◆32.八牧リタくんが用意した曲数は
八牧リタ:『終わった……のか? いや? 歌はまだ途中だったんじゃないのか?』
新部和葉:「ごめんねー。ネット越しだとさすがに限度があったみたい。とりま、今回はココまでってことで」
八牧リタ:『そうか……〔深く息を吸い込んでから吐き出して〕なんだか夢でも見せられていたような心地だが…、しかし…〔自室の惨状を見回し〕この部屋の様子を見るに、アレがただの夢まぼろしだとは考えられないな』
そう、彼の部屋で 風の魔法 を起こしたからには。
実質、和葉が散らかしたようなものである。
新部和葉:「そうだった~…! えーと…、こんなとき、なんて言ったらいいのかわからないんだけど…。なんだったら、明日にでも片付けに行こうか?」
八牧リタ:『は? 部屋が散らかったことを言っているのか? そんな些末なことなら気にしないでくれ。むしろ散らかしてくれてありがとうとすら言いたいくらいだ。あの得難い体験を、部屋の片付けをしながら反芻できるんだからな』
新部和葉:「えぇ~…? それ本気で言ってるの?」
八牧リタ:『本気で言ってるとも〔初めて微笑を浮かべてみせて〕』
彼の瞳に、不思議な輝きが宿っているのに気がついて、和葉はフーと胸を撫で下ろした。
新部和葉:「喜んでもらえたのなら何よりなんだけど…〔頬を掻きつつ〕」
八牧リタ:『問題ない。ダイジェストではあったが、予想を遙かに上回るものだった。そこで一つ聞きたいんだが、送ってもらったフォルダの一曲目で、同じ体験を再現することは――』
新部和葉:「それはさすがに無理だよ、生歌だからこそできた芸当であって。送った一曲目のそれは、人の意識を引きつける程度のことしかできないから」
八牧リタ:『つまりは…、歌に聴き入らせることができる、というわけか』
新部和葉:「そういうこと。でも、生歌を披露した直後だと効果を発揮しないから、丸一日置いた後にでも聴いてみてちょうだいよ。そうすれば なるほどぉ と思えるはずだから」
八牧リタ:『納得がいった。要するにそれが、ボクの感性にもヒットする曲調――、に、なる予定だったわけか』
新部和葉:「あ~…。それに関してはごめんね? だますような真似をしようとしちゃって」
八牧リタ:『いいや、そんなことはない。感性に訴えるだけでは説明のしようがないヒット曲も世には存在するからな。世間には知れ渡っていないだけで、オカルトめいた手法が使われていないとも限らないだろう。なにせ今回の一件で、それを証明してもらったようなものだからな』
新部和葉:「じゃあそれは……、リタくんにとってアウト? セーフ?」
八牧リタ:『セーフだな…。音楽とは、それらすべてを引っくるめて音楽だとボクは考えている。あなたが歌うことで起こした〝彼女の〟追体験を、悪質だのズルだのと咎めるつもりはない。こちらとしては退屈だった世界が開けて、むしろ感謝したいくらいだ』
新部和葉:「フー…〔安堵して〕なら良かった」
八牧リタ:『でだ?』
二人とも一旦落ち着くようにして、イスに座り直した。
八牧リタ:『事前に注文されていた通り、Just the Two Of Us進行を多用し、アーメンブレイクを織り交ぜた曲を7曲分、作ってきてはあるんだが…〔少々気まずそうな表情を浮かべてみせる〕』
新部和葉:「は…? た っ た の 7 曲 ぅ !? ウソでしょう!? キミともあろう人が…。だって、その手の曲だったら、無尽蔵なレベルで、それも5分とかからずに作れるはずでしょ?」
八牧リタ:『いや、5分でも長すぎるな? 調整込みで3分前後と言ったところか』
新部和葉:「そらまた随分と手抜きしてくれたじゃん?」
八牧リタ:『すまない…。正直言って、アレほどの体験を得られるとは夢にも思ってなかったんだ…。つい今した方の作曲にかかる時間もそうだが、ボクについてあなたが詳しいことを、もう少し視野に入れておくべきだった』
新部和葉:「ホントだよ~。20曲くらいは軽く作ってくると思ってたのに。大体さ?作ってきてくれた曲数に合わせて、リタくんの疑問に答えるって、私コメントしといたよね?」
八牧リタ:『すまない…』
新部和葉:「う~ん…? RPGなんかで言ったら、最低条件をギリギリクリアか、クエスト失敗レベルの判定なんだけど…」
八牧リタ:『そこをなんとか…』
新部和葉:「まあ、追体験はこっちが勝手に提供したことだから仕方がないか…。ウチのサークルメンバーに話してるのと同程度の情報になるけど、そこはひとまず我慢してもらうってことで」
和葉は、自分が未来から過去の時代に生まれ変わった旨を、かい摘まんで説明した。
八牧リタ:『じゃあ? 音楽に関する知識も、前世界線のボクから教わったものだったのか』
新部和葉:「そういうこと」




