虐殺のパンデモニウム——串殺ゾンビと楽師
これは本編とは関係のない、
独立した物語です。
『ノンプロット・クエスト開始』
カシヤは
『パンデモニウム』――
騒がしき魔宮へと召喚された。
地獄の群魔も、諸天の神々も、
大惡魔マーモンからの招待状を
受け取っていた。
カーリーとセクメトは、
まるで奥向きの親友同士のように
楽しげに談笑していた。
彼女たちが
ウィツィロポチトリから借りたルージュは、
鉄錆のような
甘く生臭い香りを漂わせている。
その化粧品の原料は……
虐殺された
生け贄から抽出されたものだった。
人ならざるものたちは
事象の地平線の彼方に群れ集い、
決して外には漏れないこの光と影を
見届けていた。
『闘争関数入力』
f(楽師カシヤ, 串殺ゾンビ): D(猫背山麓の旧軍港)=?
解を求めよ。
あと三百六十六日で、
四年に一度だけ訪れる
その日がやって来る。
カシヤは
龍背港の旧跡を訪れていた。
彼女は
一つの歌を探していた。
かつて
伝唱を禁じられ、
虐殺の史実を暴いた歌を。
初春の小雨の中、
老いた吟遊詩人が
係船柱に腰掛けていた。
二本しか弦のない古琴を奏で、
その音色は、
彼の顔に刻まれた皺のように老いていた。
「八十度の冬を越え、
勝者は襤褸を纏い、
軍は猫背山に臨み、
反乱を粛清す」
カシヤは
その酸味と苦味を帯びた旋律に惹かれ、
旧軍港の岸辺で足を止めた。
「英雄よ英雄、刃と銃しか知らず。
英雄よ英雄、米と塩を知らぬ……
春は秋へ、
秋は春へ
英雄は暴君となり、
民は再び絶望する」
カシヤには分かった。
これこそが、
あの歌だと。
今や、
この歌のために
銃殺される者はいない。
だが老吟遊詩人の旋律には、
今もなお
微かな恐怖が調律されていた。
「猫背の峰に屍は遍く、
猫背の河口に
死囚は漁港を満たす。
百尺の鉄線、
囚人の掌を串刺す、
一人を処刑すれば、
千百の屍が沈み」
カシヤは、
この歌われた歴史を知っていた。
戦争終結後、
かつての海軍元帥がこの地を接収した。
猫背山の住民たちは
平和の到来を信じたが、
待っていたのは
「平和」の名を冠した虐殺だった。
「私の叔父は、
八十年前に港の底へ沈められました」
老詩人の眼は乾ききり、
もはやどうすれば心置きなく
泣けるのかも分からなくなっていた。
「……彼らを、連れ出してくれませんか?」
カシヤは、静かに頷いた。
猫背山の住民なら、
本来は容易く出来ることだ。
だが彼らは、
暴政にあまりにも長く縛られてきた。
カシヤは龍背港の岸へと立つ——
海軍元帥は
「猫背」という地名が
自らの功績に相応しくないと考えた。
彼は大きく筆を振るい、
この素朴な土地に、
覇気ある名を与えたのだった。
カシヤはハーモニカを取り出し、
海風の中で鎮魂曲を奏でた。
彼女の力は、
死者を救済するには足りない。
だが、
その旋律は確かに港底に沈む怨魂を揺り動かした。
晴れた風の吹く旧軍港、
荒れ果てた灯台の傍ら。
もともと穏やかではない海は、
ハーモニカに導かれ——
波は、次第に砕けていく。
人の頭が、次々と水面を突き破った。
十人、五十人、百人……
二百、四百……千二百……三千余。
亡骸たちの歩みによって、
旧軍港の波は、もはや止め処を失った。
八十年の海水に浸され、
本来なら腐り果てているはずの皮肉。
だが、不死者に課された呪いが重いほど、
肉体は失われにくい。
そして虐殺——それは、
最も悪意に満ちた呪いだった。
カシヤは、
色衣を纏った笛吹きのようだった。
ただし、導くのは鼠でも子供でもない。
彼女は彼らを川へ導くのではなく、
岸へと連れ戻した。
満港のゾンビを浅瀬へと導く。
その掌は、伝承の通り、
今もなお串刺しに繋がれていた。
その忌まわしい鉄線もまた呪われ、
八十年近い歳月を経ても、
錆一つ浮かばせていない。
カシヤは死者たちを率い、
猫背山の麓へと戻った。
人々は集まり、顔を見合わせた。
若者たちは途方に暮れ、
八十年前の罪は、
彼らの記憶を遥かに超えていた。
老人たちは港で泣いた。
夫、親、兄弟……
名を呼べど、
遺体を引き取ろうとする者はいない。
八十年前の虐殺が、
彼らの心を縛っていた。
既に逝った者は、掴めない。
まだ生きている——若者たちを、
これ以上失うわけにはいかなかった。
カシヤは義憤の涙を流した。
「教えて。
龍背大元帥は、どこに住んでいるの?」
「何年も前に亡くなり、
天寿を全うし、子孫に囲まれていました」
老詩人は、
猫背山の中腹に建つ豪奢な邸宅を指差した。
「その孫が、徴収した財を相続し、
今や猫背山の有力者となっています」
「ならば……
この残酷な結末を片付ける責任を、
彼に取らせましょう」
カシヤはハーモニカを吹き、
濡れた亡霊の大軍を率いた。
膨れ上がった三千の顔、
海水を滴らせる六千の脚。
そこから流れ落ちるのは涙ではない。
だが、涙と同じく、塩辛かった。
カシヤは三千の冤魂を導き、
堂々と猫背山へと進んでいく。
彼らの正義は、
彼ら自身で取り戻すしかなかった。
海軍元帥の邸宅の門には、
政治的な標語が溢れていた。
『過去を手放せ』
『未来を見据えよ』『民族融和』……
どうやら地方議員選挙の準備中らしい。
「許しを求める前に、
責任を果たすべきじゃないの?」
彼女は、
いつも厄介事を背負い込む一人の少年を
思い出した。
「彼」と比べれば、
あの邸宅に住む将相の孫など、
この土地に巣食う寄生虫に過ぎない。
少女は決意した。
鎮魂曲は和諧の楽章へと変調し、
彼らは静まり、
もはやカシヤの歩みに従わなくなった。
三千体の串殺ゾンビが、
海軍元帥の邸宅を幾重にも包囲した。
邸内は騒然となる。
「死霊術師に連絡を……」
「警察だ!」
「四大教会に電話を……!」
カシヤは、颯爽と去っていった。
少女のハーモニカの音も、
いずれ彼女と共に消えるだろう。
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「これで虐殺?
一軒だけじゃ少なすぎるわ」
セクメトは、
やや不満そうに言った。
カーリーは笑った。
「あなたは分かっていないわ。
あれほど積もった業障が爆ぜる時こそ、
最も美しいのよ」
「ふふ……
こういう筋書きは、
いつだって利益だけが生み出すものだ」
マモンは得意げに、
貴客たちへ一礼した。
———大したことではないこと———
カーリーは
シヴァの妻である。
シヴァは男神だ。
スクウェアに騙されるな。
エジプト神話のセクメトは
太陽神ラーの娘で、
その穏やかな側面が
有名な猫の女神バステトである。
ウィツィロポチトリは
アステカの戦神。
毎日血を飲むあの神だ。
これらの神々は皆、
一度殺戮を始めると
止まらない「虐殺神」だが、
邪神ではない。
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閣下、まずは一休みしましょう。
明日の夜、
デレオたちが結局あのカエルから
いくら毟り取ったのか……。
共に数えようではありませんか。




