第26話 遺跡に置いてきたもんは、いつか絶対取り返しに行く
抱えて走り抜けなきゃいけない女の子が目の前にいるのに、
「無理」なんて言えない。
デレオは重装戦士みたいな怪力の持ち主ではないが、
それでも一応は男だ。
アペスは鍛え上げられているとはいえ、
身体そのものはそこまで重くない。
彼らは負傷者を抱え、死に物狂いで走った。
息が切れ、足が震える頃になって、
ようやくロボット組立工場にたどり着いた。
工場はそう大きくはないが、
数十の格納庫が並んでいる。
中では複数の機兵や機僕が、
組立・整備の真っ最中だ。
そのうち二つの格納庫では、
粛清者Ⅱ型が新たに組み立てられていた。
どうやら先ほどの悪魔は、
一台だけでなく、
複数の粛清者Ⅱ型を破壊したらしい。
デレオはアペスをそっと降ろし、
防疫機僕を背中から振り落とした。
「こいつをリサイクルに回す前に……。」
そう言うと、
デレオはマルチツールナイフを取り出し、
防疫機僕の装甲を片っ端から引きはがしていく。
元へ戻す気などさらさらないので、
ネジがバカになろうが、
部品がどこかへ飛んでいこうが、
ツメがゆがもうが、
そんな細かいことは一切気にしない。
そして、腕の内部から、
目当てのパーツを引きずり出した。
「記憶合金スプリング、ゲット。」
上出来だ。
アレカの進化に必要な素材は、
これで残り二つ。
本当に急がなければならないのは、
ここからだ。
「よし。じゃあ、
こいつを完全にスクラップにするぞ。」
デレオは防疫機僕の位置を整えると、
ハンマーを振り上げた。
一撃、一撃、また一撃――。
「ラスト一撃!」
その防疫機僕はボッコボコに叩き潰され、
リサイクル工場に出される空き缶のように、
ぺちゃんこの金属板と化した。
直後、空き格納庫の一つに灯りがともり、
数体の整備用・組立用ドローンが、
ストックされていた部品を抱えて中へ入っていく。
防疫機僕の構造は比較的シンプルだ。
自力で修理や自己増殖を行うことはできないが、
生産ラインは徹底的にモジュール化されており――
一体を組み上げるのに、一分もかからない。
新たな防疫機僕は、格納庫を出た瞬間、
まっすぐアペスのもとへ駆けていった。
「異常なバイタルサインを検出。
蜂毒による刺傷と推定。
緊急処置を開始します。」
その装備は基本的に殺菌・消毒用のものばかりで、
唯一の「凶器」と言えるのは、
腕に装備された注射器だけだ。
「システムエラー。救急用薬剤が空です。
医務担当者に補充を要請してください。」
文明が滅んで久しく、
生産ラインは断絶している。
注射器の中身は、薬もワクチンも、
とっくに空っぽだ。
デレオは解毒ポーションの瓶を開け、
防疫機僕の薬剤タンクに注ぎ込んだ。
「警告。非提携メーカー製の薬剤です。
副作用のリスクは保証されません。
それでも投与を実行しますか?」
「細けぇことはいい! さっさとやれ!」
「救急プロトコル、起動……。」
防疫機僕はアペスの首筋に消毒液を吹きかけた。
ひんやりとした刺激に、
アペスがわずかに体を震わせる。
「頸静脈への静脈注射を実行します……。」
やがて、腫れはみるみる引いていった。
デレオはアペスをアレカとカシヤに託すと、
ぺちゃんこになった防疫機僕をつかんで工場奥の回収エリアへ運び、
粉砕リサイクルマシンへ放り込んだ。
巨大な鉄の歯車が、
残骸をガリガリと噛み砕いていく。
溶解され、鋳造され、鈑金され――。
太古の文明の力が、
そこで脈々と動き続けているのを、
デレオはいつもじっと見つめてしまう。
砕かれた金属は、
新しいパーツとして生まれ変わり、
格納庫へと運ばれていく。
そこで組み立てられた機兵や機僕は、
遺跡の魔物や冒険者たちと遭遇し――
狩る側になったり、
狩られる側になったりしながら、
いつかは再びここへ戻ってくる。
だが、工場が動き続ける限り、
彼らは何度でも再生するのだ。
冒険者たちがこの生産工場を破壊せずに残しているのも、
その恩恵が大きすぎるからにほかならない。
十分に「見学」したあとで、
デレオは仲間たちのもとへ戻った。
アレカは、期待に満ちた目でデレオを見上げる。
まるでご褒美の骨を待っているレトリバーだ。
デレオは記憶合金スプリングをアレカへ放り投げた。
アレカはそれをぱくりと飲み込み、
スプリングでも仕込まれたかのようにぴょんぴょん跳ね回る。
よく見ると、箱の底面に、
本当にスプリング脚のようなものが一列生えてきていた。
あとは「猫人シャーマンの仮面」と「恐怖の呪い人形」を手に入れればいい。
デレオはアペスのそばへ歩み寄った。
アペスは目をうっすらと開け、
二人を順番に見やった。
唇はすっかり血色を取り戻している。
「まだ動くなよ。
この防疫機僕が、応急処置を続けてる。」
そう声をかけると、アペスは首を横に振った。
「……あの九宮盤が……。」
これほど強靭なモンクが、ここまで弱り切っているのだ。
この状態で探索を続けるのは、どう考えても無茶だ。
「姉さん、今日はもう帰ろうよ。
これ以上は、本当に危ないよ……。」
カシヤは泣きそうな顔でそう訴えた。
「そうだな……。
次だ。
次はもっとちゃんと準備して来る。」
アペスはデレオを見つめ、
その瞳で「お前は絶対、来いよ」と語りかける。
そのとき、
遠く離れた宇宙船遺跡の方角から、
低く重い轟音が響いた。
アレカのフタが、びくりと震える。
あの悪魔はまだ去ってはいない。
ただ、何かを待っている――。
「俺たち三人だけじゃ、足りない。」
デレオは険しい顔で言った。
「なら、もっと仲間を集めればいい。」
カシヤは口琴をきゅっと握りしめる。
アペスもこくりとうなずいた。
「そうだな。
あのレベルの敵には、本物のパーティが必要だ。」
遠くの轟音が、もう一度大気を震わせた。
まるで、彼らの決意に応えるように。
――この戦いは、まだ始まったばかりだ。
———大したことではないこと———
この世界における「毒」は、
大きく三種類に分類される。
一、有機毒
二、無機毒
三、疫病系
前の章に出てきた鉄巣蜂は、
四十万年の進化を経て生き残った自然生物であり、
彼らが用いる毒は、有機毒に分類される。




