4.芽吹く疑惑
新機体の初陣を終えた僕等は帰路に着く、さっきまで上機嫌だったカーリーだが、冷静になるとその戦闘内容には満足していない様子だった。
「地上に墜ちた敵を狙うんじゃ意味がねえ。あくまで空中で撃ち落とせるようにしないと」
副操縦士ヨーゼフが聞く
「この機体でどうやって狙うんだ」
「お前達2人にも牧羊犬になってもらう、3機で敵を追い詰めるんだよ。ガンナーは暇を持て余してる警備の連中を躾てやる。あの基地には英国からマトモな兵士が配属されるからな」
薄暗い中を慣れた操縦で滑走路に降り立つ機体。所定の駐機場に2機並んで停止し、外へ出ると待っていたのは基地司令であった。
「ご苦労だった諸君。到着早々で悪いが君達に先客が待ちかねている、付いてきたまえ……」
司令が向かったのは基地の奥まった場所にある建物、最近建造された物だが自分らは近付いた事すらない。
質素な外見とは裏腹に中に入るとロビーはホテルの様な装飾が施されており珍妙な印象を受ける。司令はエントランスに設置された椅子に座る男の横に立った。
「──紹介しよう。君達の新しい最高意思決定責任者だ」
脚を組んだ男は少しとぼけた表情を見せる。
「いやはや、私はあくまで説明役の代理でここに出向された身分に過ぎない……ウルスラだったかな?随分溶け込めたようじゃないか」
「え、ああこの格好??最初私は断ったんですけど無理矢理……」
彼女が言い訳する中怪訝な顔をした隊長が男に対して発言した。
「説明役の身分?MI6の人間にしては随分謙遜した紹介じゃないか」
「謙遜した態度は組織の行動指針だよ。良いだろう君に向けて話をしよう」
男は組んでいた脚を解いた。
「状況は非常に切迫かつ複雑化している……が、地元新聞程度の情報しか得られない君達には何の事かさっぱり分からないだろう」
「悪いが新聞を目にしたのは野糞してケツを拭いたのに使ったのが最後だ」
男の少し高圧な態度にカーリーが下品な反応を示すも男は説明はそのまま続いた。
「1945年、ヒトラーは自害しその後ナチスドイツは連合軍は敗北した、その少し前ベルリンの戦いが激化する最中に例の巨大生物は発生した。最初に前線のソ連軍が存在を確認しその後米英連合軍も発生を報告したため、ナチスの科学者が研究した生物兵器だという結論が下された」
「だがそれは戦勝国によって作られた表向きの話、カバーストーリーに過ぎない。実際はもっと後、終戦直前に存在を確認する事になる。が……我々はその不明生物よりもっと別の事を危惧していた。ゼーロウ高知及びハルベの戦いにて殲滅される事となった全14個師団で構成されたドイツ国防軍第9軍とSS武装親衛隊。彼等はソ連軍と戦いベルリン防衛戦まで敗北を重ねていた訳だが……戦後各地で報告された調査に不可解な点が発生した。明らかにドイツ側の規模に対する損害が少なかったのだよ。更に報告では不明生物が確認されたのはその9軍の残党が降伏する直前の事である」
「終戦から数年後、ハルベの戦いが繰り広げられたシュプレーヴァルトの森林地帯にてとある暗号通信が発せられた。それは戦時中使用されていた緊急用コードであり、ナチス軍に潜伏しその後行方不明になっていた我々の諜報員から送信された物だった。」
「西ベルリンにて合流すると彼が携えていたのは謎の文字で書かれた本とドイツ語で書かれた幾つかの資料、そして1人の少女であった。」
「それらの証拠により戦争での不明点、そして現人類が置かれている立場を理解するのは十分だったが……。残念ながら現時点で君達に言える事はここまでだ。」
「何だそりゃ、俺達はあの空飛ぶトカゲを絶滅させる方法だけ分かればいい。クソったれナチスを探すのはお前達の仕事だろうが!」
カーリーの言う通り1飛行士でしか無い僕等にはどうしょうもない話であった。
「良いだろう、もう一つ教えてやる。諜報員が連れてきた少女、つまりウルスラの事だが……彼女が持ち込んで来た本、未知の言語で記されたそのタイトルは『我が闘争』だそうだ。──この意味分かるか?」
本のフザケた話はともかくウルスラは何処からか来た少女だと?謎しか残さない男は最後にこう言い放った。
「明日より君達は特殊飛行隊として栄誉あるRAFとして活動してもらう。異論は無いな?」
勿論そんな話僕は反対である。しかし隊長もさっきまで旺盛だったカーリーもただ黙って反論はしなかった。
「特にハンスネン大尉。味方殺しの撃墜王君には君から周りに説明役を果たして貰うよ?」
隊長は肩をすくめ目線を逸らした。
「よろしい、話はここまでだ解散したまえ。それと…… 私の事はポールと呼んでくれ。勿論便宜上だがね」
ポールと言う男は立ち上がると部屋の扉を開き建物の奥へと行ってしまった。
僕等もこの豪華な建物から退散するとロッカーに戻り嵩張る飛行服を脱いでからブリーフィング室に集まった。
「あ、上着をありがとう……」
「別に良いさ、今更スパイだったとしても気にしゃしない」
「いや私は別に……」
彼女に対して冷たくしたい訳では無い、ただその時はあまり会話したくなかっただけだ。
──室内が重苦しい空気に包まれる中、隊長が口を開いた。
「……全ては先の話の通りだ。つまるところこの国は枢軸側として戦い戦争に負け、戦力の保有を著しく制限されている状況だ。つまりまぁ……英軍の統制下になるという事はこの制限から逃れる苦肉の策と言う訳だ」
「ふーん、それにしてもソ連はよく英軍の駐留なんて認めたな。戦後は対立してるって話じゃないか」
ヨーゼフから難しい質問が飛ぶ。正直僕は彼が国際情勢に詳しいなんて思っていなかった。
「そこは俺にも詳しくは分からん、しかしかなり向こうにも有利な条件を呈示したに違いない。さもなくばこの基地に近いボスニア海の港湾施設まで手に入れられる筈も無いしな」
今度はさっきまで冷静だったカーリーが少し興奮した様子で話に加わる。
「おいおい!害鳥退治の話が随分大ごとになったじゃねえか、また戦争でも始める気かよ。それに俺はこんな話は知らねえ」
僕は思った。カーリーは確か隊長と一緒にイギリスへ行ったはずである。彼は何も知らなかったのだろうか?
「それはだな……」
隊長が答えづらそうにしていると、ガチャりと部屋の扉が開く音がした。
「いやはや、ハンスネンには酷な役割を与えてしまった……不本意だが、今の立場としては貴様の方が上という事になっている」
入室して来たのは基地司令だった。手には紙袋を携えている。
「何だ随分偉くなったもんだなハンスネン。将校になったら俺にもポスト分けてくれや」
司令はガサゴソと紙袋の中に手を入れると何かを取り出す。
「ささやかだが新型機投入の祝いだ」
掲げていたのはウォッカの入ったボトルだったそれをテーブルの上にドンと置くと。グラスを全員に配る。
「え、私もですか…?」
「もう酒は飲める年齢だろ?ウルスラ嬢、この国じゃ14から飲み始める。初撃墜の記念だ」
彼女の分までグラスを手渡すと、司令直々にボトルを開け全員分に並々とウォッカを注いだ。
「さて、ハンスネン飛行隊長並びに作戦現場指揮官の君が始めてくれ」
祝いの場にしてはあまりに静寂に包まれる中隊長はグラスを掲げ一言を放つ。
「戦友に」
一斉にウォッカを口の中に注ぎ込む。僕には最近ようやく慣れた喉が灼ける感触を堪能する。
「ゲホッ!ゴホッ!」
彼女の初体験を見届け昔の自分を思い出した、誰しも最初はそんな物である。
僕はこの場所でちゃんと隊長にお礼を伝える事にした。
「失礼します。この自分、マーティン一等空兵は昼間隊長の助けが無ければ今頃巨大翼竜の胃袋の中でのたうち回りながら溶かされていた身であります。改めて隊長殿にはお礼申し上げたいと思います」
隊長の顔はさっきまでよりおおらかであり感謝の意を述べるにはベストなタイミングであった。
「何だ、たった一杯で酔ったのかお前。明日はもっと忙しくなるぞ。ヨーゼフと一緒に第二次大戦の戦闘機動を叩き込んでやる、さっさと寝ろ」
僕が隊長の命令で部屋から出ようとした時ウルスラが一つ質問してきた。
「巨大翼竜って?さっきのマルスエプソルと同じ個体だった?」
僕は襲われた時のその姿を思い出し比較するとまるで違う物だった。
「いいや全然大きかったし見た目も違ったよ」
「例えば?」
「身体は倍くらい大きく全体的に赤みがかっていた」
「もしかして……。あっ、今日はありがとうございました!私にとって良い体験が出来たと思います。用事があるので先に失礼します!」
彼女はは酔いが醒めたのか急いで僕をすり抜け部屋を出ていってしまった。
「──君の考えに確証はあるのかね、ウルスラ君?」
「私は、彼等と同じ部署に所属してました。もし同じ考え方をしているなら可能性は高いです」
「…… 真偽は我々の方で追って確認するとして、行動は早い方が良い。すぐノルウェーに停泊中の任務部隊、旗艦ヴァンガードに出航を急がせるよう連絡する」




