第48話 444番バス――死と向き合い、死を理解し、死へと歩む
明日は休みなので、朝9時に最新話を投稿します。
ネクロサウルスを倒したことで、
デレオ一行は太古墓園で起きていた
「不死者の死体が残らない」異変の謎を
ひとまず解決した。
墓園を管理している聖職者に
一通りの経過を報告したあと、
彼らは
バスでこの場所を後にすることにした。
西に沈む太陽が
太古墓園のすべてを真紅に染め上げ、
遠くの太平洋さえ
燃え上がっているように見える。
太古墓園バス停に
満ちる人いきれとざわめきが、
デレオを沈思から現実へと引き戻した。
停留所には終バスを待つ人々でいっぱいだった。
黄昏の光が地面に差し込み、
空気全体がどこか気だるく、
そしてのんびりとした空気に包まれている。
「チェラーレ……」
デレオは小さく呟く。
出発前に
ガデニアが口にしていた“謎の人物”――
黒いローブをまとい、
呪いの匂いを漂わせていた来訪者。
そいつもまた、
アンデッドの脚を盗む依頼を受けていた。
だが、太古墓園でデレオたちは
一度もそいつと遭遇していない。
――今夜、
ウンブラの農場で、きっと鉢合わせになる。
直感がそう告げていた。
「何考えてるの?」
カシヤが、
彼の上の空な様子に気づいて声をかける。
「いや、なんでもないよ……」
デレオは苦笑した。
「ただ、今夜はちょっと
“面白く”なりそうだなって思っただけ。」
面白く――
いや、本当は「危険」と言うべきなのだろう。
それなのに、
胸のどこかが、
わずかに高鳴っている自分がいた。
三人はバス停の標識の下に集まり、
妙に居心地のいい空気が流れていた。
カシヤは穏やかな顔で、
刻一刻と形を変えていく雲を見上げている。
デレオは足元にバックパックを置き、
中で時折
ごそごそとうごめく“中身”を感じて、
つい軽く蹴ってしまう。
その横で、
アペスが少しぎこちない様子でデレオのそばに立った。
彼女は両手で
リュックの肩ひもをぎゅっと握りしめ、
ときどきちらりとデレオを盗み見る。
夕陽がその頬を赤く染めていた。
そして、ためらうように、
しかしどこか期待を含んだ声でそっと口を開く。
「もうこんな時間だし……今日は、その……
あんたの家に
戻ったほうがいいのかなって。」
デレオは苦笑して首を振る。
「残念だけど、それは無理だね。
俺たち、これを持ってるから。」
そう言って、
彼は背負っていた
バックパックをぽんと叩いた。
「409系統のバスの運転手が、
こんなの乗せてくれるわけないだろ。」
カシヤは肩をすくめ、あたりを見回す。
「じゃあ、どうするの?
今夜は墓地で野宿?」
デレオはウインクして、
隣の標識を指さした。
「心配いらないよ。ほら、ここ。
ウンブラのマンドレイク観光農場
行きの送迎バス。
冒険者用に
わざわざ停留所を作ってくれてるんだ。」
三人がそうやって冗談を交わしていると、
二台のバスが
ゆっくりと停留所に入ってきた。
ひとつは市街地行きで、
すでに乗客でぎゅうぎゅうだ。
もう一台は、反対方向――
街から離れていく方角に向かうバスで、
運転席には若い運転手がひとり、
椅子にもたれて、
何の歌か分からないメロディーを
鼻歌で奏でている。
「乗るのはあっち――444系統、
ウンブラ農場行き。」
デレオたち三人は顔を見合わせ、
息のあった足取りで、
ウンブラのマンドレイク観光農場行きの専用バスへと向かった。
若い運転手は、
彼らが近づいてくるのを見ると、
少しばかり微妙そうな表情を浮かべた。
まるで、
これから
高い塔に登って点検作業をしなきゃいけない
作業員のような顔だ。
車内はがらんとしていて、
座席はやわらかく、
窓には淡い緑色のステッカーが貼られている。
そこには農場のロゴマークと、
何体もの悲鳴を上げるマンドレイクが
楽しげに描かれていた。
カシヤが真っ先にバスに飛び乗り、
窓際の席を陣取ると、
ガラスに頬をくっつけて
遠くの夕焼け雲を数えはじめる。
アレカはぴょんぴょんと跳ねながら、
その隣に収まった。
アペスは相変わらず肩ひもを握りしめたまま、
わざと何でもない風を装って、
デレオの隣に腰をおろす。
デレオはバックパックを足元に置き直す。
中の“荷物”も、
ようやくおとなしくなったようだ。
バスがゆっくりと動き出すと、
車窓の外の世界は、
滑るように
流れる絵巻物のように変わっていく。
車内にはほんのりと
マンドレイクの香りが漂い、
ときおり半開きの窓から
夜風が吹き込んできた。
444系統バスは太古墓園を離れ、
荒野を抜けていく。
道ばたの草花は、
夜の静寂を
迎えるようにひっそりと揺れていた。
運転手の表情は、相変わらず重い。
やがて、ウンブラ観光農場の灯りが、
遠くの闇の中にぽつぽつと浮かび上がる。
あと少しで終点だ。
運転手は情報端末を取り出し、
通話アプリを立ち上げた。
「もしもし、俺だよ……
悪い、今日ちょっと帰り遅くなる。
……ああ、そう、
農場まで行く客がいてさ。」
「迷惑かけちゃったかな。」
カシヤが申し訳なさそうに呟く。
運転手はそれを聞いて、慌てて手を振った。
「いやいや、とんでもない。
これも仕事ですから。
……それに、
ああいうお客さんが来るのなんて、
月に一組あるかないかですしね。
たいていは観光とか買い物の人で、
昼過ぎにはもう帰っちゃいますよ。
……なんだかんだ言っても、
あそこは死霊術師の屋敷ですからね。
日が落ちてから行くところじゃない。」
「ごめんなさい。
こんな時間までかかっちゃって。
本当にありがとうございます。」
デレオは、運転手に向き直って、
あらためてきちんと頭を下げた。
「さっきも言いましたけど、
仕事ですから。
でも……今夜ウンブラ農場に行くなら、
気をつけてくださいね。
あの婆さん、
このところ体調が悪いらしくて、
コントロールがちょっと乱れてるんですよ。
そのうえ、看板娘のアビスウズ嬢と
大喧嘩したとかで。」
運転手は冗談めかした
口調で続けようとしながらも、
その手は、いつの間にかハンドルを
何度もこするようにさすっていた。
窓の外を流れていく闇は、
だんだんと濃さを増していく。
荒地の真ん中に浮かぶ農場の灯りだけが、
ぽつんと灯台のように輝いている。
「どうせまた、
あのイカれ婆さんが
誰かにイタズラしたんでしょ。」
アペスが小声でぼそりとつぶやいた。
車内に満ちるマンドレイクの香りでは、
運転手の顔に
浮かぶ不安の色までは消せない。
「詳しいことまでは知りませんけどね。
ただ、終点の連中の話だと――
昨日の最終便の運転手が
無線で言ってきたんですよ。
ウンブラ農場の食肉植物エリアで、
バフォメットとスケルトンナイトが
大喧嘩してたって。
で、その運転手が……
まだ戻ってきてない。」
そこまで言うと、
彼の声ははっきりと震えはじめた。
視線は夜の闇とバックミラーのあいだを、
落ち着きなく行ったり来たりするのだった。




