2、反対の反対
「僕はまだこの世界に入っていないが、僕の友人、PPが先に入っている。本来なら僕たちが管轄下に置く筈だった」
モニターには、草木一つ無い不毛の土地が映されている。人間たちが服も傷に、吠え声でコミュニケーションを取っている。金髪の青年、上司のイトロはその世界について語った。獣は人間を喰らい、その血肉を植物に捧げる。草木は極端に少なく脆く、肉と血を糧に育つものらしい。
「つー事は、オレたちもあの世界の人間と勘違いされて、捕食される危険が有るって事か?」
「察しがいいね、君は。その通りだ」
ルトーのその質問に、イトロは満足そうに答えると、丈夫そうな紙を彼に渡した。三人はその紙に書かれている事を読み取る。下卑た笑いをルトーは浮かべ、いつもの仏頂面に少しだけ笑顔を上乗せしたリィは、金髪の青年に言った。
「良いわね。分かっているわ」
紙の正体は、これから行く世界で、文字通り何をしても良いという事を証明するものだった。ニヤリとルトーは笑い、傍らのクオリアは微笑を浮かべてイトロに尋ねた。
「報酬は、たんまり頂きますね」
そうか、とイトロは椅子に座り、キーボードを操作し始めた。殆どの時間をモニタの前で過ごすその青年は、自分の管轄する世界の他、部下たちの分も塔から管制しているのだ。鮮やかな指さばきを披露しつつ、青年は三人に問う。
「さて。今からでも、任務に就いて欲しいのだが」
「いいぜ。皆も良いよな、な!」
その問いに、ルトーは明るく答え、仲間に賛同を求めた。二人とも首を縦に振る。するとイトロは少し遠くにあったキーボードを呼び出し、片手でそれを操作し始めた。青年は振り向かないまま、任務の内容を説明する。
「今回の任務は、この世界の探索と、PPを連れ戻す事だ。見ての通り、僕は肉体派じゃない。戦い、特に殺し合いに関しては君たちが最も適しているだろう? ……PPの外見については知っているな」
それは褒め言葉なのか、それとも皮肉なのか。彼らはなんだかなと思い、その青年の仲間である子供の外見を回想する。幼いのに冒険者をしている、青いフードを被った、角と翼と長い尻尾を持つ子供だ。フードで顔の大半を隠し、左足が鉄製の義足。みればすぐに分かる様な、特徴的な外見を持つ冒険者だ。
そうこうしているうちに、電気のショートする様な音がフロアに鳴り響き始めた。部屋の中心にある、空港などにある金属探知機に酷似した門の枠の中に、白い光輝が生み出されている。触れれば焼けこげてしまいそうなそれだが、それは冒険者のみが通る事の出来る門で、今回はあのモニターに映し出されている不毛の世界に通じている通路なのだ。
ルトーが先陣をきって、光の中に片腕を突っ込んだ。光は目に刺さり、その門を直視するのはとても出来ない芸当だった。人一人がやっと通れる程の面積に身体を滑り込ませ、最後に片腕を残す。その手をリィが掴み、少年に続いて彼女が門に入って行く。最後に、ベルトから細くて頑丈なワイヤーを引き出し、先端に付いたフックを手頃な柱に引っかけ、リィの手を掴みクオリアが光輝に飛び込んで行った。光輝に飲み込まれる直前、彼はイトロに声をかける。
「んじゃ、行ってきます」
そして三人はワイヤーとフックを残し、門の中へと消えて行った。
この白く優しい、柔らかな光輝に満たされた空間は、根本世界とそれ以外の世界を結ぶトンネルの様な空間だ。だが道は踏み外しやすく、まっすぐ進むのは困難だし、すぐ隣に居る筈の仲間の気配すら危うい世界でもある。繋いでいる手だけが、仲間の温もりを伝えてくれた。少し歩くと、荒野の映る窓の様な孔が見えてきた。迷わず彼は、その窓に飛び込む。
「うおっと!」
そこにはモニターに映っていたのと同じ風景があった。不毛の土地を、唸る様な風の音が走り抜ける。獣の遠吠えも聞こえている。つづいてリィ、クオリアも孔から出てきて、初めて訪れる世界を見渡した。クオリアはワイヤーのベルトを操作し、ベルトからワイヤーを分離させると、それを門の近くの地面にフックで突き刺した。これで、戻る時には楽に帰れる。
門の周囲に張られている、空間迷彩の領域を出ようとした時、正体不明の地響きが三人を揺らした。ルトーは慌てて出かけていた足を引っ込め、安全な門の周囲から外の様子を見守る事にした。それでも万が一の為、担ったロングソードの柄に手をかけておく。しばらくすると、その地響きの正体が明らかになってきた。
その地響きは、5メートルもあろうかという巨人の足音だった。全身緑の毛むくじゃらで、大きな籠を背負っている。これまたジャンボサイズの動物たちを従え、巨人は悠々と大地を闊歩していた。籠から、人間の物であろう手や足が覗いている。
「おそらく、あの巨人の様な物がこの世界の選民でしょう。植物の上に立つ、生物ピラミッドの頂点」
クオリアが冷静な解析をする。選民というのは、文字通り選ばれた民、つまりリィの世界で言う魔法、ルトーの世界で言う超能力、クオリアの世界で言う機械を扱える人々の事だ。多くは、機巧人だの異能人だのと名前が付けられている。たいてい、選民はその世界を支配している事が多い。この世界も、例外ではなかったという事だ。
「ああして、食糧の人間を輸送するのね……」
この世界の巨人を相手取るのは、骨の折れる事だろうと思った。言葉は通じるだろうが、おそらく向こうは彼らの言葉など意に介さないだろう。もし敵対し、闘わなければならなくなったとすれば、リィの鎖やルトーのタカノメは殆ど役に立てないだろう。ルトーはクオリアに念を押す。
「オイ、電池は大丈夫か? 今回はお前だけが頼りだ、大事な時に電池切れなんて言うんじゃねーぞ」
相手は拳銃型のレーザー銃を握り、電池を確認すると、力強く笑った。
「大丈夫です、電池は満タンです」
巨人と動物の一団が過ぎると、三人は素早くその後を追った。歩幅が広く、彼らからすればかなりの早さで一団は進んでいたが、普段から鍛えまくっている彼らにとって、この追跡は朝飯前のようだった。足音を抑えれば、三人の出す音は巨人たちの足音に隠れて全く聞こえなくなる。
PPの消息は掴めないが、巨人たちの街から探すのが一番手っ取り早いだろう。上手く行けば、彼の消息のヒントも得られるかも知れない。確かに籠に捕われた人間は可哀想だったが、元々別の世界の人間だし、選民でない人間の事など、ルトーに取ってはどうでもよかった。
しばらく追うと、一団は中心に巨木の聳える街に入って行った。ここから先は姿を隠し続けるのは難しい。クオリアの携帯空間迷彩装置は、彼の様な機巧人にしか使えない物だ。仕方が無いので潜入はクオリアに任せ、ルトーとリィは街の外で待つ事になった。丁度走り疲れたし、二人は座って休憩する。
「人探しって面倒くさいよな……、あんな巨人だなんて聞いてねーし」
本音を言うと、あんな風にコソコソ後をつけたりこそこそ潜入したりせず、目についた奴を片っ端からぶち殺して行きたい気分だったのだ。だが、この場合体躯の差が激しすぎる。こんな世界の管轄を任されると思うと、つくづく憂鬱だった。
「仕方無い、仕事は仕事。一緒に頑張ろう」
そうだなぁ、とルトーは返し、大きく欠伸をした。街以外に緑は無く、どこをみても茶色い乾いた土だけが地面を覆っていた。そして街に近づいてしばらくして、それ以外の場所の酸素濃度の薄さに気づく。洗礼によって強靭な肉体を手に入れた彼らは、その程度の薄さなど全く気にならなかったが、それほどに緑が少ない事を知ったルトーは、少しだけ怖気がした。
(おっそろしいなぁ……が、やっぱ面白れぇわ)
籠に捕われた人間が、殆ど暴れる事をしていなかったのは、疲れきっていた事もあろうが、この過酷な環境に対応出来ていなかったからだろう。おそらくあの人間たちも生き餌にされたり、綺麗に捌かれ調理されて、食卓に並ぶのだろう。
「クオリア、大丈夫かしらね」
リィがそう呟いた。ルトーは先ほどの妄想と、クオリアの姿が重なって、一瞬最悪の想像をしてしまったが、すぐにそのイメージを振り払う。そして無表情の少女に向けて笑いかけ、そして言った。
「大丈夫だろ、何たってクオリアだぞ?」
それもそうね、とリィは微笑を浮かべた。その横顔はとても可愛らしかった。少し見とれて、怪しまれるのを恐れて彼は慌てて目をそらす。すると再び地響きが響き始め、また巨人と動物たちが街に入って行った。その巨人が背負っている籠を、彼は何となく見て、そしてその目を疑う。
籠から、黒く長い尻尾が見えていた。それはPPの特徴の一つの、尻尾と合致していた。リィもそれに気づいたらしく、目を見開いている。すぐにルトーは通信機を取り出し、クオリアとの交信を図った。が、電波が悪いのかそれともクオリアが窮地に瀕しているのか、全くもって繋がらない。リィは仕方無い、と腕輪と脚輪を整え、相変わらず無愛想な、しかし真剣な表情で立ち上がる。
「突入するわよ」
ルトーはロングソードを鞘から引き抜いた。ずしりと重いそれを、彼は片手で持つ。そして立ち上がると、銀髪の少女に向けて静かにこう返した。
「ああ」
つづく
読んでる人居る?