第一話
ーーー光も射さない深い深い闇の中。
少女が一人蹲っていた。
艶やかな黒髪が滝のように広がり、華奢な体はぶるぶると何かに怯えるように震えている。
よく見ると、彼女は蹲っているのではない。必死に頭を床にこすりつけているのであった。
いわゆる日本人にとっての謝罪の最高級ポーズだ。
「ひっ姫様申し訳ございません!!私が至らないばかりに・・・」
「そうね。あなたが至らないせいで、うちの追跡部隊は壊滅状態よ」
ふいに少女の前の闇が蠢く。
そこから現れたのは目を瞠る美女だった。謝罪の最中であるはずなのに、少女は思わず見惚れてしまう。
踵まで届くほどの長く美しい銀色の髪。
人には届かぬほど整った顔立ち。
そして、何よりも目を魅かれるのはその瞳だったーーー
蜜がとろりと融けた瞬間を固めて、そのまま嵌めこんだかのようなうつくしい琥珀色。
この人外の美女は、天津神が高天原より降るずっと前から日の本の民に祀られていた、国津神。
夜と闇の神として畏怖と憧憬を集めていた。
しかし国譲りを認めず、天孫に抵抗したために地上から追放され、名も奪われることになってしまった。
それから何百年たっただろうか。
その間もこの女神は、自分から名を奪った天孫ニニギや、高天原の神々への憎しみを抱き続けていた。
しかし、地上から追放され、異界に住まう女神では、不安定な異界を維持するのに精いっぱいで、復讐することなどできるはずがなかった。
だが、そんな女神にもまだ希望があった。
「カンナギ」
「っはいっ」
ビクリと身を震わせたカンナギと呼ばれた少女に、女神はこれ以上ないほど優しく微笑みかける。
「自分の失敗の始末は自分でつけなくちゃね?我が息子の捜索。次はあなたにいってもらいましょうか」
カンナギの瞳が絶望で大きく見開かれた。
「了解・・・いたしました、琥珀姫様」
とぼとぼとその場を辞していったカンナギを眺め、女神改め、琥珀姫はくつくつと笑う。
琥珀姫の希望、それは彼女の息子だった。
国譲りの争いで負けを確信した時、彼女には生まれたばかりの息子がいた。
追放される前にせめて息子だけでも、とこっそり逃がしたのだ。
それから百年は外界に干渉できないほど琥珀姫が弱っていたため、気づいた時には息子は行方知れずになっていた。
神の力というもので、生きていることはわかっている。
琥珀姫は、復讐してほしかった。
動けぬ自分の代わりに、自分の息子に。
しかし、どれだけ探しても見つからない。
だが・・・
もしかしたら彼女になら見つけることができるかもしれないーーーなぜなら「カンナギ」という存在はあの子にとって・・・
実は彼女を行かせることは確信犯だったりするのだが、そのことは誰にも明かすまいと琥珀姫はひっそりと誓ったのだった。