第18話 私たちの未来は、同じ糸に結ばれるの?
「アレカ、
鍋か皿みたいなもの、何か出せるか?」
アレカがぴょんと跳ね、
蓋をぱかっと開ける。
吐き出されたのは、
一枚の薄い金属板と、大きな石が四つ。
「俺に鉄板料理でも作れって?
で、食材は?」
「おえっ……がりっ……ぺっ!」
アレカが吐き出した食材は、
亜竜の腹肉とモモ肉のステーキ、
森林具足虫、
それに大型鳥類の卵だった。
「うーん……
野菜と炭水化物がまるで足りないな。」
「これだけあれば十分だよ。
どれも一流レストランじゃないと
食べられないようなものばかりだし!」
カシヤは目をまん丸にして、
よだれが垂れそうな勢いで見つめている。
本当にお腹が空いているらしい。
デレオは大きな石を四隅に置き、
その上に金属板を渡した。
「見てのとおり、
アレカは君の袋と関係がある。」
彼は炎のランプを取り出し、
鉄板の下に置く。
「袋、ね……。」
カシヤは
何かに思い当たったように目を伏せる。
「そう。
アレカは、その袋から生まれたんだ。」
デレオはランプに魚の骨を二本入れ、
出力を少し絞った。
「生まれたっていうのは……
エンチャントのこと?」
カシヤはまだしっくり来ていないようだ。
デレオは軽く首を振る。
「いや、文字どおり“誕生”したって意味だ。
あの日、君の袋を拾ったとき、
袋の口からメッセージが出てきた。
『ミミックの卵を孵化させますか?』
ってな。」
彼は話しながら、
手早く食材を下処理していく。
森林具足虫の背中に生えた
森林具足虫コケをそぎ落とすと、
バジルのような香りが立ちのぼる。
殻を剥き、
頭と尾を落とし、
脚や余計な付属肢を取り除き、
内臓を出す。
「どうして私は、
あんなに長い間この袋を持ち歩いてたのに、
孵化しなかったんだろう?」
カシヤは首を傾げ、
好奇心に満ちた目で彼を見る。
「その理由は、
俺にもさっぱりわからない。
たぶん……
俺が魔法を使えないから、かな。」
デレオが包丁を刻む音に、
外から聞こえる金属同士のかすかな
衝突音が重なる。
「魔法を使えない……。」
その言葉を聞いた瞬間、
カシヤの瞳がすこし陰った。
「ま、最後まで理由は
わからないままかもしれないな。
君にだけ孵化しなかった理由は。」
カシヤはよだれを垂らしそうな顔で、
デレオの手元をじっと見つめている。
横でアペスは
今にも手を出したそうにしているが、
デレオが手を伸ばして制した。
「今回は俺にやらせてくれ。
元をたどれば、
この食材は君たちが倒した獲物だし。」
彼は脂の多そうな亜竜の腹肉と、
さっきそいだ具足虫コケから
先に鉄板の上へ。
肉からにじみ出る脂と、
コケの香りが混ざり合っていく。
「それと……さっきの話の続き。
どうして超古代語が読めるの?」
カシヤは、
さっきの謎をもう一度持ち出した。
「俺の知ってる限りじゃ、
超古代語の本当の名前は『日本語』だ。」
デレオは淡々と告げる。
「どうしてそれを読めるのか、
自分でもわからない。
感覚的には……前にも一度、
別の人生を生きていたような感じなんだ。」
彼は卵を割り、
よく溶きほぐしてから、
殻を剥いた森林具足虫の身に絡める。
それを、
亜竜の脂で熱した鉄板の上に
並べて焼き始めた。
「その前の人生では、
その言葉だけで人と会話してた気がする。
もし輪廻てものが本当にあるなら、
たぶん俺の前世は、
その言葉を使う社会にいたんだろうな。」
最後にデレオは、
残っていた亜竜のモモ肉と森林具足虫を
細かく刻み、混ぜて炒める。
「輪廻かぁ。
なんかロマンチックだね。」
カシヤはうっとりしたように言った。
「俺には
ロマンチックさは全然わからないよ。
十九歳になるまで
何も思い出さないで生きてきて、
急にこんなことが起きると、
ただただ混乱するだけだ。」
香りが最高潮に達したところで、
デレオは一気に料理を盛り付けた。
床下からは、
かすかに振動が伝わってくる。
「でも、
その文字が
読めるだけでもすごく助かるよ。」
カシヤはまだ聞き足りないといった様子だ。
「はは、
タダ働きするつもりはないけどな。」
料理が完成した。
「具足虫コケ風味の亜竜の腹肉」
「卵絡め森林具足虫」
「亜竜のモモ肉の角切り炒め」――
それぞれに、
アレカが龍骨で作った
カトラリーが添えられている。
「いただきます!」
ちょうどそのとき、
遠くから肉食恐竜の咆哮が響いてきた。
三人は顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
「ねえ、デレオさん。」
カシヤは
満足そうな顔でデレオの方を向いた。
「さん付けはいいよ。デレオで。」
デレオはポーチから、
いつもの香辛料と塩を取り出す。
「うん、デレオ。」
ゆらめく炎に照らされたカシヤの笑みは、
どこか神秘的な魅力を帯びていた。
彼女は三皿の肉料理に、
香辛料をぱらぱらとふりかけるのを手伝う。
まず、バジルのような
香りが染み込んだ腹肉をひと口。
その味を噛みしめてから、
カシヤはアペスと顔を寄せ合い、
こそこそと何かを囁き合って笑い出した。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
カシヤは、
とろりと半熟の卵ソースを
まとった森林具足虫をフォークで刺し、
口に運びながら尋ねる。
弾力のある歯ごたえと、
なめらかな舌触りが口いっぱいに広がる。
「普段から、
彼女にご飯を作ってあげたりしてるの?」
その質問は、
明らかに何かを探るような
響きを含んでいた。
デレオの頭の上に、
でっかいはてなマークが浮かぶ。
「えっと……彼女なんていないけど。」
二人の少女は顔を見合わせて、
思わず吹き出した。
アペスが何か言おうとしたが、
その前にカシヤが先に口を開く。
「ねえねえ、デレオ。
アペス、今ね、彼氏いないんだよ。」
カシヤは柔らかな笑みを浮かべる。
「私のいとこのアペスね、
強くなりすぎて、
誰も告白してこなくなっちゃったの。」
カシヤは驚くほどよく食べる。
あっという間に目の前の料理を平らげると、
今度はすっかりおしゃべりモードだ。
アレカは残った
骨やかけらを一つずつ回収し、
匂いが残って野生動物を
引き寄せないように片付けている。
「でもね、アペス、
あなたのことを気に入ってるみたいだよ。
もし二人がうまくいったら、
うちのおじさん、
絶対大喜びすると思う。」
カシヤはデレオの腕にからみつき、
ワインでも飲んだかのように
楽しそうに笑う。
「どうして俺とアペスを
くっつけようとするんだ?」
デレオの脳裏には、
昔、
二人の少女に似たようなことを
言われた記憶がよぎる。
あれが本気の恋バナではなく、
ただの“ごっこ遊び”の延長だったことも、
彼は知っている。
「だって、私……」
カシヤはそこで言葉を切り、
長い沈黙を挟んだ。
「私が言う!」
アペスが突然カシヤをぎゅっと抱きしめる。
「カシヤには、もう両親がいない。
前回ここで凍死しかけたとき、
じいさんは本気で潰れかけてた。」
――どうりで、
復活魔法の成功率にあんなにこだわるはずだ。
デレオはカシヤを見やり、
胸の奥が少し痛んだ。
「最近あのじいさん、
やたらとカシヤの縁談を進めたがっててさ。
でも貴族ってみんなプライド高いから、
婿入りの話になると
誰も乗ってこないんだよね。」
「サリクスのじいさん、
そりゃあ頭抱えるわな。」
「でもさ、あんた、
守らなきゃいけない家名とか、
別にないでしょ?
だったら、
スコラリス家に婿入りする気はない?」
カシヤは淡い青の瞳を見開いて、
アペスを見つめる。
デレオは深く息を吸い込んだ。
「そういう話を冗談のネタにするのは、
あまり感心しないな。」
「冗談なんかじゃないよ。」
アペスは腕をほどいて、
真顔で言う。
「じいさん、
暇さえあればあんたの話してたし。
孫の婿があんただったら、
絶対大喜びすると思うけど?」
「いや、でも、
今日が初対面だろ、俺たち。」
「こういうのを
運命の出会いって言うんだよ。
ほんっと、
男ってこういうのわかってないよね!」
「わかってないさ!」
デレオは思わず声を荒げる。
「同じことで言えば、
カシヤだって俺のこと、
何もわかってない。」
「出会ってすぐに
婿入りの話をされても困るよ。
少なくとも、
まずは付き合ってからだろ。」
デレオは最後の抵抗を試みる。
「ほら聞いた?
『まずは彼氏から』ってさ。」
アペスはカシヤの背中を押した。
少女の頬が見る見るうちに赤くなり、
口をぱくぱくさせて言葉を失う。
「いや、
そこまで言ったつもりはないんだけど!?」
デレオはさすがに焦り出した。
「ふーん?
じゃあ、好きじゃないんだ?」
アペスが眉を寄せる。
その瞬間、
カシヤの全身から放たれる空気も、
すっと沈んだように見えた。
「ち、違う!
その……ちょっとは、好き……だ。」
自分でもあまりに
早く口をついて出た言葉に、
デレオは耳まで真っ赤になった。
思わず壁の方に向き直り、
顔を見られないようにする。
「付き合っちゃえ! 付き合っちゃえ!
付き合っちゃえ~!」
アペスは手拍子を打ちながら、
テンション高く囃し立てる。
カシヤは戸惑いながらも、
まんざらでもない様子だ。
その反応に、
デレオも少しだけ自信を持てた。
「……正直、
スコラリスって家名は、
けっこう気に入ってるんだ。」
デレオは小さな声でつぶやく。
「うん。
私も、デレオって名前、
スコラリス家の家系図に書いてあったら、
すごく似合うと思う。」
カシヤの声にも、
照れと期待が入り混じっていた。
「えー、もう?
もっといじって遊ぼうと思ってたのに。」
アペスは肩をすくめる。
遠くで響いた長い咆哮は、
うるさいな雄鶏の
低い鳴き声にかき消されていった。
「向こうの戦い、
まだ続いてるみたいだな。」
デレオは眉根を寄せる。
腰のダガーが、かすかに震えた。
扉の下から、
スキャンセンサーの放つ緑色の光が
漏れ込んでくる。
同時に、
危険を告げるような低い唸り声が、
扉の向こうから響いてきた。
1月1日朝9時に、新年特別編を投稿予定です。




