第1話、猛暑のはずなのに、凍え死にそうだ
『依頼エリアに進入しました』
ジーンズのポケットの中で、
情報端末の通知音が鳴った。
アイテム士デレオが引き受けたのは、
名目上は救援、
実態は「遺体回収」の依頼だった。
太古の宇宙船遺跡で、
考古学チームが一隊、
消息を絶っている。
デレオの姿は、
どこか旧式ファイターのパイロットを
思わせた。
工具をぎっしり詰め込んだ
登山用バックパックを背負っている。
革製のフライトキャップの下には、
若く自信に満ちた顔。
ゴーグルの奥には、
常に次の一手を
計算する眼差しが宿っている。
依頼を受けた時点で、
デレオの胸中にはすでに覚悟があった。
「……たぶん、
帰ってこられなかったんだろうな」
厚底のブーツで、
デレオは遺跡の入口へと足を踏み入れた。
空気には、
ただならぬ気配が満ちている。
一つひとつの気体分子が告げていた
――敵がいる、と。
革手袋越しに、
未知の材質でできた
壁に張り付いた薄霜に触れる。
「ここは熱帯のはずなのに……」
フライトジャケットの
ジッパーを引き上げる。
「間違いない……あれの仕業だ」
デレオは小さく呟いた。
奥へ進むほど、寒さは増していく。
ついには背負ったバックパックの水筒から、
氷が砕ける音まで聞こえてきた。
「……手遅れだった可能性が高いな」
胸が沈む。
『超低温警報――』
入口からそう離れていない貨物室前で、
デレオは
“死が生命を彫刻する光景”と遭遇した。
合計十一人。
彼らは艙門の前で、
永遠に凍りついている。
先頭の二人は、
わずかに驚いた表情――
まるでスズメバチを見た瞬間、
反応が間に合わなかったかのようだ。
後方の八人は談笑中のまま。
印象派の画家に、
水彩と紙の狭間へ
封じ込められたかのようだった。
淡い氷霧が輪郭をぼかしている。
壁際では、
整備用の小型機僕が氷に挟まれ、
無意味に故障警告灯を点滅させていた。
通路には錆びた金属の匂いが満ち、
正体不明の液体があちこちから漏れている。
「室内温度を表示」
デレオは即座に端末を操作した。
「264K……温度管理設備があるなら、
氷点下はおかしいだろ」
白い息を吐く。
温度を確認した後、
依頼ログに目を通す。
そこには、
延々と並ぶ行方不明者の名前。
「……現場を甘く見た学者連中か」
その時、遠くで――
脆いものが砕ける音が響いた。
デレオが気づかぬうちに……
最後尾の一人が崩れ落ち、
通りかかった防疫機僕を
巻き込んで粉砕されていた。
この遺跡には何度も来ているが、
今回は違う。
「異常な寒さだ」
デレオは炎のランプを取り出した。
中には、烈焔犬の魂が宿っている。
「ほら、魚の尻尾だ」
朝食で食べ損ねた焼き魚の尾を、
ランプへ放り込む。
餌が良いほど、
この犬は“熱心”になる。
「グォォ!」
満足げな咆哮とともに烈焔犬が現れ、
人の頭ほどの火球が灯口から飛び出し、
貨物室へと滑り込んだ。
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
三つの氷霜の輪が、貨物室の扉を突き破る。
『警告――攻撃意図を感知!』
デレオは警告を無視し、
余裕の構えで入口脇にしゃがみ込んだ。
冷たい霧が床から溢れ、
硬い物が落ちる音がする。
「氷霜円環が三発……つまり、三体だな」
呟きながら、
ランプに残っていた燃え殻を手早く取り出す。
「はは……久しく掃除してなかったが、
ここまで使えるとは」
携帯工具の鉄槌を握る。
「お前はアイテム士だ。剣よりも、槌を持て」
かつて、
剣を見つめて立ち尽くしていた彼に、
よく組むシーフがそう言ったことがある。
深呼吸。
「後隙、残り三十秒!」
29……
振り返りざま、大柄な兵士を倒す。
氷のように脆い左腕が、
床に触れた瞬間、砕け散った。
27……
「悪いな……」
振り返りもせずに進む。
25……
貨物室へ突入。
そこに浮かんでいたのは、
三つの氷塊のような存在――
遺跡特有の氷結地雷、《浮遊晶霊》だ。
20……
鉄槌を振り下ろす。
一撃で、ひびが入った。
15……
二撃目で亀裂は全身へ広がり、
破片が床に散る。
8……
一体目を砕き、二体目へ。
6……
二体目は火球に命中し、地面に落下。
すでにひび割れている。
どうやら烈焔犬は、
魚の尻尾がお気に入りらしい。
5……
追撃の一撃で、二体目も沈黙。
4……
三体目へ突進。
すでに別の氷系呪文の詠唱を始めている。
3……
隙を与えれば、自分が氷像になる。
想像しただけで、寒気がした。
2……
手にした灰を一気に振りかける。
烈焔犬の魔力残響を宿した灰燼。
炎と氷、相反する力が内部で激突する。
晶霊の表面に亀裂が走り、
水滴が滴り始めた。
未完成の術式が暴走し、
蒸気のような魔力が隙間から噴き出す。
湯が沸くような音。
1……
ふらつく晶霊に、
一撃――白い霧が噴き出す。
二撃――最後の浮遊晶霊が砕け散った。
『攻撃意図、消失。
レベル評価:アイテム士Lv5
新スキル獲得:メンテナンス』
「はぁ……疲れた」
破片が、辺り一面に散らばっている。
一陣の風が、デレオの襟を乱した。
破片の極低温と周囲との温度差が、
激しい気流を生んでいる。
彼は傍らの死人から布を「借り」、
晶霊の破片を包んだ。
これらは200K未満——
素手で触れば、
指ごと“置いてくる”ことになる。
大きめの欠片をいくつか、
探検用ポーチへ。
「へへ……コアが三つ。
術者連中、いくら出すかな?」
一攫千金の笑みを浮かべる。
戦利品の回収を終え、
次は本来の任務だ。
デレオは周囲を観察し、
脱出経路を思案する。
遺跡の通路には、
緑色の避難灯が点滅している。
この灯りのエネルギー源は、
一体どこから?
浮遊晶霊が消え、
周辺の部屋がざわつき始めた。
「カサ……カサ……」
落ち着きのない、激しい音。
聞き覚えがある。
床を這う群れの節足動物。
さらに奥からは、
不死者の低いうなり。
そして――匂い。
腐臭ではない。
これは……バジル?
「この香り……
ハイテク遺跡で、
死体を食う《森の具足虫》が出るか!?」
連中が集まり切る前に、
片付けなければならない。




