第17話 彼女が泣いていた。 ――俺は、手の置き場がわからなかった
1月1日朝9時に、新年特別編を投稿予定です。
二階に上がると、
いくつもの部屋が
並ぶ長い廊下が続いていた。
「どうやら、ここは居住区らしいな。」
「さっき見えたのは……きゃっ!」
カシヤがそのうちの一つのドアを
開けた瞬間、悲鳴を上げた。
部屋の中には、
ミイラのように干からびた死体が一体、
椅子にもたれかかるように座っていた。
「ダガーは震えてない。
危険はないよ、
そんなに驚かないで。」
デレオはそう言って彼女をなだめた。
空気に死臭はなく、
ただ重苦しい気配だけが漂っている。
一台の防疫機僕が
止まったままになっており、
どうやら故障して久しいようだった。
「ふむ……これは面白いな。
ここまで干からびてるのに、
アンデッド化してないのか。」
「この人、クルーの制服を着てる!」
カシヤは怯えたようにアペスの腕をつかむ。
「それがどうかした?」
アペスがカシヤを
かばうように一歩前に出る。
「時間が、かかりすぎてる……」
カシヤは不安そうに廊下の方へ目を向けた。
「この飛行船は、
少なくとも四十万年は
存在しているはずなの。」
カシヤは、
自分たちの研究内容を思い出すように言う。
デレオはミイラのそばに
落ちていたマニュアル冊子を拾い上げ、
何気なくページをめくった。
その瞬間、思わず息を呑む。
――読めてしまったのだ。
日本語だった。
「なんでだろう……
すごく懐かしい感じがする。
この文字、
前にも見たことがあるような……。」
彼はページをめくる手を止められない。
「超古代語、読めるの?」
「……読める。」
「すごい! そこには何が書いてあるの?」
「内容は専門的すぎるけど……
ナノマシン……
空気中の微小な機械を
励起してエネルギーを伝達し、
魔法に似た効果を発生させる、とか……。」
デレオの記憶は、
ひびの入った水甕のように、
少しずつ滲み出してくる。
彼は驚いて顔を上げ、カシヤを見た。
「これって、
君たちが探してるものじゃないか?
魔法の起源ってやつ。」
カシヤは勢いよくうなずいた。
「うん……でも、
どうしてあなたが読めるの?」
「私にもわかりません。
とりあえず、
別の部屋に入ってからにしよう。」
「中に“人”がいない部屋に、
してもらえる?」
彼らは何部屋かドアを開け、
ようやく“誰もいない”部屋を見つけた。
「入ってこい、アレカ。」
デレオが手を叩いて呼ぶ。
アレカは小さく息を吐きながら、
ドスドスと音を
立てて部屋へ跳ねて入ってきた。
「こんなにすごいミミックを
エンチャンターから譲ってもらうなんて、
相当なお金がかかるんじゃない?」
アペスは
部屋に一つしかない椅子に腰掛ける。
「アレカの出自は、
これまた長い話でね。」
デレオは空いている
ベッドの端に腰を下ろした。
「アレカって、この子の名前?」
カシヤはアペスの顔をちらりと見てから、
デレオの隣のスペースに目をやる。
頬をうっすら赤く染めてから、
そっと彼の隣に座った。
「ああ。『箱』って意味だ。」
アレカは、
まるで昔からの知り合いであるかのように、
カシヤに甘えるようにすり寄った。
「ねえ、ひとつお願いしてもいい?」
「俺にできることなら。」
デレオがうなずく。
「この前、
ここで事故に遭ったとき、私、その……」
カシヤは視線を落とした。
その瞬間、
デレオがあの日、
何を見た可能性があるかに気づき、
さらに顔を赤くする。
「あの日、
ここに小さな布袋をつけてたの。」
彼女は胸元を押さえる。
「あれは、母の形見なの。
返してもらえないかな?」
「それがな……」
「買い戻してもいい。
一千クレジットでどう?」
「いや、そういう問題じゃなくて。」
「一万クレジット?」
カシヤの目には、
今にも涙が溜まりそうだった。
「はぁ……
そのお金を取ろうとは思ってない。
ただ……」
デレオは困ったようにアレカの方を見る。
アレカはデレオを見てから、
カシヤを見て、何かを思い出したように――
「ぐるるっ、ぐるるる……」
猫が毛玉を吐き出す前みたいな、
不穏な音を立ててから、
あの小さな袋をぴょこんと吐き出した。
「なるほど、
その袋が本体ってわけじゃなかったのか。」
デレオはようやく合点がいったように頷く。
ほっと息をつき、
彼はその袋を拾い上げて
カシヤに差し出した。
「君のお母さんの形見だろ?」
カシヤは喜びに目を輝かせ、
その袋を受け取ると、
そのまま涙をこぼしながら
デレオに飛びついて抱きついた。
「お母さん……お母さん……
会いたかった……。」
デレオは両手を上げたまま、
どうしていいかわからず固まる。
アペスがこくりと頷いたのを見てから、
ようやくそっと腕を下ろし、
彼女の背を軽く撫でた。
彼女はしゃくり上げながら、
細い背中を呼吸に合わせて上下させる。
亜麻色の髪からは、
ほのかに清らかな
ホワイトムスクの香りがした。
「ごめんなさい、取り乱しちゃった。」
あまり時間も経たないうちに、
カシヤはすぐに感情を整えた。
ぐうぅ! ぐるるるるる――
突然、
カシヤのお腹が
とんでもなく大きな音を立て、
遠くの魔物たちの戦闘音をかき消した。
彼女が気まずそうに
お腹を押さえるのを見て、
デレオもわざと大きな声で言った。
「うわっ、こんなに話し込んじまった。
俺も腹減ってきたな!」
アペスはカシヤにウインクする。
――「けっこう紳士じゃん。」
声には出さず、唇の動きだけでそう告げた。
カシヤは嬉しそうに微笑んだ。
———大したことではないこと———
クレジット——
この世界で流通している通貨。
実体はなく、数値として管理される。
SF好きなら、
作者が誰にオマージュしているか
何となく察してくれるだろう。
クレジットの価値は
現代通貨で言えばどれくらいかというと……
だいたい、
卵一個が十クレジット、
砂糖たっぷりの清涼飲料水一本が
二十クレジットくらい、
と思ってもらえればいい。




