12.飛翔、故障
「…… マーティンお前と2人で行け、俺は残る」
僕にとって思いも寄らない言葉だった。動揺する僕に対して隊長はその理由を説明した。
「この油圧カタパルトを操作するのに地上に1人必要だ、それにこの老いぼれよりは若いお前の方が話が通じるだろうしな。俺はお前ほど軟じゃない、別の方法で合流するさ」
隊長はフルマーのエンジンを始動させると、下に降りてカタパルトの操作をする。僕が操縦席、マイメが後席に座り込んだ。
「座席のベルトは1人で締めれるのか?」
「ええ、深夜にここに忍び込んでは遊んでいたからね…… ずっと夢だった、この巨大構造物の牢屋から抜け出す事を」
遊んでいる内に何か壊して無ければ良いが…… 心配する僕をよそにマイメは気分が浮かれているようだ。まるでキャンプに出掛ける子供のようである。
「いいぞ。出力を最大にしろマーティン!」
「了解!」
隊長の合図でエンジンを目一杯上げる。ハリケーンと同じ聞き慣れたマーリンのエンジンが響き渡るが、彼女はその大音量が初体験なようで、さっきより少し緊張気味な表情となっていた。
指でカウントダウンする隊長。3…2…1…GO!
機体がカタパルトから射出された。一瞬で停止状態から時速200kmまで加速され全身が強烈な反動で座席へ押し付けられる。
「イーッ!」
キャノピーに備え付けられている鏡で彼女の様子を見ると、顔を強張らせ必死にその強烈な重力に耐えていた。機体は高さ200m付近から射出され眼下に乱立する建物が確認出来る。
「デカい街だな、ここは。そんなに出て行きたいのか」
「もう長い事地上に降りて出歩いたりしてない。見た目は広いだけで自分の境遇に縛り付けられて居るのは下の住人だって同じだ。だから今の私みたいに違法な移動を隠れて行ってる悪い連中のが皮肉にも文明の自由を享受してるだろうね」
「…… それで行き先は?」
「ああ、えっと右に見える遠くの山、あの方向に向って」
「了解ボス」
僕は上客を驚かせぬようゆっくりと旋回した。急ぎようにもこのフルマーはそんなに速くは飛べない。
「この都市の境界線は何処だ」
「境界線?厳密に言えば配下国の国境って事になるけど、この都市に出入りする為の検問があって普通はどちら側からも通行出来ない様になってる」
「検問以外から自由に通れば良いじゃないか」
「脳壁がそれを許さない」
「……なんか地下にあるって奴か。どうやって監視しているんだ」
マイメは言いにくそうに言葉を絞り出した。
「誰かがなるのよ……」
「どういう事だ?」
理解の及ばない僕は質問を返したがマイメはそれ以上答えなかった、何か聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。そんな内に視界から人工物の森林が開けて来た、郊外に出たようだ。
「基地は何処だ?」
「あの丘の向こうにある」
僕が首を伸ばして目的地を探していた時である。機体が大きく振動した。
「何今の振動!?」
マイメが怯える声を出す。エンジンは黒煙を吐き今にもプロペラの回転が止まりそうになっていた。
「こりゃ整備不良だな、あんな所に野放しにしてるから」
「これもきっと予算不足のせいだな」
彼女は落胆したが操縦する僕はここからが大変だった。
「彼処が基地か!?」
彼女が言った丘の先にアスファルトで舗装された立派な滑走路が確認出来た。僕がアプローチの向きを考えていると、背後から甲高い機械音を発する物体が猛スピードで追い抜く。
「何だあれ!?見た事の無い機体だ」
「都市の守護者。この前の戦いの唯一の生き残り」
翼がありそこにフルマーと同じデザインのラウンデル。味方の英国機であったがその形状は、機首にプロペラは存在せず、極めて短い胴体に主翼から後方に伸びる2本の桁が水平尾翼で連結されるという至極ヘンテコな機体である。
その機体は僕の前方に居座ると機体を左右にロールさせた。どうやら先導してくれるらしい。
滑走路に接近してきた。我ながら失速しない様上手くグライダー飛行を続けていたが、ここから更に集中が必要である。空気抵抗で減速しないようずっと上げていたフラップを下げつつギアレバーを降ろす。
「…………」
反応しない。何回かレバーの上げ下げを繰り返すが一向に車輪が出る様子が無い。事態に気付いた先導機が横に付き確認するも、彼は此方に手でバツ印を見せつけた。だがもう着陸をやり直す余力なんて無かった。初めての胴体着陸である。
「マイメ、これから揺れるぞ。どこかに捕まってろ!」
「え何?何が起きたの?」
余計な事は伝えずに着陸に集中する。滑走路に進入、機体をなるべく水平に保つが速度が足りず失速寸前である。
プロペラが地面に当たりガリガリと火花を上げながら削れていく。機体の設置を感覚的に掴むと同時に操縦桿を思いっ切り前に押し込む。機体は前のめりになりながら滑走路を滑って行った。
「止まった…?」
機体がアスファルトに擦られる音が消えたと同時に尾翼が下がり大きく尻餅を付いた。
キャノピーを開き状況を確認する。何とか滑走路端で停止したようだ、幸いにも火災にもならなかった。
誘導してくれた機体が着陸してくる、更に遠くから此方に走ってくる人影も見えた。
「貴方いつもこんな着陸を?」
「これでも上手くいった方だ」
これ以上の弁明はしなかった。機体に問題があった事は分かりきっている。
「やあ。僕は…………」
走って来た小太りの男が自己紹介して来た。しかしその声は着陸して来た友軍機の激しい爆音に掻き消された。明らかにプロペラから発せられる音とは違う金切り声の様な高周波が耳を劈いてくる。
声によるコミュニケーションを諦めた男は僕達に付いてくるよう合図してきた。
僕は耳を塞ぐマイメを吊り上げ、男の後に続いた。
エンジンが停止され音がクリアになっていく。
「名前は何だ?」
「名前?僕はトニーだ、よろしく」
「いや…… あの機体の事だよ」
僕はずっとあの未知の戦闘機が気になっていた。
「あれね、あれはデ・ハビランド バンパイアだよ。もっとも初期に配備されたジェット戦闘機の一つだ。英国軍人じゃない?」
「出身はフィンランドだ」
「そうなのか……」
パイロットが降りてきて此方に来た。髭の生やした男で戦いを生き残って来た威厳を感じる。
「思ったより随分若いな。今回はMI6が手配すると聞いたがたった1人か」
「この世界にはもう1人来ている。貴方方にはそっちが本命だろうが、残念ながら道中で別れてしまった」
「ふむ…… メップスだ。よろしく」
「マーティンです」
僕等が挨拶すると。マイメが僕の前に出て来た。
「貴方が都市の守護者……初めてお会いしますマイメです!」
「え、ああどうもありがとう」
メップスは突然の幼いファンに戸惑いを感じた、すかさずトニーが耳打ちする。
「役員?SSBFプロジェクトの?ああすまなかったお嬢、こちとら中央の情報に疎くてね」
メップスはマイメに対して丁寧な挨拶をし直す。マイメは何故か満足気な顔で僕に振り返った。
僕は先程の発言から気になる事をトニーに質問した。
「ところでSSBFプロジェクトとは?」
「ああそれなら……」
トニーの言葉はまたも突然の轟音に掻き消された。
「あれだよ!!」
彼の指さす方向を見ると爆音の発生源が分かった。何かの物体が後方に大量の煙を排出しつつ、天に向って真上にのほまっている。
「あれは超音速空力テストの無人実験機を打ち上げるロケットだ!」
「超音速?何だそれは?」
「──実物を見せる。こっちに来てくれ」
僕等はトニーの先導でとある建物へと入って行った。




