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当ててみて、私の箱の中に何が入っていると思う?〜俺の冒險用ミミックだ!  作者: 上部乱
第三部——召喚塔林

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第70話 味方だと思ってた……あなたたちまで

「フェンリル、ケルベロス……

 まさか、あなたたちまで

 私のもとを離れるなんて。」


シミリスの声はわずかに震え、

その瞳に一瞬、深い喪失の色がよぎった。


彼女はそっと片手を上げる。

指先には半透明の魔法の糸が絡みつき、

銀糸のように空中でたゆたっている。


彼女が低く詠唱を始めると、

その一体一体の召喚獣の名は、

古い律動と神秘的な残響を伴って響きわたった。


「冥府のアメミット──

 亡者の審判より来たる獅子ワニよ。


 ネメアの金獅子──

 刃も槍も届かぬ咆哮者よ。


 大智腹行マホーラガ──

 大地の底に身を隠す蛇身の祭司よ。


 毒と炎の相柳──

 凶水の上で泣き叫ぶ九つ首よ。」


ふつうの召喚師が

強大な召喚獣を呼び出そうとするなら、

相応の生贄を用意し、


延々と長い祈りの文句を

唱えなければならない。


だがシミリスは、

ただ静かにその名を口にするだけでいい。


その呼び声は、

将軍に名を点呼された兵隊のように、

即座に彼らを戦場へ連れ出す。


名を呼ばれた瞬間、

目の前でひとつ、

またひとつと光の爆ぜる音がした。


魔法をここまで自在に操れる人間を、

デレオが見たことがあるのはただ一人――

百四歳の高齢、ウンブラ婆さんだけだ。


カシヤの祖父でさえ、

ここまでの域には達していない。


サリクスはすでに第四階級の賢者であり、

七十年以上も研鑽を積んできた。


それでも魔法を行使する際には、

七人の魔法エグゼキューターへの

長々しい祈りを欠かしたことがない。


シミリスの、あまりにも

自然で奔放な魔法の在り方に比べれば、


他の者たちの魔法は、

どうしても職人の手垢や斧鑿の跡が目についてしまう。


「裏切った四体を壊して。

肉体さえ崩れれば、

あの子たちは戻ってくる。」


シミリスの声は夜闇のように低く、

指先の銀糸が黒い霧の中でちらちらと瞬く。


その言葉と同時に、

アメミットが真紅の牙をむき出しにし、

ケルベロスへと一気に噛みついた。


三つの首はもがき、吠え立てるが、

冥府の獣は微動だにせず押さえ込む。


ネメアの金獅子は鬣を炎のように逆立て、

フェンリルめがけて突進する。


マホーラガの長大な躯は渦を巻く深淵のようにとぐろを巻き、

輝く霊光をまとって迦樓羅を絡め取った。


羽ばたきと蛇鱗が交差し、

奇妙な光と影の模様を描き出す。


相柳は九つの首を同時に持ち上げ、

牙を剥き出しにする。


その蛇影をまとった身で、

漆黒のフェニックスと真正面から対峙した。


黒い波濤と紫の炎が激しく衝突し、

濃い霧が何重にも渦を巻く。


それぞれの召喚獣が、自らの極致の力を惜しみなく発揮し、

戦場の魔力は怒涛のごとく沸きかえった。


闇と光が混然と絡みあい、

空気の中には、

灼熱と酷寒が同居する圧迫感が満ちていく。


その静かなる激突に、

誰もが呼吸を奪われ、

視線はシミリスが

掌握する戦況一点に釘付けになった。


胸の奥底から、

言葉にならない驚愕と畏怖が湧き上がる。


シミリスが魔法を行使するとき、

そこには少しの逡巡もない。


補助道具も一切不要、

ただの低い呼び声一つで

天地を揺らすことができる。


彼女の支配下では、

召喚魔法は呼吸と同じ──

そう錯覚させられるほど自然に、

彼女の一部としてそこにあった。


アビスウズもまた、

常人から見れば紛れもない天才だ。


二十五歳にして

第四階級の悪魔締結者となった稀有な存在。


だが、明白な差がそこにはある。


彼女とシミリスの境地のあいだには、

まだ超えるべき段差があった。


やがて、

二つの陣営の召喚獣は互いにぶつかりあい、

神威と魔力をぶつけ合った末に、

深い傷と余韻を残しながら、


まばゆい霊光のきらめきとなって空へと溶けていく。


細かな光雨はやがてひとつの流れとなり、

再びシミリスの身の回りに収束していった。


その衣は魔力の波動に合わせて静かに揺れ、

瞳には、

容易には覗き込めない複雑な色が浮かぶ。


アビスウズは歯を食いしばり、

手の甲で額の冷汗をぬぐった。


その目には、

悔しさと同時に、

紛れもない畏怖が宿っている。


「本当にやっかい……

あの子の魔力、底が見えないじゃない。」


彼女は低くぼやき、

疲労に滲んだ声を漏らした。


霊体堕落の魔法は、

あまりにも魔力の消耗が激しすぎる。


チェラーレはアビスウズの隣に立ち、

シミリスの一挙一動から目を離さずに言った。


「──だからこそ、彼女はここにいる。

 塔林の塔主たちは、

 もうみんな彼女の祭壇に捧げられた。


 今の彼女にとって塔林は、

 魔法力の泉そのもの。


 ここで魔法を使うたびに、

 塔の中に残っていた希望は少しずつ、

 喰い尽くされていく。」


カシヤはシミリスの背中に視線を向け、

胸の内に言い表せない共感の痛みを覚えていた。


「あの子……

とても悲しそうで、すごく孤独に見える。」


その声は小さく、

霊光と魔力のざわめきの中にかき消されそうなくらいだったが、

そこには確かな共鳴が宿っていた。


「スピリッツオーケストラ!」


カシヤはウクレレを取り出す。


澄んだ弦の音が空気を震わせ、

百体を超える音楽スピリッツが

銀の光点となって舞い上がる。


弦の音、鼓の響き、

笛や簧の音色が重なり合い、

それはまるで、

失われた希望を悼む挽歌のように聞こえた。


スピリッツたちは

空中を舞いながら淡い光をきらめかせ、

戦場に、柔らかくも悲しみに満ちた空気を流し込んでいく。


「……黙らせて。」


シミリスが指先を弾く。

彼女が駆る召喚獣たちが、

一斉にカシヤへと襲いかかった。

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