第33話 自制不能の呪詛——逃げられない、耐えるしかない
アレカの行動は、
まるで頭を殴られたような衝撃となって、
デレオに思い出させた。
――バックパックの奥底にしまい込んだ、
あの腕輪の存在を。
呪詛吸収腕輪。
宇宙船遺跡の中で、
アレカはこの腕輪のことで
デレオとケンカまでした。
あまりにも陰鬱な霊光を放っているせいで、
誰ひとりとしてこの品物と
取引しようとしなかったのだ。
デレオは息を殺し、
そっとバックパックの
内ポケットへ手を伸ばす。
指先が硬い骨の箱、
柔らかい古タオルをなでていき、
そして――ひんやり冷たい骨の輪に触れた。
デレオは呪術師ではない。
呪いを使ったことなど一度もない。
どんなリスクがあるのか、
想像もつかなかった。
それは、不死の生物から精製された、
存在そのものを標的とする呪い。
「何を考えているの?」
チェラーレがじっと彼を観察する。
声色は穏やかな湖面のようなのに、
その奥には底が見えない
暗流が渦巻いている。
デレオは平静を装い、
かすかに笑ってみせた。
チェラーレは
いつも大人たちを欺いてきた。
だが、
彼女を騙せる子どもは、
デレオしかいなかった。
「たださ、
昔一緒に遊んでた
頃のことを思い出してただけだよ。
あの頃は、
そんなに『強制』もなくて、
みんな楽しそうだった。」
チェラーレはふっと笑みを浮かべる。
何も答えない。
ただ、その視線は一層深くなる。
圧力はなおも影のようにつきまとい、
呼吸すら苦しくなるほどだ。
デレオの指が輪を撫でる。
表面に触れた瞬間、
そこに蓄えられた「自制不能の呪詛」が、
確かな存在感を
もって彼の心にせり上がってくる。
強力で、
しかしまだ一度も使われたことのない呪い。
『こんな邪悪そうな呪いを……
本当に、
彼女に使っていいのか?』
一瞬のためらいが脳裏をかすめる。
けれど今この瞬間、
もはや退路はない。
アレカは、
まだデレオの足元をぐるぐる回り、
ときどき低く鳴いていた。
――決断は早くしろ、
とでも言っているかのように。
「チェラーレ……
君たちは、
昔の僕に
とって本当に大事な存在だった……」
デレオはゆっくりと口を開く。
声には、
時間稼ぎの意図がにじんでいた。
彼は、この呪いを放つのが怖かった。
チェラーレがわずかに目を見開き、
何かを言いかけた、
その刹那――
デレオは腕輪を強く握りしめ、
「自制不能の呪詛」を
鎖の輪から解き放つ。
「精神世界のエグゼキューターよ、
お願いだ……!」
デレオは腕輪を掲げ、
チェラーレへと向ける。
チェラーレは身をかがめてかわそうとした。
だが、呪いは「対象」を追いかける。
避けることはできない。
デレオは術者ではない。
祈り慣れてもいない。
七人の魔法のエグゼキューターに
きちんと祈ったことなど、一度もなかった。
だからこそ、
初めて食前の祈りを捧げる子どものように、
ただできる限りの心を込めて、
そのひとりに願いを託す。
「夢を掘り霊媒フロイト。
迫り来る敵――チェラーレの意志を、
あなたへの供物として捧げます。」
デレオは震える声でつぶやく。
それは、毒蛇に噛まれた腕を、
自分で切り落とすと
決めるような覚悟の言葉だった。
黒い霊気が、
デレオの祈りに応じて
彼の身体から吸い上げられ、
腕輪へと集まっていく。
魔力容量の低いデレオは、
精神のエネルギーを
絞り取られるままに委ねるしかない。
目には見えない波動が一気に空間へ広がり、
深淵から押し寄せる潮のように周囲を揺らす。
「自制不能の呪詛!」
叫ぶようにして、
彼はその闇の力を解き放った。
チェラーレの瞳孔が一瞬、
きゅっと縮まる。
それでも彼女は、
すぐには反撃してこなかった。
あまりにも意外だったのだ。
――彼が、
自分に向けてここまでの手段を取るとは。
呪いの力が空間を震わせる。
デレオは、
自分の思考まで
もが揺さぶられていくのを感じた。
意志が、今にも巻き込まれてしまいそうだ。
彼は歯を食いしばり、
ありったけの集中力を振り絞って、
呪いの波動を
無理やりチェラーレへと押しやる。
「こんなことをしたって、
自分の責任から逃げられると思ってるの?」
チェラーレの声は震えていながらも、
なお頑なだった。
呪いは、
二人のあいだで行き場を
求めるかのように揺らめく。
――成功か、
あるいは失敗して
自分が呪い返しを食らうか。
「逃げたいんじゃない……
僕は、僕と彼女――
二人に自由をあげたいだけだ。」
デレオは湿った目尻を親指で押さえ、
低く答えた。
もっと、もっと集中しなければならない。
呪いの力は黒い蔓のように
チェラーレの思考へ絡みつこうとする。
彼女の顔色は少しずつ青ざめ、
呼吸も荒くなっていく。
それでも、
その手はまだ短剣の柄を固く握ったままだ。
彼女の意志力は異常なほど強い。
本職でもないデレオの呪詛だけで、
一瞬で押し倒せる相手ではない。
デレオの頭の中は、
ずっと低い唸り音が鳴り続けているかのようだった。
自分の精神の一部までもが、
呪いに浸食されていく。
――もし、ここで呪いが失敗したら。
その瞬間、デレオの脳裏に浮かんだのは、
カシヤの姿だった。
もう、退路はどこにもない。
絶対に失敗できない。
魂にかかる重さが、
逆にデレオを極限まで追い込み、
その勢いのまま、
彼はチェラーレの意志を押し切った。
チェラーレは最後の力を振り絞り、
デレオの膝へ向かってダガーを投げつける。
その瞬間――
アレカの両目が、ぱあっと金色に輝いた!
箱の装飾宝石が光を集め、
一本のレーザーを撃ち出す。
ダガーは一瞬にして蒸気と化した。
アレカはチェラーレを見上げ、
まるでこう忠告しているかのようだった。
『これをそのまま自分に向けられたところを、想像してみてください。』
金属蒸気の鼻をつく匂いが、
デレオの意識を一気に引き戻す。
彼は、
精神が揺らいだチェラーレの隙を逃さず、
一気に後ろへ下がって距離を取った。
腕輪には、
もはや一滴の力も残っていない。
――呪いは成功したのだ。
デレオは素早くそれを
バックパックの中へと押し戻した。
———大したことではないこと———
呪詛吸収腕輪——
もしこの腕輪のことを覚えていないなら、
これは第9話のときに
アレカがすごく不本意そうに作ったやつだよ。
ここで、
第五の「魔法のエグゼキューター」
――『夢を掘り霊媒フロイト』が登場した。
この魔法のエグゼキューターが司る系統は、見ての通り「精神の働き」に関係している。
今までに登場した魔法系統は、
全部で五つ。
力の求道者ニュートン ―― 力と運動
幻術師の眼ハサン ―― 光学
大錬金術師メンデレーエフ ―― 物質の収束
氷と炎の賢者ケルヴィン ―― 加熱と冷却
夢を掘り霊媒フロイト ―― 精神の運作
まだ、
二人の「魔法のエグゼキューター」は
姿を見せていない。
残り二つが、
どんな系統の魔法になるのか――
読者のみなさんも、
ぜひ予想してみてほしい。




