第25話 これがアイテム士のやるべきことだ
「アペスが、長くはもたない。」
デレオは、
すでに紫がかり始めた
彼女の唇を見つめて眉をひそめた。
四分三十秒……。
アペスの指先にまでチアノーゼが広がり、
カシヤは
ただ泣きじゃくることしかできない。
四分十九秒……。
アレカがカシヤの足もとに飛びつき、
必死に彼女の体をぐいぐい押した。
三分五十一秒……。
モンクの唇は、
さらに黒ずんでいく。
デレオはハッとした。
「これは慰めてる動きじゃないな。
アレカ、おまえ何かできるのか?」
アレカはコトン、コトン、
とフタを二回叩いた。
肯定のサインらしい。
三分四十三秒……。
心拍……脈……もうほとんど、
感じられない……。
「ぺっ!」
アレカが吐き出したのは、
わずかに弾力のある
細長いチューブだった。
材質は、
この宇宙船の壁を
構成している高分子ポリマーのようだ。
注射器みたいな複雑な構造物は、
今のレベルではまだ作れない。
だが、
ただの管なら――命をつなぐだけなら、
ギリギリ間に合うかもしれない。
三分三十七秒……。
アペスの顔色は、
すでに青を通り越して青黒くなっていた。
デレオはアレカから
亜竜の脂肪をしぼり取って油を作ると、
その油でチューブを潤滑し、
アペスの鼻腔へとねじ込んでいく。
二分二十秒……。
デレオは焦りのあまり、
手つきが荒くなった。
彼女を傷つけてしまう可能性など、
構っていられない。
幸い、アペスには
抵抗する力さえ残っていなかった。
十二、十三、十四……。
「……はっ……」
掠れ、
ガサガサと擦れるような呼吸音が、
アペスの喉奥から漏れた。
ようやく、
彼女は一息、
空気を吸い込むことができた。
わずかずつ、
肌の青黒さも引いていく。
だが気道の腫れはそのままで、
唇も依然として紫色のままだ。
デレオはアペスを背負い上げた。
「これから、
入口近くの工場まで行く。
あそこでなら、
アペスを助けられる物が手に入る。
防疫機僕を探すぞ。」
「その工場で、
あなたの言っていた
防疫機僕が生産されてるの?」
カシヤは眉間にしわを寄せた。
「いや、
ちょうど俺たちが欲しい型を
作ってるとは限らない。」
「じゃあ……」
「防疫機僕自体はそこら中に転がってる。
道すがら、
一体拾えばいい。」
必要のない時はつい存在を忘れがちだが、
実のところこのタイプの機僕は、
本当にどこにでもいる。
ほとんどの場合、
老朽化した防疫機僕は
自力で動けなくなって、
「システムエラー。
プログラマーに連絡してください」
とエラーを唱え続けながら、
隅っこでじっとしているのだ。
「ほら。
あそこに、ちょうどいいのがいる。」
通路脇の採光窓のそばに、
一体の防疫機僕が止まっていた。
デレオの太ももにも満たない小さな機体が、
太陽に向かってソーラーパネルを広げ、
充電している。
カシヤが覗き込み、
残念そうに首を振る。
「注射器にヒビが入ってるわ。
こんなので刺したら、
血栓ができて危ない……。」
「それ自体を使うわけじゃないさ。」
デレオはアペスをカシヤに預けると、
今回の依頼のために
新調したミスリル製ハンマーを手に取った。
三発。
苔まみれの注射器と、
泥に汚れた脚部めがけて振り下ろす。
ガン!
人を殺しかねない注射針は、
きれいに破壊された。
「こいつを
入口近くの自動工場に持っていって、
その場でスクラップにする。
そうすれば工場が即座に、
新しい個体を一体組み立ててくれる。」
ガン! ガン!
車輪付きの機械脚も、
容赦なく叩き折られていく。
「警告。
公共資産の破壊は法令により
禁止されています。
違反者には米ドル――」
「やかましい!
今どき円ですら使われていない。」
デレオは、
嫌な記憶を思い出したかのように
顔をしかめ、
スピーカーも打ち壊した。
「これ、運べそうか?」
彼はカシヤを見る。
「やってみる……!」
カシヤは大きく目を見開き、
きゅっと唇を結んだ。
その覚悟じみた表情に、
デレオは思わずため息をつく。
「はぁ……。」
彼は探検用バックパックから
ロープを取り出し、
防疫機僕をぐるぐると縛り付ける。
そのあと、
アペスをお姫様抱っこした。
「しっかりついてこいよ。
これからは、
待ってあげる余裕はないからな。」
デレオは真剣な声でそう言い聞かせる。
カシヤはきりっと顔を引き締め、
力強くうなずいた。
『スキル発動:耐荷重増加』
デレオは、
今こそアイテム士としての本分を
しっかり果たさなければならなかった。




