3、緑の巨人
リィはまず、右腕を天に掲げて左手でその腕輪を操作した。太い腕輪に付いている発射口から、太く頑丈そうな鎖が飛び出す。先端には、リィの魔力によって具現化された釣り針状の物が取り付けられていた。まるで意思を持つかの様に、鎖は正確に街の門を引っ掛けた。何もかもが巨人サイズなので、閂はおろか鍵もない扉を開けるのにも手順を踏まなければならない。
しっかりと引っかかった事を確認すると、鎖をルトーとリィで持って、力一杯引っ張る。ぎぎぎ、と重い音を立てながら、門はゆっくりと開いて行った。人一人通れる幅まで開くと、先端の釣り針を消して鎖を元の様に収納し、二人は素早く街へと侵入する。
物陰に身を隠しながら進めば、巨人たちに気づかれる事無く進む事が出来た。思いっきり身体を動かす事になると思っていたが、案外楽に進めそうだとルトーは思う。だがクオリアの姿も、PPの姿も見つける事は出来なかった。闇雲に探そうとするルトーを、リィが引き止める。
「闇雲に探すのは良くない、あのうどの大木共の会話に耳を澄ませるのも一興」
不思議な喋り方をする彼女だが、言っている事は正しいので、思い切って二人は大通りの隅にまで進みでた。ルトーが周囲に目配せし、安全だとリィに言うと、少女は瞼を落とし耳に全神経を捧げ始めた。無防備となった彼女を守るため、ルトーはいつでも斬り掛かれる体勢で周囲に鋭い視線を送る。
「……ああ、さっきPPを背負ってた奴が来たわ。どうやら運ばれてきた人間は、一箇所に集められるらしいわ。で、その後捌かれたりして出荷される……」
そこまで言った所で、リィは目を見開き、珍しく動揺した様な表情でルトーを見た。どうしたのかと彼が問うと、リィは焦燥しきった声音でこう言う。
「時間がないわ。すぐにでも……捌く作業が始まるって、言ってたから」
それを聞き、ルトーは視界を邪魔する前髪をかきあげながら言った。
「クオリアは後だ、先にPPを、何としてでも奪還するぞ!」
そう言うと、リィが盗み聞きした加工所に案内し、ルトーはそれに付き従う様に走り始めた。突如出現した高速で走り抜ける人間に、巨人たちは驚いた様な表情を見せたものの、気に留める様な事はしなかった。食糧の一つや二つが脱走した所で、死活問題にはなり得ないからだ。
「ここよ」
二人がたどり着いたのは、石材で作られた、頑丈そうな広い建物だった。ルトーは正面突破を諦め、周りにある窓のどれかからの侵入を提案した。リィはそれに頷き、門をこじ開けたときと同様に鎖を飛ばし、頭上にある窓枠に針を引っ掛けた。
引っ張っても外れない事を確認し、まずルトーが鎖を頼りつつ登り始めた。都合良く、窓は磨りガラスになっていて、二人の影に気づかれる事はなさそうだ。見れば窓に鍵もないという無防備っぷりだった。リィが登って来るのを待って、彼は窓の取っ手に手をかける。
(いち、にの、さんで突入するぞ。良いな)
(ええ、良いわよ)
手に力を込め、窓を開けようとした、その時だった。
「あー、だりぃー……俺も野菜くいてーよ」
根本世界の共通語でない、異世界の言語が聞こえた。同時に大男一人が、立って通り抜けられそうなほどのサイズを持つその窓が、巨大な手によって開けられた。当然ルトーらの姿は露になる。手の主である巨人が、他の巨人を呼ぶ前に、ルトーは窓から飛び降り蹴りを食らわせた。窓の外に残されたリィに向かって、共通語の方で呼びかける。
「仕方ねぇ、強行突破だ!」
少女はこくりと頷き、倒れた巨人をクッション代わりに飛び降りた。異変に気づかれる前に、二人は闇雲に突き進む。ルトーは走りながら、剣を抜き臨戦態勢を取った。リィは鎖の先端に、鋭い刃を具現化した状態で居る。クオリアが不在の今、二人だけでここを切り抜けなければならない。
どうやら突入した部屋は休憩室だったらしい。隣の部屋に出ると、そこには血の臭いが蔓延していた。調理台のような物が並んでいて、ゴミ箱には骨や食べられない臓物などが入っていた。台の上までは見えなかったが、おそらく解体途中の人間が乗っているのだろう。さすがにここまで来ると気づかれたようで、血塗れの包丁をもった巨人たちは一斉に二人を見る。
「人間だ」
「生きのいい人間だ」
「女の方が特に美味そうだ」
「世界樹様への供物に良いんじゃないか?」
ひそひそと言葉を交わす巨人たちに、ルトーは声を張り上げる。
「良く聞けぇこのボストロール共ォ!」
一瞬にして、その解体室に満ちる空気が嫌悪のそれとなった。巨人の言葉を待たずに、彼は次の言葉を叫ぶ。
「命が惜しかったら、解体される前の人間がどこに居るか教えろ! 教えなければ、皆殺しだ!」
しばし沈黙が満ちる。二人がそれを拒絶と受け取り、完全な戦闘態勢に移行しようとした時、部屋の奥から元締めらしい巨人が現れた。他のと同じく、緑の毛むくじゃらだった。そいつはあぐらをかいて座り、ルトーらの視線に出来る限り近づけて、言葉を発する。
「よぉ、俺はここの元締めだ。お前たちは俺らの言葉を理解出来るようだな」
ルトーは反応しない。いつでもタカノメを発動出来る様にして、もしもの事態に備える。巨人は野太い声で続けた。
「解体される前の人間は、この部屋の奥に仕舞われてる。助けたい奴が居るなら助ければ良い」
どういう訳か、意外に友好的だ。そうか、と二人が巨人たちの間を縫って通ろうとした時、巨人の元締めはその手でリィをつまみ上げた。悲鳴を上げる彼女を、ルトーは呆然と見あげ、すぐに怒りを露にする。
「貴様、どういうつもりだ!」
つままれた哀れな少女は、悲壮な叫び声を上げる。おぞましい笑い声を上げ、元締めは答える。
「この少女は頂こう。なに、生け贄にするだけだ」
ルトーは自分の中で、何かが切れる音を確認した。目を見開き、自分でも恐ろしいと思う程の、殺す、という思念を放つ。片手でロングソードを握り、両足で思い切り地面を蹴ると、彼は巨人の元締めの目線の高さまで飛び上がった。そしてタカノメを発動させ、周囲の巨人もろともリィを掴んでいる奴の動きを凍らせる。
「死ねや」
剣を振り上げ、少女を掴んでいる腕に刃を突き立てる。常識はずれな速度で、素晴らしい力を得たそれは、鋭い切れ味を存分に発揮し、筋肉も脂肪も骨も全て断ち切った。綺麗な切り口が残り、肘下から巨大な腕が落下する。
「リィ!」
力を失った手から落ちて行く少女を、ルトーは両腕を広げて受け止めた。すぐに彼女を立たせ、再び剣を構える。いとも簡単に腕が切り落とされた事を、巨人たちは驚いている様だった。リィは両足両腕の飾り輪から一本ずつ、計四本の鎖を出し、それぞれの先端に巨大な刃を具現化した。
巨人の一人が、巨人サイズの包丁を二人めがけて振り下ろす。しかし、素人の攻撃など当たるはずも無く、軽々と避けると彼らは包丁から腕に飛び乗り、そのまま駆け上がると、リィの刃が包丁を持った敵の眼球を刺し潰した。眼球の残骸を彼女は掘り出し、鎖を伸ばして隣の巨人の肩に刃を突き刺す。
一方ルトーは、毛むくじゃらの体表で足を取られながらも、巨人の頭に剣を突き刺し脳をほじり出していた。手で彼を払おうとして来るが、パニックになってるようで全く当たらない。頭蓋骨に丸く大穴を開け、そして頭を蹴り飛ばし、倒れるのを見届けながら次の敵へと飛び移った。今度は頸動脈に、脳漿まみれの剣をあてがいスパッと切り裂く。
「ハハハッ、脆いなやっぱ」
対して力を入れなくとも、冒険者たる彼は次々と巨人を打ち倒して行く事が出来た。時々包丁で刺そうとして来る奴も居たが、ただでさえ血脂を洗い流していないそれは、彼の衣服すら切る事は叶わなかった。
無双し続ける二人の前に、先ほどの元締めが現れる。他の奴らと同じ様にすれば良いと、ルトーはそいつの肩に飛び乗り喉に剣を差し込もうとするが、予想外に硬く剣は弾かれてしまった。一瞬生まれた隙を突かれ、腕で弾き飛ばされ壁に強かに打ち付けられる。
「ルトー、大丈夫!?」
リィが鎖を伸ばし、地面に落ちる前に受け止めてくれたが、思わず吐血してしまった。どういう事だ、とその巨人の元締めを見上げるが、今度は手に持った斧を振り上げている所だった。避けられない、とルトーは防御態勢に入る。
リィが必死に鎖を伸ばし、斧を止めようとしている。しかしそれは間に合いそうに無い。ここまで来て、漸くルトーはタカノメを使う事を考えたが、もう時間がない。きっと凄く痛いだろう、と彼はぼんやりと思った。
その時だった。
「食らえ!」
ヴォオン、と空気が焼かれる音がして、巨人の元締めが斧もろとも緑色っぽい光に包まれ消えた。実際には、あまりの高温に蒸発してしまったのだ。見ると、部屋の入り口に見慣れた少年が立っていた。クオリアだった。
「……! 助かった……」
思わずルトーはへたり込んでしまった。リィが助け起こしてくれて、クオリアとようやく合流する。彼は笑いながら、遅れた理由を話し始めた。
「道に迷ってしまったんですよ、あまりに大きくて」
彼は先ほど緑色の光を放った、レーザーバズーカを、小さな鞄の中にしまった。鞄の中には空間加工技術が使われていて、見た目より遥かに多くの物をしまえるのだと言う。そして彼は小瓶に入った錠剤を取り出した。それをルトーに渡し、彼は台詞の続きを言う。
「ヒーローは遅れて来るものでしょう?」
ルトーはかっかっか、と笑い、クオリアに手渡された錠剤を飲み込む。すると疲れが一気に抜けて、いつものテンションに戻る事が出来た。相変わらず、クオリアの世界の技術の凄さに感服する。
「そりゃそうだ。この部屋の奥の場所に、PPたちが居るらしい。面倒な事になる前に、さっさと連れ戻すぞ」
ルトーは先ほど元締めから聞き出した方向を示す。クオリアは微笑みを浮かべながら頷いた。リィは鎖を輪にしまう。三人となった一行は、任務をさっさと終わらせようと、足を踏み出した。
ルトーたちだけでの会話は根本世界の共通語、
巨人の絡む会話では巨人たちの言葉を使って話しています。
勝手に翻訳されるというよりは、どんな言葉もすぐに理解出来るといった感じです。