ハロウィンの夜、俺をお持ち帰りした美魔女が会社の後輩女子だった話、していいか?〜糸目は最上級隠蔽スキル〜
尊敬する会社の先輩に昔、尋ねたことがある。
どうしてキモオタぶってるのですか、って。
そうしたら先輩は遠くを見つめて話してくれた。
キモオタのフリをしていれば、モテない理由になるだろ?と。
「つまり先輩はモテたいんですか?」
「モテたくない男子など、この世に存在するのかね?」
「しません」
「完全同意。河野氏、例えてみると?」
「モテたくない男子など…いわば衣のないトンカツ、セーラー服を着ていない美少女戦士…」
「その通り!!例え普段は理知的ぶっていたとしても、男ならモテを夢見るのが本能!しかし誰もがモテるわけでは無い現実!」
「先輩、皆まで言わずとも分かります」
「河野氏もこちら側の人間だと信じていますぞ」
「先輩!悔しいですが同志です!」
「友よ!!」
俺は河野慎吾、25歳。海外特許商品を取扱う商社でITエンジニアをしている。
職場環境に不満は無いが、唯一の悩みは彼女が出来ない…出会いが無い…出会っても先に進む勇気が無い、つまり出口も入り口も無い毎日だ。同じ部の男性社員も似たようなもの。が、お互い矜持だけは有るので、俺たち非モテですけど何か?ってなノリで日々を乗り越えていた。
ま、俺の非モテ理由は、この細い目のせいで流行りの風貌では無いということだけどな!ルッキズムなんて…大キライ!だけど重視してるよねチクショウ俺もだよ!!
ところが事件が起きた。
当社の常務が人事部と総務部を巻き込んで背任行為を犯したのだ。
ウチの会社には、総務部に美人猫…じゃなかった黒猫みたいな美人がいる。我が部では“総務の黒猫嬢”と密かに呼んで、男子部員は自分含め全員が推している。中でも後輩にして上司の小川主任の沼っぷりは群を抜いていた。ただの推し見守り隊から、どんどん前にというか近くになっていき、会社を揺るがした、この事件にかこつけて男女交際を始めた、つまり彼氏になったというのだ!しかもかなり、真剣な模様。俺だって推してたのに!
…ま、ただの推しだったが。
所詮、放課後草野球で満足してた人間は、プロを目指す人間には敵わない、ってことで。
というわけで日々の癒し、黒猫嬢は人のものになったので推し終了〜☆…と簡単には割り切れなくて、終業後、飲みに行こうと思い立つ。
事件の後始末で、会社を出たのは9時近かった。しかも、今夜はハロウィン。
つまり、街はリア充で溢れていた。
通勤ラッシュみたいな街を何とかすり抜けて、一度だけ行ったことのあるバーへ辿り着く。
あんまりムーディーじゃなくて、明るい雰囲気だったのが印象に残っていた。やさぐれた気分だが、根暗に飲みたいワケじゃ無い。優しい光の中で非モテを儚みたいだけだ。
シャラシャラとドアチャイムを鳴らして店の中を覗く。意外に空いていた。
バーのマスターが微笑んで歓迎してくれる。
「空いてますね。ハロウィンなのに…?」
「ハロウィンだから、ですよ。夜中に近づけば混む…ことを期待しています。経営上は」
そう言って、マスターは片目をつぶる。静かに飲みたい客と、人数も欲しい店と。
「悩ましい問題ですね」
二人で笑い合って、最初の一杯を注文する。ハロウィンが頭にあるのか、カボチャ色の一杯目になった。
度数は低めで飲みやすい。が…。
「酔いたい気もするけど…」
「今夜はほろ酔いがオススメですね」
「その心は?」
「救急車が出払いそうな夜だから」
その言葉に心から納得する。
そうして気取った感じでハロウィンナイトは始まった。
オシャレなおつまみをアテに、2杯目を干す頃だった。
店のチャイムが華やかに揺れて、ハロウィンな雰囲気が賑やかに入店してきた。
グラスをカウンターに置く動作で、体をひねり、新参者達を観察しようと入り口を見る。
こういう時、糸目は重宝する。目が開いてるか分からない、とよく言われるが、あらぬところを見ていても、どこを見ているか気付かれることはあまり無い。
だが入り口に向くより早く、隣に人が座った。とんがり帽…魔女コスだな。チラッと見て、糸目が開眼しそうになる。
黒のチャイナ風ロングワンピースは立襟と見せてヘソ近くまでスリットが入り、見事な谷間が惜しげもなく晒されている。例えるならノルウェーのフィヨルドか日本海溝のような…。ななな、何カップだ…?頭の中でアルファベットが順番に整列する。不二子かガンダムか、進駐軍…GH級かも!?いや、レッドラインを越えるッ!つまり皇帝か姫か…!!
あわてて視線を引き剥がすと、今度はスカートのスリットから太ももに射抜かれ…!漆黒の隙間から鋭いエッジで覗く純白の太ももの絶対領域感、醸し出されるオトナのギャップに、もはや演算不能…!!
激しく動揺しながら、カウンター内のマスターを探す。
DTには刺激が強すぎる。
が、どうして隣に…?カウンター席は他にも空いてる。だがこれで話しかけでもしたら勘違いDT乙〜とか蔑まれるに決まってる。
非モテで何が悪い?…全部だよ!
「こんばんは〜。おにいさん、ひとり?次、なに飲む〜?」
口から心臓が出るかと思った。お、俺?!
「えーと…俺に話しかけてます?」
「うん。わたしの隣、おにいさんしか居ないよね〜」
「そ、そうですね」
このシチュで挙動不審にならないDTがいたら教えて欲しい。そいつは間違いなくニセモノだ。何のためにDTのフリをするのかは想像したくもないが。
魔女のお姉さんは、指を伸ばしてメニューを取ると、何と言うことでしょう。こちらに身を寄せてきた。た、谷間が迫ってくる…レッドクリフかK2もかくやという迫力である。
「なに飲む?」
お姉さんからは、ほのかにアルコールの香りがした。そうか、酔ってるから絡まれているのか。オジサンに絡まれるより、数百倍いいな。
そんなこと考えながらメニュー表とにらめっこしていると、お姉さんが俺の顔を覗き込んでいた。え、何?
「お兄さんさぁ、糸目だよねぇ」
糸目とは、目が細くて糸のように見える目のことである。古来より感情が読み取りにくいとか、何かあると目が開くとか、サブキャラに多いとか言われている。俺の主観では。
実は密かにコンプレックスだったりする…俺がモテない理由は、この目のせいではと小学生の頃から悩んできた。
なので、内心ムッとしてお姉さんのぱっちりした目を見つめ返す。
ところがお姉さんは、続けて言った。
「わたし、すっごく好みなんだけど…」
…え?は?
「えーと。この糸目が、ですか?」
「うん」
うん、だと?いやいや…素直レスかわよ〜。
お姉さんの爆弾発言は続く。
「お兄さん、かっこいいねぇ…」
マジか!?びっくりしてお姉さんをガン見するが、うっとりした顔だった。これが演技だとしたら、もぅこのまま騙されていたい。
「あ。いま、目がおっきくなった!わぁすごい!レアだぁ」
恥ずかしい…。俺、このままカモられるのかな…。チョロい自分が情けない。どうせカモられるなら、泣き寝入りしない形にしよう。
「えーと。俺、ひょっとして逆ナンされてるとか?」
「うん。大好き。付き合って?」
お姉さんの目元がほんのり染まる。え…なんか可愛いんですけど…。
「破産しない程度なら…」
「そんなのさせない!むしろ課金します!!」
「え?」
「あ…外、行く?」
なんだか童貞の夢シチュになってきた。これは夢かもしれない。だったら覚める前に…。
二人、ふらりと立ち上がってお会計する。
心配そうなマスターに、頷いておく。大丈夫、何かあっても人生の授業料ということで…。
街はまだ、ハロウィンの熱で包まれていた。昔は毎週、こんな感じだったとか。
俺たちは密を避けて、よそよそしい距離感で皆、大人になった。だけど人肌を恋しく思う本能は、変わっていない。
欲に駆られた男女が、視線で交わす言葉も。
お姉さんは、スルリと俺の腕に絡まる。押し付けられた極上の柔らかさに、いろいろなブレーキが緩くなっていく。
「いいの?」
俺の問いに、お姉さんは目元を染めたまま頷いて、すり寄る。
「お兄さんがいい…」
そこまで言われたら、もう後戻りなんてしない。
俺たちの間に線引きなんてない。今夜限りだとしたら、なおさら。
朝、いつもの時間に目が覚めた。つまり6時。まだ日の出前だが、ほんのり明るい。
見知らぬ天井、見知らぬ部屋…。そうだ!魔女のお姉さんは!?
慌てて起き上がるが、彼女は影も形も無かった。消えた…。さすが魔女。
じゃなくて!改めて部屋を見回すと、ソファの前のローテーブルに、紙幣とメモを見つけた。ホテル代を払う魔女か…なかなか律儀な育ちなのかもしれない。
メモには一言、「私を嫌いにならないで」
いやいやいや…嫌いになる訳ないだろ。あんなイイ思いさせて頂いて…良かった、なんてものじゃ無い。このまま死んでも、悔い残しナシ!!って言えるぐらいだ。
チェックアウトまで、いくらか時間があったのでラブホ風呂を体験してみた。
いろいろ堪能したが、ひとりで入る虚しさよ…。
考えたくもないが、これってやり捨てだよな?女が男を…さすが魔女。いや、ひょっとしてサキュバスとかだった…?夢じゃないよな?だけど風呂場で気づいた首元の赤い跡が、リアルだと示している。いつの間に…やはり魔女。
そんなこんなで週末は終わり、月曜が来た。変わらない日常に、思わず先輩の大山田氏と後輩で上司の小川主任に話してしまう。想定以上のリアクションに、プライドが慰撫された気がした。
「クソ〜まさかの卒業一番乗りとは…。河野氏、さては前世で徳を爆積みしていましたな?」
「記憶にございません…」
「で、付き合うんですか?!」
主任にそう言われて、ハタと立ち止まる。
「いや、連絡先交換して無いし…。どうやって探せばいいのか」
「なんですと!?一夜の夢にして良いとでも!?」
「う〜ん…玄人っぽかったですしね…」
「まさか…サキュバス!?」
「気に入ったら、また来てくれるかもしれませんね」
「く〜っ!これが経験者の余裕か〜!!」
皆、同じ発想で思わず笑ってしまった。
だがそんな余裕は翌日の朝、吹き飛ぶ。
「谷村、もう出社して大丈夫なのか?」
部長と後輩女子の会話が聞こえる。昨日、体調不良で休んでいた後輩だ。金曜は普通だったような。ハロウィンで、はしゃぎ過ぎたとか?
「はい…大丈夫です」
ウチの部は空調が低めのため、ダウンベストとかカーディガンとか、女性達はモコモコした格好をしている。谷村はソレに加えてマスクにメガネ…まぁ、いつも通り。
だが暗い。いつもの賑やかさが全く無い。前髪を厚く下ろして、なんだか凄く落ち込んで見える。週末に何かあったのか?
「無理は禁物…だけど戦力が来てくれて嬉しいよ。しんどくなってきたら、すぐ言うんだよ」
情報部のお父さんこと、二ノ宮部長も谷村の元気の無さを気にしているようだ。谷村は小声で返事して席に向かう。
谷村の席は俺の左隣り。間にモニター専用デスクを挟む。
谷村が後ろを通る時、嗅いだことのある香りがした。こ、この香りは…!忘れるはずのない、金曜の夜ずっと酔ってた香りだ。…え?
メガネを直すフリをしながら、そっと左隣りを伺う。俯いた谷村の顔は髪に隠れて見えない。
いや、髪の長さが違うな。あのお姉さんは長かった。谷村は首筋までの長さだ。
「今日はピアスして無いんだ?」
谷村の向かいの女子社員が声を掛けた。
「あ、そういえば忘れてました」
「ホール、閉じちゃわない?」
「大丈夫です。年季入ってますから」
谷村が髪を持ち上げて、先輩女子に耳を見せている。耳のすぐ下に、ホクロがあるのが見えた。
その瞬間、俺に雷が落ちる。
「ちょっと…席外します」
谷村が髪を上げている内に素早く、なるべく気配を消してそばを通り、スキル: 糸目で近くからもう一度確認する。
無表情を保って…何とかトイレに飛び込む。
あのホクロ…首筋のアレ!最中見てた!なんなら舐めた!首が弱いのが面白くて何度も!
えっ…ええっ!? いや落ち着け俺…!
あの日、彼女は会った時から酔っていた。
俺、コスプレしてたっけ?いや、メガネも外してなかった。全く普段通り。
じゃあ彼女は俺…同僚の河野だと分かっていて、絡んできたのか?
いやでも、だいぶキャラが違っていたよな…。お姉さんというか玄人っぽかったし、ベッドでもウブさとか恥じらいとか、なかった。積極的で…いかん、身体が起動しそうだ。
ポイントは、俺と分かっていたのか・いないのか。
それから、今後どういう関係性を望んでいるか、だ。もちろん谷村が。
怒涛の如く甦るあの夜のアレコレに、俺はしばらくトイレから動けなかった。
それから…俺は出来る限り今まで通りに過ごした。谷村にも今まで通りに。この時ほど糸目だったことを感謝したことはない。これはハズレスキルではなくて、最上級の隠蔽スキルだったのだ…!
谷村から接触は無かった。だが谷村の挙動不審は、収まらなかった。入社時から、いつも一生懸命に何事も取り組む前向きタイプだが、なんか暗くてオドオドしてる。これってやっぱ俺との一夜のせいだよな。
谷村が休んでいた月曜に話した話は、いつの間にか社内に面白おかしく広がっていた。
なんか…ごめん。俺は転職を考えだしていた。
「あれ?大山田先輩、今夜はデートじゃないんですか?」
夜勤が無い金曜の夜はコソコソと、先輩と後輩女子はデートに行く。なお、谷村ではない方の後輩女子とだ。
「デ、デート!?いや、今日は…なんか女子会があるらしく…」
「へぇ…。大山田先輩を差し置いて行くほどの女子会…。作戦会議でしょうか。ただの愚痴大会でしょうか」
「ネズミ講の打合せだったらどうしよう」
「はい?」
「いや、河野氏はもう帰りたまえ。今夜は自分ひとりで牙城を守る」
ウチの会社は自社サーバだ。そのため、週一で泊り込みのメンテナンスがある。彼女持ちならツラい勤務環境かもな。
「小川主任はいずこへ?」
「主任は明日、引越しのため今夜のメンテナンスは免除した」
「まさか黒猫嬢と同棲!?」
「その話、今夜は封印せよ」
「…先輩、自分なにも予定無いんでメンテ入りますよ」
「…良いのか?」
「ええ。牙城の守り、お供いたします」
「河野氏…!!」
そして翌週の金曜日。今夜は後輩上司の小川主任とメンテナンス夜勤だ。
「あの、河野先輩。すみません少し外します」
「応〜」
スマホの通知を見た主任は、そう言って部室を出て行った。
ただいま夜の8時。ほとんどの部門から明かりは消えて、絶好のメンテナンス日和。
手慣れたメンテ作業を淡々と熟す。
転職活動は、あまり進んでいない。小川主任には転職を考えていると話したものの、直後に大きなプロジェクトが入ったのと、この職場が快適過ぎるからだ。
まず人間関係が良い。職人肌の部長は頑固オヤジでは無く話が通じるし、何かと自由にさせてくれ、かつ、盾になってくれる理想的な技術職上司だ。先輩と後輩達もノリが合うし、お互いにリスペクトがある。営業部の女子は苦手だが、ウチの女子は構えずに会話できて、オタクに偏見が無く!チーム感まである。理想の職場そのものだ。
仕事内容も良い。かなりのスキルを求められるが、苦痛ではないレベルだし、ブラッシュアップする時間も取れる。夜勤は週末ひと晩だけ。何より技術手当がすごい。少数精鋭だからこその予算枠かもしれないが。
だけど…欲に駆られて“卒業”のチャンスと飛びついたせいで、後輩が辛そうだ。しかも酔って正常な判断が出来ない状態で。裁判沙汰になったら、非を問われても致し方ない。
“俺をお持ち帰りした魔女のオネーサン”が谷村だということは、誰にも言ってない。もちろん、どのSNSにも載せてない。
ここ数日、谷村の落ち込みっぷりがさらに酷い。もう3週間近く経つのに…。
後からさらに落ち込むくらい、嫌なことだったのか?それとも別でショックなことがあったとか…?
ショックなこと…推しカプを公式に否定された?もしや推しがお亡くなりになられた?
あの夜から3週間…ショックなこと…まさか、授かっちゃったとかーー!?おれ、俺…パパになるのか…!?
いや。ちゃんと避妊した。カクレ小心者を舐めないで欲しい。
だがもしひょっとしてまさか万が一にもスキンメーカーの誇りを打ち破るようなことがあれば…俺は…。
一夜とはいえ、情を交わした。カッコつけると、彼女には幸せになって欲しい。
彼女は入社2年目でまだ23歳くらい。それでも彼女が望むなら、責任取る。うん。谷村となら、何の問題も無いな。
よし!メンテに集中だ。
ドアの開く音がして、今日の相方が帰ってきた。
ウチの会社はフロアマットを全面に敷いているため、足音はあまりしない。それでも人の動きがすぐ隣で止まったら、そちらを見るのがフツーだろ?
ふと見て、見た瞬間、目が飛び出るかと思った。
いつか見た氷河の造りしフィヨルドの、深い谷間が目の前にあったからだ。しかも、しかも…!
「た、谷村!?」
「河野先輩!辞めるってホントですか!?」
谷村があの魔女コスのまま、抱きついてきたのだ。ち、窒息する!
「わた、わたしのせいですか?河野先輩、何か言ってください〜!」
いや、離してくれ!幸せ死する!!
「落ち着いた?」
なんて余裕かまして言ってる目の前には、スリット深すぎ魔女コスの谷村が座っている。はっきり言おう。さっきから脈拍がヤバい。どこを見たら良いか分からない!俺が全く落ち着いてない!!
「すいません、わたし…」
また涙ぐむ谷村に、被った冷静の皮が剥がれそうだ。どうすればいい?!会社で会った時から分かってました、と言ってはいけないのは分かる。とりあえず、今・分かったフリ…!
「えーと、谷村だったんだな。その…ハロウィンの夜の」
「ご、ごめんなさい」
谷村の目から、涙がポロポロとこぼれ出した。
正直言って、女子の涙の破壊力をナメてました。それもただの女子ではない。クールぶって纏っていた心の鎧がボロボロと崩れていく。
「っ…泣かないで、謝るのはこっちだから!その…がっついてすみませんでした!!まさか谷村だとは思わず…本当に申し訳ありませんでした!!」
頭を下げた向こうで、谷村が鼻をすする微かな音がした。
「いえ…わたしこそ、別人のフリして…ホントにすみません」
良かった。やったことが不快で、泣いてるワケじゃなさそう。
終わりなき謝罪大会になりそうなので、ずっと聞きたかったことを聞いてみる。
「あの時、酔ってたよね?俺だって、分かってた…?」
コレが一番、気になっていた。俺は弄ばれたのか?いや、その結果イイ思いしかしてないから、弄んでくれてありがとう、なのだが…。あれ?むしろ誰か分からない方が良かったのでは…?
「いや、俺だと分かってたら誘わないか…」
思わずつぶやく。が、その言葉にヘニャヘニャして泣いてた谷村が、ピッと顔を上げた。
「わたし…わたし分かってて誘いました!」
「へ?そ、そうなの」
「私の糸目愛、見くびらないで下さい」
「そういえば糸目がどうの、言ってたような…」
何が、ような、だ。はっきり鮮明に覚えている。この糸目に惹かれる美女なんて存在するんだと感動したからな!…嘘でもいい…俺は言われたことを胸に抱いて生きて行く。
「ちゃんと言います」
谷村は深呼吸した。谷間も上下する…。“胸ばっか見てますよね”とか言われたらどうしよう。男の習性なんだよ、なんて言い訳するしかない。だってホントに見事な峡谷なんだもん…。
「河野先輩のこと、尾けてました。わたし、どんな人混みだって河野先輩のこと気付きます」
「そ、そう。すごいな」
バードウオッチング協会とか見当たり捜査専門の警察官とかに転職できるな。だが糸目専門なんて需要はあるのか?
「バーに入って行くのを見て、私も入ろうか悩んでたのですけど、女多めのコス集団が入ったので!他の人に取られるかもしれないと思ったら、そんなの嫌で!」
「俺、女性からナンパされたこと一度も無いけどな」
「みんな先輩のカッコ良さが分かってないんです!あ、でも分からなくていいんです」
谷村って、照れると目元が赤くなる。かわいい。
「それで、でも会社の後輩だったら相手にしてもらえないかもって思って。
あの時のコステーマは、サキュバス混じりの魔女のオネーサンだったので、そのノリで誘惑して、落ちてきてくれないかなー、って」
うーむ。天才的な作戦だな。見事に成功している。
「品が無い、って言われたらどうしよう!とも思ったんですけど、こんなチャンスきっともう一生無いと思って…。
でも朝、素面に戻って先輩の寝顔見たら冷静になって…だましたな、って嫌われたらどうしよう、って…」
俺は調子に乗ってみる。
「ひょっとしてハロウィン明け休んだ理由は…」
「嫌われるの怖さで、です…」
「あれからずっと暗いのも…」
「バレて嫌われたらどうしよう、って…でも言わないとこのまま終わっちゃうし!」
これはひょっとしなくても…俺のこと好きだろ。
よく言われる非モテの思い込み…それは女性の仕草を自分に都合良く解釈する自分本位から来ている。この場合は…。
ふいにメモ書きを思い出す。ホテルに紙幣と一緒に置いてあったアレだ。
“私を嫌いにならないで”
嫌いの反対は好きで合ってる?で、俺が谷村を嫌いになる…?
「ならない」
「へ?」
唐突な俺のコメントに、谷村は止まる。
「ならない。俺が谷村を嫌いになるなんて無い。俺が嫌われるのは、あるけど」
「そんなことないです。嫌われるのは私です。あんなに淫乱なノリで…」
「いや、めっちゃ良かったけど?」
「そうですか?」
「そうです。だから自信持って…?」
ん?俺は何を励ましてるんだ?何故こんな流れに?だが谷村はニッコリと笑った。
あ、いつもの笑顔だ。
「はい!河野先輩、好きです!私のものになってください!!」
えええええ!!??
え?俺いま告白された?いや告白だろ!
どうする?いや、断る選択肢ある?無い!!!
「谷村、ありがとう。なんか順番、童貞のイメージとは違うけど、とりあえずお付き合いから宜しくお願いします」
俺ってつくづく小心者なんだと思う。とりあえずお付き合い、って何だよ。逃げ道作っちゃって…。
俺は深く付き合って、がっかりすること・させることを恐れてる。人間はトライアンドエラー出来る生き物だというのに。頭では分かっていても、傷付くのは怖い。
余裕があるフリをして、お互い座ったままで握手しようと手を差し出す。
だが谷村は、その手をすり抜けて、ドーンと抱きついてきた。再び、窒息の危機。それはつまり理性崩壊の危機…。
「先輩!もう童貞じゃないですよ。わ・た・しが頂きましたから!あ、ちなみに私の処女は、先輩に捧げました!」
な、なんだって!?あの時、処女だったのか!?!?玄人だと思って、かなり遠慮なくガッつきましたが…
「…谷村。元気いっぱいに言う内容じゃ無い!」
「えへー。嬉しくてつい」
そう言って笑う、いつもの谷村に上手くまとまったことを知る。
いろいろ聞きたいこともあるけど、とりあえず!とりあえず、どうする!?いや待て、主任が帰ってくる…!
俺は心の中で血の涙を流しながら言葉を絞り出した。
「あのさ、付き合い初日に悪いんだけど、今夜はメンテで夜勤だから、また今度…デ、デートでもする?」
おかしい。俺は脱童貞したはずなのに、誘い方が童貞くさい。
ところが谷村は、満面の笑みのまま俺の耳元でささやいた。
「先輩…このコスで待ってますから」
ヤバい…耳がヤバい…。いきなりお姉さんムーブかまさないでくれ…。
「えーと、どこで待つと?会社もう終業デスヨ?」
「うふふ。先輩のお家で、待ってます」
語尾にハートが付くようなセリフを向けられる日が来るとは…ッ!いや待てマジか。
「俺の家!?」
「着替えないでこのまま待ってるの…ダメですか?」
「断る理性があると思う?」
「んふ。先輩、好きです」
ニコニコ笑顔と、悩殺バディ(死語)のダブルパンチに、俺の防御力はもはやゼロを通り過ぎてマイナスだ。本心が飛び出す。
「俺も!!」
歓声を上げて谷村が再び抱きついてくる。この子、こんなに素直に感情表現する子だったんだな。かわいい。可愛すぎる。
そして極上…。ちょっとだけ味わってみても、良いんではなかろうか。やっと“再会”出来たのだし…。
優しく…というか半分ビビりながら、そっと抱きしめる。室温低めの情報部室で、人肌の温もりに蕩ける。
どちらからともなく、目と目を合わせて、そしてーー。
リリリリリリリリリ、リリリリリリリリリ、
電話の音に凍りつく。しかも内線電話だ。
「ホ、ホラー?」
「総務の先輩です!残念〜」
谷村がスッと離れて電話を取る。総務の先輩って、もしや黒猫嬢…!?
残念と言った割に、谷村は普段通りに電話で会話している。
残念なのは、俺の方…!!
「河野先輩」
目を上げると、再び谷間が迫っていた。
「タクシー、呼んでくれるみたいです。ほんとに待ってていいですか…?」
俺は黙って家の鍵を取り出す。この時ほど、一人暮らしで良かったと思ったことはない。あの孤独な夜の数々は、この時のためだったのだ…!
あ、住所要るよな…?その辺のメモに書いて渡すと、谷村はフロアに膝をついてうやうやしく受け取る。角度が良すぎる。これ以上、煽らないでくれるかな!?
「連絡先は…部内連絡網から分かるか。じゃ、じゃあ、また後で」
「はい!」
谷村は元気よく返事して立ち上がる。クソーなんか悔しい。火を付けられてそのまま放置とか…延焼狙いか!?
俺は黙って立ち上がる。ニコニコしてる谷村の腰に手を回して引き寄せ、耳元でささやく。
「ありがとう。谷村かわいい。今度は先に帰らないで待っててくれよ」
びっくりして、ジワジワ赤くなる谷村、ホントにカワイイんですけど!!
だけど隠れ肉食女子だった谷村は、俺の頬に手を当てて…躊躇うことなく、唇を奪ってきた。キ、キス!?えっなんか舐められた!?
谷村はひとしきり俺を味わってから、やっと離してくれた。濡れた唇が空調で冷える…全然足りなくて満ち満ちて、振り幅の極端さにクラクラする。
ほ、ほんとにあの時まで処女だったんですか?やっぱり玄人だったのでは…。
「気をつけて早く帰って来てくださいね、慎吾先輩♡」
タマシイを抜かれた俺は首を縦に振るのみ。
谷村は振り向きざまにチュッと投げキスをして、情報部から出て行った。
なんという攻撃力!愛らしさ天元突破!!
…帰ったら、覚えてろよ!宜しくお願いします!!
その後、俺たちは付き合って、先輩方の結婚式を見届けた後、挙式した。
永年独身貴族の部、とか言われてた情報部は、出会い成功率100%のスピリチュアルスポットにアプデした。
谷村…じゃなくて亜矢は仕事も家庭も趣味も楽しんでいる。俺はそんな亜矢を見るのが好きで、サポートを惜しまない。何より…俺にベタ惚れなままなんだぜ?サイコーだろ!!
手近なところで妥協したね、とかカラダ目当ての契約夫婦とか、いろいろ妬まれたが俺は最高の選択をしたと思っている。身近にいた極上の天使をゲットしない選択肢、ある?無い!!
だってさ、自分のコンプレックスな部分が最高に好みだ、って言ってくれる人だぜ?そんな存在、奇跡だろ!世界で一番、大切にするわ。
もうすぐハロウィンがやって来る。ちなみに今回のコステーマは、サキュバス純血種らしい…むちゃくちゃ楽しみなんですけどー!!
俺の自慢話に付き合ってくれたこと、感謝する。じゃあな。
ご読了ありがとうございました!
“総務の黒猫嬢と後輩上司のゴタゴタ”については、
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こちらでお楽しみ頂けます!
番外編③-2 が本短編の裏話(女子会)になりますので、そちらも覗いてみてください。




