はパートタイマー、兄はアホ。妹の私はアホじゃないはず。アホは兄だけに限定しておいてほしい。
そんなこんなで平凡家庭とあんな異世界家庭に縁なんてないわぁー回覧板回すくらいだわぁーと母もいっていたし、私も異世界には興味がなかった。
…実のところ、あの頃の私は自分だけの秘密基地を作ろうと、それだけに必死で他のことなんて考えてられなかったのだ。
しかしすぐにあの『アホ』がやらかした。兄だ。アホの子の兄だ。私がようやく見つけた団地の隣の林の中。鳥が巣を作るが如く木と木の間をかき分け作った木の洞穴。母に叱られるのでちゃんと毎回持ってかえって洗っているビニールシートの上に兄は土足で登場した。
「コータロー、これが妹のミヤコ」
平然と言い放つ兄に私は叫んだ。
「なんで、なんでおにいちゃんがここにいるにょぉーー?!」
至極もっともな意見だったが、今考えればバレないわけがない。私自身が食卓で『秘密基地をみつけたの!』と口に出したし、小学4年わんぱく盛りの兄が秘密基地だなんて面白い話を聞き逃すわけがない。
そう…学校が終わり、前日に母に用意してもらったお菓子やらビニールシートやらが入ったリュックを担いで家から出たときから私は兄につけられていたのだ。
自分だけの秘密基地を兄に汚され、私はガックシと肩を落とした。おにいちゃんのばかぁとポロポロと涙が頬をつたう。
「ミヤコちゃん?ごめんね、泣かないで」
脳みそ空っぽの粗野な兄とは違う、優しい手が私を撫でた。背中を頭を頬を、壊れ物を扱うように優しく優しく。
これが異世界家庭の美形子供、孝太郎と、平凡家庭で兄はアホの私の出会いである。
あの後、幼い私は彼の優しさにほだされ、兄と彼の秘密基地の滞在を許可した。私の持ってきていたお菓子を3人で食べながらトランプで遊んだ。兄と彼は仲が良く、気心の知れた仲といった感じだった。
きっとこれが親友なんだなと憧れを抱いたのはは良い思い出だ。
しかし家に帰って驚愕の事実を私は知ることになる。
「親友?や、すげぇ気が合うけど俺とコータローは今日初めて会ったぜ」
ミヤコ追いかけてたら見かけない顔がいたから声かけて連れてったんだ。アイツ、一人っ子だから妹が欲しいっていってたから可愛くねぇよってみせてやったんだぜ。
とペラペラいう兄のコミュニケーション能力の高さに小学1年生ながら人間関係に挫折しそうな私は恐れを抱いた。こいつ…ただのアホじゃねぇ。
兄と彼は順調に親交を深め、1年後には大親友となり、自然と家庭同士のお付き合いも増え、私は彼を兄のように…いや兄はアホだったので兄以上に慕い始めた。
彼への想いに気がついたのが中学校に入った頃。ある日ふと『これ、恋じゃね?』と思ったのだ。
3歳年上の家族ぐるみで仲の良い優しいお兄さん。上手くいかないことがあって落ち込んでるときには励まして助言してくれる。頑張ったら褒めちぎってご褒美をくれる。好きにならないわけがない。
猪突猛進、亥年の私は即告白した。
進学校のブレザーに身を包んだ彼は即否定した。
「ミヤちゃん、それって刷り込みじゃない?」
私は急いで帰宅し、刷り込みを辞書でひいた。
【刷り込み(すりこみ)】
生まれたばかりの動物、特に鳥類に多くみられる一種の学習。心理学では刻印付けとも訳す。
辞書のそのページを握り締めたまま、また私は彼の元に走った。
「すりこみじゃないよっ!」
私、鳥じゃないもん!とばばーんと辞書を掲げて胸をはった私に彼はこういった。
「俺は過保護だからね」
意味がわからず首をかしげる私を目を細めて笑って彼は話を続けた。
「励ましも助言も、誉め言葉もご褒美も。つい過保護だからね、しちゃうんだ。アズマにも『あまり妹を甘やかすな』っていわれるよ」
ますます意味がわからず私は自分の馬鹿さに悲しくなってきた。そんな私をぷっと声を出して笑って、優しく頭を撫でた。
そしてこの話は終わりとばかりに『そういえば母さんがまたミヤちゃんで着せ替えしたいっていってたよ』と話題を変えた。よければ明日家においでよとにこりと笑って彼はまた明日と去っていった。
告白の返事は誤魔化されてしまったようだった。
あれ以来、何かにつけて彼は『過保護だからね』というようになった。中学の頃にはどちらの家庭も家を買っていてちょっと家は離れていたのに、私が華道部に入り帰りが遅くなるときには迎えに来てくれたり、朝遅刻しそうなときに自転車で近くまで送ってくれたりしてくれて、絶対大変なはずなのにそんなときも『過保護だからね』と一言で片付けられた。
彼との関係が少し変わったのが高校に入学した頃。彼は大学生になって遠い大学にいった。兄もどっか行ったが『こうにぃ』と彼にずっとくっついていた私は彼がいなくなったことだけがただ寂しかった。
母とこうママ(彼の母親)に薦められ始めた料理教室や部活の茶華道部の稽古にも身が入らず、落ち込む私に久々にアホの兄から電話が入った。
「ミヤコ、こっち遊びに来るか?」
夏も過ぎ涼しくなってきたし、ちょうど三連休もあったしで私は兄の元に向かった。あわよくば兄と同じ地域に住むこうにぃに会えるかもと期待を胸に抱いて。
久々に会う兄は茶髪が似合わなさすぎて、お腹がよじれるほど笑いこけた。こうにぃに会いたいというと兄は反対だという。コータローは好きだがお前と会わせるのは嫌だと拗ねる。
そういえば私が告白したあたりから兄は私とこうにぃを会わせたがらない。何て迷惑。非常に迷惑。
駄々を捏ねに捏ねて、せめてこうにぃの住んでいる所をバスで通りすぎるだけという微妙な譲歩をしてもらった。兄はアホなだけでなくケチだ。
不貞腐れながらもこうにぃのマンションの前を通るときはワクワクした。
教えてもらったこうにぃの部屋。マンション7階の一番左。ドアの前で女の人と腕を絡ませながらドアを開けるこうにぃと目があった気がしたのは、多分私の気のせいだね。
私に何て声をかけたら良いのか分からないらしい兄はただ乱暴に私の髪をグシャグシャにする。全然違うのに優しく撫でるこうにぃの手を思い出して涙が止まらなかった。
連絡しても返事がなかったのも、夏休みに帰ってきてくれなかったのも、きっとあの女の人が原因。
泣いたらスッキリしてあの優しい過保護な人に自分がどれだけ依存していたか理解した。こんな恋心すっきり忘れて独り立ちしようと心に決め、私は落ち込むのは辞めた。
自分が吹っ切れてないんだと気がついたのは大学に入学した頃。思いきって地元からも兄とこうにぃからも遠い大学に入学を決めた。
引っ越しの前夜、彼は私の前に姿を表した。染めていないのにほんのり茶色の髪に、ノンフレーム眼鏡のレンズ越しに見える優しく細められた目。
ドクドクと騒がしい心臓に忘れきれない恋心を嫌でも自覚する。
「ミヤちゃん、久しぶり」
といった彼に何て返したかなんて覚えていない。緊張で口のなかがカラカラで言葉が喉にひっかかってでもどうにか言葉を紡げてよかった。
「女子大の栄養学科に進むんだって?」
「…うん、こうマ…おはさんたちに薦められて始めた料理が案外私にあってたみたいで…」
おどおどと語る私を昔のように優しい目で彼は見つめる。錯覚しちゃダメ。彼には女の人がいて、私のことなんて妹くらいにしか思ってないんだから。
「…それで、管理栄養士の資格をとろうかなって」
「そっか。頑張れ、ミヤちゃん。応援してる」
頭を優しく撫でる手を嬉しいながらも少し疎ましく感じてそっとその手から逃れる。
「こうにぃは優しいね」
「…過保護だからね」
帰ってきたセリフは予想通りでちょっと笑ってしまった。『あぁ、これ、引っ越し祝い』と彼がくれたのは大きな熊のぬいぐるみ。ほんのり茶色の毛皮が彼の髪色そっくりだったのでまた今度ノンフレームのだて眼鏡を買ってあげようと決めた。
「ありがとう、こうにぃ。大事にするね、ばいばい」
やっぱり彼の傍にいると想いが溢れそうになってしまうので、急いで別れの言葉を口にして離れる。
「…過保護だからしょうがないよね」
呟かれた言葉は聞き逃したまま。
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あれ?なんかおかしいな?と思ったのは妹が俺の親友に告白した時。俺は物陰から密かにその光景を見ていた。けして覗きじゃない。
「ミヤちゃん、それって刷り込みじゃない?」
コータローがそういうとバカワイイ妹はちょっと待ってね!と元気に言い捨てて家の方向に走っていった。
その時コータローの口元が不自然に歪んでいたがきっと妹のような存在から告白されて驚いてるんだろうと納得した。
五分とたたずにバカワイイ妹は辞書を片手に戻ってきた。
「すりこみじゃないよっ!」
黄門様の印籠のように掲げられた辞書には…いや、辞書の字とか小さすぎて見えるわけないじゃん。無理無理。俺、両目ともにギリギリッ視力1,0だし。
「俺は過保護だからね」
コータローの言葉に首をかしげる妹。大丈夫だ妹よ、お兄ちゃんもコータロー君の言うことが意味不明です。
妹を残して爽やかに去っていくコータローに『さっきの過保護だからねってどゆこと?』と素直に聞こうと、奴の後を追いかける。
もちろん妹にはバレないようにわざわざ迂回してコータローの家の前を目指す。玄関前にコータローの姿を見つけ、声をかけようとしたその時俺は目撃した。
にやりと怪しく歪む口元に手をもっていく、その姿を。
「…刻印付け、ねぇ」
俺なしじゃ駄目なくらい刻み付けてやりたいよと笑う奴から感じるのはたしかな狂気。あれ、コータロー君ってばキャラ変わってない?別人かな?
「こ、こーたろー…」
つい声が出てしまい、奴に俺の存在がばれる。ピタッと一時停止してしまったコータローだが3秒後にはいつもの爽やか笑顔を浮かべてこちらを向いた。
「やぁ、アズマ。久しぶり?」
奴は誤魔化すことにしたらしい。一瞬、なぁんだ~さっきのは夢か~とか思いそうになったがいくらバカでも騙されないからな!
「ッ久しぶりじゃねーよ!お前、なんなんだ?!」
「…やだなぁ、そっちこそ突然なんだよ」
鉄壁の笑顔でスルーしようとするコータロー。しかしスルーなんてさせてやるかこの野郎。
「見てたぞ!さっきの妹とお前!」
あとお前の胸くそ悪い笑顔もな!と付け加えて言う。真顔に戻っていたコータローは遠い目をして『…ふむ』と思案すると俺に向かってこういった。
「…なぁ、アズマ。俺、ミヤちゃんが欲しいんだけど協力してくれない?」
「却下だ!」
即答だ。ミヤコは俺が守る!コータローは良い奴だが残念ながらミヤコは誰にもやらん!
ほしいんなら俺の屍を越えていけとコータローに向かって啖呵を切る。そのあと奴がどう行動したかというと…理詰めで俺を屍にしようとしてきたのだ。
気がついたら奴の家にお邪魔していて奴の部屋に座っていた。奴の理屈攻撃に俺の頭はもうすでにショート寸前だ。
「だからね、アズマ、わかるかな?さっきからずっと説明してるけど、俺はミヤちゃんを妹としてなんか見てなくてね…」
「ならばなんだ!レディファーストにしては過保護すぎるぞ!やはり妹をやらしい目でみてんのかこのやろー、おしゃまさんかっ」
「…や、俺らもう16になるしおしゃまさんはおかしいだろ。アズマ、ちょっとおちついて」
おしゃまさんはおしゃまさんだろ。おかしいのはお前だ。変な目で俺の妹を見やがって。許さん。
「うん、流石の俺もアズマにはお手上げだよ。まったく話が進まないし通じない」
今、ちょっと俺をバカにしたな。甘いぞコータロー。馬鹿と天才は紙一重、つまりお前もバカだ。
「ちなみに『俺は過保護だからね』ってどういう意味だ?」
俺の質問にコータローは『あぁ、あれね』と顔を陰らす。
「もう隠すのもめんどくさいし、俺とアズマの仲だからいうけどさ。俺って性格がちょっと歪んでるみたいでさ、独占欲強いし執着心も強いんだよ。
そんな俺がミヤちゃんには格別執着しててね。なんというか初めて会ったときから可愛くてしょうがないし」
あの時の泣き顔やばかったとコータローは照れたように頬を掻いた。俺は頭がショートしている上に、始まった長い話で茫然自失している。
前置きが長くなったけど…とコータローは続ける。
「だからさ、ミヤちゃんをとことん甘やかしてあげたいし他の奴等には渡したくない。けど、この気持ちを恋だとか愛だとか名付けちゃうと俺、暴走しそうで…」
「絶対に暴走はするな!」
カッと脊椎反射で突っ込みをいれる。コータローはあははと力なく笑って大丈夫だという。
「暴走したらイロイロしちゃうからね、お互いが大人になってからじゃないと」
「大人になってもするな!」
というか兄にそんなことをわざわざいうな。『イロイロ』を想像しちゃって悶えるだろうが。妹と親友があんなことこんなことって考えただけでもぞわっとする。
大人になったら手加減しないと凛々しく言うコータローの頭をついしばいて、結局質問への答えがさっぱり理解できなかったと思い出す。
「コータローの話はややこしくてわかりづらい」
「あはは、まー結局は気持ちを誤魔化してるだけなんだ。ミヤちゃんをとことん甘やかすのも傍に居るのも過保護なだけだって言い訳してね」
ほんっとうにこいつの話は俺にはよくわからん。これが学力の差なのかと思ったりもしたがたぶん違うだろう。コータローがちょっとおかしいんだと思う。
「言い訳なんてなんでするんだ?」
「過保護なだけだって言い訳しないと多分、ミヤちゃん愛してるって暴走するよ?俺」
過保護だからね、暴走するであろう俺自身からもミヤちゃんを守りたいんだと軽い調子でいうコータローを混乱のあまりしばく。
「あ、あ、ああ、愛してるって?!」
「いったぁー。ちょっとは手加減してよ、アズマ」
俺がしばいた頭をコータローは痛そうにさする。強くしばきすぎたか?コータローの脳細胞に悪いことをした…っていやいやいやいやいや!脳細胞はどうでもいいから!
「だれがだれを?!あああ、愛してると?!」
「…察して」
「おおおおお前が、ミ~~ッッ!!」
あ、それ以上は黙ってようねーと口を塞がれた。こいつ、笑顔だけど口が笑ってない…。ガチだ!ガチなのか!コータローがミヤコを愛してるって!愛してるって!
混乱を落ち着かせようと目の前のお茶を一気に喉に流し込む。…ホットだった、ざけんな。火傷したじゃないか。
「俺はミヤちゃんを沢山甘やかすし、出来るだけ傍に居る。それはただ単に過保護なだけで恋愛感情じゃないからあの子に『イロイロ』はする気がおきない。…とか、そうやって自分を騙さないと危ないんだよ、俺って」
ふっと笑う姿が様になるのもイケメンだからこそか。
「だけどそれでも時々理性が切れそうになる。…そこでアズマだ!」
「ひゃぃ?!」
ペラペラ語るコータローを傍観してたら突然指を指された。こら、おかーさんに人を指差しちゃいけませんといわれなかったのか。
「協力してほしい。俺、本当にミヤちゃんが欲しいんだ。だから今やらかして嫌われたくない。俺がこの気持ちを素直に表現できるときまで見張ってて」
よしきた、了解。いくらでも邪魔しよう。死ぬまで邪魔し続けよう。俺に任せてミヤコから遠い場所で達者にな。
「…いや、アズマ、お前、理解する気ないだろ…最終的には俺の思い通りにするつもりだし、まぁいいけど」
それから俺は邪魔しまくった。残念ながら高校の時は部活や受験で忙しくて邪魔できなかったしミヤコはまだまだコータローが好きだったが、大学に入ってからはそりゃもう全力で邪魔しまくった。
しょっちゅうミヤコに会いに帰りたがるコータローにバイトを無理やり紹介して、シフトをたっぷり詰め込んで暇をなくさせたり。それでも暇を作って行こうとした時には家の鍵を隠して鍵をかけれなくしてやった。
さらに連絡もとれないように引っ越し前にミヤコの携帯と家の電話をいじって着信拒否し、ミヤコの携帯にあるコータローの電話番号とメールアドレスを俺のサブ携帯のものにした。ミヤコには悪いことをしたと思うがこれもお前のためだ、すまん。
他にもコータローを狙う女にわざと家と休暇を教えたり、コータローのサークルの先輩方を誘って押し掛けたり(俺とコータローは大学が違うので先輩方と知り合うのは骨がおれた)と色々しまくった。
その間に何枚もの新幹線の切符が無駄になったことやら…。コータローめ、諦めの悪いやつ。
ついでにミヤコの恋心を冷ます努力もした。友人に女装をしてもらって玄関前でコータローとイチャイチャしてもらい、そこをバスで通ってミヤコに見せつける。ポイントは女装男子を仕向けるところだ。女だとコータローに触ることすらできないので悩みに悩んで思い付いたのだ。
引き受けてくれた奴が身長はコータローよりデカいしゴツいしでバレるかなーと冷や汗ものだったが、流石俺の妹。ぽろぽろ泣く姿に胸が痛んだが作戦は無事に成功した。残念ながら女装してくれた友人がそっちに目覚めるという悲劇が起こったが、妹のためだし多少の犠牲はしょうがない。
俺の邪魔は完璧だった。失敗したことといえばミヤコが大学で一人暮らしするため引っ越しする前日だ。俺も手伝いで帰っていたため、奴の帰郷を邪魔出来なかった。
餞別に熊のぬいぐるみをミヤコに渡した後の奴の笑顔が邪悪だったのが気になるが、所詮熊のぬいぐるみ。問題はないだろうと放置した。…それがミスだったのだ。
奴め、『過保護だから』という毎度お馴染みの言い訳であの熊に盗聴機を仕掛けたらしい。もう、過保護の領域は越えてると思う。ストーカーかきしょくわるい。回収したいがチャンスを逃し今もあの熊は奴のスパイとしてミヤコの部屋にいる。痛恨のミスだ、すまんミヤコ。お兄ちゃんもがんばったんだけどなぁ…。
そして、5年が過ぎた。
俺もコータローも社会人となり、地元に帰り汗水垂らして働いている。いまだに奴は忙しい合間をぬってミヤコを構おうとするし、俺も奴の過保護とやらの邪魔に勤しんでいる。
ミヤコも無事就職して栄養士として大学のある土地で、一人暮らしをしながら勤めている。疲れるけど充実してると呟いていたとコータローがいっていた。…こいつ、まだ熊で盗聴してやがる。
さて、とにもかくにも邪魔をしてほしいとコータローにお願いされた日から10年も過ぎ11年目に差し掛かったある日。俺はコータローに誘われていつもの居酒屋で呑んでいた。
「なぁアズマ。俺、そろそろいいんじゃないかなって思うんだ」
「なにがだ?」
「稼ぎも地位もあるし、もう暴走しても責任がとれるから我慢はやめてもいいかなって思うんだ」
ミヤちゃんも十分自由を楽しんだでしょ、ってぇぇぇぇぇぇ?!そこで怪しく笑うな!なんか色気が駄々もれしてるぞ!?
「ダメだ、ダメだ、ダメダメだって!」
コータローの襟首を掴んでガクガクと揺さぶる。奴はスカした顔でまぁ落ち着けよといってきた。周囲の視線が集まっていたことに気がつき、気まずく思いながら席につく。
「せせせせせ責任とかそそそそそういう問題じゃなくてな。みみみミミミヤコはだれ、だ、だれにもやらん!」
「でもさ、アズマ。考えてみろよ」
「なんだ?!」
「ミヤちゃんもいつかは結婚するぞ?その相手がどこぞの馬の骨でいいのか?」
犯罪犯すような悪い男かもしれないぞ?と脅してくるコータローに案外冷静に突っ込めた。
「いや、お前も犯罪犯してるじゃん」
盗聴とか盗聴とか盗聴とか。じとっとした目で睨み付けると目の前の犯罪者はハハッと笑って軽く流す。
「俺は過保護なだけだからね」
いや、もうその言い訳は苦しいだろ。一線越えちゃってるからアウトだよ、犯罪は犯罪だ。じとぉっとさっきよりも力を込めて睨むが奴には効かない。
「考えてみろよ。わりと俺って好物件だよ?」
うん、危ない奴だけど顔よし稼ぎよしの好物件だな。
「そりゃ、ちょっと性格歪んでるかもだけどミヤちゃんのこと理解してるし良い旦那になるよ?」
俺ほど良い旦那はなかなかいないと思うけど…とウインクをするキザったらしい仕草も様になっている。うぜぇ。
「外堀を埋めようとすんな、バカ。俺はミヤコが選んだ男ならどんな奴でも認める。が、友人として忠告する。これ以上犯罪は犯すな」
盗聴もそろそろやめろよというと奴は今まで見たことないくらいの良い笑顔で『認めてくれてありがとう』という。や、まだ認めてないけど。お前こそ人の話をちゃんと聞けよ。
苛々とする俺に差し出されたのはコータローの携帯。表示されているのは幸せそうに笑うミヤコとその肩を抱くコータロー。ってぇぇぇぇぇぇ?!いつのまに?!
「な?!これ?!」
「幸せにするね」
当たり前だ、ばかやろぉーーー!!
その日俺は浴びるほど呑んで、吐きに吐き、泣きに泣き、絡みに絡みあげた。コータローは困った顔をしてはいたが本当はニヤけたくてたまらなかったに違いない。
その後3ヶ月の交際を経てコータローとミヤコは結婚し、結婚式で俺がまた荒れ狂ったのは良い思い出だ。
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初めて会ったのは小学4年生の時。偶然出会ったアズマと意気投合し、アズマの妹が潜んでいるという林に連れていかれた。草木を掻き分けた先には小さな女の子がいて大きな目をさらに大きく開いて驚いていた。
アズマに叫んだあと、がっくしと肩をおとしポロポロと泣き始めたその子がただただ可愛くて可愛くて撫で回してやった。
心のなかで膨れ上がったこの気持ちが庇護欲だとか独占欲だとか、ましてや愛情だというなんてそのときには知らなかった。
膨れ上がった気持ちが爆発しそうになったのは高校1年生の時。告白してきた彼女を思うがままに扱ってやろうかと思ったが、思いつく行為の数々にさすがにそれはダメだろと理性がとめた。
「俺は過保護だからね」
口をついて出た言葉に自分で確かにと納得する。過保護ならどれだけ甘やかしてもどれだけベタベタ傍にいても問題ない。だけど過保護なだけだから卑猥な行為を彼女にすることはない。
彼女を一番近くで甘やかして、でも暴走して傷つけないための言い訳。無理やり自分を押し込めた過保護な人間という枠に責任がとれる大人になるまでは大人しく嵌まっておこうとあの時誓った。
予想外のことといえばアズマだ。アホの癖に妹に関することにだけは悪知恵が働くらしい。本当に理性が危ないときに邪魔して俺の目を覚まさせるくらいでよかったのに、全力で彼女と俺の仲を裂いてきた。
時々そんなあいつに本気で殺意がわいていたのは内緒だ。
この過保護という言い訳を捨てようと思ったのは社会人4年目のある日。
彼女が大学に入るときにあげた熊のぬいぐるみに仕掛けた盗聴機から聞こえた『こうにぃ…会いたいなぁ』という台詞にもういいだろと思った。会社でも地位を確立し、部下もたくさん持つ身分になった。貯金もある。もう、俺は、責任がとれる大人になっただろう。
そう思い立った俺の行動は早く 、有給をとり彼女の家へと向かった。アズマに悟られないように行動するのは大変だったが神様も味方しているのかトントン拍子にすすんだ。
彼女の家の前。そろそろ彼女は仕事を終わらせて帰る頃だろうと時計をみる。
「…こうにぃ?」
どうして…ここに?と驚く彼女は最後に会ったときより随分大人びた顔をしていて、熊のぬいぐるみに監視カメラもつけときゃ成長過程も見れたのにと悔しくなった。
「久しぶり。会いたくなったからきちゃったけど…ごめん突然だったね」
「っううん!!私も会いたかった!」
嬉しそうに笑って彼女は入って入ってと部屋に俺を誘う。…簡単に男を部屋に入れちゃダメだよといいたかったけど、これから教えていけばいいかと遠慮なく入る。
簡単なものしかないけどと作ってくれた美味しい料理を食べながら他愛もない話をする。明日は休みだし呑んじゃおうとお酒を持ち出した彼女に、あまり呑みすぎないようにと釘を指す。
「相変わらずだねぇー、こうにぃは」
くすくすと笑う彼女に俺はにっこりと笑って言う。
「過保護じゃないよ?」
「へ?」
立ち上がりつつ、プルタブを開けたばかりのお酒の缶を彼女からとりあげて机の上に置く。こぼれたら後が面倒だからね。呆気にとられている彼女をトンっと押すと簡単に倒れてあっという間に俺の下になる。
「こうにぃ…なに…してるの?」
ぱちくりと瞬きを繰り返す目の前の愛しい人に優しく答えてあげる。
「こうにぃじゃないよ?」
もう俺は『にぃ』ではないからね。彼女の耳元でそっと囁く。
「孝太郎って呼んで。愛しい、俺の京」
急なこの状況に驚いているのか京はあわあわと混乱している。その様子もかわいいので俺の口元はだらしなく緩んでしまう。
「っうええぇぇぇ?いいいいいいと愛しいって、だれがだれを??」
なんかアズマと反応が似てるなぁ。さすが兄妹と苦笑しながら『俺が京を愛してる』と答える。彼女がフリーズしたので、早く再起動してよという想いを込めて柔らかい頬にキスをおとす。
俺がキスした場所をばちんといい音を響かせて手で抑え、痛かったのかそれとも混乱からか京はうっすらと涙を浮かべる。
「ででででもでも!こここ、こうにぃが大学いってからずっと疎遠だったし!なんで?!」
「俺は会いに行きたかったけどねぇ…アズマが激しく邪魔してきて、ね」
やっぱりアズマは一発殴っておくべきかなとアズマの妨害の数々を思い出しながら決意する。
「こうにぃが女の人と玄関前で腕組んでたの見た!」
あぁ、その件がやっぱりくるか。
「あれ、男。アズマの刺客だよ」
「お、おとこぉ?!」
驚く京にそれに関してはアズマを問い詰めてねと言う。
「それは置いといて。京は俺が嫌い?それとも好き?」
「こうにぃ…」
「こうにぃじゃなくて、孝太郎、でしょ?」
「こうに「孝太郎」」
で、好き?嫌い?と覗きこむと赤い顔をそらして蚊の鳴くような声で京は言った。
「す、すき。ずっとすき」
「うん、俺も京から告白される前からずっとすき」
幸せを噛み締めながら俺は続ける。
「でも俺の好きは大きいから、この気持ちを認めちゃって相思相愛とかになったら京を壊しちゃいそうで口に出せなかった」
ねぇ、京。
「…壊しちゃってもいいかな?」
責任はちゃんととるからさ。
返ってきたのは『孝太郎、になら壊されてもいいよ』という言葉で、やっぱり壊すのは出来ないなぁ…大事すぎてと優しく俺は京を抱きしめた。
俺としてはもう結ばれたら即結婚で家庭に入ってもらって、京を囲ってしまいたかったのだけど京の仕事やら新居やら面倒事が多く3ヶ月も遅れてしまった。
…一番めんどくさかったのはアズマの説得だったけど。俺のミヤコは誰にもやらんってシスコンもいい加減にしてほしい。お前のミヤコじゃなくて、もう京は俺のものだ。
「ただいま」
愛する妻の待つ家へと帰る。
「お帰りなさい、孝太郎ーっ」
「おいコータロー、おまえ!」
…なぜお前もいるんだ、アズマ君。じろりとにらむとアズマの手には俺が京にあげたぬいぐるみ達や置物、装飾品に京の携帯まで。
「お兄ちゃんが孝太郎がくれたものをなんか壊してくるのーーーっ」
うぇーんと泣く京は本気で悲しんでいるようだ。ヒヤリと冷たい怒りをもってアズマを強くにらむ。
「…アズマ、なにしてるの?」
「お前がなにしてるんだっつーのーー!!」
盗聴機に隠しカメラ!こんなにぼろぼろ仕掛けてミヤコは囚人か!シスコン兄の嗅覚はすさまじく、俺の仕掛けたその他もろもろがわんさか見つかる。
「俺はあんだけ犯罪は犯すなといったよなぁ!」
通報するぞ!と鼻息荒く迫ってくるアズマ。京は腕の中でのんびりと『お風呂とご飯どっちにするー?』と聞いてきている。かわいい。
「おい!聞いてるのか、コータロー!」
「…俺は過保護だからね」
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私の旦那は過保護な人。
過保護なだけじゃないけれどやっぱり彼は私にとって過保護な人。