幼稚のパンデモニウム――コボルト鉱夫と怪力少女
これは本編とは関係のない、独立した物語です。
『ノンプロット・クエスト開始』
アペスは『パンデモニウム』に召喚された。
地獄の群魔と諸天の神々は、
マモンの招待状を受け取っている。
仏陀は今回の招待を丁重に辞退した。
クリシュナは一枚の鏡を取り出し、
ヴィシュヌを呼び寄せて共に観戦する。
非人の衆生たちは事象の地平線の外に集い
決して外へ流れ出ることのない、
この一幕の光と影を見届けていた。
『闘争関数入力』
f(アペス,コボルト):D(露天掘り銅鉱山)=?
解を求めよ。
アペス・オペランイェは、
今年で六歳。
まったくもって、
無邪気そのものの少女である。
彼女は、
自分がなぜここにいるのか
分かっていなかった――
段々状に縁が削られた、
巨大なすり鉢型の大坑道。
「ちょっと!
これはさすがにダメでしょ!
この子、
どう見ても十歳にも
なってないじゃないか!」
クリシュナはマモンに抗議した。
「ふふ、大丈夫だよ。
きっと面白いことになる」
マモンは、
いかにもイカサマ賭博を
始める胴元のような笑みを浮かべる。
この場所には草木一本生えておらず、
あたり一面、
灰がかった緑色の砕石ばかりだ。
花もなく、小動物の姿もない。
「ここ、つまんなーい!」
アペスは頬をぷくっと膨らませた。
アペスは泣かない。
見知らぬ場所に放り出されても、
不安を見せることは一切なかった。
彼女は巨大な坑をぐるりと一周してみた。
本当に、
何も面白いものがない。
石ころだらけの地面。
縁に停められた数台の重機と、
作業小屋代わりのコンテナがあるだけだ。
平たい螺旋刃の掘削機の前で
しばらく観察してみたが――
この鉱山で唯一マシに見えるそれでさえ、
すぐに飽きてしまった。
しばらくすると、
アペスはお腹が空いてきた……。
これは非常に深刻な事態である。
もし大人がそばにいたら、
即座に大騒ぎになっていただろう。
この子は、空腹に耐えられない。
彼女はきょろきょろと辺りを見回し、
輸送用トラックに目をつけた。
三歩二歩で駆け寄り、
ドアをつかんで引き剥がす。
ドアハンドルを探すのが面倒だっただけだ。
―― うちのアペスって、
本当に無邪気な子なんだよね。
運転席に置かれていたのは、
檳榔の実の袋ひとつだけだった。
アペスは車内によじ登り、
一粒つかんで口に放り込み、
二、三度噛んだ。
「げほっ……げほっ……ぺっ!」
「なにこれ!? 食べ物じゃないでしょ!」
彼女はビンロウの実を
フロントガラスに叩きつけた。
次の瞬間、
トラックのフロントガラスが
粉々に砕け散る。
まるで車内でグレネードが
炸裂したかのようだった。
「おい! 何が起きてる!?」
少し離れた場所から、
怒鳴り声が響いた。
低く太い、
犬科の獣が吠えるような声だ。
「誰だ、勝手に爆薬をいじったのは!」
その声は、
袋の中で砂利を擦り合わせているような
耳障りさで、
声の主はアペスの方へと近づいてくる。
彼の怒鳴り声と、
作業靴で踏みしめる砕石の音、
どちらがより荒々しいのか
分からないほどだった。
「爆薬なんて触ってないもん!」
アペスは反対側のドアを蹴り飛ばし、
外へ跳び出した。
お腹は空いているし、
相手はどう見ても感じが悪い。
着地した彼女の目の前にいたのは――
背が低く、
ずんぐりした体格のコボルトだった。
黄色い鉱夫用ヘルメット。
砕石作業用のゴーグル。
白地に黒い斑点の毛並み。
犬種で言えば……ダルメシアンだろうか。
コボルトは、
トラックがドローンの空爆でも
受けたかのような
惨状になっているのを見て、
一気に頭に血が上った。
「このクソガキ!
鉱山の爆薬は、お前のおもちゃじゃねえ!」
まさか、
これを素手でやったとは夢にも思っていない。
「違うってば!」
アペスは、蹴り壊したドアを掴み、
ブーメランのようにコボルトへ投げつけた。
その瞬間、コボルトは悟った。
――これは、ヤバい。
彼は即座に地面へ伏せる。
ドアは彼の背後で岩盤に激突し、
灰緑色の砕石が四方に飛び散った。
コボルトは立ち上がり、
アペスを一目見るなり、
振り返って全力疾走した。
まるで、
狂化の呪いを受けた山岳ゴリラに
追われているかのように。
「こんなにつまんないのに、
どこに爆薬があるの?」
アペスは激怒し、追いかける。
――つまり、
爆薬があるなら、
絶対に遊ぶつもりなのだ。
コボルトの認識は、
あながち間違っていなかった。
「な、な、ない!
ここにはそんなものない!」
コボルトはショベルカーの方へ走り、
履帯の陰に隠れる。
アペスは追いつくと、
交換用のショベルバケットを
ひとつ掴み上げた。
「まだ隠れるの?」
アペスはコボルトを見つけ、
野蛮な笑みを浮かべる。
「爆薬ちょうだい!
じゃないと、
ここ退屈すぎるんだけど!」
彼女がバケットを振り下ろすと、
岩盤は即座に崩壊した。
コボルトにできることは、
ひとつしかない。
――逃げることだ。
彼は鉱山中を走り回り、隠れ回り、
鉱区の大半を使って逃げ続けた。
アペスは怒り任せにバケットを振り回し、
通った後には破壊しか残らない。
銅鉱山はまるで、
シヴァが聖牛に乗って
一度耕していったかのような惨状となった。
事象の地平線の外で、
マモンは楽しそうに笑っていた。
追う者、逃げる者――
アペスはこうして、
コボルトを一時間以上も振り回した。
鉱山内には、
もはや無傷の地面など存在しない。
「はぁ……
お腹すいた……」
先ほどとは違う空腹だった。
適度(?)な運動のあとに訪れる、
健全な飢え。
手足はだるく、頭も少しぼんやりする。
アペスはバケットを放り投げた。
「ねえ!
もう爆薬いらないから、食べ物ある?」
「あ、あ、ある……ある!」
コボルトは追い回されすぎて、
立っているのもやっとだった。
「ちょっと……
待って……はぁ……はぁ……」
彼は最後の生存本能を振り絞り、
魔王を倒した直後の勇者のように
疲れ果てた足取りで作業小屋へ向かい、
弁当を二つと、
ヤクルトを二本持って戻ってきた。
数分後。
コボルトとアペスは並んで座り、
弁当を食べ、ヤクルトを飲んでいた。
コボルトは、散乱する砕石を眺めながら、
明日の工事工程を
修正する必要がありそうだと計算する。
爆薬は節約できそうだ。
ボールミルとクラッシャーは、
予定より早く稼働させることになるだろう。
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「この子は……
早めに手を打つべきだな。
今夜のうちに父親の夢に託宣して、
職業祝福を前倒しで受けさせよう」
ヴィシュヌは憂いを帯びた声で言った。
「私の門下の修行者として
迎え入れるとしよう。
これほどの力だ、
モンクとして育てれば将来が楽しみだぞ」
クリシュナも頷く。
「はいはい、
お二方の仰せのままに。
部下に資料をまとめさせておきましょう」
マモンは鉱山の財務報表に目を落とし、
眼鏡をかけて楽しげに計算機を叩いた。
本日は第一部の最終話です。
少し休みましょう。
明日から新章——
「首都とネクロマンサーの観光農園」
が始まります。
また戻ってきて、確かめてください――
ある賭け事の「カモ」に、自ら名乗りを上げるのは誰なのかを。
どうか俗世のことはひととき忘れて、
ゆっくりこの物語を楽しんでください。




