第三章 我、方法を持つ・・・故に
行人が村の暮らしに慣れた、という言い方は正確ではない。
慣れたのではなく、輪郭が見えてきた、という方が近い。
干し草の寝床がいつの間にか毛織物の敷布に変わっていた。ガランが無言で用意していた。行人は礼を言った。ガランは頷いた。それだけだったが、何かが変わったことはわかった。村人たちの視線も、最初の「困惑」から、どこか「観察」に近いものに変わっていた。正確に言えば、行人が村人を観察しているのと同じ目で、村人が行人を観察し始めていた。
異世界に来て、十日が経っていた。
テアとの研究は、毎夕の習慣になっていた。
夕食の後、二人はガランの家の外に出て、薄暗くなる前の光の中で話した。テアが魔法を使い、行人が問いを立てる。テアが答えを探し、行人が言葉にして返す。最初はぎこちなかったやり取りが、少しずつ滑らかになっていた。
ある夕方、テアが水を持ち上げる動作をしながら言った。
「集める、という感じじゃなくて……。呼ぶ、に近い気がしてきました。」
「呼ぶ。」
「自分の中にあるものを外に呼ぶ、というか。押し出すんじゃなくて、出てきてもらう感じ。」
行人はその言葉を頭の中で転がした。意志が物理現象に直接作用するのではなく、意志が何かを「招く」。能動ではなく、半ば受動。
「その感覚は、最初からそうでしたか。それとも使い慣れてきてからそうなりましたか。」
「……最初は、押す感じだった気がします。子供の頃は。だんだん変わってきた。」
「使えば使うほど、自分の側が変わる。」
テアは少し黙った。
「先生は、なんでそういうことに気づくんですか。私は何年もやってきたのに、一度も考えたことがなかった。」
「俺が使えないからですよ。使えないから、使っているあなたを外側から見ている。使えたら、俺もきっと考えなかった。」
テアはその答えを聞いて、しばらく宙を見ていた。
行人はその間に、別のことを考えていた。
テアはずっと「なぜ」と問い続けてきた女性だ。
それをガランは「やれればいい」と封じてきた。おそらく悪意からではない。ガランにとって、魔法は問うものではなく使うものだ。問いは実用を妨げる、という経験則から来ている。
デカルトが生きた時代、それと同じ構造が世界を覆っていた。
スコラ哲学という、アリストテレスと教会の権威が組み合わさった巨大な「そう決まっているから」の体系。
「なぜそうなのか」を問うより「そうなっているから従え」が優先される世界。デカルトはその壁に、たった一人で「俺は疑う」という一文で挑んだ。
この村のテアも、同じ壁の前に立っている。
行人はそれを口にしなかった。口にしたところで、今は意味がない。それよりも、テアが自分で問いを立て続けることの方が大事だ。問いは教えられるものではなく、立て続けることで育つ。
ただ、一つだけ気になることがあった。
問いを立てることと、問いを生きることは別だ——デカルトは問いを立てた。しかしガリレオの裁判を知って、出版を取りやめた。真実を知りながら黙った。行人自身も、「自分は何のために生まれてきたのか」という問いを持ちながら、それを直視することを避けて生きてきた。
問いを立てることと、問いを生きることは別だ。
その思考はそこで止まった。続きを考えると、面倒なところへ行く。行人はその先を括弧に入れて、テアの方に向き直った。
エナが毎朝、ガランの家の前に何かを置いていくようになっていた。
果物のこともあれば、焼いた何かのこともあった。行人が礼を言うと、エナは「余ったので」と言って行ってしまう。余っているのかどうかは、行人には判断できなかった。ただ、余っていないだろうということは、なんとなくわかった。
エナとは昼に顔を合わせることも多くなった。
水場で、畑の端で、村の中央で。そのたびに少し話した。エナの話は村の出来事が多かった。誰かが何かをした、誰かが何かを言った、子供たちが何かをやらかした。行人はそれを聞きながら、この村の人間関係の地図を頭の中に描いていた。
「ユキトさんって、話を聞くのが上手いですよね。」
ある日、エナが言った。
「そうですか。」
「なんか、ちゃんと聞いてる感じがする。聞き流してない。」
「聞いた方が情報が入るので。」
エナはそれを聞いて、少し笑った。
「そういうところが、変わってますよね。」
「変わっていますか。」
「変わってます。でも、嫌いじゃないです。」
また同じ言葉だった。行人はそれを聞いて、元の世界での自分を思い出した。研究室で、廊下で、講義の後で。気がつくと誰かが近くにいて、気がつくと関係ができていた。才能なのか業なのか、という問いに、答えはまだ出ていない。
異世界でも同じことが起きている。
どこへ行っても、俺は同じことをやっている——その言葉が、また頭に浮かんだ。今回は少し違う温度を持っていた。肯定でも否定でもなく、ただ確認に近い、静かな響きだった。
ライナと最初に言葉を交わしたのは、行人が村の外れを歩いていた昼下がりだった。
背は高くないが、立ち方に力がある。二十代半ばか。黒に近い濃い茶色の短い髪。腕まくりをしたままで、常に何かをしている手つきの女性だった。
行人に気づいて、真正面から来た。避けるでも立ち止まるでもなく、ただ真正面から歩いてきて、行人の前で止まった。
「あんたがガランのとこに転がり込んだ迷い人か。」
「おそらく。」
「魔法、使えないんだって?」
「使えないです。」
「役に立たないな。」
「今のところは。」
ライナは行人を数秒見た。値踏みしているというより、確認している目だった。
「テアといつも話してるのを見た。あの子の魔法の研究とやらに付き合ってるんだって?」
「付き合ってもらっている、の方が正確です。」
「何が違うんだ。」
「俺がテアから学んでいる、ということです。」
ライナはそれを聞いて、少し表情が変わった。変わったが、何が変わったのかは読み取れなかった。
「ふん。」
それだけ言って、行人の横を通り過ぎた。肩がぶつかりそうな距離だった。しかしぶつからなかった。行人は背中を見送った。
カルタとは違う種類の勝気さだった。
カルタの勝気さは防御に近い。あれは攻撃だ、と行人は思った。どこへ向かっているのかはまだわからなかった。
翌日、またライナと顔を合わせた。今度は行人から声をかけた。
「昨日は失礼しました。名前を聞かせてもらっていなかった。」
「ライナだ。」
「我妻行人です。ユキトと呼んでもらえれば。」
「ユキト。」
ライナは音を確かめるように繰り返した。
「変な名前だな。」
「あなたの世界ではそうでしょうね。」
ライナは少し止まった。それから、鼻で笑うような短い息をついた。
「正直な男だ。」
「嘘をつく理由がない。」
「そういうとこが気に食わない。」
「何がですか。」
「なんでもわかってる顔してるとこ。」
行人はその言葉を少し意外に思った。なんでもわかっている顔、というのは、自分の自己像とはかなりずれている。行人の自覚では、自分はわかっていないことの方がずっと多い。ただ、そう見えるのであれば、そう見える何かが自分にあるのだろうと思った。
「俺はほとんど何もわかっていないと思っていますが。」
「だから気に食わないって言ってる。わかってないくせに、わかってなさそうに見えない。」
それは論理的に少し奇妙な言い方だったが、行人にはわかった。落ち着いていることと、わかっていることは別だ。ライナが見て苛立っているのは、行人の落ち着き方の種類だろう。参加せずに観察している人間の、あの静けさ。
「そういう人間が嫌いなんですか。」
「嫌いだ。」
ライナは迷わず答えた。
「外から見てるだけで、自分では何もしない。そういう男が一番使えない。」
行人は少し考えてから答えた。
「俺もそう思うことがあります。」
ライナは今度こそ止まった。完全に止まって、行人を見た。何かを言おうとして、言わなかった。それからまた歩き始めた。今度は少し足が速かった。
行人はその背中を見送りながら、元の世界のことを思った。
こういうタイプの女性を、行人は昔から避けてきた。近づかれると、何かを揺さぶられる感覚がある。揺さぶられるのが嫌なのではない。揺さぶられた先に何があるかが、怖い。
その先を、行人はいつも括弧に入れていた。今日も括弧に入れた。ただ今日は、括弧の輪郭が少しくっきりしていた。
暴走が起きたのは、それから三日後の夜だった。
いつもの夕方の研究が、その日は少し遅くまで続いていた。テアが「もう少し試したいことがある」と言い、行人は特に異論がなかった。空には三つの星が出始めていた。
テアが試していたのは、複数の対象を同時に動かすことだった。石を三つ並べ、それを同時に浮かせようとしていた。一つずつなら問題ない。しかし三つを同時に、という動作が、テアには今まであまりやったことがなかった。
「どんな感じですか、今。」
「なんか、散らかってる感じがする。意識が分かれて……まとまらない。」
「一つのときとどこが違いますか。」
「一つのときは、一本の道があって、そこを流れる感じなんですけど。三つだと、道が三本あって、どれにも同じように流せなくて……」
その瞬間だった。
テアが持ち上げていた石の一つが、制御を外れた。浮き上がった石がそのまま上昇を続け、テアが止めようとすると、今度は残りの二つも不安定になった。テアの顔が変わった。焦りが魔法に伝わり、魔法がさらに不安定になる。悪い循環だった。
「落ち着け。」
カルタの声がした。いつの間にかそこにいた。行人は振り返った。カルタが走り込んできて、テアの近くに立った。
「止めろ。一度全部止めろ。」
「止めようとすると、ほかのが——」
「力を込めるな。抜け。」
しかし止まらなかった。テアが力を込めるたびに、石の動きが大きくなった。一つが家の壁に当たれば、それでは済まない大きさになっていた。カルタが自分の魔法でそれを抑えようとした。外からの力がぶつかり、余計に複雑になった。
行人は黙って見ていた。
正確には、見ながら整理していた。テアが今どういう状態にあるか。これまでの研究で積み上げてきた言葉を、頭の中で並べ直していた。そしてもう一つ別の言葉が、その下から浮き上がってきた。
デカルトが『方法序説』に書き記した、四つの規則。行人が九年間講義室で教えてきた言葉。今この瞬間、それが初めて体の問題として目の前にあった。
「テア。」
行人は静かに言った。カルタが振り返った。
「今、お前の中で何が起きているかを、俺が言う。聞いてくれ。」
テアは苦しそうな顔のまま、しかし目だけで頷いた。
「まず、今起きていることだけを見ろ。解決しようとしなくていい。道が三本ある。それだけを、はっきり確認しろ。それ以外のことは、今は全部脇に置け。」
テアの呼吸が、少し変わった。
——明証。疑わしいものを全て取り除き、今この瞬間に明らかなことだけを見る。
「次に、その三本の道を分けろ。一本ずつ、別々のものとして見る。今お前が困っているのは、三本を一度に扱おうとしているからだ。全部をまとめて解決しようとするな。」
テアの肩が、わずかに下がった。
——分析。難しい問いを、扱えるだけの小さな部分に分割する。
「一番細い道はどれだ。一番流れやすい、一本だけを選べ。複雑なものより、単純なものから始める。そこだけに、流れを通せ。」
テアがわずかに目を細めた。選んでいる。
——総合。単純なものから始めて、少しずつ複雑なものへと順番に進む。
「最後に、残りの二本から手を離す。手を離すというのは、力を抜くことじゃない。そこへの関心を、一度だけ手放す感覚だ。お前がよく言う、流れに従う、というやつだ。残りは後でいい。今は一本だけでいい。全部やろうとしなくていい。」
——枚挙。全てを見落としなく確認しながら、しかし一度に全部を抱えない。
行人は心の中でその言葉を確認した。デカルトが三百年前に書いた四つの規則が、今この瞬間、魔法の暴走を止めるために機能しようとしている。講義室で何度も教えた言葉が、初めて自分の手の中で動いていた。
沈黙が数秒続いた。
石が一つ、ゆっくりと地面に落ちた。次の石も落ちた。最後の一つだけが浮いたまま、それもやがて、静かに下りてきた。
テアが大きく息を吐いた。膝に手をついて、うつむいた。
カルタが行人を見ていた。何かを言おうとして、言わなかった。行人もカルタを見た。
沈黙は短かった。カルタが先に目を外した。
「……怪我はないか。」
テアに向かって言った。テアが頷いた。カルタはそれを確認して、何も言わずに歩き去った。
行人はその背中を見送った。今夜のカルタは、行人の横を通るとき、肩がぶつかる距離を歩かなかった。それだけだった。劇的な何かではない。ただ、何かが変わったことはわかった。
テアが顔を上げて、行人を見た。
「……ありがとうございました。」
「研究の成果ですよ。あなたが言葉を積み上げてきたから、俺の言葉が届いた。」
テアは少し笑った。その笑い方が、行人には少し新しいものに見えた。照れでも安堵でもなく、何かを確かめたような笑い方だった。
翌朝、ガランが行人を呼んだ。
暖炉の前に座ったまま、火を見ていた。行人が向かいに座ると、ガランはしばらく何も言わなかった。それからゆっくりと口を開いた。
「隣の町へ行け。鑑定を受けてこい。」
行人は少し驚いた。驚いたが、顔には出さなかった。「急ぐな」と言っていたガランが、自分から言い出した。何かが変わったのだ。昨夜の出来事が関係しているのかどうかは、わからなかった。
「テアも連れて行け。」
「わかりました。」
「急ぐな。」
最後にそれだけ言って、ガランは火に向き直った。行人は少し笑いそうになった。急いで行けと言っておきながら、急ぐな、で締める。この老人の言葉の使い方は、首尾一貫して行人の予想の外にある。
テアに伝えると、テアは目を丸くした。
「鑑定に行くんですか、ユキトさんが。」
「そうらしい。」
「結果、怖くないですか。」
「怖い理由がよくわからない。」
テアはしばらく行人を見た。それから、また例の確かめるような笑い方をした。
翌朝、二人は村を出た。
隣町までは歩いて半日ほどだとテアが言った。道は細いが、踏み固められていた。森の中を抜け、緩やかな丘を越える道だった。行人にとっては、異世界に来て初めて村の外を歩くことになった。
道中、テアが昨夜のことを聞いた。
「あのとき、どうしてわかったんですか。私の中で何が起きているか。」
行人は少し考えてから答えた。
「外側から見ていたから。」
「それだけですか。」
「それだけです。使えないから、使っているあなたの外側にいた。外側にいるから、あなたが見えていないものが見えた。」
テアは黙った。しばらく足元を見ながら歩いた。
「……ずっと、使えることが全てだと思っていました。使えない人間より、使える人間の方が上だと。」
「今も、そう思いますか。」
「わからない。」
テアは正直に答えた。
「でも、昨夜のことは……使えるだけじゃ、できなかった。」
行人は何も言わなかった。それで十分だと思った。
丘を越えると、町が見えてきた。
村よりずっと大きかった。石畳の道があり、二階建ての建物が並んでいる。人の数も多い。行人のスーツを見て振り返る者もいたが、それほど騒がれなかった。村より異邦人の出入りに慣れているらしかった。
鑑定師の店は、町の中ほどにあった。古い建物だったが、扉は新しかった。
中に入ると、五十代ほどの男が出てきた。鑑定師というよりは学者に近い印象だった。眼鏡に似た道具をかけていた。テアの顔を見て顎を引き、それから行人を見て少し目を細めた。
「迷い人、か。話には聞いていた。」
「鑑定をお願いしたい。」
「わかっている。座れ。」
鑑定は短かった。行人が椅子に座り、鑑定師が何かを行人の周囲にかざした。水晶のようなものが手元で光った。光り方が変化し、止まり、また変化した。鑑定師の顔が少しずつ変わっていった。困惑、という言葉が最も近い表情だった。
「……おかしい。」
「何がですか。」
「計測できない。魔力がゼロ、ではない。ゼロなら結果が出る。そういう結果が出ない。数値が……不明だ。」
「不明、というのはどういうことですか。」
鑑定師はしばらく道具を見ていた。それからまた行人を見た。
「こういう結果は、見たことがない。四十年やってきて、初めてだ。」
鑑定師は少し声を落とした。
「おそらく、これは……神が意図的に魔力を与えなかった存在、ということを意味しているのかもしれない。」
「それは証明できますか。」
鑑定師は止まった。
「証明、とは。」
「その解釈が正しいという証明ができますか。計測不能という結果から、神の意図を読み取るのは、解釈であって事実ではない。」
鑑定師はしばらく黙った。困惑の種類が変わった。言われたことの意味を、ゆっくりと処理しているような間だった。
「……できない。」
「ならば計測不能、というのが今のところ正確な結果です。それで十分です。ありがとうございました。」
行人は立ち上がった。テアが目を白黒させていた。鑑定師はまだ何か言おうとしていたが、言葉が出てこないようだった。
店を出ると、テアがすぐに言った。
「今の、なんだったんですか。」
「事実と解釈を分けただけです。」
「鑑定師さん、固まってましたよ。」
「そうでしたね。」
行人は少し歩いてから、空を見上げた。この町の空も、村と同じ光の色をしていた。当たり前のことだが、少し安心した。
帰り道は来た道を戻った。夕暮れが始まっていた。この世界の夕暮れは、橙ではなく、深みのある紫がかった赤だ。最初に見たときは違和感があったが、今は綺麗だと思う。それだけだ。
しばらく歩いてから、行人は鑑定師の言葉を頭の中で反芻した。神が意図的に魔法を与えなかった存在。その解釈を即座に否定した。証明できないから。しかし、と行人は思った。証明できないからといって、間違いだとも言えない。計測不能という結果は、その解釈を肯定も否定もしない。
なぜ俺がここにいるのか。
この問いは、異世界に来た最初の夜から頭の片隅にある。答えは出ない。出ないまま十日以上が経った。ガランの「急ぐな」という言葉が、今日は少し違う響きを持って聞こえた気がした。急ぐな、というのは、答えへの急ぎを戒めているのではなく、問いへの向き合い方についての言葉なのかもしれない。
テアが隣を歩いていた。二人の足音が重なって、道に残っていた。
「ユキトさん。」
テアが歩きながら言った。
「何ですか。」
「不明・計測不能、って……不安じゃないんですか。自分のことが、自分でもわからないって。」
行人は少し考えた。
「わからないことは、たくさんある。なぜここに来たのか。どうやってここに来たのか。なぜ俺なのか。全部わからない。でも、わからないことについて今すぐ答えを出すより、わかることを積み上げる方が先だと思っている。」
「デカルトみたいですね。」
行人は少し驚いた。テアがデカルトの名前を使ったのは初めてだった。
「そうかもしれない。」
「デカルト、答えは出せたんですか。最終的に。」
「出せなかった。」
「それでも、意味があったと思いますか。」
行人はしばらく歩きながら考えた。夕暮れの赤が、少しずつ深くなっていた。
「問いを立てたことに意味があった、とは思っている。ただ。」
「ただ?」
「問いを立てることと、問いを生きることは別だ、とも思っている。」
テアはその言葉を聞いて、黙った。今度の沈黙は長かった。村が見えてくるまで、二人はほとんど話さなかった。
村に戻ったとき、空にはもう三つの星が出ていた。行人はそれを見て、また一つ確認した。
異世界に来て十日以上が経った。
計測不能という結果が手元にある。なぜここにいるかはわからない。魔法は使えない。それでも村に居場所のようなものができつつある。ガランの家に毛織物の敷布がある。エナが毎朝何かを置いていく。テアが毎夕話しかけてくる。カルタが今日は肩をぶつけてこなかった。ライナが行人の括弧の輪郭を少しくっきりさせた。
どれも、答えではない。ただ、事実だった。
我思う、故に——。
続きは、まだ書かれていない。ただ、今夜は昨夜より少しだけ、その続きが近くにある気がした。




