◆56.トアとの忘れられない思い出
ランタンを置き。
波打ち際に駆け出した†エマ†が。
階段を駆けのぼるようにして、打ち寄せた波を巻き上げるようにして、空へと高く飛び上がり。
住和トア:「――は?」
海水をあやつって。
光る魚の群れのカタチに形成すると。
それを住和の周りへ 大量に 泳がせ。
彼女の常識を瞬時にくつがえした。
住和トア:「なっ…!!? えええええっ!!?」
†エマ†:「海獣神レヴィアタン様、レヴィアタン様…」
宙に制止した†エマ†は目蓋を閉じ。
両手を組み合わせ、巫女のように祈り出す。
するとその周りを、海水の魚群が球体状に泳ぎ出し。
やがては輪のように広がっていき。
大きく散開したかと思えば、一点にして集合して。
†エマ†の髪とスカートを強くハタめかせ。
背後に〝 巨大な海竜の像 〟を生み出し。
†エマ†:「かの者に! わだつみの加護を分け与えたまえ!」
両手を差し伸べるように広げてみせれば。
海竜が呼応し、おたけびを上げ。
その衝撃波に身体を揺さぶられた住和は。
目の前がにわかにパッと明るくなったのである。
住和トア:「なんっ…!!? なんなのよ一体…!?」
まぶしくて目をすがめ――――、それでも見開いたとき――、そこには。
信じられない光景が広がっていた。
すみわたる青。
水平線まで続く、どこまでも青い景色。
つい今し方まで黒々としていた夜の海が。
昼間に水中メガネを通したかのように。
はるか遠くの先まで、透き通って見えるようになっていたのだ。
引いては寄せる波の音が、ひときわ大きくザアァァンッと鳴った。
【カメラ:驚愕に目を見開く住和がアップショットで映る】
住和トア:「ウソ…、でしょう…?」
その効果は、海面以外が逆に真っ暗に見えるほどで。
普通の人間が見れば拒絶反応を起こしかねない景色だった。
けれども絵描きの住和は自分の見ているモノを否定するわけにはいかない。
どれだけ脳を激しく揺さぶられようとも。
目の前で起こっている非現実をただただ認め。
インスピレーションをわかせる燃料とすることがクリエイターの責務だからだ。
それでも。
スカートをふわりと広げ、髪をなびかせ。
ポフッと砂煙を立てて下り立った†エマ†から「行こう?」と手を差し伸べられると。
これから踏み出すことになるであろう非現実に、少しだけ おびえの方が まさった。
だから「どこへ…?」と尋ねてみると。
†エマ†:「わたしが演じる 海中 ワンマンショーへ!!」
住和トア:「はあ…!?」
その突拍子もない言葉に、住和は混乱しかけたのだが。
†エマ†:「魔法でいろどられるまだ見ぬ世界に、未来の 神絵師様 をご招待だよ!」
などと、そんな大げさな呼ばれ方をされれば、脳ミソも冷静になるというもの。
しかしその語調には。
住和が神絵師になることを微塵も疑っていない、実にエマらしい、まっすぐな気持ちが込められていて。
自分の描くキャラクターから、もっと自分に自信を持って! と、はげまされたような気がしたのだ。
普通なら、こんなことは絶対に起こり得ないのに。
キャラクターのエマには不可能であるはずのことなのに。
それを実現させてみせた目の前の†エマ†という存在に。
住和は思わず笑みがこぼれた。
こんな励まし方って有りなの? と。
住和トア:「そっか…、もし神絵師と呼ばれるなら、クオリティーを追い求め続けてこその存在だものね。だったら――〔差し出された手を取って〕行ったろうじゃないのよ! まだ見ぬ世界を、このあたしに見せてちょうだい、エマ・ティンゼル!!」
†エマ†:「っ…!!〔瞳を喜びのエーテル光できらめかせ〕うんっ…! 行こっ、トアちゃん!」
住和トア:「おうともよ!」
二人は駆け出す。
打ち寄せる波に足を取られることもなく。
胸まで浸かろうとも身体が浮き出すこともなく。
浮力を無視して、地上と同じように走り続け。
†エマ†を信じた住和は、海の中で息を吸い込み。
不思議と呼吸できることに大ハシャギして。
水中での服の動きや髪の流れに、自分の描いていた空想とリアルとはこうも違うものかと目を見張って。
†エマ†が魔法を駆使し、歌いながら劇中シーンを演じてみせる姿に。
住和は酔いしれることとなったのだった。




