第55話 お姉さんが、恐怖の呪い人形を作ってあげる
「チェラーレさん、
わたし、あなたのこと嫌いじゃありません。
お友だちになりませんか!」
カシヤの声はわずかに震えていた。
緊張か、恐怖か――
それでも澄んだ瞳だけは、
期待に満ちて
チェラーレをまっすぐ見つめている。
「えっ?」
チェラーレは、
いきなり突きつけられた「友情の宣言」に、
完全に虚を突かれたようだった。
目を丸くし、
そのまま動きが固まってしまう。
カシヤは、勇気を振り絞ってさらに続けた。
「だって、わたしたち、
同じ男の子が好きなんですよね。
だったら、
きっとどこか似てるところがあるはずで……
だから、きっと仲良くなれます!」
チェラーレの頬が、
一気に真っ赤になる。
「だ、だれが、
デレオのこと
なんか好きだって言ったのよ!」
どもりながらそう叫ぶと、
くるりと背を向けてしまう。
長い髪が肩のあたりで弧を描いた。
チェラーレは一生、
極悪人と戦い続けてきた。
血に染まった悪党たちを前にしても、
一歩も引いたことがない。
けれど、
こんな真正面から向けられた善意には、
どう向き合えばいいのか分からない。
「うちのいとこ、
デレオって名前だなんて、
一言も言ってないけどねー?」
アペスはその様子を見て吹き出すと、
茶杯をひょいと掲げて
チェラーレに乾杯するふりをし、
軽い調子で茶化した。
デレオの胸の中の重しが、
少しだけ軽くなる。
本当のところ――デレオは心の底から、
この姉妹のことを大事に思っていた。
あの「山みたいな重圧」が
毎日背中にのしかかっていなければ、
わざわざ二人から逃げ出そうなんて、
きっと考えもしなかっただろう。
そんなこんなで、
朝食の時間は、
なんだかんだ和やかに終わった。
チェラーレの態度は
相変わらず少しツンツンしているものの、
もう、すぐさま誰かを斬りかかろうとするような気配はない。
二体の骸骨がテーブルを片づけ、
食器をカタカタ鳴らしながら部屋を出ていく。
数分もしないうちに、民宿の扉がバン!
と勢いよく開かれた。
「ディディー!」
アビスウズが
嵐のような勢いで飛び込んできた。
「久しぶりー!
今日は
アビお姉さんと結婚しに来たんでしょー?」
アビスウズはそのままデレオに飛びつき、
ぎゅうっと抱きしめる。
「アビ姉……またそんなこと言ってる!」
チェラーレが
バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「それならチィチィも
一緒にお嫁にもらってくれていいのよー?」
アビスウズは
デレオを引きずるようにしてチェラーレのそばまで連れていき、
二人まとめて抱き寄せる。
「えっと……それは、さすがに……」
カシヤが戸惑いながら口を開く。
「へへー、大丈夫大丈夫。
そんな本気で彼氏を奪いに
行ったりしないってば」
アビスウズは屈託のない笑みを見せる。
チェラーレは眉をしかめ、
ぷいっと横を向きながら、
じろりとアビスウズをにらみつけた。
その反応を見たアビスウズの瞳が嬉しそうに輝き、
唇がさらにいたずらっぽく吊り上がる。
カシヤは慌てて付け加えた。
「違います、
そうじゃなくて……
そういう意味じゃなくて……」
うつむきながらも、言葉を探している。
「ディディが欲しがってた
ブツのことでしょ?」
アビスウズがくるりとこちらを向き、
デレオを見た。
「うん」
デレオはこくりとうなずく。
胸の奥に、ほんの少し期待が湧いた。
アビスウズはぱちぱちと瞬きをすると、
急に顔を近づけてきいた。
「ねえディディ、人形は持ってる?
できれば特別なハンドメイドの子がいいなー」
「えっ……」
人形本体は自分で用意しないといけない、
という発想がなかったデレオは、
言葉に詰まる。
そのとき――
「おえっ……ぺっ!」
と妙な音がした。
アレカが
テーブルの端からひょいっと顔を出し、
口をパクパクさせたかと思うと、
まるで手品師のように、
小さな人形を吐き出したのだ。
人形はコトンとテーブルの上に転がり出る。
それは、
猫のシルエットをした
可愛らしいマスコットのような人形だった。
よく見ると、
外側は亞龍の皮で縫い上げられていて、
少し土色がかった色合いに、
しっとりとした光沢がある。
目の部分には黒瑪瑙の小さな珠が二つ、
きらりと輝いている。
指でつまむと、
ふっくらとした手触りが返ってきた。
中は古布か何かでパンパンに詰められていて、
どこかあたたかみのある重さを感じさせる。
「はあぁ~、
こんな可愛い子に
呪いなんてかけたくなくなってくるわねぇ」
アビスウズは人形を持ち上げ、
アレカのほうをちらりと見た。
「ねえ、この子、お姉さんにくれない?」
甘えるような笑顔を向ける。
アレカは全力で首をぶんぶん横に振った。
「はいはい、分かった分かった。
いじめないから」
アビスウズは人形をアレカの前に押し戻し、
自分は背筋をしゃんと伸ばして、
テーブルを軽くぽんと叩いた。
「じゃ、始めよっか!」
アビスウズは
魔法のエグゼキューターへと
支援を請う呪文を唱え始める。
『夢を掘り霊媒フロイトよ、
この人形を見つめる者の心を、
一緒に掘り下げましょう。
その胸の奥底、
いちばん深いところに
眠る恐怖を掘り起こすために。
生命の伝道師メンデルよ、
敵の脳を開き、
その小さな扁桃体の中に恐怖の種を植え、
恐れを呼び覚ます
ホルモンを噴き出させてください。
共に願います――
恐怖の呪いが、
この猫の人形に絡みつき、
決して消え去ることの
ありませんように!』
アビスウズの紡ぐ言葉は、
空気と共鳴して震えた。
声は遠くなったり近くなったりを繰り返し、
まるで別の世界からも
応答が返ってきているかのようだった。
彼女はそっと目を閉じ、
人形の胸のあたりへ手のひらを当てる。
魔力が縫い目に沿って流れ込み、
細かな魔法の網が編み上がっていくのを、
感覚で確かめているのだ。
やがてアビスウズが目を開けたとき、
その瞳の奥には淡い蒼光がちらりと宿り、
エグゼキューターの意志と
つながったことを物語っていた。
「はい、できた」
彼女は静かにそう告げた。
さっきまでの軽さが少しだけ影を潜め、
声音には不思議な重みが宿っている。
もはやそれは、
単なる皮と布と糸の塊ではない。
本物の呪力がまとわりついた、
れっきとした呪物だ。
その瞬間――
アレカが勢いよく飛び跳ねた。
四つの宝石が同時にまばゆい光を放つ。
テーブルの上の人形の周りを、
アレカはぐるぐると回りながら、
これまで聞いたことのない、
短く切れ切れの声を上げている。
まるで何かを急かしているように。
「ど、どうしたの、アレカ?」
カシヤが目を丸くして尋ねる。
「……進化の準備が、整ったみたいだな」
デレオは興奮気味のアレカを見つめながら、
静かにそうつぶやいた。
彼には分かっていた。
クロートが、
紡がれたばかりのこの糸を、
さらに大きな運命の網へと
編み込もうとしている――
そんな予感が。




