第14話 気づけば、彼は彼女の手を引いていた
明日および明後日の土·日、
朝9時に更新します。
デレオの腰にぶら下がったダガーが、
ぶるぶると激しく震え始めた。
敵意が渦巻き、
うなるようなノイズを立てる。
「頭の回転が鈍い魔物には、
あれは捕まえられないさ。」
デレオは口の端を歪め、
意地の悪い笑みを浮かべた。
何体かの亜竜が
アペスからいったん距離を取り、
辺りを嗅ぎ回り始める。
「アペス、そろそろ行こう。
夢中になってる場合じゃない。」
カシヤは、
戦いに没頭しているアペスへ
向けて大声を張り上げた。
その隙に、デレオが先頭に立って走り出す。
『亜竜が飛び出してきたら、
その時はあの暴力モンクのところ
まで下がればいい。
ああいう手合いは、
喜んで“お掃除”してくれるに決まってる。』
デレオは腹をくくり、
厄介ごとは隣へ押しつける
作戦でいくことにした。
どうせ、
彼女を守る義務は依頼内容に
含まれていないのだ。
ふと振り返ると――
「原爆固め!」
アペスが、
ちょうど一体の亜竜の頭を金属の床に
「植えます」ところだった。
『いや、あれ本当にモンクの技術か?』
「この先に角がある。
その先に二階へ上がる階段があるはずだ!」
デレオは振り返って、
カシヤに作戦を説明しようとした――
その瞬間、
少女の悲鳴が耳に飛び込んできた。
彼女は、半成体の――
脚が二本しかない亜竜に追われていたのだ。
「あの暴力モンク、何やってんだよ!」
デレオは一瞬で頭に血が上る。
すぐさまハンマーを握り直し、
カシヤを助けに取って返した。
デレオが手のひらを差し出すと、
アレカがぴょんと飛び乗る。
そのままグッと握り込み、
腕を振りかぶって投げた。
アレカは、
カシヤを
追いかけている亜竜めがけて飛んでいく。
「カンッ!」
宝石箱の角が
亜竜の後頭部にクリーンヒットし、
その場に転がり落ちた。
醜い顔をした亜竜は、
ここでようやく足を止め、
何が起きたのか確かめようと振り向く。
「おらぁっ!」
デレオは勢いそのままに飛び込み、
亜竜の顎めがけてハンマーを振り抜いた。
『熟練』
発動したスキルの効果が、
「叩く」という動作に
そのまま上乗せされる。
亜竜の下顎が吹き飛んだ。
真っ赤な血が噴水のように噴き上がり、
ベロが残った喉の奥から
だらりと垂れ下がる。
ふらつきながらも、
亜竜はデレオへ爪を伸ばそうとする――が、
あまりの出血で視界が真っ暗になる。
空を切った前足は床を叩きつけ、
破片を跳ね上げた。
その破片の向こうから、
一筋のレーザーが亜竜の目を貫く。
近くに落ちていた小さな宝石箱――
アレカが、
してやったりという顔で
こちらを見上げていた。
箱に埋め込まれた宝石の一つが、
ちょうど冷却時間に入る。
「ふぅ……新しいスキル、
想像以上に使えるな。」
デレオは目の前の光景に、
手応えのようなものを覚えた。
「アレカ、戻ってこい。」
小さな宝石箱は、
ぴょんと跳んでデレオの肩に収まる。
「それから、
あんたも勝手にどこかへ走っていくなよ。」
デレオはカシヤの手をつかみ、
そのまま強く握った。
「ひゃっ……! あ、う、うんっ……!」
カシヤの頬が、一気に真っ赤になる。
長いあいだ胸の内で描いてきた
「初めての手つなぎ」が、
その日出会ったばかりの男の子に
あっさり奪われてしまったのだ。
カシヤの頭は真っ白になる。
『この手……ごつごつしてるのに、
すごく頼もしい……。』
そもそも自分がなぜここにいるのか、
一瞬忘れてしまいそうになる。
「ぼーっとしてないで走れ!」
デレオには、
そんな乙女の事情を気にしている
余裕はない。
彼はカシヤの手をぐいっと引き、
全力で駆け出した。
背後からは、何頭もの重い足音――
亜竜の追撃が迫っている。
本来なら最前線で敵を
受け止めてくれるはずの、
好戦的なモンクはどこかへ消えてしまった。
どうせ、
乱戦のど真ん中で楽しんでいるに違いない。
「あれでよく
“守ってあげる”
なんて言えるよな……。」
デレオは内心ツッコミだらけだ。
「カペッ!」
肩の上のアレカが、
追っ手に向かって次々と
何かを吐き出し始める。
宝石レーザーはあと三発。
チャージ時間はさほど長くはないが、
できるだけ決定的な場面で撃ちたい。
その代わりに、
粗く加工した道具を次々と後方ヘ
ばらまいていく。
コケコッコー——
背後の配管のあいだから、
さきほど放した《うるさい雄鶏》の
長い鳴き声が響き渡る。
黄色い機械の雄鶏が、
そこにいるすべての生物を挑発するように
鳴き続けていた。
気の弱い何体かが足を止め、
好奇心に負けて雄鶏の方へと向きを変える。
それでも、左右に一頭ずつ、
二頭の亜竜がデレオたちの
追撃を続けていた。
アレカは小さなフタを開けたまま、
雑に作った道具を吐き出し続ける。
左側には鉄球をばらまき、
右側にはマキビシを追加し、
さらに数本の骨のダーツも混ぜた。
左の亜竜は足を滑らせ、
通路脇の大きな穴へと転がり落ちていく。
崩れた通路の壁とともに、
何トンもの瓦礫がその上に覆いかぶさった。
右の亜竜はマキビシを踏み抜き、
足の裏を血まみれにしながら、
それでも必死に追ってくる。
身体には何本か
骨のダーツが刺さっているが、
どれも致命傷にはなっていない。
ただ、
さすがに速度は落ち、
やがて追いかけるのを諦めて、
その場で足を舐め始めた。
「こういうチャンスは逃せないな。」
デレオはカシヤの手を離すと、
その場で踵を返した。
ハンマーを逆手に持ち替え、
マキビシを
踏んでいた亜竜めがけて突進する。
狩人である亜竜は、
必死で逃げていた獲物が
突然こちらへ向かってくるとは
思ってもみなかった。
爪先の痛みに意識を取られていた
彼が振り向いたときには、
ハンマーの背にある釘抜きが、
すでに両目のあいだまで迫っていた。
強化された「打撃」の効果で、
その一突きは容易く頭蓋骨を貫通する。
デレオがハンドルを上へひねると、
「引き抜く」動作にも強化が乗った。
釘抜きが引き上げられ、
亜竜の額の骨が、
まるで缶切りでこじ開けられた
缶詰の蓋のように、
ぱかっと外側へめくれ上がる。
べっとりとした脳漿が、
亜竜自身の顔じゅうを塗りつぶした。
悲鳴を上げる間もなく、
アレカが二本の骨のダーツを吐き出し、
露出したむき出しの脳へ突き刺す。
亜竜はびくりと痙攣し、
その数秒後には完全に動きを止めた。
「……ふぅ。」
デレオは額の汗を拭った。
今日は、本当にツイている。
亜竜なんて相手、
普段なら一体仕留めるだけでも、
何度も作戦を練ってからでないと
手を出せない相手だ。
それが今日は流れに乗るように、
すでに三体も倒してしまっている。
『今のうちに確認しておくか。
レベル、
上がってたりしないかな。』
「アレカ、戦闘結果を見せてくれ。」
アレカは素直に投影を映し出した。
『戦闘終了! レベルアップ!
デレオ: アイテム士 Lv8
レベルは素数ではありません。
新しいスキルは習得できません。
アレカ・ジェマルム:
ジュエルイーター Lv5
新スキル獲得:鈑金
(装備品の金属部分の損傷を修理可能)』
「よし。
俺たち、
ちょっとは強くなったな。」
「すごい……!」
カシヤの声には、
あからさまな憧れがこもっていた。
彼女は嬉しそうにデレオのそばへ駆け寄り、「守られている」感覚を全身で味わう。
デレオは、もう一度カシヤの手を取った。
『……この手、どれだけ柔らかいんだよ。』
さっきより少しだけ余裕が出てきたせいで、
頭の中に
「どうでもいい感想」が浮かんでくる。
「もう振り切れた?」
カシヤは、デレオの手を握り返した。
その温もりは、
人を頼らせるには十分すぎる。
デレオは首を横に振り、
空いている方の手で自分の頬を軽く叩いた。
『集中しろ。まだ宇宙船の中だぞ。』
「いや……ここからが最悪のパターンだ。」
デレオは、改めてハンマーを握り直す。
ようやく曲がり角までたどり着いた
その先から、
複数の足音がごった煮になったような
響きが聞こえてきた。
それは
「一種類」の生き物の足音ではなかった。




