第35話 呪いの残響――今朝の白が、昨夜の闇を払い去る
「デレオ、手がまだ震えてる。」
カシヤが小さな声で言った。
「わかってる。」
彼は自分の両手をじっと見つめた。
「あの呪いが……まだ、力を奪われて、
外に放たれて誰かを傷つけた、
あの感触が残ってる。」
アレカがテーブルの上にぴょんと飛び乗り、
蓋でデレオの腕を軽くこすった。
目には不安がいっぱいににじんでいる。
恐怖だけじゃない。
さっきの一瞬、
彼はこれまでにない力を感じてしまったのだ。
あの黒い呪いのエネルギーは、
まるで血管の中に何かの刻印を残していったようだった。
カシヤは彼の様子がおかしいことに気づいていたが、
すぐには口を開かなかった。
すぐには言葉にできない痛みがあることを、彼女は知っている。
だから、ただそっと隣に座って、
自分がここにいるということだけを伝えた。
「大丈夫……?」
しばらくしてから、ようやく小さく尋ねる。
「この呪い、すごくたちが悪い。
ほんとは人に向けて使うべきじゃなかった。
もし失敗してたら、
多分、
直接呪われるよりひどいことになってた。」
デレオの声には、
涙のしょっぱさがにじんでいた。
アレカは静かにデレオの手元に寄り添い、
扉の隙間の向こうに
広がる闇をじっと見張っている。
「でも……
あの呪いをもう一度使う機会は、
多分もうない。」
デレオは〈呪詛吸収腕輪〉を手に取った。
中身が空っぽになったような感覚で、
もはやそこには魔力の気配がまったくない。
デレオは安心したように、
それをテーブルの上へ放り出した。
「もう、
この呪いのことは話題にしないでくれ……」
その沈黙が、
彼がこの呪いをどう受け止めているかを物語っていた。
夜の闇の中で、
三人の呼吸はようやく落ち着いてきた。
けれど、
この静けさが一時の休息にすぎないことも、
みんな分かっている。
カシヤはそっとデレオのそばへ身を寄せ、
その身体をぎゅっと抱きしめた。
彼女は怯えているわけではない。
ただ、目の前のこの男の人が、
今はぬくもりを必要としているのだと分かっていた。
デレオも強く抱き返し、
カシヤの髪の波に顔を埋めて、
声をあげて泣いた。
カシヤは小さな声で歌を口ずさんだ。
子どもの頃の子守唄。
幼いころ、
母が毎晩のように歌ってくれた曲。
けれどデレオが聞くのは、
これが初めてだ。
眠らなくちゃ。
どれだけ怖い思いをしても、
休息は必要だ。
翌朝。
朝の光が静かに窓辺をよじ登り、
部屋の中にはまだ昨夜の緊張が薄く漂っていた。
先に目を覚ましたカシヤは、
そっとした動きで
デレオの額の冷や汗を拭ってやる。
アレカは窓辺でじっと外を見張り、
外が安全かどうか確かめているようだった。
簡単な朝食を用意してテーブルに並べると、
二人は少しだけ言葉を交わした。
顔にはまだ、
昨夜の疲れが色濃く残っている。
腕輪はテーブルの上に静かに転がり、
まるで次の呪いの
一発を待っているかのようだった。
昨夜の話題には、
互いにあえて触れなかった。
ただ、この短い静けさに、黙って感謝する。
昨夜、最後に勝敗を分けたのは、
デレオの腕輪に宿っていた、
あの一発の呪いだった。
もし自分に、
もう少しでも魔法の素養があれば、
あのままチェラーレを
ねじ伏せることだってできたかもしれない。
そう思うと、今の自分の力を確かめずにはいられなかった。
「アレカ、
今の俺たちのレベル、見せてくれ。」
『デレオ アイテム士Lv26』
「なんでいきなりこんなに上がってるんだ?
表示の不具合とかじゃないよな?」
アレカは、
じとっとした目つきで首を横に振る。
「わかったよ、
お前のせいじゃない。
ってことはさ……」
デレオはアレカの蓋を軽くぽんぽん叩いた。
カシヤが腕を組み、
少し身を乗り出してくる。
「昨日のチェラーレとの勝負のせい、
かな?」
「ああいうのも戦闘終了としてカウントされるとは思ってなかった。
たとえ相手を殺さなかったとしても、
レベルって上がるんだな。」
デレオは昨夜を思い返しながら、
無意識にテーブルの腕輪へ指先を伸ばした。
「アペスも言ってたよな。
僧兵団の兄弟子たちと
スパーリングするだけで、
レベルが上がっていくって。」
「それはそうなんだけど……それにしても、
一気に上がりすぎだろ。
チェラーレって、
あそこまで強かったのか。」
デレオはため息をつき、眉を寄せた。
昨夜の激しいやりとりが、
まだ胸の奥にひっかかっている。
デレオは新しく増えたスキルに目を通した。
『コストダウン、リサイクル、量産』
「見事に生産系ばっかりだな……。
俺、別に店開いて職人やりたいわけじゃないんだけど……」
少し肩を落とす。
ここに並んでいることの多くは、
アレカがもっと低いレベルの時点で
普通にやっていたことばかりだ。
『はぁ……いい加減、
上位職にクラスチェンジする方法、
考えないとな』と、
デレオは心の中でつぶやく。
その一方で、
アレカのほうに増えた能力は、
どう見ても厄介そうだった。
『アレカ・ジェマルム
ジュエルイーターLv25
新スキル獲得:
宝石レーザー強化
接触ダメージ耐性強化
光学耐性強化』
「お前はほんと、すごいよな……」
デレオはアレカを見つめながら、
どこかやけっぱち気味に褒めた。
まるで、
生徒の才能に嫉妬している教師みたいだ。
『カシヤのほうの能力は、
どれくらいなんだろう?』
聞いてみたい気持ちはある。
だが、
こういうことを根掘り葉掘り尋ねるのは、
まだ少し距離が近すぎる気もした。
もう少し、
お互いのことを分かり合ってからでいい。
デレオの浮かない表情は、
どう頑張っても隠しきれなかった。
アレカは、
なぜご飼い主が
落ち込んでいるのか分からないらしい。
首をかしげて、じっと見上げてくる。
そして、
そっとデレオの腕に身をすり寄せた。
そのあと、ぱちぱちと瞬きをし、
体全体をふわりと光らせると、
はぁはぁと息を切らしながら、
小さな光沢のある宝石を一つ吐き出した。
デレオの機嫌が少しでも良くなればいい──
そんな気持ちが、
仕草の端々から伝わってくる。
それを見て、
デレオはますます「早く上位職になりたい」という思いを強くした。
それでも同時に、
アレカが自分のことを
本気で心配してくれていることも、
ちゃんと感じ取っていた。
「大丈夫。お前はほんとにすごいよ。」
今度の言葉には、
ちゃんと本音がこもっていた。
窓の外では、
街のざわめきが少しずつ大きくなっていく。
昨夜のチェラーレとのやり合いの余韻は、
まだ心の奥に澱のように残っている。
あの、
背筋が冷たくなるような
対峙の光景を思い出すたびに、
デレオは呼吸のリズムを
無意識に乱してしまった。
「もう……あの人に会うことは、
ないよね?」
カシヤがおそるおそる尋ねる。
「当分はないさ。
シミリスに会いに行く、
って約束はもうしたからな。
その約束をちゃんと守れば、
あいつも納得してくれるはずだ。」
「じゃあね、今日は今度、
デレオが私につき合って?」
少女の甘い笑みは、
まるでデートの誘いのようだった。
「いいよ。どこに行きたい?」
返事が少し早すぎた気もするが、
もう格好をつけている余裕はなかった。
「アペスのお見舞いに
行くべきだと思うの。」
そうだ、アペス。
彼女なら、
二人の知り合いの中で唯一、
確実にチェラーレを
押さえ込める存在かもしれない。
鉄巣蜂の毒にやられた傷も、
そろそろ治療が進んでいる頃だろうか。
あのときは、本当に薬を使うのが遅すぎた。
アペスはヘリコプターで、
首都のメディカルセンターへ
直接運ばれていった。
そこは交通の便がよく、
人の出入りも多い場所だ。
そこまで行けば、
さすがにもう
危険な目に遭うこともないだろう
――そう思いたかった。
朝食を終えると、
デレオとカシヤは連れ立って
首都のメディカルセンターへ向かった。
病院の中は、
きつい消毒液の匂いと
薄暗い照明が混ざり合い、
すべての色を白く殺している。
病室のドアを開けると、
アペスはベッドの上で上体を起こしていた。
窓際の花瓶には数本のユリが生けてあり、
その白さだけが
部屋に少しだけ命の気配を足している。
病室のテレビではちょうど、
「召喚塔林地方の異常気象特集」が流れていた。
アペスの視線がテレビから二人へと移る。
思っていたより顔色はよく、
意識もしっかりしている。
二人の姿を見て、きょとんと目を丸くした。
「あれ? 二人そろって来るとはね……」
目を細めてニヤリとする。
「もしかして……駆け落ち?」
デレオが慌てて否定しようとしたそのとき、
アペスの表情が急に真剣になる。
「ちょっと待って。昨日、何があった?」
「えっ? どうしてそう思うの?」
カシヤが首をかしげる。
「デレオの身体から、
濃い呪いの残り香がする。」
アペスは上体を起こした。
「しかも普通の呪いじゃない。
私も一応、神様に仕えてた身だからね。
そこまで分かる。」
表情がぴんと引き締まる。
「このレベルの魔力の揺れ……相手、
どれだけの強者だったの?」
———大したことではないこと———
ジュエルイーター
初期スキル:宝石レーザー
Lv2 アクセサリー製作
Lv3 簡易アイテム製作
Lv5 鈑金
Lv7 ポリッシング
Lv11 インレイド
Lv13 宝石付与
Lv17 宝石レーザー強化
Lv19 接触ダメージ耐性強化
Lv23 光学耐性強化←いまここを超えた
Lv29 有機毒耐性強化
Lv31 貴金属合成
Lv37 宝石合成
以下不明
アイテム士
初期スキル:耐荷重増加
Lv2 節約
Lv3 アイテム効果倍増
Lv5 メンテナンス
Lv7 熟練
Lv11 簡易アイテムの製作
Lv13 ツール製作
Lv17 コストダウン
Lv19 リサイクル
Lv23 量産←デレオはいまここを超えた
Lv29 レプリカ
Lv31 アップグレード
Lv37 エンハンス
以下不明




