第42話 太古墓園――死んだなら、もう動くんじゃない。
デレオは依頼書に書かれた一行を読み上げて、笑った。
「依頼内容:
ゾンビの脚、長さ・鮮度不問、
無制限で買い取り。」
「ゾンビの脚?
本当にウンブラ婆さんが欲しいのはそれで合ってるの?」
アペスはギルドの依頼書を覗き込み、
いまいち信用できない顔をした。
「アイツはもっと変な物も募集したことあるよ。
だいたい死人関係だけどな。」
デレオは肩をすくめる。
「報酬は悪くないし、
太古墓園もここからそう遠くないし。」
カシヤはふっと、何かを思い出したように言った。
「太古墓園か……
パパとママのお墓、しばらく行ってないな。」
『前にも、ご両親はもういないって言ってたな。
魔法衰退で復活の成功率が落ちたせいか……?』
デレオは、スコラリス邸に泊まった数日間を思い返す。
あの屋敷でカシヤの両親を見かけることは、
一度もなかった。
デレオたち三人とアレカは、
首都の賑やかな街並みの中を並んで歩いた。
両親のことを思うと、少しだけ胸が締め付けられる。
それでもカシヤは、
みんなと一緒に楽しく出かけたいと思っていた。
少女はふわりと微笑み、
指先でバス停の標識を指す。
「太古墓園なら、407番のバスに乗れば行けるよ。
でも気をつけてね。
最近、あそこ……
けっこう騒がしいって噂だよ。」
デレオは気合を入れ直す。
「行こうぜ。
俺たちは場数踏んでる冒険者だ。
怖がる必要なんてないさ。」
アペスは地図をたたみながら笑う。
「アンタたちは何も怖がらなくていいよ。
いざとなれば、
あたし一応“神職”だし……」
「お前、もう還俗したんじゃなかったっけ?」
デレオは手を挙げて、
ちょうど入ってきたバスを呼び止めた。
「浄化スキルはちゃんと残ってるからね!」
アペスは先にバスへ飛び乗る。
デレオとカシヤ、そしてアレカも後に続いた。
バスはガタガタと揺れながら、
首都の賑やかな通りを離れていく。
車窓から差し込む日差しが、
並木の赤欒樹を柔らかく照らしていた。
運転手は人の良さそうな初老の男性で、
鼻歌まじりに運転しながら、
墓園の近くでどのパン屋が一番うまいかを乗客に語っている。
車内にはデレオたちのほかに、
花束を抱えた市民が何人か乗っていた。
みんな穏やかな笑みを浮かべていて、
とても墓参りに向かう人たちには見えない。
アペスはシートにもたれ、
窓の外を見てうっとりしたように言う。
「こんな天気の日に墓地探検とかさ、
ピクニックに行くみたいでいいよね。」
カシヤは情報端末を取り出し、
海辺に新しくできた店がないか検索している。
どうやらゾンビの脚を一本手に入れたら、
そのまま夕飯を食べて帰るつもりらしい。
デレオが窓のそばに身を乗り出し、
きらめく海面を眺めていると――
花を持った住民たちが、
今度はアレカに気づき始めた。
こんなに感情豊かなミミックを見るのは、
みんな初めてだった。
誰かがポケットから飴玉や手作りクッキーを取り出し、
ひとつ、またひとつとアレカの前に差し出す。
アレカはおそるおそる匂いを嗅いでから、
器用な舌でくるりと巻き取るようにして、
それらを飲み込んだ。
デレオは、
こいつが普通の食べ物も食べるなんて思ってもみなかった。
バスが太古墓園の入り口に近づくにつれ、
遠くに見慣れた老木と、
うねるように連なる墓標が見えてきた。
朝の光の中で、
それらは長い影を地面に伸ばしている。
バスを降りたカシヤは、無邪気に笑って言った。
「もしゾンビに会ったら、
とりあえず日向ぼっこさせてあげようよ。
もしかしたら、溶けちゃうかも。」
入口には、大きな園内マップが立てられていた。
色分けされた七つの区画――
手前三つの暖色系の区域、
高級墓園、市民墓地、そしてペット墓地には、
それぞれ聖職者と死霊術師が交代で常駐している。
一方、墓園の奥に位置する四つの区画――
火葬場、特殊墓葬区、地下墓所、乱葬地――は、
一般市民の立ち入りは推奨されていない。
奥の方には、
何百年も生きた人間が足を踏み入れていない場所もあると言われており、
冒険者ギルドの記録にも載っていない強力なアンデッドが潜む、
という噂もある。
地図の端には、赤く塗りつぶされ、
錠のマークまで付けられた禁域があった。
「移転工事中」という言い訳めいた注意書きが添えられているが、
実際には――
プロの冒険者だけが存在を知る隠しエリア。
――海浜墓地だ。
墓地を見回っていた聖職者は、
デレオたちの冒険者然とした身なりを一目見て、彼らの目的を察した。
「後ろの第四区画には、どこへ行っても死体が歩き回ってる。
どこを回っても仕事にはなるはずだが、
海のほうには絶対行くんじゃないぞ。
あっちは最近、
アンデッドですら死体ひとつ残らずやられてるからな。」
死体ひとつ残らない……ってことは、
復活魔法の成功率は限りなくゼロに近いってことじゃないか!
せめて耳の一つでも残っていれば、
千分の一くらいの可能性には賭けられるのに。
「死体ひとつ残らない……
腐肉を食う生き物が異常繁殖してるのかもしれませんね。
冒険者ギルドに報告しておいたほうがいいですよ。」
デレオは装備の点検をしながら、
気のない返事をする。
何か異常があれば、
その時は二人を連れてさっさと引き返すだけだ。
朝霧はまだ完全には晴れていない。
三人は入口近くの最も安全な区画を、
足早に通り過ぎた。
同じバスで来た人々は、
それぞれの家族の墓を見つけると静かに散っていき、
各々の先祖に祈りを捧げている。
三人は案内板に従って進み、
高級墓園区へとたどり着いた。
そこには二つの品の良い墓標が並んでいる。
フィディス・スコラリス
――信仰の裁定者にして、学院の城壁
ミティス・オペランイェ・スコラリス
――生涯を通じて古代文明の研究に身を捧げ、無数の古代技術を復興した
アペスは一歩前へ進み、深々と頭を下げる。
「叔母さん、叔父さん。
姪のアペスは、なんとか元気にやってます。」
カシヤは墓碑を見つめ、
ほっとしたように息をついた。
「パパ、ママ。
新しいお友達を連れて来たよ……。」
デレオも墓前に進み出る。
この二人を偲ぶ資格が、自分にあるとは思えなかった。
「……でも、本当に感謝してます。
あなたたちがいてくれたおかげで、
俺は彼女に出会えたから。」
そう言って、深く頭を垂れた。
アレカはミティスの墓碑へぴょんと飛び乗ると、
母猫に甘える子猫のように身を寄せ、
ちろりと舌を伸ばして、石の表面をそっと舐めた。
ひとしきりの沈黙のあと、
カシヤは墓碑に積もった葉を払いながら言った。
「ここの墓守さん、ちゃんと掃除してくれてるんだね。
ぜんぜん汚れてないから……
長居する理由が見つからないや。」
少しだけ、寂しそうな声だった。
「大丈夫さ!
このあと、やることは山ほどある。」
デレオは寂しさを紛らわすように、
そっと彼女の手を取った。
戻れない場所に縋るより、
これからを一緒に歩けばいい。
三人は静かに墓園の奥へと進み、
乱葬地の近くまで来た。
先ほどまでの明るく清々しい雰囲気とは一変し、
この辺りの空気には湿った腐臭が濃く漂っている。
足音だけがやけに大きく響いた。
倒れた石碑のそばで、
彼らは最初のアンデッドを見つけた。
ボロボロに裂けた衣服をまとい、
腐った肉のあいだから膿がだらりと垂れている。
動きは鈍く、
まだ彼らの存在には気づいていないようだった。
三人は息を殺し、目配せを交わす。
ゾンビがふらふらと頭を垂れ、
落ち葉の中から欠けた骨を探そうとしている隙に――
素早く背後へ回り込んだ。
アペスが先に動いた。
鋭い動きでゾンビの右脚を膝から下ごとつかみ――
一気にもぎ取る。
骨と腐った腱が、
ぞっとするような音を立ててちぎれた。
ゾンビは異変に気づき、低くうめき声を上げる。
欠けた身体を引きずりながら追いかけてこようとするが、
脚を一本失ったせいでバランスを崩し、
その場に転げ倒れた。
もがきながら、泥を叩きつけるしかない。
デレオはバックパックから、
長さ一メートルほどの刈込鋏を取り出し、
倒れた死体の前に立つ。
両手で柄を握り、
手足と頸椎を次々と狙って――
パチン、パチン、パチン、パチン!
四度の乾いた音で、
その死体は五つの大きな塊に分けられた。
三人はすぐさま後退し、
手にした汚らしくも奇妙なゾンビの脚を抱えて、
近くの茂みに身を隠す。
遠目に見ると、
さっきのゾンビはまだその場でのたうっているが、
もはや彼らの脅威ではなかった。
斜めから差し込む光が、
彼らの“獲物”――一本の脚を照らす。
デレオは、まだじたばたと暴れているその脚を地面に放り出し、
刈込鋏を持ち直して足首のあたりを狙う。
ひと噛みで切り落とした。
「持って帰るのは足首から先で十分だ。」
「でも、依頼には『脚を一本』って書いてあったよ?
これでいいの?」
カシヤが首をかしげる。
「問題ないって。
耳を一枚持って帰るだけでも、
ウンブラ婆さんならそこから全身を召喚できる。」
デレオは笑う。
「脚一本って指定してるのは、
ゾンビの行動力を削ぐためさ。
こうしてバラバラにして、
移動に一番必要な足の裏まで取っちゃえば――
“脚を一本盗む”って目的は、
十分達成してることになる。」
「じゃあ、この調子で帰り道に足の裏をもっと集めていこうか!」
アペスは、
どうやら今回の依頼が簡単すぎると思っているらしい。




