傍観者のひとりごと
妹が別人になった。
嘘ではない。比喩でもない。
発熱で寝込んでいた期間、常に使用人が側に控えていたので他人と入れ替わる隙は無かった。肉体は間違いなく妹であるスカーレットのものなのだが、中身が違うのだ。
死の淵に立ったことで人生を見つめ直したとか、今までの行動を反省したと主張しているが、たった二日間でそこまで変わるかというほど価値観が一変していた。
自分の立場を鑑みて公平かつ毅然とした態度をとっていたのに、使用人に対しても長年の友人のような気安さで接するようになった。
この時代の淑女像にぴったり嵌まる生活をしていたのに、急に領地経営に口を挟むようになり、商売に手を出した。
親の決めた婚約者と関係を深めようと必死になっていたのに、完全に興味が失せたとばかりに不干渉になった。
最初は妹の豹変ぶりに戸惑っていた周囲も、彼女の突飛な行動で難を逃れたり、思わぬ功績を上げるようになると、良い変化として受けいれた。
俺はその光景を静かに見ていた。
妹が別人になるのを止められなかった時点で、これ以上できることはなかった。
物語が筋書き通り進むのを傍観するしかないのだ。
*
ここは前世で読んだ小説の世界だ。
今や大ジャンルとなった悪役令嬢もので、主人公は公爵家の長女――つまり俺の妹であるスカーレット。
悪女として周囲に遠巻きにされ、婚約者にも嫌われていたスカーレットに憑依した天涯孤独のOLが、明るく前向きに生きることで愛されるようになる王道のストーリーだ。
ストーリーと設定は既視感だらけで個性がないが、テンポが良く、主人公の賢さと行動力、読者のヘイトが溜まる前に婚約者が溺愛モードに入ることで、安定した人気を誇っていた。
どうでもいいことだが、日本の作品は転生、韓国系は憑依が多い気がする。
キャラクターに成り代わるなら同じだと思うんだが、その体の持ち主が覚醒するのと、異世界からお助けマンがやってくるのとでは、国によって印象が違うのか。
日本人の感覚だと、転生の方が善に感じる不思議。
*
公爵家には三人の子供がいる。
長男の兄、次男の俺、そして末っ子のスカーレット。
小説では妹への評価を改めた長男は、積極的に後ろ盾になったが、次男は飄々とした性格で要所要所で軽く手助けするくらいだった。
元よりスカーレットとの関係は、俺が時々ちょっかいやら婚約者への接し方にアドバイスする程度のもので、妹は俺のことをあまり頼りにしていなかった。
なんなら信用ならない人間として、アドバイスと真逆の行動を取っていた。
でも俺は本来のスカーレットが嫌いじゃなかった。
前世の影響で庶民根性が抜けない俺と違い、兄と妹は生粋のお貴族様だ。しかも王族と婚約できるような高い身分。
甘えを許されない環境で、厳格であり続けているのは立派なことだと思う。
婚約者への態度だって、憑依前は執着と揶揄されていたけれどスカーレットは情が深いだけだ。両親が仮面夫婦だったから、利得で決められた相手だとしても良い関係を築こうと歩み寄り続けたにすぎない。
先入観でスカーレットを拒否した婚約者。
公爵令嬢があしらわれる様を娯楽にしていた他人ども。
それでいて中身が別人に変わったら、どちらもあっさりと手のひらを返した。
俺は連中が嫌いだ。
俺にはこの世界の知識があるから、スカーレットの正体もわかる。
でもそんなこと知らなくたって、普通は知り合いがいきなり豹変したら心配するものじゃないのか。
自分の全てを否定して、別人のようになるほど追い詰められていたのかと。
しかし家族を含めて「スカーレットが気を惹くために演技をしている」と疑い、警戒する者ばかりだった。
そして演技ではないとわかると「悪女が心を入れ替えた」「あのスカーレットも大人になったのだ」と歓迎した。
冗談じゃない。
そもそも悪女ってなんだ。
本当に極悪非道だとリカバリーが難しいからだろうが、俺からしたらスカーレットは悪女でもなんでもない。
偉そうな態度なのは、実際に偉いから。
公爵家の直系なのに腰が低い方が問題だ。
家の権力を笠に着ているのではなく、そこも含めて振る舞わなければいけないのだ。
今のスカーレットは身分問わずにちやほやされているが、離れたところから見れば社会の序列を乱す立派なヒドインだ。
婚約者に執着して、些細なことで勘気を起こす。
そもそも結婚相手と向き合おうとしない男の方に非がある。
決められた間柄だろうと、パートナーとして誠実に接していれば、スカーレットもエスカレートしなかった。
略奪目的の女を牽制するのは当然だし、その方法も圧力をチラつかせる、嫌みを言う、手を出したところで水をかける程度という温厚なものだった。
俺だったら見せしめに没落させて、娼館にぶち込む。悪というなら、これくらいはしないと。
金遣いが荒い?
金を持ってるやつが使わなかったら、経済がまわらないだろうが。
世間では大金でも、公爵家の財政からすれば、スカーレットに割り当てられた予算は妥当だ。
使用人の扱いが悪い?
スカーレットは厳しかったが、理不尽ではなかった。
ぶっちゃけもっと劣悪な労働環境を強いる家はいくらでもあるのに、何故うちだけブラック扱いなのか解せぬ。マイナス補正が働いてるのかと疑ってしまう。
公爵家では相場通りの賃金と、雇用契約に基づく賞罰を与えている。
自分より美人な使用人を下男に襲わせて嘲笑ったり、専属侍女をなじり続けて適応障害にさせるのが本当の悪女ってものだ。
領民に対して冷たい。
なら聞くが、お前らはどんな態度を求めているんだ。
にこにこして誰かれ構わず手を差し伸べるお嬢様が、あるべき姿だと思っているのか。
一般市民にとって重要なのは、経済の安定と環境の整備だろ。
他人が入ったスカーレットが、縁ができた人間を片っ端から雇って、経済を活性化させているが、あいつのやってることは海賊版の販売だ。
つまり相手の無知につけこんで、罪の片棒を担がせている。
スカーレットに取り憑いているのが専門分野を学んだ人間で、その知識を活用していたのなら、凄いな、ありがたいなと素直に賞賛しただろう。
しかし平凡な会社員設定で、彼女は何かのエキスパートではない。
そんな人間がどうやって成り上がったのか――異世界の有名な曲や漫画・小説を自作として発表したのだ。
オマージュですらない、清々しいまでの丸パクリ。
誰も気付かない場所なら許されると思ったのか?
絶賛される度に謙遜してみせるが、そもそもお前のものじゃない。
バレなければいい。
みんな喜んでいる。
本来の著作者も、ライセンスを取得している会社も存在しない。不利益を被る人間がいないのだから問題ない。
好きな作品を、異世界で布教しているだけ……。
俺には今の妹がとてつもなく醜悪に見えて、嫌悪感が抑えきれない。
*
俺はサブキャラだ。
妹という続柄の他人を中心としてまわる物語の傍観者。
それでも変わる前の妹の味方であろうとした。
妹が誰かと険悪になれば道化になって場の空気を変え、はね除けられてもアドバイスし続け、スカーレットのいない場所でさり気なくフォローした。
いつ起こるかわからない憑依のタイミングを阻止しようとした。
自己満足でしかないが、本来の妹のまま幸せになってほしかったからだ。
でも大した役割も与えられていないネームドでは、決められた流れを変えることなんてできなかった。
「お兄様はどうして私に冷たいの?」
お前が俺の妹じゃないからだよ。
あいつの一人称は「わたくし」だ。
「そうか? スカーレットが倒れる前から、何かと気にかけていたじゃないか」
「そうだけど……」
俺の妹はそんなに砕けた口調で話さなかった。
砕けた話し方なんて知らない、産まれながらのお嬢様だったんだ。
「他の人間のお前に対する態度が変わったから、相対的に疎遠になったように感じるだけじゃないか?」
「……そう、なのかな」
万人に愛されなければ気が済まないのか。
お前と関わった男は、もれなくお前を崇拝すべきだと思っているのか。
「お前は知らないかもしれないけどな。俺は結構なシスコンなんだ」




