第16話 本気は、最後まで取っておく
「このまま行こう。
どうせどこかでぶつかる。」
デレオは少しだけ迷ったが、
カシヤの手を取った。
さっきまでの自然さはどこかへ消え、
お互いの指先はぎこちなく固くなっている。
だが、
手のひらだけはじんわりと温かかった。
重々しい足音が近づく中、
二人は自分たちから曲がり角を抜けていく。
角を曲がった瞬間――
視界いっぱいに、
巨大なシルエットが迫った。
通路の照明を遮るその影は、
まるで獣脚類の恐竜のようだ。
二本足で立つ黒い輪郭、
やや短い前肢、
ぎっしりと並んだ鋭い歯――そこからは、
むせ返るような死臭が漂ってくる。
それは「食屍恐竜」と呼ばれる
モンスターの未成体で、
その口には先ほど逃げ出したゴブリンが
くわえられていた。
未成体とはいえ、
その体格はすでに小さな象に迫るほどだ。
この恐竜は、
ひどく短気で、
そして危険極まりない。
デレオには、
どうやってあのゴブリンが
背中にまたがったのか、
まるで見当がつかない。
ゴブリン自身には、
恐竜を御するだけの力は
まったくないようだった。
通路は狭く、恐竜の体は大きすぎる。
俊敏さに欠けるその巨体は、
左右の壁や天井にぶつかりながら、
苛立ちのまま暴れ回っている。
アレカはしばらく考え込んだ末、
苦渋の決断をしたように見えた。
箱の表面に埋め込まれた
二つ目の宝石が光り、
レーザーが発射される。
本来、
アレカの狙いは恐竜の目だったのだろう。
しかし、
相手は動き回りすぎている。
レーザーはそれて、
恐竜の鼻梁を貫いた。
十分に重傷といえる一撃だったが――
少なくとも、
今この瞬間の戦闘能力を削ることには
失敗したらしい。
むしろ恐竜は激怒し、
こちらへ突進してくる。
デレオは素早く炎のランプを取り出した。
「カシヤ!
今持ってる物の中で、
一番うまいのをよこしてくれ!」
「えっ、食べ物?」
「急いで!
この犬は食い意地が張っててな。
うまい物ほど、
出てくる火がデカくなる!」
カシヤは歯を食いしばり、
バッグの中から
小さな袋を取り出して差し出した。
デレオは、
てっきりシュークリームか
小さなケーキあたりが
出てくると思っていた。
しかし、
袋の中身は――素朴な糖衣の揚げ菓子、
いわゆる「麻粩」だった。
『ぜんっぜん、女の子らしくねぇ……!』
それでも文句を言っている暇はない。
袋の中身をそのままランプに詰め込み、
連続で炎の弾を恐竜へ向けて撃ち込む。
獣の体に火が燃え移る。
だが、
当の本体は意に介した様子もなく、
むしろ背に乗ったゴブリンの方が
悲鳴を上げて転がり落ち、
地面でのたうち回っていた。
デレオがほっとするより早く、
恐竜の尾が大きく振り抜かれる。
その一撃にまともに巻き込まれ、
デレオは巨体の腹に叩きつけられた。
視界が真っ暗になり、
肺の中の空気が一気に抜けていく。
「デレオ!」
カシヤは叫び声を上げ、
飛び散った火の粉で
腕を少しだけ焦がされた。
幸い、火傷は軽い。
一方、ゴブリンは転げ回りながらも、
なおランプを取り返そうとデレオへ
必死に這い寄ってくる。
戦場は一瞬で大混乱となり、
デレオもカシヤも後退を余儀なくされる。
烈焔犬は見た目こそ派手だが、
さすがに疲れの色が濃い。
それでも、恐竜は執拗に迫り、
その巨大な足が
床を踏み鳴らすたびに地面が揺れた。
状況が完全に手に負えなくなりかけた、
その時――
澄んだ口笛の音が響き、
すべての視線がそちらへ向く。
後方から飛び出したのは、
アペスだった。
「ドロップキック!」
彼女は鋭く叫びながら跳躍し、
炎をまとったつま先で
恐竜の巨大な頭部を蹴り抜いた。
鈍い衝撃音とともに、
巨体の首が横へ弾かれる。
一瞬、恐竜のバランスが崩れた。
アペスは見事な着地を決めると、
腹の前で両の掌を合わせた。
「太陽輪、開放!」
彼女の全身から、
まばゆい黄色の霊光があふれ出す。
両足で地を強く蹴り、
再び声を張り上げた。
「プロレス協会会長直伝!」
「デンジャラス・スープレックス・コンボ!」
まずは――
「スライディング!」
アペスは体勢を低く構え、
稲妻のような速度で恐竜の足元へ滑り込む。
そして、
太い後脚めがけて思いきり足を振り抜いた。
巨獣が痛みによろめき、
巨体がぐらりと揺れる。
「スープレックス!」
体勢を崩した瞬間を逃さず、
アペスは恐竜の脚を両腕で抱え込む。
小さな体に見合わない怪力で、
そのまま象サイズの巨体を持ち上げ――
腰を軸に反り返るようにして、
恐竜を頭から床へと叩きつけた。
床には深いクレーターのような
凹みができる。
「ジャイアントスイング!」
アペスはその巨体の尾をガシッと掴み、
足さばきを効かせながら回転を始めた。
回るたびに速度が増し、
恐竜の身体は円を描くように宙を舞う。
そして、
タイミングを見計らって手を離すと、
恐竜はそのまま天井へ向かって
吹き飛ばされた。
「バベルクランブル!」
彼女は再び跳び上がり、天井を蹴った。
反動――
放物線の頂点まで浮かび上がった幼竜へと
襲いかかる。
まるでハヤブサが伝書鳩を攫うように。
彼女は空中で回転する
幼竜の体にぴたりと張りつき、
両腕でがっちりと相手をロックし、
そのまま全体重を乗せて
一緒に急降下していった。
凄まじい轟音とともに、
恐竜は床に叩きつけられ、
さっきまで燃えながら
転げ回っていたゴブリンを下敷きにした。
床そのものが震える。
灰と火の粉が舞い上がり、
焦げ臭さと断末魔の名残が入り混じる。
デレオとカシヤは、
ただ呆然とその光景を
見つめるしかなかった。
目の前の連続技は、
あまりにも派手で、
常識離れしていた。
「このクソトカゲが……
うちの従姉妹に
手ぇ出してんじゃないわよ!」
アペスは息絶えた幼い恐竜の死体を、
イラついた様子で蹴りつける。
ようやく我に返ったデレオとカシヤは、
足元に転がる巨大な死骸を見下ろした。
「やっと遊びは終わったか?」
デレオは、
カシヤを放って
おいて戦いに夢中になっていたことに、
不満を隠さなかった。
「遊んでたわけじゃないってば。
デレオのこと、
ちゃんと信じてたのよ?」
アペスは笑いながら、
デレオの胸板を軽く叩いた。
「へぇ、
思ったよりいい体してるじゃない。」
アペスは
そのまま手のひらでデレオの胸をなで、
少しのあいだ
感触を確かめるように動きを止めた。
『……この人とは真面目に
会話できる気がしない。』
デレオは心の中で頭を抱える。
その時、アレカが投影を映し出した。
『戦闘終了! レベルアップ!
デレオ:アイテム士 Lv11
新スキル獲得:簡易アイテム制作
アレカ・ジェマルム:
ジュエルイーター Lv9
新スキル獲得:ポリッシング。』
デレオは手短に
レベルアップの内容を確認する。
「さっさと上へ行くぞ。
さっき見えた場所は、
この上の階だ。」
彼は二人を急かし、
三人はすばやくその場を片づけて、
より安全なエリアへ移動する準備を整えた。
「食屍恐竜……
こんなハイテク遺跡に
出てくるような連中じゃないんだがな。
どこから、
あいつらのエサになる
死体が湧いてるんだ?」
デレオは自分に言い聞かせるように、
ぽつりとつぶやく。
「変だね。」
カシヤはその言葉を拾い、
改めて死んだ恐竜を見つめた。
「この子、幼竜だよね?
じゃあ、お父さんとお母さんは、
どこにいるの?」
再び、デレオの身体が震えた。
今度震えているのは、
ダガーではなく、
彼自身だった。
「誰が、
こんなやつをここまで連れてきたんだ……?」




