第64話 うちの婆ちゃん、空襲警報の真っ只中にドラゴンを乗り回してたんだ
彼らの装備と身なりから察するに、
首都ギルド所属の冒険者たちなのだろう。
ただし――
どの顔にも、あどけなさが濃く残っている。
デレオとチェラーレだって、
まだ十九歳に過ぎない。
だが、この子たちはそれより若い。
下手をすると十五、六というところだ。
「ほんとはさ、
芽が出る前の若芽をへし折るような真似は、
あんまりしたくないんだけど……。」
デレオは小さく嘆息しながら、
アレカの口の中から
唐辛子を一本取り出した。
『アイテム生成:クマよけスプレー』
「これから三つ数えるから、
そのあいだに息を止めて、
伏せて、目を閉じろ。」
彼は
仲間たちだけに聞こえる声でそう告げる。
「いち。」
デレオはゴーグルを装着し、
襟を引き上げて口と鼻を覆った。
彼の動きに気づき、
取り囲んでいた少年少女たちがざわめく。
「来るぞ!」とばかりに、
武器を構えて一斉に距離を詰めてきた。
「に。」
デレオは手の中の熊よけスプレーを、
軽く振って中身を攪拌する。
「さん、伏せろ!」
彼の仲間たちは一斉に地面に伏せた。
同時に、
デレオはスプレーの噴射口を押し込む。
真っ赤で激烈に辛そうな霧が、
ぶわっと円を描いて噴き出した。
辛味の霧の中で、
デレオはぐるりと一回転する。
少年少女たちは、
目と鼻に突き刺さる痛みに悲鳴を上げ、
涙と鼻水を垂らしながら、
次々と地面に転げ落ちていった。
その輪の外側で、
サーチベアは
遠くからこの匂いを嗅ぎ取るなり、
振り返りもせずに全力で逃げ出した。
「ちょ、バカ熊!
早くお金を稼がないと、
家も財布も食い尽くしてしまいますよ!!」
半身人の少女は叫びながら、
咳き込みつつクマを追っていった。
周囲で買い物をしていた市民たちは
直接は食らっていないものの、
うっすら流れてきた霧に目をしばたかせ、
まるで玉ねぎを
刻んでいる最中のような顔で、
涙を拭きながら道を開ける。
「戦闘終了~。」
アレカが得意げに宣言した。
「数は多かったけど、
あの子たち、レベルが低すぎ。
レベル45とか46の君たちにとっては、
経験値的にも誤差みたいなもんだよ。」
迪勒は新人の一人をつかみ上げた。
「教えてくれないか。
誰が俺に懸賞をかけた?」
このギルドの中に、
わざわざ自分に因縁を
つけるような相手がいるとは思えない。
少なくとも、
評判を落とすようなことをした覚えはなかった。
「ペ……ごほっ……ペダルム……」
その男の目は、
ほとんど腫れ上がって細い線になっている。
「ペダルム……誰だそれ?」
デレオは首をかしげたまま、
仲間たちのほうを見る。
「ペダルム……あのバカな女よ!」
アペスは、
見るからに頭痛がするという顔をした。
「どういうことだ?
知り合いなのか?」
デレオの頭の上には、
はっきりとした疑問符が浮かんでいる。
「うちの従姉の……
熱狂的なファン、かな?」
カシヤは笑いながら、
アペスのほうをちらりと見た。
「ただ、
そのやり方がちょっと過激すぎてね。
アペスは彼女を避けるために、
僧兵団に入ったの。」
「それが、俺と何の関係があるんだよ!
なんで俺に懸賞なんかかけるんだ?」
デレオは新人たちを放り出し、
人混みのほうへと歩き出す。
そのまま市場を巡り、
昼食にもう一品、
海鮮を足そうと思ったのだ。
「はぁ――女ってさ、
嫉妬し始めると本当に厄介よね。」
アビスウズはからかうように、
この「弟分」を眺めていた。
そのとき――
都市全体に、空襲警報が鳴り響いた。
耳を裂くような鋭いサイレンが、
空を切り裂き、
人々の視線を一斉に上空へと向けさせる。
遠くの空には、
武装ヘリの編隊が高速で飛び去っていく。
銀色の機体が、
陽光を浴びて冷たく光った。
対空機関砲が次々と火を吹き、
ダダダダダと弾幕が空に白い軌跡を描く。
どうやら、
何かしらの「招かれざる客」と交戦しているらしい。
ノールールマーケットの客たちは、
魚や野菜を物色していた手を止め、
ざわざわと不安げな声を上げる者、
店の入口に集まって様子をうかがう者――
混乱と好奇心と
が入り混じった空気に包まれていく。
「大丈夫、放っておいていいわよ。
うちの婆ちゃんだから。」
アビスウズは、
これ以上ないほど気楽な声で言った。
そう言いながら、
新鮮な白ボラ……ではなく
白チョウチョウウオに似た白身魚を一尾、
アレカの箱へ放り込む。
デレオがさらに何か聞こうとしたとき、
チェラーレがそっと彼の腕を叩き、
顎で空の一点を示した。
「あれ、ウンブラ婆ちゃんの
ゾンビドラゴンじゃない?」
デレオが尋ねると、
アビスウズは手をぱん、
と叩いて笑顔を浮かべた。
「さ、帰ってご飯にしよ!」
まるで他人事だ。
彼女が軽く手を振ると、
街角の霧の中から、
二頭の大きなナイトメアが、
すっと姿を現した。
「今回は二頭多めに呼んだから、
もうケンカしないのよ?」
幼稚園の先生みたいな口調で、
アビスウズは二人の武闘派少女に釘を刺す。
一同は顔を見合わせ、にやりと笑うと、
それぞれナイトメアの背に飛び乗った。
路地裏へと駆け込み、
デレオの小さなアパートを
目指して疾走する。
ノールールマーケットを離れるころには、
あたりは
相変わらず人いきれと声であふれていた。
商人の呼び声と客の値切りが、
いつも通りの喧騒を織りなしている。
ただ――
その少し離れた上空では。
ゾンビドラゴンが、
激しい対空砲火をものともせず、
ゆっくりと冒険者ギルドの屋根に
降り立とうとしていた。
本当に、空軍が出撃して、
对空砲まで総動員しているのに――
あの老婆を止めるには、
まだまったく火力が足りていないようだった。
「あのババア……
こんなんで本当に大丈夫なのか?」
デレオの常識は、
さすがにマズいんじゃないかと警鐘を鳴らしていた。
「なに?
本気でこの首都を踏みつぶすんじゃないかって
ビビってるわけ?」
チェラーレは、
どこか期待しているような声で言う。
「ひいおばあちゃんはそんなことしないよ……」
アビスウズはめずらしく真剣な表情になった。
「あの人はこの街を愛してる。
この街はね、
ほとんどひいおじいちゃんと二人で
作り上げたようなものなんだから。」
「行こっ! ディディの家に。」
アビスウズが
笑いながらデレオの背中をぽんと押した。




