6.罪と神罰
僕はハンガーを歩いていると何やら落とし物を見付けた。小さな籠の中に三日月が入った……これはアクセサリーだろうか?
一応整備班の誰かの私物かと考え、今ハンガーでスピットファイアのフロントカウルを開け、エンジンを眺めている整備班長の元へ向かった。
「おうチビか、いいかコイツをよく見てみろ。全く芸術物だなこのブツは、これ以上の液冷V型12気筒エンジンは存在しないと言える。粗雑なソ連の奴とも、ましてガラス製のようなドイツの奴とも違う。メッサーのDB605は最悪だった。圧縮比を高める水噴射なんてのは排気系は煤まみれで寿命は短い。オマケに30mmのモーターカノと来やがった。きっとイカれた技師が酔っ払いながら設計図を描いたに違いねえ」
いきなり隊長の機体を自慢し始めた班長は、戦争中に同盟国だったドイツ製の戦闘機を整備した経験がある。当時は向こうの技師とも整備に関する交流もしてたとか。
「あのすみません。こんなの落ちてましたけど工具か何かですかね?」
拾ったアクセサリーを見せてみた。
「あぁ?俺がこんなジャラジャラしたもん持ち込んでるのを見付けたら、ぶん殴ってソイツごと鉄屑置き場に放り込んでるがな」
少なくとも整備士達の物ではないらしい。まぁ、持ち主の大凡の見当は付いている。
「そう言えばお前、本格的に配属されるんだよな。気にならないのか?隊長の事」
「隊長の事……」
隊長はその経歴に対して軍内部での評判はそれ程芳しく無かった。ポールが言っていた「味方殺し」もそんな噂の一つである。彼が配属する部隊の損耗率が高いだとか敵機ごと地上に居る友軍を撃ち殺したとか音も葉もない噂である。
一つ確定しているのは彼が教官だった頃、訓練中に生徒を事故で喪ってから階級を外され、ここに飛ばされたと言う事である。
「確かに話は聞いていますけど、大体が戦時での事ですよね。僕には少し理不尽に思えます」
「……そうか、お前さんにはこの基地で起きた事をまだ伝えられて無いのか。当事者からはとても言えるもんじゃ無いからな」
「なんですか?それ」
「お前がここに来る前の話だよ」
僕は当時ここで起きたとある事件の話を聞かされた。
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(2年前)
「──ヨーゼフ…… この状況を説明して貰おうか」
平静を装っているが、顔に青筋を立てている隊長の前にさっき憲兵によって連れてこられた2人の兵士が、蛇に睨まれたカエルのように直立不動となっていた。ここにはヨーゼフと、その他にも数人がこの状況を見守っていた。
「俺はただ新人のコイツらにちょっとした記念として行き付けの酒場に誘ったんだ。別に最初はなんてことはなかった。酒を飲んで、少し酔っ払うと周りと絡んだり。別に陰険でなく皆んな楽しそうだったんだよ。」
ヨーゼフが暫く説明してると段々声の張りが弱くなっていく。
「しばらく飲んでて俺は知り合いを見付けて少し2人とは離れた。勿論変な事はやらかすなと注意はしたさ。俺が話し込んでいると何やら辺りがざわめき始めてさ。気付いた俺は周囲を見渡したが2人の姿が無かった。嫌な予感がして急いで外に出た…… 目に飛び込んだのは全く最悪の状況だったよ」
「俺の目の前で警察が2人を拘束。懐には顔に痣が出来て化粧が崩れる程泣いた女が蹲ってた。事情を聞いた俺は言葉も出なかったさ。──俺が離れた後、片方の奴が店内で女に声を掛けて断られた。その時は何も起きなかったが。酷く酔ってたコイツらは腹を立て。女が店を出ていった後を付け狙ったんだ。幸いなのが早期に他の人間に見付かって通報されたくらいで……」
話を聞いていた隊長は眉間にシワを寄せ眉唾がピクピクと小刻みに揺れる。
「するとどうする?守るべき民を傷付け、軍に対する僅かな威厳さえ損なった愚かなクソガキ共にどういう罰を下せばいい?なぁヨーゼフ、どうすればコイツらは許されると思う?」
ヨーゼフは口を噤んで何も答えられずにいた。すると容疑者の1人が発言する。
「……悪いのは俺です。罰なら今すぐ謹慎…… いや、今日にも除隊届を提出したいと思います。だから、だからコイツだけでも見逃してやって下さい!」
隊長は都合が悪そうに頭をかく。
「誰が自分らの処遇を自分で決められると言った?二度と減らず口を利くな!分かったらさっさと俺の視界から失せろ!!」
隊長の威圧に押され足早に立ち去った親米の2人、彼等は寮に戻る最中ヨーゼフの境遇を心配していた。
「ヨーゼフ、お前自身がアイツらに罰を下せ」
「…… 罰?俺にですか?俺はそんな神様みたいな事出来ませんよ」
「お前もまた試される事になる。あの2人の為に神に祈れ」
翌日。まだ熟睡している2人は、いきなり複数の男に雁字搦めにされ連れ去られた。
口を塞がれ声を上げることも出来ぬまま、基地周辺の空き地に運び込まれる。そこには十字の杭が2本地中に突き刺されており、2人はまるで火刑に掛けられる魔女のように張り付けにされた。その時に自分を連れ去った男達の顔が見える、基地の先輩方だった。
遠くより聞こえてくる低く唸る重低音、それは天空より舞い降りる神罰の執行代行人が迫りくる音であった。
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ここまでの話を聞き僕はすっかり釘付けになっていた。
「磔にされた2人の間は大凡6m。隊長がヨーゼフに伝えた提案とは、飛行するハリケーンからその間に弾丸を通すという物だった。俺から言わせれば完全にイカれてる」
僕の経験から言ってもそれは不可能な事に思えた。
「ハンスネンは俺の懸念を意に介さずヨーゼフと共に飛んでいったよ。俺自身そんな悪趣味な処刑見る気も起きなかったが…… ここからの話はその過程と結末を記録した非公式の資料に基づいた物だ」
「最初のアプローチ、隊長は50mの低空から進入し距離500mから7.7mmの弾丸約300発を射撃。弾着点は目標の前10mから一直線に2人の間を通過したそうだ、中心からのズレは2m以下だとか。神業だな」
「続いてヨーゼフだが、一回目のアプローチは高度100mから下降し…… そのまま真上を通過した。その時点で奴は隊長に対し中止を申し出たが、無残にも却下され隊長機はヨーゼフのケツにピッタリと張り付いた。奴曰く今にも撃ち落とせる気迫だったそうだ」
「極度の緊張状態に陥った奴は本番の射撃で重要なミスを起こしたんだ。何か分かるか?」
突然の質問に僕は答えを見付けるのに苦慮した。
「──狙い過ぎたんだよ」
「狙い過ぎ?」
「お前、銃砲照準距離って知ってるか?」
銃砲照準距離。訓練生時代に座学で聞いたことがある。
「主翼に装備された機関銃は機体の中心線に向って微妙に内向きになっている。その弾道が交差する距離の事だ。照準する時は設定されたその距離を意識して狙わなきゃいけないんだが……」
「隊長が射撃を開始した500m、それがこの距離の照準距離だ。だがヨーゼフは弾を当てたくが無い為に200m近くまで接近してから射撃してしまった。集束が間に合わない弾丸は僅かな中心線のズレを許さなかった……」
「──喰らったのは昨夜、隊長に対して除隊を願い出た方だそうだ。詳しい安否は知らないが、報告には訓練中の事故とだけ書かれていた」
僕の知らない恐るべき事故、いや事件。何故隊長が軍内部で恐れられるか理由が一つ理解出来た。だがもう一つ疑問が浮かんだ。何故この基地の隊員はこの隊長の事を親しく思っているかだ。
「隊長の話、ありがとうございました。もしこの話が本当なら、今頃僕は隊長に誘われて今こうやって話を聞けなかった筈ですが」
「なんだ俺の話を疑うのか、まぁ無理もねえな。この報告は基地司令まで上がったが、そこから軍本部に知らされる事はなかった。勿論あの司令が自分の顔を潰したくない魂胆も少なからずあっただろうが…… 本当は皆が隊長の事を裏切るなんて行為をやる筈が無かったんだ。なんと言うか、あの凶暴でぶっきらぼうな男が妙に好かれるんだよな。あれが人徳と呼ばれるのか俺には分からんが」
班長はそう言うが僕には何となく理解が出来る。僕にしか分からないと思ってたが、案外周りの人間もそう思っていたのだ。




