ある病弱少女が鬼と契約して小説を書き殴る話
時は大正。幸薄病弱少女と女鬼が出逢う。
しかし。少女は……物書き、だったのだ。
時代モノ、というか、ほんのり怪奇モノ風味。僅かばかりのガールズラブ?いや無いかな?
時は大正。
やんごとなき家の、広い、お屋敷。
淑やかな笑い声がするお屋敷から、か細い渡り廊下を通じた、離れ。
その、離れに。
ひとりきりの少女が、横たわっていた。
少女の印象は。ひとことで言えば、色白い。
長い黒髪は真っ直ぐ伸びているが、手入れをすることもなく、ぱさりと乾いている。
色白なのは、碌にここ、離れから出ないから。
色白というよりも、青白い。唇も赤みがなく白く。
生活には困らないし、放って置かれているが。ずっと、部屋で寝込んでいて。碌に動けない。
そんな彼女に。
近ごろ。少女雑誌への投稿で、「書く喜び」を見つけた。
そんな、ある夜のこと。満月の遠い、夜だった。
女の鬼が、やってきた。
ひとりでに開いた、襖から。ふっと入ってきた、黒い影。
少女に比べれば、その姿は、陰の気の色艶を纏った、大人の女だ。その、女鬼を。
……ひと目見て、ぞくっとした。
艶のある黒髪。真っ白い木綿の布を姉さん被りして隠し。
こめかみの上あたりから、両側それぞれ、2本の白い角。
しっとりとした、濃い紫の着物。
唇に、赤い紅。ぱちりと開く目は、見る者を惹きつける、妖艶な笑み。
「………あんた」
女鬼が、その、紅の唇を開く。
「あんたの、寿命。……このままだと。あと、4、5年だよ?」
か細い声で、少女が答える。
「………そう、なの?」
「……ええ」
布団に寝たままの少女の顔を覗き込み。女鬼が言う。
「そうねえ。あんたが一番大切にしてる、もの。そうねぇ……。そうだ。
書く、喜び。
…それと引き換えなら、長寿にしてやるよ」
微笑んでいた唇は、にいっと。
大きく歪んで、笑って。
「え、いらない」
「え」
結構、すっぱり、はっきり。
妖しい世界に引っ張り込まれそうな気配は、あっさり霧散した。
女鬼が少女に突っ込みだす。
心なしか、さっきより少女の声に、張りが出てきた。
「なんでよ。長寿、要らないの?」
「書く楽しみのないまま、生きる長寿なんて、要らないわ」
「はあ、」
「書くことは、今の私の、生きる意味なの。寧ろ……」
儚く脆い人形のようだった少女が、何かに抗うように、起き上がる。
「寧ろ、長寿の寿命と引き換えに、4〜5年、思う存分、書かせて」
青白い顔の、少女のその、目だけは。
……その目だけは、ぎらぎらと輝いて。
「それなら、鬼にでも何でも、この魂、くれてやる」
少女は、女鬼に言い切った。
眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をして女鬼が問う。
「…いいのかい?」
目を細めた女鬼に。少女が捲し立てた。
「だって。家族なんて、親なんて。同じ敷地にいながら、もう7年も会ってない。
そりゃ、最初は。褒められたい、とか、ありましたよ。これだけやって、認めてもらいたい、とか。甘えたい、とか。
でも。もう、7年も経つと。
もういっそ。このままずっと、構わないでくれ、その方が、邪魔されなくていいやーって感じで」
「…はあ」
「昔こそ、可愛がってくれた、ばあやとかいたけど!死んじゃったし!
後は、ころころ変わる御用聞きくらいで!
どうせ、関わる親しい人なんて、いないから!!」
力が出ないなりの体で。何処から出てくるんだそんな言葉という勢いで、散々、言い連ねた少女は。腹の底から湧き出でる声で、言い放つ。
「………私は!物語が!書きたいの!!!」
結局、約束は相なったようで。
幾つかの夜が巡ると。
ぎらぎらとした目で、ひたすらに書き殴る少女の姿があった。
「いいっ!すっごくいい!!さいっこう!!」
てっきり色気のある叫びかと思いきや、何のことはない。原稿用紙に、筆先を走らせている、ただ、それだけの事である。
「ああ、書きたい言葉が、台詞が、物語が!!次々と降ってくるっ!!この感じ!たまらないっ!!!」
いっそ、気持ちがいいくらい、勢いよく書き殴っている。
「書く手が追いつかないっ!でも、たっのしい!!筆先が紙を駆ける、この感じっ!
ああ、焦ったい!この頭から、話が溢れてしまう前に、書き写したいのにっ!!速さが!紙が!足りないっ!!!」
で。資料集めやら、原稿用紙が足りなくなって買いに走るやら、使いっ走りさせられる、女鬼。
「……まったく、鬼使い荒いわ。どっちが鬼なんだか」
はははと笑い。
……本当に死ぬのかな、こいつ。
あまりにも活き活きとした勢いに。呆れてため息を吐きつつ、それでも、楽しそうに眺める女鬼。
……こんなに輝きを放つ、魂は。
女鬼の紅い唇の端が、にい。と上がる。
……さぞや、美味しいのだろうねぇ。
小説になろう、初投稿です。
読んでいただき、ありがとうございました!