第59話 仲介商イントロドゥク——抜け目ないアマガエル族
チェラーレの長い髪が、
市場の人波の中で
弧を描くように揺れる。
彼女は勝手知ったる様子で、
一行を先導して歩いていった。
イントロドゥク仲介事務所の看板は、
この雑多な市の中でも
ひときわ目立っていた。
鉄製の看板の縁には、
長年の風雨で
薄い苔がこびりついている。
「代行:
オークション・不動産・移民・
ヘッドハンティング・法律代書」
と刻まれた文字は、
剥げかけながらも、
かろうじて光を反射していた。
入口には
青銅製のアマガエルの像が二体、
来客に向かって
大げさにお辞儀をしている。
店の中へ入る前に、
アマガエル族の亜人が
ひょいと店先から
飛び出してきた。
その亜人の肌は
つややかな碧緑色で、
顔にはうっすらと水滴が残っており、
まるで池から上がってきたばかりのようだ。
彼の羽織っているマントは、
他の仲介所の従業員たちとは
全く違う。
ハスの葉と亜麻布を
組み合わせて縫い上げたもので、
実用的でありながら
独特の風格を放っている。
脚は異様に長く、
関節は柔らかくしなやかだが、
常に半分ほど曲げているため、
見た目の背丈は
デレオの腰ほどにしか見えない。
だが、
ひとたびぴょんと跳び上がって
相手と目線を合わせると、
その瞳の奥には計算高い光がちらりと覗く。
「イントロドゥクと申します。
皆さま、
本日はどのようなご用件で?」
口調は穏やかで、
声には池の底から響く
太鼓のような
低い震えが混じっていた。
チェラーレは
口元だけで微笑む。
「信頼できる受任者を探してるの。
ちょっと特別な貨物のね。」
そう言って、
彼女は身をかがめて
アマガエル族の耳元に、
ひそひそと
数語ささやいた。
イントロドゥクの表情が一変し、
瞳は細くすぼまる。
すぐさま
一行を店の中へと
招き入れた。
中に入ると、
葦を編んだ敷物が
敷き詰められた
広い前室が現れる。
そこでは
さまざまな種族の客たちが、
取引の相談をしながら
席に着いていた。
空気には
インクと紙の匂いが
混じり合い、
静かなざわめきの中に、
契約の気配が
濃く漂っている。
壁には、各種の資格証書や、
過去の成功案件に対する感謝状が
所狭しと飾られている。
なかには、
いくつもの政治勢力から
発行された貨物輸送許可証もあり、
この仲介事務所が市場の中で
確かな地位を築いていることを
物語っていた。
「どうぞこちらへ。」
アマガエル族が深く腰を折って先導する。
足の指は床にぴたりと張り付き、
一歩一歩が驚くほど静かだ。
一行は彼に続き、
低い衝立の並ぶエリアを抜け、
半個室の小部屋へと通された。
そこは簡素ながら整然としており、
机の上には
蛍光キノコのランプが置かれ、
柔らかな緑の光を放っている。
部屋の隅には
大きな黒板が据えられており、
「今週の人気需要&供給」と
題した一覧が書き込まれている。
その中でも
「レア魔獣」や「鮮度保持素材」といった
キーワードは、
色とりどりのチョークで丸く囲まれ、
目立つように強調されていた。
「ネクロサウルスクラスの特大案件を扱うには、
経験豊富な仲介人による管理が必要になります。」
イントロドゥクは胸の前で手を組み、
いかにもといった口調で続ける。
「当事務所なら、
契約済みの食品加工工場に加え、
大手オークションハウスとのパイプもございます。
ご用意いただくのは、
サンプルと詳細な入手経路の説明のみ。
すぐに予備査定を行い、
潜在的な買い手への事前打診まで
手配いたしますよ。」
「サンプルなら今すぐ出せるけど、
そっちのスペースが足りないかもしれない。」
デレオは少し不安そうに言った。
イントロドゥクは、
歯のない蛙の口をわずかに開き、
薄く笑みを浮かべる。
「ご心配なく。
専用の検分室も、
裏手の荷捌き口も整えてあります。
大型サンプルでも十分対応できますので、
どうぞお任せください。」
彼はさらに奥の
細長い廊下へと案内した。
途中、
ひそひそと相談している獣人たちや、
知性化したゴブリンの従業員たちがいて、
一行に好奇の視線を向けてくる。
やがて、
広い倉庫にたどり着く。
大勢の従業員がここで忙しなく働き、
荷を運び、
記録を付けていた。
「ここなら十分でしょう?」
アマガエル族は
辛抱強そうな声で言う。
デレオは周囲を見回した。
倉庫の床は灰色の石畳で、
四方には謎めいた記号が書かれた
木箱や冷蔵コンテナが
高く積み上げられている。
空気には、
かすかな薬草と金属の匂いが混じり合い、
時折、
重い台車の車輪がきしむ音が
響いていた。
「やってみるか。
ただ先に言っとくけど──
この辺の荷物が巻き込まれてぶっ倒れても、
こっちの責任じゃないからね?」
チェラーレが低い声で釘を刺す。
その口調には、
はっきりとした警告がにじんでいた。
アマガエル族は
一瞬だけ目を丸くしたが、
すぐに愛想笑いを浮かべ直す。
胸元のポケットから
銀色の通信器を取り出し、
器用に数回タップした。
「そこのスペースを空けて!
冷却台ももう少し奥へ下げろ!」
号令とともに、
何人かの獣人従業員が
慌ただしく動き始める。
箱をいくつも倉庫の隅へと運び、
ぽっかりとした空き地が作られた。
「これでよろしいでしょうか。
それでは、
お持ちになった商品を拝見しても?」
仲介人の声色は、
先ほどよりもさらに
親しげなものになっている。
ついでとばかりに、
分厚い手袋の一組まで
差し出してきた。
「ここなら設備も整っております。
魔力残滓の測定もリアルタイムで……」
「おえっ……ごふっ……おえぇ……
るるるる……うぷっ!」
アレカは、
今度ばかりは吐き出すだけで
十秒以上もかかった。
すさまじい腐肉の臭いが
倉庫にぶわっと広がる。
それが、
このネクロサウルスの「鮮度」の良さを
雄弁に物語っていた。
さきほどまで自信満々に説明していた
イントロドゥクの言葉は、
目前に現れた巨大なネクロサウルスを見た瞬間、
喉の奥へと引っ込んだ。
事前に準備させていたにもかかわらず、
吐き出されたネクロサウルスは、
それでもなお
何列ものパレットをなぎ倒しながら
転がり出てくる。
いくつもの木箱が
雪崩のように崩れ、
何人ものゴブリンや
アマガエル族の従業員が、
その貨物の山から必死に
這い出してきた。
離れた場所で作業していた従業員たちも、
いっせいに鼻と口を押さえる。
中には、
その場で盛大に吐いてしまう者すらいた。
だがイントロドゥクは、
巨大なネクロサウルスを見るや否や、
目を爛々と輝かせた。
口元には
抑えきれない喜悦の笑みが浮かぶ。
彼はその死骸の周りを一周し、
一歩進むごとに真剣なまなざしで
細部を観察していく。
「おおお……
ここまで完全な形のネクロサウルスなど、
まずお目にかかれません。
これは稀少中の稀少ですな。」
指先で鱗をこんこんと叩き、
その硬さを確かめる。
「ほら、
この爪をご覧なさい。
この表面の魔力の残り方……
破魔効果も付与されていたはずです。」
彼はしゃがみ込んで、
ネクロサウルスの分厚い皮膚の上を
掌でなぞった。
その声には、
敬意すらにじんでいる。
「ここまで綺麗に保存された皮となれば、
死霊系の術式に対する防御力は
相当なものですよ。」
次に頭部へ顔を近づけ、
その巨大な眼球を
まじまじと見つめる。
「肉も……ふむ。
この量なら、
呪詛系の魔薬に精製するとして、
いったいどれだけのロットが組めるか……。
この二つの眼球だけでも、
一つ五百万クレジットはくだらない。
市場じゃ、
ここまで状態の良い“食屍竜の眼”なんて
まず出回りません。」
最後に、
ネクロサウルスの腹部に回り込み、
慎重に指で押しながら
感触を確かめた。
「おやおや……
あなた方は本当に運がいい。
どうやらこれは抱卵中のメスらしい。
この卵の一群、
もし孵化させられるなら……。」
どうやら、
受精卵はアレカの感覚では
「生き物」としては
カウントされていないらしい。
イントロドゥクは
頭の中で高速に計算を巡らせると、
すぐ傍らで見物していた従業員に向かって叫んだ。
「民国騎兵隊に連絡しろ!
これはビッグディールになるぞ!」
イントロドゥクの顔には、
狂喜と職業的な強欲が
これでもかと刻まれていた。
倉庫のあちこちで
うずくまっている従業員たちの存在など、
とっくに意識の外へ
吹き飛んでいた。




