第27話 どうせみんな、君が家出成功する方に賭けてる
雨上がりの静けさの中で、
鍵穴のカチャカチャという音が
やけに響いた。
デレオはベッドの上で飛び起き、
アレカは
すでに警戒してフタを開けている
――誰かが、
家のドアロックをこじ開けようとしていた。
サリクスから預かったダガーは
まったく反応しない。
来訪者に敵意はないようだ。
「こんな朝っぱらから、誰だよ……?」
デレオとアレカは視線を交わした。
小雨が上がったばかりの朝だ。
空気はひんやりしていて、
そこら中がしっとり濡れている。
テーブルの上に
置きっぱなしの情報端末から、
入金通知の電子音が立て続けに鳴り響いた。
一通のメッセージが
一番上に静かに表示される。
――「賭けに勝利したおめでとう。」
アレカはデレオのベッド脇で
じっとしている。
ただそこに置かれた宝石箱のように、
ぽつんと。
デレオの部屋はとても簡素だった。
キッチン兼ベランダの片隅に小さな調理台がひとつ。
いつもカビ臭い、
風呂とトイレが一体になったユニットバス。
居間には椅子が一脚、
テーブルが一つ、
それからベッドが一つだけ。
ドアのすき間には
一枚の違反切符が挟まっている。
たぶん、最初に
カシヤを助け出した時にもらったやつだ。
古代宇宙船の遺跡から戻って、
もう一週間。
十分に休んだし、
そろそろ
何か仕事を探しに行かないといけない。
先週、
デレオはカシヤとアペスを支援するために、
あの遺跡へ向かった。
二人の少女を
なんとか遺跡の外まで連れ出したところで、
待機していた後方支援部隊と合流した。
アペスはその場で厳重に拘束され、
救急ヘリに乗せられて運ばれていった。
デレオとカシヤは
サリクスが寄越した専用車に乗り、
二時間揺られてスコラリス邸まで直行した。
「デレオ君!
孫娘を家まで連れて来てくれるのは、
これで二回目だな!」
サリクスは
満面の笑みでデレオを抱きしめた。
「モーリス、
デレオ君の部屋を用意してやりなさい。
手際のいい使用人を二人付けて、
身の回りのことは全部任せろ。
今日はとにかく、
ゆっくり休ませてやるんだ。」
サリクスはコンシェルジュのような
執事にそう言い聞かせると、
今度は表情を
引き締めてカシヤの方へ向き直った。
「さて、
君とはゆっくり話をしないといけないね。」
スコラリス邸での二日間、
デレオはまさに至れり尽くせりの待遇を受けた。
滋養を考え抜かれた料理に舌鼓を打ち、
キングサイズの寝台で深い眠りにつく。
温泉に身を委ねながら高級ワインを嗜み、
壁一面のホームシアターで映画を堪能した。
「ふーっ……
まるで五つ星ホテルの無料宿泊だな。」
湯に浸かりながら、
思わずため息が漏れた。
三日目の朝。
デレオは議長サリクスのところへ伺い、
古代宇宙船の遺跡で
起きたことをひと通り報告した。
そして礼を述べ、
屋敷を辞することにした。
本当は、去る前に
一度だけでいいからカシヤに会って、
きちんと別れを告げたかったのだが――
「カシヤお嬢様は、
サリクス様に謹慎を言い渡されました。」
モーリスがそう伝えてきた時、
彼の顔は、
どう見ても笑いを
こらえているようにしか見えなかった。
「なあ、その顔は……
何か面白い話を隠してるだろ?」
「いえいえ。
ただ、スコラリス家の使用人たちは皆、
お嬢様が今回は何日で屋敷を抜け出すか、
賭けをしておりまして。」
「それは興味深いね。
俺も参加していいかな?」
「もちろん。いかように賭けますか?」
「一口いくらだ?」
「百クレジットです。
本当に、ちょっとした遊び程度ですが。」
「じゃあ、そうだな……
五日で抜け出すに一票。」
デレオは情報端末で
百クレジットをモーリスに送金した。
「旦那様は一か月に賭けておられます。
もし負けたら、
その時は全使用人の給料を上げると。」
「それってつまり、
サリクス老は最初から本気でカシヤを
閉じ込める気がないってことだよな。」
「旦那様はいつも、
お嬢様には口だけ厳しいのです。」
「ははは、
そんな感じはあるな。
じゃあ、
カシヤ嬢が家出に成功したら、
俺にも教えてくれよ。」
「いえ、
それはデレオ様の方から、
ぜひ私どもにお知らせください。」
「え? どうして、そう思うんだ?」
「この二日間のお嬢様の様子を見るに――
スコラリス家の者たちは皆、
『お嬢様が家出するとしたら、
真っ先に向かうのはデレオ様のところだ』
という意見で一致しております。」
「なるほどね……。
じゃあ、
もし俺のところでお嬢様を捕まえたら、
なるべく早めに連絡するよ。」
「いえいえ、
その時はどうぞごゆっくり。
旦那様もきっと、
庶民の生活というものをゆっくり
見せて差し上げることを、
お望みでしょうから。」
デレオは肩をすくめた。
「俺のとこなんて、
住み心地は全然よくないけどな。」




