第二話
※世界観などに対する説明が入ります。
「はぁ~」
女神の元を辞した私は、重い足取りのまま自分の部屋に向かっていた。
早急に出立の準備をしなければならない。
それもこれも、すべて自分がしたある失敗のせいだ。
昔から自分は、こういう大事なところでへまをして損ばかりしている。
自覚していても、なおすことができない。
さらに気分が落ち込み、下を向いていた私は気付かなかった。
鈍い衝撃が体に走る。
慌てて顔を上げると、目の前には下卑た表情を浮かべた神が何人かいた。
一目で自分との格の違いを悟る。
しまった!すぐに頭を下げるが、もう間に合いそうにもなかった。
「おいおい、痛ぇじゃねえか嬢ちゃんよぉ。どう落とし前つけてくれんだぁ?」
およそ神とは思えない乱暴な言葉遣いに思わず眉を顰めてしまう。
それに目ざとく気づいたのか、顔が一気に険しくなった。
「なんだぁ?てめぇ格下のくせに馬鹿にしてんのかぁ?なめんじゃねぇぞ!この田間命様を!」
これは結構危機的状況だ。まさか田間命だったなんて。
田間命の噂は、下っ端であるカンナギの耳にも入っていた。
琥珀姫の御膳を作る献膳所での仕事仲間に聞いたのだ。
琥珀姫に創られた存在である、<式神>の私達とは違い、琥珀姫が追放された時から追従する<眷属神>。その神力は、<眷属神>の中でさえもかなりの上位に入る。
私など小指で捻りつぶせる。
死を覚悟して目をつぶった時。
「あらら、皆さんこんなところでいったい何をしていらっしゃるんですか?」
私にとってはかなり聞き覚えのある声が響き渡った。
目を開ければ、予想通り目の前で美しい藍色の瞳を瞬かせている美少女の姿があった。
田間命の顔が驚愕に彩られる。
「朝霧様っ!?なぜこのようなところに・・・」
田間命が敬語を使う、数少ない相手。
ーーー琥珀姫の筆頭侍女である、朝霧様だ。
夜明けの神であらせられるそのお体は、一日の始まりを象徴するように幼い少女の外見をしている。
しかし、その神位の高さは姫に次ぐものだ。
「あっ!朝霧様お聞きください。そこなカンナギというものが、己の身分もわきまえずに田間命様にた
てついたのです!これは重大な「宮中禁諸事」違反ですぞっ」
田間命の右横にいた神が声を上げる。
それに、朝霧様は不思議そうに首をかしげられた。
「そうなのですか?私には貴方方が私の可愛いカンナギを苛めていたように見えたのですけれど・・・?」
わざと私の可愛いカンナギを強調して言った朝霧様に、田間命達は蒼白になった。
大かた、私を朝霧様のお気に入りと勘違いして、己の愚かさに気付いたのだろう。
朝霧様は儚げな容姿に見えて、けっこういい性格をしておられるのだ。
「苛めてなどいませんとも!この者の無礼な発言はお気になさらないでください!後でよく言い聞かせておきますんで。おいっ行くぞお前ら」
そう田間命が言うと、一行は風のように去っていってしまった。
私が半眼になっていると、朝霧様がこちらを見て微笑まれた。
「あらら、嘘じゃないですよ。カンナギは大変可愛らしいです」
「ありがとうございます。朝霧様よりそのような御言葉を頂けるとは、このカンナギ「いつもその堅苦しい口調をやめなさいといってるじゃないですか」
ちょっと怒ったように言葉を遮られて、私は困惑した。
だって、当然だ。
自分は<式神>なのだから。
なのに、朝霧様はまるで対等の存在のように私を扱うのだ。
困惑している私に朝霧様は苦笑した。
「まあ今日のところはこれでいいです。それより・・・聞きましたよ。今度は貴女が捜索に行くことになったらしいじゃないですか」
さすが筆頭侍女。情報が早い。
「そこで、私から可愛いカンナギに餞別をあげることにしました!」
なぜそうなる。
私は心の中でつっこんだ。仮にもこの異界で、琥珀姫に次ぐ序列二位の神位を持っているというのに、こんなに下に干渉していいのか。
「さあ私の宮に来て頂戴」
私は抵抗する間もなく彼女の住む有明宮に連れて行かれるのだった。
<用語説明>
献膳所:琥珀姫の食事を作るところ。主人公が働いているのもここ。
<式神>:琥珀姫が追放されてから創った神。力が弱く、ほとんど人に近い。
<眷属神>:琥珀姫が追放される前から姫に忠誠を誓っている神達。その力で、<上位神>と<下位神>に分けられる。
宮中禁諸事:異界での法律。破れば、異界から追放されたり、さらに重い刑罰が科されることもある。