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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショートショート『ドリームキャスト』

作者: 穂上龍

 「付き合っちゃえばいいじゃない」

 と花苗は言う。

 

 「でも、も、ヘチマもないわ。告白されたんじゃない」

 幼馴染の花苗のやや甲高くも愛らしい声がそう自分に言う。

 

 帰宅組と部活組がごった返す午後四時を回った教室の時計が静かに時を刻んでいる。

 「大体アンタのこと好きだっていう女子もう現れないかもしれないし」

 

 (酷いことをいうな)


 と思ったが確かに男子憧れの的である学年一の美少女、竹中ひかりに「付き合ってください」と告白されるようなことは多分今後はないだろう。

 

 トントンと机の上でノートを揃えつつ花苗は「別にいきなり結婚するわけでもないでしょう」ともっともらしい口調で言った。


 まあ確かにそうだ、昨日告白されて、今日付き合って、明日結婚なんて話は現代日本の学生世界にはない。

 

 (外国なら違うのかもしれないけど・・・)

 

 実際は自分も眼の前に居る幼馴染の花苗も高校生である。

 

 「だからね、別に他に好きな子がいないんだったら付き合ってから考えていいと思うのよ。竹中さん優良物件よ」

 

 まるで不動産屋の受付嬢みたいなことを花苗は言い、手際よく自分の机からノートや教科書で必要な分を取り出して、学校指定のようにみえるが実は違う自分のチョイスした四角い学生鞄に詰めた。

 

 「笹原くんには相談したの?」


 と親友の名前を出されて訊かれたので「まだ」と答えると余程に呆れた顔をされて「笹原くんだって同じこというわよ」と花苗に釘を刺されるような感じで云われた。

 

 「あ、美加子、一緒に帰ろー」

 

 そういうと花苗はクラスメイトの片山を捕まえて鞄を担ぐように持つと

 

 「まあ青少年、キチンと考えなさいな」

  といい背中を見せた。

 

 ややポカンと取り残された自分はそのままの姿勢でボウっと突っ立っていたが、流石に教室から人が少なくなり残っているのは自分くらいになると、はっと教室の時計を見た。

 

 (15分もボウっと突っ立っていたのか)

 

 と我に返る。先程去った花苗ではないが、自分の机の中からノートや教科書の必要な分を確認するとそれらを鞄に詰めて帰宅することにした。

 

 友人の笹原優一に相談したくもあったが笹原は今剣道部でしごかれている最中だ。


 明日にしよう。


 なんだかこそばゆいが女子から告白されるなんてことは十数年生きていたが当然初めてで、しかもその相手が学校でも話題になる極上の美少女であるなら“男として生きていて良かった”と俗物的に思えるものだなと実感する。

 

 夕焼けが照らし出す街の中、珍しくすぐに帰宅しないで本屋からCDショップ、調子に乗ってゲームセンターまで冷やかした。偶然昨日告白された竹中ひかりと街で会うかもしれないと思ってもいたが、幸か不幸かそういうハプニングはなく、無事に帰宅した。

 

 家に帰るとアマゾンから楽しみにしていた荷物を受取り、学生服を脱いで、テレビ番組を観てネットをしたりと時間を潰し、午後7時の夕食では両親と談笑しながら久しぶりに出た好物のトンカツに舌鼓を打ち、風呂に入りしばらくしてテレビゲームをして、持っているスマホのLINEで友人の笹原に「実は告白されて」と打ち明けて30秒でいきなり笹原から電話が掛かってきて驚愕されたりした。

 

(寝ようか)

 

 と夜の12時に思い「明日決めよう」と思う。

 

 間違いなく明日から竹中ひかりと自分は付き合うだろうし、来年のクラス志望は理系にして、もう少し勉強して国立大学を第一志望にするし、帰宅部だけれど苦手なスポーツも今度は身体が鈍らない程度にやりたいと思う。

 

 今日はもう眠たいから寝て明日にしよう。

 

 下から見ると丸い二重丸の電灯を寝床から伸ばした手でカチリと消して目を閉じた。

 

 寝て明日にしよう。

 

 ………。

 

 ……。

 

 …。


 

 …。

 

 ……。

 

 ………。

 

 もう朝か?と目が覚める。

 

 どういう訳か自分が目覚めたのは無機質なアクリル臭のする白い部屋であり、見知った自分の部屋ではない。ライトが眩しい。簡素なベッドに寝ている。

 

 (…?)

 

 手には硬質プラスチック製の白い手錠が掛けられている。足もそうだ。

 

 耳元に無機質な男の声でアナウンスが流れた。大きい声でも小さい声でもないその声は酷くハッキリとしていた。

 

 「おはよう№52こと湯川くん」

 

 なんだ?これ。

 

 「これが君のあったかもしれない人生だ」

 

 なんなんだ?

 

 「よく出来たAIシナリオライターが脚色している部分もあるが、コンピューターが計算した結果に一応基づいている」

 

 家は?学校は?…どうなった?

 

 「なかなか中年の君には懐かしい光景であったかもしれないが、今となっては過去の光景だ。ああ、まだ薬が効いていて頭がボウっとしているかな」

 

 花苗は?笹原は?それから告白してきた竹中ひかりは…?

 

 「薬で眠る90分前にはなかった感情が渦巻いていると思うが、これでいい。これから君の死刑を執行する。なに肉体的には全く苦しくはない、日本は人道的な国家であるからクスリで肉体だけは安楽に死刑を執行する」

 

 死刑?…なんで俺が死刑なんだ?

 

 「21世紀になってから君みたいに“死刑になりたいから凶悪犯罪をした、後悔はしない”という人間が増えたからね、我々が国民と一緒に考えた結果がこのドリームキャストシステムだ。多少の創作、…人によっては9割がた創作になる場合もあるが…人生の良い部分を認識した上で後悔して死んでもらうという言わば完全な魂の死刑だ。」

 

 やめろ!!

 

 やめてくれ!!

 

 俺は死にたくない!!!

 

 まだ明日になっていない!!!

 

 「気の毒かもしれないが、“死刑になりたい”という理由で15人も殺傷した君には心穏やかに死刑を受ける権利が剥奪されたのだ。…これが犯罪後続者を出さないもっとも確実な死刑執行なのだ…」

 

 思 い 出 し た…や め て く れ 。

 

 「…さあスイッチを押すよ、注射器が出て来る…」


 

 了


 (2017年4月筆・若干一部を改訂)



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