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あなたが笑わないのは、私を嫌いだからだと思っていました

作者: 入多麗夜
掲載日:2026/09/09

 エステル・リーヴェルトは、愛情というものは、言葉にしなくてもある程度は伝わるものだと思っていた。毎日のように愛を口にする必要はなく、高価な贈り物をいくつも用意する必要もない。大切な相手と一緒にいれば自然と表情が柔らかくなり、相手が困っていれば力になりたいと思う。しばらく会えない日が続けば寂しくなり、久しぶりに顔を合わせれば嬉しくなる。そうした小さな気持ちは、隠そうとしても普段の振る舞いのどこかへ現れるものだと、幼い頃から信じていた。


 おそらく、両親の影響が大きかったのだろう。リーヴェルト伯爵夫妻も、最初から互いを想い合って結婚したわけではない。家同士の都合で婚約し、そのまま夫婦となった貴族としては珍しくもない関係だった。それでも二十年近い年月を共に過ごした今では、父が領地から戻れば母はその日にあった出来事を楽しそうに話し、母が疲れている日は父が誰より早く気づいて休むよう勧める。父が珍しい菓子を持ち帰れば母の好物を取り分けておき、帰宅が遅くなる父のために母が温かい食事を用意させることもあった。


 二人とも、そうした振る舞いを特別なものとは考えていないらしい。長く連れ添った夫婦なら当たり前だとでもいうように過ごしているが、幼いエステルには二人が互いを大切にしていることがよく分かった。


  二歳年上の兄も婚約者が屋敷を訪れる日は普段より少しだけ早く身支度を済ませ、彼女が好きな菓子が用意されているか使用人に確認している。指摘すれば「客人を迎えるのだから当然だ」と否定するくせに、婚約者が到着すると普段より楽しそうになるのだから、妹の目には随分と分かりやすかった。


 そんな家族を見ながら育ったエステルは、いつか自分も同じような夫婦になれたらいいと思っていた。最初から恋をしている必要はない。父と母のように、長い時間を一緒に過ごす中で少しずつ相手を知り、やがて一緒にいることが当たり前になればいい。十三歳で婚約が決まった時にも将来について大きな不安を抱かなかったのは、そのような結婚を身近で見ながら育ったからだった。


 婚約者となったのは、アルヴェイン侯爵家の嫡男レナード。エステルより二歳年上で、当時十五歳だった。両家の関係をより深めるために決められた婚約であり、正式に話がまとまるまで二人が顔を合わせた回数も多くない。互いについて知っていることといえば名前や家柄、年齢といった程度で、十三歳のエステルにとっては、これから少しずつ知っていく相手だった。


 結婚までには何年もの時間がある。会う回数を重ね、好きなものや嫌いなものを知り、互いに慣れていけばいい。結婚する頃には今よりずっと近しい相手になっているだろうし、その頃には両親のように、相手の表情を見ただけで何を考えているのか分かるようになっているかもしれない。まだ幼かったエステルは、そんな未来を楽しみにしていた。


 初めて婚約者として向かい合ったレナードは、物静かな少年だった。自分から次々と話題を出すような性格ではないが、それでも冷たい印象はなく、エステルが話せばきちんと顔を向けて聞いてくれた。分からないことを尋ねれば丁寧に答え、二歳年下だからと子供扱いすることもなかった。


「レナード様は、歴史がお好きなのですか?」

「うん。父の書斎に本が多くてね。昔からよく読んでいるんだ」

「私のお父様は旅行記ばかり集めています。ですから、うちの書斎は知らない国のお話ばかりなんですよ」

「それは楽しそうだね。私も読んでみたいな」

「でしたら、今度おすすめをお持ちします」

「ありがとう。楽しみにしているよ」


 口数は多くなくても、声は優しかった。後日、約束した旅行記を渡すと、レナードはきちんと最後まで読み、次に会った時には気に入った章について感想まで伝えてくれた。帰りの馬車で母から婚約者はどんな人だったかと尋ねられたエステルは、少し考えた後、「物静かですけれど、優しい方でした」と答えた。


 それから五年が過ぎても、その印象そのものは大きく変わっていない。レナードは歴史書を好み、甘すぎる菓子は少し苦手で、幼い頃から馬に乗ることが好きだった。何事にも真面目で、一度引き受けたことは最後までやり遂げようとする。穏やかで優しく、そばにいる相手を疲れさせない静かな人だった。


 そうした一面を一つずつ知るうちに、エステルはいつの間にかレナードを好きになっていた。何か特別な出来事をきっかけに恋へ落ちたわけではなく、会うたびに好ましいところが増えていった。次に会える日が決まれば楽しみになり、学院で面白いことがあればレナードにも話したいと思い、彼が好きそうな本を見つければ自然と手が伸びる。気づいた時には、家同士が決めた婚約者ではなく、一人の男性として彼を見るようになっていた。


 レナードもエステルを大切にはしてくれていた。約束した日を忘れることはなく、エステルが話したこともよく覚えている。以前好きだと言った菓子が茶会に用意されていたこともあれば、読んでみたいと話していた本を見つけて持ってきてくれたこともある。エステルが話している途中で退屈そうな顔をしたことは一度もなく、どれほど些細な話であっても最後まで静かに耳を傾けてくれた。


「学院の庭園で、今年も薔薇が咲き始めたそうですよ。レナード様はもうご覧になりました?」

「いや、まだなんだ。エステルは?」

「私もまだなんです。友人から白い薔薇が綺麗だったと聞いたので、今度見に行こうと思っていて。よろしければ、一緒に行きませんか?」

「うん。そうしよう」

「では、来週でもよろしいですか?」

「大丈夫だよ。予定を空けておく」


 そう言ってレナードは穏やかに頷き、その後はエステルが話す庭園の様子を静かに聞いていた。彼が元々口数の少ない人であることは分かっていたため、エステルも最初のうちは何も気にしていなかった。むしろ自分の話を最後まで聞いてくれることが嬉しく、十五歳になる頃には二人で黙って過ごす時間にもすっかり慣れていた。


 庭園の長椅子へ並んで座り、それぞれ好きな本を読んで午後を過ごしたこともある。時折ページをめくる音が聞こえるだけの時間を、エステルは心地よいと思っていた。話さなくても気まずくならないのは、それだけ互いに慣れてきた証拠なのだと考えていたし、急いで距離を縮める必要もないと思っていた。結婚するまでにはまだ時間があり、二人の関係はこれから先も続いていくのだから。


 けれど、十六歳を迎える頃には、エステルも少しずつ気づき始めていた。自分の中ではレナードの存在が年々大きくなっているのに、彼の態度は婚約したばかりの頃からほとんど変わっていない。変わらず優しく、変わらず穏やかで、変わらず誠実に接してくれる。そこに不満を持つ理由などないはずなのに、自分が期待していたような親しさが増えているとは思えなかった。


 十六歳の誕生日には、淡い青色の石が飾られた髪飾りを贈られた。エステルは一目で気に入り、次にレナードと会う日にはさっそく身につけていった。朝から侍女と相談して髪型を決め、髪飾りに合うドレスまで選んだ。鏡の前へ立つたびに髪を確認してしまう自分がおかしくて、少し恥ずかしくもあった。


「レナード様。先日はありがとうございました。いただいた髪飾り、とても気に入っています」

「つけてきてくれたんだね」

「はい。とても綺麗な色でしたから」

「気に入ってもらえてよかった」


 レナードは柔らかな声で答え、エステルの髪へ目を向けた。普段より少し長く視線が留まったので、エステルは何となく次の言葉を待った。似合っていると言ってもらえるかもしれない。そんな期待を胸の奥へ隠しながら待っていたが、レナードはやがて視線を戻し、いつもの穏やかな表情でエステルの話へ耳を傾け始めた。


 そんなことで落ち込む方がおかしいと自分でも分かっていた。レナードは自分のために贈り物を選び、誕生日を覚えていてくれたのだから、婚約者として十分すぎるほど誠実だった。それでも帰りの馬車で窓へ薄く映った自分の姿を見た時、朝から何度も鏡を確認していたことが急に恥ずかしくなった。髪飾りを見てもらいたかったのではない。彼が選んだものを身につけた自分を見て、少しでも喜んでもらいたかったのだ。


 けれど、エステルへ向けられる優しさの中から、自分だけに向けられた特別な感情を見つけようとするたび、自信を失ってしまう。

  会えて嬉しいと言われたことはなく、もっと一緒にいたいと言われたこともない。十三歳の頃には何とも思わなかった沈黙が、彼を好きになればなるほど、少しずつ寂しいものへ変わっていった。


 それでも、エステルはレナードを責めようとは思わなかった。二人は恋をして婚約したわけではないのだから、自分が彼を好きになったからといって、同じ気持ちを求める権利まで得られるわけではない。レナードは望んで決めたわけでもない婚約を嫌がることなく受け入れ、五年間ずっと誠実に接してくれた。それ以上を望めば、優しい彼を困らせてしまうような気がしていた。


 十八歳になった今では、結婚まで一年も残されていない。学院で学ぶ傍ら、侯爵夫人となった後に必要になる知識を身につける時間も増え、アルヴェイン侯爵領について学ぶ機会も多くなった。結婚式の時期について母と話すことも増え、以前は遠い未来だったものが、季節を一つ越えるたびに近づいてくる。


 レナードの妻となり、同じ屋敷で暮らす。朝になれば顔を合わせ、夜になれば同じ屋敷へ帰り、十年後も二十年後も夫婦として生きていく。好きな人と結婚できるのだから喜ぶべきなのに、具体的に想像するようになるほど、胸の奥には小さな寂しさが残った。今は自分が好きなだけでも構わないと思えても、十年後まで同じように思えるのかは分からなかった。


 


 ◇




 そんなことを考えるようになったある日の午後、エステルは学院の中庭に面した回廊を歩いていた。講義を終え、先ほど友人と別れたばかりだった。秋を迎えた庭では木々の葉が少しずつ色づき始め、吹き抜ける風にも夏とは違う冷たさが混じっている。


 中庭から聞こえてきた声に何気なく目を向けると、数人の学生が集まっていた。エステルも何度か顔を見たことのある者たちで、その中にはレナードの姿もある。友人たちと話しているところへ声をかける必要もないと思い、そのまま通り過ぎようとした時、一人の青年が何かを言った。


 距離があるため内容までは聞こえなかった。隣にいた学生が笑い、レナードも何かを返す。いつもより少し早い調子で言葉を返した彼を見て、エステルは何となく足を緩めた。その直後、もう一人が何かを付け加えたらしく、レナードの口元が崩れた。


 声を上げるほど大きな笑いではなかった。目元を細め、堪えきれなかったように口元を緩めている。エステルが知っている穏やかな微笑みとは違い、何かを面白いと思った瞬間に自然と浮かんだことが分かる笑顔だった。


 エステルは、その場から動けなくなった。


 五年も婚約者として過ごしてきたのに、あんな顔を見たことがなかった。レナードは感情を大きく表へ出さない人なのだと思っていたから、自分と一緒にいる時にも穏やかに微笑む程度なのだと納得していた。笑わないのではなく、誰の前でもあのような人なのだと、いつの間にか決めつけていた。


 友人たちに囲まれたレナードは、エステルが知っている彼より少しだけよく話していた。誰よりも賑やかに話すわけではなく、基本的には相手の話を聞いている。それでも返事をするまでに長く迷うことはなく、何かを言うたびに相手の顔色を確かめるような素振りもない。肩の力を抜いてそこに立っている姿は、エステルと二人きりでいる時より、ずっと自然に見えた。


 声をかけることはできなかった。気づかれないうちに回廊を曲がり、中庭が見えなくなってからも、先ほどの笑顔が頭から離れない。誰と一緒にいたのかも、何を話していたのかも気にならなかった。胸に残ったのは、自分が五年間知らなかったレナードの顔を、彼の友人たちは当たり前のように知っているということだった。


 婚約したばかりの頃を思い返すと、十五歳だったレナードは今より少しだけよく話していた。読んだ本について自分から感想を話し、エステルが知らないことを教え、次に読みたい本について二人で話したこともある。それがいつからか減っていき、今ではエステルが話してレナードが聞く時間の方がずっと長い。


 レナードは元々無口だからと、ずっと思っていた。


 けれど、自分の前では、もっと無口になる。


 そこへ気づいてしまうと、これまで見ないようにしていたものまで見えてくる気がした。自分といる時のレナードはいつも言葉を慎重に選び、何かを尋ねても一度考えてから答えることが多い。失礼なことを言わないように、婚約者を不快にさせないように、ずっと気を遣ってくれていたのではないか。


 その夜、エステルはなかなか眠ることができなかった。これまでは、自分が我慢すればいいと思っていた。レナードを好きなのは自分の都合なのだから、同じものを返してもらえなくても仕方がない。それでも好きな人と結婚できるのだから、自分は恵まれているのだと何度も考えてきた。


 けれど、結婚するのは自分一人ではない。これから何十年も、レナードは自分に気を遣って暮らしていくのだろうか。友人たちといる時には自然に話して笑える人が、家へ帰れば妻の前で言葉を選び、失礼のないよう振る舞い、夫として求められることを真面目に果たし続ける。


 レナードなら、きっと何も言わない。責任感が強く、家族や周囲の期待を簡単に投げ出すような人ではないから、家が決めた結婚にも不満を漏らさず、自分に与えられた役目として受け入れるだろう。エステルは彼と結婚したかった。それでも、自分と結婚することでレナードが一生気を遣い続けるのなら、好きだからという理由だけでその未来を選んでいいとは思えなくなった。


 何日も考えた末、週の終わりにエステルは学院から帰ろうとしていたレナードへ声をかけた。いつものように彼の姿を見つければ嬉しくなる自分がいて、これから伝えようとしていることを思えば、その気持ちさえ胸に痛かった。


「レナード様。少し、お時間をいただいてもよろしいですか?」

「うん。構わないよ。何かあった?」

「お話ししたいことがあります」


 いつもと違う様子に気づいたのか、レナードは心配そうにエステルを見た。二人は校舎から少し離れた庭園へ向かい、人影の少ない場所で足を止めた。向かい合うと、何度も頭の中で繰り返したはずの言葉がなかなか出てこない。今でもレナードが好きで、できることならこの人の妻になりたいという気持ちは、何日悩んでも変わらなかった。


「私たちの婚約について、一度考え直した方がよいのではないかと思っています」


 レナードは返事をしなかった。普段から口数の少ない人ではあるが、今の沈黙はいつもとは違う。エステルの言葉を理解できていないように目を見開き、やがて眉を寄せた。


「……婚約を、解消したいということ?」

「はい」

「どうして?」

「レナード様は何も悪くありません。私に対して、ずっと誠実でいてくださいました」

「それなら、自分との結婚が嫌になった?」

「いいえ。そうではありません」


 むしろ逆だった。結婚したいと思っているからこそ、ここまで悩んでしまったのだ。エステルは膝の上で重ねた指へ力を込め、それからレナードを見た。


「愛されていないと思ってしまいました」


 初めて口にした言葉に、レナードの表情が固まった。何かを言おうとした彼より先に、エステルは続ける。ここで止まれば、また自分の気持ちを隠したままになってしまう。


「それは仕方がないことだと思っていたんです。私たちは家同士が決めた婚約者ですから、必ず相手を好きにならなければならないわけではありませんもの。レナード様はずっと私に優しくしてくださいましたし、婚約者として大切にもしてくださいました。ですから、それ以上を求めてはいけないのだと思っていました」

「エステル、私は――」

「私は、レナード様のことが好きです」


 言葉にしてしまうと、長い間隠してきた気持ちは驚くほど簡単なものだった。好きだから会える日を楽しみにして、好きだから彼の言葉一つに喜び、好きだから何も返ってこないことが寂しかった。婚約を終わらせようとしている今になって、初めて本人へ伝えることになるとは思っていなかった。


「いつからなのかは、自分でも分かりません。でも、ずっと好きでした。私が勝手に好きになったのだから、同じ気持ちを返していただけなくても仕方がないと思っていたんです。けれど、結婚が近づいて、この先何十年も一緒に暮らすことを考えるようになって……私だけではなく、レナード様にとっても、この結婚が本当に幸せなのか考えたくなりました」


 レナードは何も言わずにエステルを見ていた。いつもなら落ち着いて見える灰色の瞳が揺れていて、その様子に気づいても、エステルには理由まで分からなかった。


「先日、中庭でレナード様をお見かけしたんです。ご友人の方々と一緒にいらっしゃいましたよね」

「……うん」

「笑っていらっしゃいました。私、初めて見たんです。レナード様があんなふうに笑うところ」


 レナードの目が僅かに見開かれた。エステルはあの日の光景を思い出しながら、胸の奥へ残っていたものを一つずつ言葉にしていく。


「元々物静かな方だから、誰と一緒にいても同じなのだと思っていました。でも、ご友人とは私といる時より自然にお話しされていましたし、楽しそうに笑っていらっしゃいました。私と一緒にいる時には、いつも少し緊張していらっしゃるでしょう?」

「……そうだね」

「でしたら、やはり――」

「君だからだよ」

「……私だから?」

「うん」


 レナードはそこで言葉を止めた。何かを伝えようとしていることは分かるのに、その先が出てこない。視線を落とした彼の手が僅かに握られているのを見て、エステルは黙ったまま待った。五年間、何度もこうして彼の言葉を待ってきたが、今ほど次の一言を遠く感じたことはなかった。


 やがてレナードが顔を上げた。普段の穏やかな表情はどこにもなく、ひどく緊張しているように見える。その顔を見た瞬間、エステルは中庭で友人たちに囲まれていた彼を思い出した。あの時とはまるで違う表情だった。


「好きだから」


 自分でもどんな顔をして言っているのか分からなかった。責めたいわけではないのに、五年間抱えてきた寂しさまで一緒に溢れてしまう。愛されていたのなら嬉しいはずなのに、だったらなぜ何も分からなかったのかという思いが消えてくれなかった。


「……好きだから、緊張するんだ」


 レナードは困ったように眉を下げた。


 つまるところ、二人は五年間、互いの気持ちを勘違いしていたのだ。エステルは、レナードが自分の前で笑わないのは、自分と一緒にいても楽しくないからだと思っていた。友人たちの前では自然に笑えるのに、自分の前ではいつもより口数まで少なくなる。それを見れば、愛されていないと思ってしまうのも無理はなかった。


 けれど、レナードの気持ちは正反対だった。エステルが嫌いだから笑わなかったのではなく、好きだからこそ彼女の前では緊張してしまい、普段なら自然に出てくる言葉も笑顔も引っ込んでしまうのだ。嫌われたくないと思うほど慎重になり、その慎重さが、エステルには愛情がないように見えていたのである。


 そこまで分かったところで、エステルは急に可笑しくなってしまった。五年間も愛されていないと思い悩み、とうとう婚約を終わらせようとまで考えたのに、レナードはその間ずっと、自分を好きだからまともに笑えずにいたのだ。あまりにも不器用で、あまりにも遠回りなすれ違いだった。


 堪えきれずにエステルが笑うと、レナードは何が起きたのか分からないような顔で彼女を見つめた。やがて自分まで少し可笑しくなったのか、それとも笑っているエステルを見て緊張が解けたのか、彼の口元もゆっくりと緩んでいく。


 それは、エステルが五年間待ち続けていた笑顔だった。友人たちへ向けていたものより少しぎこちなく、照れくさそうで、それでも今度は間違いなく自分へ向けられている。


 エステルはもう一度笑い、レナードも今度は目を逸らさずに笑い返した。そうして二人は、五年間胸の内に積もっていたわだかまりを少しずつ溶かしながら、これまでよりほんの少し近い距離で並んで歩いていくのだった。

こういうのあったと思いませんか!!!(ない)

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― 新着の感想 ―
こーゆーのありましたよ〜!遠い昔、相手のちょっとした事に、落ち込んだり喜んだり♪初恋・・キュンとしますね♪今じゃ・・・汗www
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