第11話 この女、亜竜をウォーミングアップ扱いしている
あれはカシヤじゃない――。
目の前の少女はデレオが思っていたよりも、さらに小柄に見えた。
巨大な土煙を上げたクレーターは、
まるで重爆薬でえぐられた砲弾孔のようだ。
その中心には、
首をねじ折られた武装亜竜が一体、
うつ伏せに倒れている。
上から、
ぽた、ぽた、
と雨のように降り注いでいるのは――血だ。
デレオが視線を上げると、
もう一体の亜竜が天井にめり込むように突き刺さっており、
ピクリとも動かなかった。
パサッ――。
何かやわらかくて、
しなやかなものが、
デレオのすぐ横に落ちてきた。
思わずそちらへ目をやると、
それは亜竜の脚だった。
断面はひどくギザギザで、
どう見ても「引きちぎられた」跡である。
先に声をかけておかないと、
「奇襲される」と誤解されて殺されかねない
「うわぁっ!
俺、ふだんはこんなモンスター、
怖くて絶対近づきもしないんだけどな!」
助けに来た身とはいえ、
デレオは相手から見えない位置で、
こっそりとさっき作ったばかりの
石灰入り骨箱を握りしめていた。
女はくるりとこちらを振り向く。
「え?
こんな弱っちいの、何が怖いのよ?」
完全に自爆である。
本気で「弱い」と思っている口ぶりで、
そこに皮肉のニュアンスは一切ない。
「君にとっては弱くても、
俺みたいな一般市民に
とっては十分危険なんだよ。」
デレオはそう言って、
石灰の骨箱から手を離した。
「そう?」
女は腕を組み、小首をかしげる。
「まずは自己紹介からだな。
俺はデレオ
スコラリス家に雇われて、
行方不明者の捜索に来た冒険者だ。」
「ふうん。
カシヤのおじいちゃんの
差し金ってわけね?」
「そう。そのカシヤを――」
「言わなくていいわ。
カシヤには、
どうしても果たさなきゃいけない用事があるの。
あなたが説得しても、帰らないわよ。」
「はぁ……。
じゃあ、
しばらくは君たちに同行させてもらうしかないな。」
「えーっ?
てっきり力ずくで連れて帰ろうとするかと思ったのに。」
女は、いつでもケンカを買うつもり満々の姿勢を見せる。
「いや、
俺は人を無理やり連れ回すのは好きじゃないんだ。
ただ、
それでも君たちについて行く必要はある。」
デレオは、
あちこちボコボコにえぐられた壮絶な戦場を一望しながら、
内心でつぶやく。
『この調子で暴れ続けてたら、
どこかでマジで力尽きるぞ。
放っといたら、絶対に帰れない。』
「好きにしなさいよ。
ついて来たければ来れば?
足だけは引っ張らないでね。」
「安心して。
手出しはしないさ……
ただし、一つだけ。」
腰の銀のダガーが、
また小刻みに震え出した。
「忠告しておくけど、
ここの亜竜は群れで行動するタイプだ。
それに、馬鹿でもない。
戦術もちゃんと理解してる。」
「で?」
「だから、そのうちスコラリス家のお嬢様の
悲鳴が聞こえる――」
「きゃあああああっ!」
カシヤの悲鳴が、
宇宙船の上層から響いてきた。
「どうしてわかるの?
あなた何の職業?
神託者?それとも賢者?」
「冒険者なら常識レベルだよ。
そんな高位職にならなくても、
普通に知ってるって。」
「じゃあ、あたしたち、
これからどうすればいい?」
さっきまで道を切り開いてきた張本人とは思えない台詞だった。
「決まってるだろ。助けに行くんだよ。」
デレオは上階を指さす。
「うん!」
女は軽々と、
その場から跳躍し、
上層のフロアへと戻っていった。
「はぁぁ……
ああいう身体能力、心底うらやましい。」
デレオは舌打ち混じりに嘆息する。
周囲を見回すと、頭上の天井には、
彼女の喉輪落でぶち抜かれた新しい通路がぽっかりと空いていた。
だが、
そこへ上がるための足場は何一つない。
「さて、
どうやって上に行ったもんかな……。」
彼は顎に手を当てて考え込む。
アレカが、
先生の質問に答えたくて仕方ない小学生のように、
デレオの足元まで走り寄り、
ぴょんぴょん跳ねた。
「お前、何か手があるのか?」
アレカはぱちぱちと瞬きをすると、
床に散らばった天井の残骸のそばへと駆けていく。
「それ、食べたいってことか?」
もう一度、こくりと瞬きで返事をする。
「わかった。じゃあ、食べさせてやるよ。」
デレオは床に転がった瓦礫を、
一つ一つアレカの口に放り込んでいった。
大部分は正体不明の合金で、
残りは高分子ポリマーらしき素材だ。
「むぐ~、むぐ~、んぐぐ~……。」
アレカは苦労しながら、
巨大な建材の破片を、
なんとか飲み下していく。
「おえぇぇぇ!!」
そして、盛大に吐き出したのは――
フライパンだった。
「えっと……これ、
どうやって登るのに使えって?」
デレオはフライパンを手に取り、
上を見上げながら、
「フライパンで廃墟をよじ登る」
という無茶な案を真剣に検討する。
ぶんぶんぶん!
アレカは必死の勢いで首――正確にはフタ
――を横に振った。
「おえっ――ぺッ!」
今度吐き出されたのは、
ここへ来る途中で勝手に飲み込んでいた
「森林具足虫」一匹。
アレカは自分でも信じられないとばかりに
目を見開き、
しげしげとそれを眺めたあと、
慌てて飲み込み直した。
それから、
主人に向かって
「もう一回チャンスをください」
とでも言いたげな顔をする。
デレオは笑ってアレカのフタを
ぽんぽん叩いた。
「焦るなよ。
方法くらい、
きっと一緒にひねり出せるさ。」
アレカは気を取り直し、
まず短い金属棒を何本も吐き出した。
どれもデレオの肘より少し長いくらいで、
両端にはフックが付いている。
「むぉ~、むぉ~、おええええええ……!」
続けて、
今度はこの通路の天井よりも明らかに
長い金属棒を二本、
吐き出した。
なるほど――
これで「梯子を組め」というわけだ。
デレオはおよそ五分ほどで梯子を組み上げた。
強度はやや心許ないが、
構造としては驚くほどシンプルで、
短時間で組める。
「これ、図面に起こして特許でも取れば、
どこかの企業に売りつけて小遣い稼ぎできそうだな……。」
そんな計算をしつつ、
デレオは古代宇宙船遺跡の二層目へと上がる。
頭を出した瞬間、武装亜竜が一頭、
こちらへ向かって投げ飛ばされてきた。
デレオは慌てて頭を下げ、
間一髪でその巨体やり過ごす。
亜竜は背後にある古い機器の群れに激突し、
派手な音を立ててぶち壊した。
長い首を伸ばしながら、
亜竜は最期の断末魔を絞り出す。
その亜竜が飛んできた方向へ目を向けると、
さっきの女が旋風のように亜竜の群れの中を
駆け回り、なぎ倒していた。
亜竜たちの咆哮が、
あちこちで木霊している。
デレオは、すぐにカシヤの姿を見つけた。
彼女はハーモニカを手に、
隅っこの方で小さく身を縮めている。
『今この瞬間、
俺が正式にパーティインしてたら、
経験値が津波みたいに流れ込んできてるんだろうなぁ……。』
そんなささやかな欲望を抱いているうちに、
戦闘はあっという間に終わった。
女は額の汗を腕でぬぐい、
頬を上気させたまま、
わずかに息を弾ませている。
その背後では、
心配そうな表情のカシヤが立ちつくしていた。
ダガーの震えは収まりつつある――
だが、完全には止まっていない。
「アペス、そんなに無茶して平気なの?」
カシヤは
モンク――アペス――の袖をそっと引き、
自分の袖で彼女の額の汗をぬぐった。
「平気平気。
今のは、
ただのウォーミングアップだから。」
アペスはカシヤの頭をぽんぽんと叩く。
二人とも背丈はほとんど変わらないのに、
妙に「お姉ちゃん風」を吹かせている。
そのときデレオは、
ケーブルの影から、
牙をむき出しにした大きな口が
カシヤへ飛びかかろうとしているのに気づいた。
考える余裕などなかった。
腕が勝手に動き、
三本の骨ダーツが亜竜めがけて飛んでいく。
一本は亜竜の分厚い皮膚に弾かれ、
傷一つつかない。
もう一本は側の配管に突き刺さり、
謎の液体が勢いよく噴き出した。
唯一まともにヒットしたのは、
亜竜の喉の奥――。
それだけで仕留めるには程遠い。
だが、
アペスが懐へ飛び込む「隙」を作り出すには充分だった。
痛みにのけぞり、
亜竜は後ろ足で立ち上がる。
「海底翻天蹴!」
アペスの蹴りが、
亜竜の海底輪
――尻尾と両脚のあいだ――
を正確にとらえた。
亜竜は上空に吹っ飛ばされ、
もう一層上の天井をぶち抜いて消えていく。
銀のダガーが、ようやく静かになった。
アペスはちらりとデレオを見やり、
その瞳でこう叫んでいた。
『あんた、
見せ場つくるの上手いじゃない。』
「今の一撃、でっかい手柄よ。
あなたがいなかったら、
カシヤは本当に危なかった。」
デレオは首を横に振る。
「いや、まだ終わりじゃない。
今のはあくまで準備運動だ。
本番はこれから。
……ほら、耳をすませてみなよ。」
宇宙船遺跡全体に響き渡る
亜竜たちの長い咆哮が、
四方八方から押し寄せてきた。
———大したことではないこと———
四人の冒険者の神 その四
結末を見届けるクリシュナ――
性格は穏やかで円満、
どんな出来事にも動じず受け入れる。
常に人々に善行へのきっかけを与える、
包容力に満ちた神である。
彼の加護を受ける初期職業は、
修行者と楽師。




