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当ててみて、私の箱の中に何が入っていると思う?〜俺の冒險用ミミックだ!  作者: 上部乱
第三部——召喚塔林

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第74話 新しい家――帰る場所


二階の廊下にはいくつか小さな部屋が並び、

突き当たりには大きな窓があった。


窓の外には、灯りのまばらな隣町と、

ゆるやかにうねる海岸線が遠くに見える。

 

三階は静かな寝室フロアになっていて、

いくつもの部屋が廊下沿いにずらりと並んでいた。


かつてここには、かなりの人数の家族が暮らしていたのだろう。

 

主寝室の扉は開け放たれていて、

中に入る前から、持ち主に置き去りにされた布団とシーツが見えた。

 

二人はシミリスをそっと、

その少しくたびれたベッドの上に横たえる。


重く湿った布団が、

細かく震える彼女の身体を覆う。

 

デレオとチェラーレもすでに限界で、

ベッド脇の古びたカーペットにもたれ込むように腰を下ろした。

 

窓の外からは、かすかな潮風の音だけが聞こえてくる。


それは、

どこか知らない土地に取り残されたような、

静かな孤独を運んでくる音だった。

 

数分後、カシヤとアレカが、

湯気の立つスープとパンを盆に載せて階段を上ってきた。

二人はそっと机の上にそれらを置く。

 

「ここからは、私たちに任せて。

 あなたたちも休まないと。」

 

カシヤは声を落としながら、

シミリスの布団をもう一度かけ直してやる。

 

デレオとチェラーレは、

ちらりと視線を交わし、

小さな感謝を込めてうなずくと、

皿とカップを受け取り、

それぞれ四階へと足を向けた。

 

階段口の光は、

上へ行くごとに少しずつ明るさを増していく。

一段、一段と上るたびに、空気は澄み、

 

ほのかな木の香りと、

夜の静けさが二人を迎えてくれる。

 

四階の屋上テラスから見下ろす小さな町の輪郭は、

夜の帳の中でいっそう穏やかに見えた。

 

屋根は幾重にも重なり合い、

いくつかの窓に灯る小さな明かりが、

まるで遠い星々の反射のように瞬いている。

 

近所の古い住人たちが残っている家々の窓も、

ところどころに灯りがともっていた。


まるで世界の終わりの余波を生き延びた生存者たちが、

塔林の様子をうかがうために、

外へ出てきたかのように。

 

その顔、顔は、

こう問いかけているように見えた。

「どうして、こんなに静かなんだ?」

 

町全体を飲み込んでいた召喚の嵐はようやく去り、

久しぶりの解放感が、ここにも届き始めた。

 

街角では看板に灯りがともり、

遠くから歓声が聞こえてくる。

星空の下のこの町は、ひときわ美しく見えた。

 

まるでこの世界そのものが、

三年間の暴虐な空を忘れ、

銀色の光の滝の下で、

ようやくひと息ついているかのように。

 

夜風が二人の頬をそっと撫でる。

遠くの波音と町の歓声が溶け合い、

一つの低い夜の歌となって響いた。

 

チェラーレは錆びついた鉄のテーブルにもたれ、

コーヒーの輪染みが残る円い跡を、

無意識に指先でなぞる。

 

「ねえ、私のクラスアップの儀式、見届けてくれる?」

 

その声は淡々としていながら、

どこかに小さな期待を含んでいた。

 

彼女はバックパックから、

真紅の匕首を取り出す。


屋上の灯りを受けた刃に、

どす黒い血の痕が、

うっすらと絡みついて見えた。

 

「それって……

血誓の匕首じゃないか。おまえ……」

 

デレオは言葉を失う。

その匕首を手に入れるために、

何をしなければならないかを知っているからだ。

 

「そうよ。

 私はちゃんと“あの人たち”を殺したわ。

 殺し屋協会が、

 ちゃんと証明してくれてる。」

 

チェラーレは、

過ぎ去った古い夢でも語るような調子で言う。

 

「でも俺には……よくわからない。」

ようやく絞り出した声には、

どうしようもない戸惑いがにじんでいた。

 

「私はね、

 このことで後悔なんてしていない。」

チェラーレは静かに続ける。

 

「北海幇の長生堂は人身売買の組織よ。

 子どもを密輸して、罪のない若者を誘拐して、

 金のためなら生きたまま臓器を売ることだって平気でやる。

 

 私はただ……この世界から、

 少しだけ悪意を減らしただけ。」

 

「そいつらが罰を受けただけってことか。」

 

デレオはふうっと息を吐き、

胸の上に乗っていた重石が、

ほんの少しだけ軽くなるのを感じた。

 

チェラーレは身体をわずかに横に向け、

ゆっくりと顔を上げてデレオを見つめた。

 

「私は、そんなふうには言わない。

 あの戦いのあと、私の手についた血は、

 やつらより多かったかもしれない。

 

 でもね──命を商品にするつもりなら、

 自分の命も賭ける覚悟くらい、

 しておくべきだと思うの。」

 

そう言うと、

彼女は親指で刃先を軽くなぞる。


掌の中で、

血のような赤い光がちらちらと瞬いた。

 

「でも、それだけ殺して……政府が黙っているのか?」

 

デレオの声は震え、

冷たい法文や、

果てしなく続く裁判の光景が頭をよぎる。

 

チェラーレの口元に、

かすかな冷笑が浮かぶ。


それは、制度の無力さそのものを嘲るような笑みだった。

 

「ふふ、私が仕事をしたのは帝国の領内。

 あっちの警察もマスコミも、全部もみ消したわ。

 

 知ってる? 県知事クラスの連中までがグルだったのよ。

 北海幇の後ろ盾は底なし。

 事件が起きても、上に引っ張れば引っ張るほど、証拠は水みたいに流されていく。

 

 誰も、本気で追及しようとはしない。」

 

デレオは小さくうなずく。

「たとえ明るみに出たところで、

 大した問題じゃない。

 おまえは帝国に指名手配されるだけだ。

 引き渡し条約を結んでる国に近づかなきゃ、それで済む。」

 

チェラーレは鼻で笑い、

掌の中の匕首の光が、

わずかに震えた。

 

「そうね。ああいう場所じゃ、“正義”なんて最初から誰のものでもないわ。」

 

デレオも、どこか納得したように言う。

「ときどき、本当に残るのは──

 屋上の灯りの下に立つ証人と、手にこびりついた血だけなんだと思う。」

 

「ところで、あなたたちはどうなの?」

 

チェラーレはじっとデレオを見つめ、

さっきより少しだけ柔らかい声音で問いかけた。

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