14.故郷の味?
地下に連れて行かれてからここまで、まるで現実の実感が無い。目に映る物が映像の様に過ぎていった、今ここで冷静に考えると何か物凄くこの先が不安になっていく。このトイレが現実と空想の境界なら二度とここから出ていきたくない程であった。すると1人空想側の人間がこのトイレに入って来た。
「おっとこんな所に居たかルーキー」
メップスは洗面台に立つ僕の後ろを通り用を足す。
「お前、ここに来てからずっと酷い顔をしているぞ。フライに料理される前のタラみたいだ。そうだ、ここにはレストランがあってな。パイが名物なんだ。ミートパイが美味いんだが、問題は中身でな、素材集めに殺したドラゴンやらよく分からん獣が使われてるらしい。お前も一回食ってみろ、よし決まりだ」
僕が何も答えない内にメップスは洗ってない手で僕の襟を掴み、そのまま空想の外へと無理矢理連れ出された。
「歩けないほど飢餓にはなってないです」
「なら自分の足で歩け、俺は上官だからな」
なんともひょうきんな上官である。暫く歩いてそのレストランに到着した。確かに僕がイメージする刑務所の様な食堂とは違った、店内は装飾されテーブルにはメニュー欄が置いてある。
メップスはウェイトレスを呼び付け、例のミートパイを2人分注文した。
「ここで働いている連中はな、ほとんどが都市から選抜された学生だ」
「学生?さっきマイメから都市から出る事は禁止されてると聞いたけど」
「一応、ここでは文化交流という名目になっている」
「何か裏がありそうだな」
「ここの技術をどうしても手に入れたい政府は企業へ優秀な研究スタッフの供給を要求した。だが企業はこれを拒否、そこで目を付けたのが若い学生の才能だった。」
「ここに産まれた人間はほぼ全員が企業を目指し過酷な勉強に励んでいる。つまりその時点で高い専門知識を持っていると言う事だ、だが企業が守りたいのはその中の一部エリートのみ。そこに目を付けたMI6が学生に向けたキャンペーンを展開した訳だ、ここに来れば企業と同等の待遇を得られるとな」
「戦争中は飯が食えるってだけで軍を目指す奴も居た。都市全体がまだ地球人に警戒を解かないタイミングでもそんな話に飛び付く奴は幾らでも居る」
「なんだかここも随分世知辛い世の中みたいだ」
僕は不思議とそんな情勢に親近感を覚えた。
「お待たせいたしました。ミートパイになります」
テーブルに置かれた皿の上に、何の変哲もないパイが載ってある。とりあえずフォークを取ろうとテーブルに手を伸ばしたがメップスに阻止された。
「ここでの喰い方を教えてやる」
彼は素手でパイを持ち上げハンバーガーを食すかの様に齧り付いた。
拒否も出来なそうなので僕も同じ作法でパイを 食べた。味は…… 悪くは無い。中に挽肉とその他具材を炒めた物がミッチリ詰まっており中々ボリュームがある。使ってる肉は少々風味に癖があり羊肉に近い味だ。
「どうだ?美味いだろ」
「ああ、多分極度の空腹のせいだね。それにしても本当にこの肉って」
「俺の話疑ってるのか。──俺のここでの任務はな、防衛以外にもう一つあって。それが動物狩りだ」
「僕もついさっきまでやってたよ、あの化物に家族をやられたんだ」
「ああ…… それは不運な出来事だ、同情するよ。まぁここでの目的は害獣駆除とはちょっと違う。ここで使われてる技術、主に素材は生物しか取れない物が多い。バイオメタルって奴か。それの副産物なんだよそれは」
「その何とかって言う戦闘機の為に?」
「ああ、俺はその実在を見たことがねえし。どうやらパイロットにも条件があって俺は乗れんらしい。正直現行機で敵の新機種に対抗するのは厳しいと言った所だ」
そんな話を聞いているとウェイターがテーブルに来た。
「カウンターの電話にマーティン様への電話が入ってます」
僕に電話?カウンターに移動し恐る恐る電話を取る。
「私だ、トニーだよ。君に来て欲しい事がある、今すぐさっきのハンガーに向かって欲しい」
そう言い残すとトニーは直ぐに電話を切ってしまった。
「今の電話、トニー博士のだった。今すぐ来て欲しいって」
「ほう、光栄にも君はプロジェクトの主要メンバーに選ばれたと言う事か。今回は俺の誘いだから奢ってやる。次は博士とでも来るんだな」
僕はお別れ前に一つ質問をした。
「何で刑務所なんか入ったんですか」
するとメップスは言い淀みながら答えた。
「あー…… 良いか?誰にも言うなよ? ……あの時は飲み過ぎてな、酔った勢いで店内で立ちションしたんだよ。引っ掛けた相手が運悪くスコットランドヤードだった」
「……パイをご馳走さんです」
特に期待した訳でもないが、想像以下の内容に僕は御礼もそこそこに店を出た。
ハンガーに戻ると何もない空間でトニーが中心にたっていた。
「ここに来るんだマーティン」
言われるがままトニーの元へ行く。
「何が始まるんです?」
「楽しい事だ。よし下げてくれ!」
トニーが合図をすると大きいサイレン音と機械音が鳴り響き地面が大きく揺れた。その揺れで体勢が崩れそうになるも操縦士としてのバランス感覚で立て直す。
「地面が潜ってる……」
「そう、これは地下格納庫エレベーターだ」
また地下だ。どうにもイギリス人は地中を掘って建物を建てる事が好きらしい。暫くすると目的の階に着く。
「さぁこっちだ」
トニーに案内され重苦しい扉を何枚か越える。すると巨大な空間に来た。
「ここは基地のメインフレームだ、外部から入ってくる情報処理と記録を担当する。まぁちょっとした寄り道だ。目的はこっち」
また別の場所に連れて行かれる。さっきの場所で見た職員の年齢が僕と同じくらいかもっと下に見えた、あれも学生なのだろうか。
「ここだ。私の秘密のアジトだよ」
案内された所は様々な機器が並んだ研究施設であった。
「博士、抽出工程は無事完了しました。容体は安定しています。そしてそちらが例の?」
「ああ、唯一の第一候補パイロットだよ」
周りの若い研究員達にジロジロ見られるのはあまり気分の良い物では無い。
「コギトはこちらに」
紹介された物は半透明の容器で中に何かが入っているがよく分からない。番号が記されており、その容器はホースで巨大なコンソールと繋げられていた。
「137番だ、君の連れてきた物だよ」
「それで…… これは一体どういう」
また訳の分からない物が出て来た。ここに来てからと言うもの、僕が理解出来たのはお茶とパイの味くらいである。そして恐らくこの容器の中にあるのはカミュメントだ。
「SSBFプロジェクトは単に速く飛ぶだけが目的ではない。むしろ完成が近付いた今、その意味合いは出発点から大きく飛躍を遂げている。最初この機体を成立させるにはコンピュータによる自動制御が必須であった。しかしこれだけの演算を行える物を我々は持ち得て無かった。」
「あの都市システムには高度な自動化が施されている、私はその技術を追い求めていた。答えはコギトにあったよ。コギトはその意思とは別に与えられた指示を遂行する事が出来た。その精確さは正にコンピュータの様にね。しかしSSBFに搭載された膨大なシステムは並の物では到底処理出来る量に無かったんだ」
「そのコギト。137番は破格の能力を持ち合わせている。そしてそれだけ高度な物は管理者を簡単に受け入れる事はまず無い。経緯は知らないが君は既にその権限を有してるようだ」
「この小さな頭脳にはさっき見た巨大なメインフレーム数台分の処理能力が備わっている。君にはこれから1人で操作出来るようになってもらうよ」
僕は最初から計画されてここに連れてこられた事を今理解した。




