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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

御伽語

作者: 浅木 恭也

遠くで、兵士達の声が聞こえる。

王宮の奥まったこの部屋にまで燻すような煙が漂っていた。

部屋には豪奢な天蓋付きのベットに横たわる一人の年老いた男と、まだ幼い小姓、それから青ざめた顔色の僧が1人いるだけだった。

王宮の喧騒が嘘のようにこの部屋だけは静かだった。



突然、その静寂を破り1人の男が入って来た。

男は安っぽい赤のマントの下に、汚れてくすんだ鎧を身に付け、血糊のついた長剣を手にしている。

小姓がひっと小さく悲鳴を上げて絨毯の上に座り込んだ。

僧は、より一層青ざめたが何も言わず、老人の枕元に座っている。

男は馴れた仕草で血糊をマントで拭うと、老人の枕元に立った。


「また、随分と萎びた爺さんだな。他の奴らは?」


「誰も…」


僧は静かに首を左右に振ってそう言った。


「ふん…まぁ、いいさ」


面白くも無さそうに笑うと、男は枕元に身を乗り出す。


「おい、もう死んじまってるか?」


その言葉に小姓は目を見開いて男を見た。


「まだ、彼岸にはお渡りになって居られないかと…」


静かな僧の言葉を肯定するように、老人は瞼を半ば開け虚空を見つめる。

男は、老人の様子を暫し見詰めていたが、やがて意を決したように話し出した。



***



俺は東の農村で育った。

物心着いた時には寺で、他の子供達と共に飯を食わせて貰う身の上だった。

村は何にも無い所だったが、村外れの打ち捨てられたあばら屋に、何時からか住み着いた女がいた。

彼女は正気ではなく、何時もはだけかけた服に髪は下ろしたままだった。

普通なら家族もないこのような人間はすぐに餓えて死ぬはずだが、女はとても美しかった。

村の男達は、某かの食べ物や物と交換に女を抱く事が出来た。

俺がそう言う年になる前に死んだから、具合がいいとかそう言うのはわからんが、食べるに困らなかった所を見ると良かったんだろう。

村の者は勿論、誰もマトモに相手なんかしない。

道で行き交えば、酷い時には石を投げられたりしていた。

俺は一度その女に捕まって、何やら訳の分からない事を巻くしたてられた。

『お前は!?よくも!よくもー!!』

どうやら、俺は誰かに似ていたらしい。

女は必死に罵っていたが、やがて何かに憑かれたようにふらふらと去って行った。

暫くして、女は死んだ。

凍った池に足を滑らせて落ちたんだそうだ。

何年か後、寺を出る時に坊主が教えてくれた話しでは、俺はあの女の子供であるらしかった。

女は、ある日兵士によって村に連れて来られ、あばら屋に住むようになった。

始めのうちは、兵士達も居たが、ある日を境に女を残して皆去ってしまった。

その時には、女はもう正気でなかった。

先払いで金を貰っていた村人は最初のうちこそ世話を焼いたが、その内食べ物と引換に女を抱く者が出始め、女は一気に共有物扱いに落ちた。

正気を失った女は、文句も言わず男に抱かれ続け、やがて子供を産み落とした。

女は育てる事が出来ず子供は、寺に預けられ成長し、やがて村を出た。

それが、俺だ。

子供が1人しか生まれなかったのは、村の奴らはちゃんと考えてヤってたんだろうよ。

俺はあちこちを転々としながら傭兵をした。

そして、30年前の話を知ったのさ。



老人は瞼を僅かに震わせて、男を見ようと、目のみを動かした。

男を見た老人の目が一瞬見開かれたように見えたが、やがてゆっくり弛むと遂には何かが抜け落ちてしまった。


「ロズワルド=フィオニス=フォン=セルブレイト、静かなる時を得て今旅立つ」


僧は静かにそう告げると、老人の瞼を閉じる。


「崩御です。君、外の者に」


そう言われ、慌てて駆け出そうとする小姓を男が止める。


「外には死んだ奴しかいないぜ。もう少しすれば、誰かが辿り着くだろう」


小姓は振り返り、僧の言葉を待った。

僧は小さくため息を付くと、小姓に外に出る必要がない事を伝えた。


「貴方も業の深い方だ」


「さあ、どうだろうな」


男は老人の枕元から離れ、扉の横の壁に背を預けて立つ。

その面差しは遂に嫡子を得る事が出来なかった老人に驚くほど似ていた。

僧は小姓に水を持って来させ、慣れた仕草で老人の顔や手足を拭い、略式の印を付けた。

やがて仲間がやって来ると、男は小姓に案内をさせて部屋を後にした。



後に残されたのは、堅い表情のままの僧と王の屍ばかり。

静かに経を唱え出した僧の脳裏には、先ほどの男と30年前に王を拒み一族を潰えさせた美姫が浮かんだ。

彼自身は当時まだ幼く、美姫に会った事はなかったが、その話しは今も尚、国中の語り草になっている。



***



美姫がいた一族は、古く神代から続く家系であった。

今は落ちぶれ、下級貴族にまで身を落としていたが、その古き血筋を敬う者もいた。

娘はひっそり東の領地館で育ち、外に出る事もあまりなかった。

ある時、お忍びで訪れた王は偶然に娘を垣間見、一目で心奪われた。

直ぐに、娘を王宮に上げるように勅命が下り、一族は娘を差し出すと決めた。

しかし、娘には想い合う同族がいた。

青年は娘を想う余りに、使者が来る前夜逃げる事を誓う。

夜が明けると、娘の姿は無く青年は馬屋に倒れていた。

一族は娘を探したが見付からず、王は、娘を出し惜しんだと思い、兵に命じる。

兵は、一族の領地を焼き払い方々を探したが終に娘は見つからなかった。



ただ、王宮ではその話の蛇足として、見付かった娘は王に犯され打ち捨てられたと語られている。

あの男の話しが真実だと示す物は何もない。

また、嘘だと示す物もない。



全ては、王と共に……今はもう何も語られない。



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