2・クレオ異世界に乙
「俺は……地井戸呉夫だ」
やっと目の焦点があってきた。
ふよふよと暗闇に浮かぶホタルの親玉の様な輝きに照らされながら。
エミュと名乗ったキリリと引き締まった輝く美貌の外国人女性は翠がかった銀の瞳で物憂げに俺を見つめている。
薄金色の髪をひっつめた美少年的雰囲気を纏った超美人?
男の娘じゃあるめーな?
派手な紋章のついた金属の鎧を纏った男装の麗人というやつなのか?
残念だがコスプレの元ネタがアニメなのかマンガなのか俺には見当はつかないが、超絶美形の外人さんがこういう格好するとバリやべぇ。
完全に銀幕の向こう側の住人だろうこれ。ぬれるわー。
「チートクレオ、異国の者だな?どうやってここまで入って来れたんだ?どこかに外に通じる抜け道があるのか?」
は?
という顔になったのは許してほしい。
「いや、俺はコンビニに行こうとして、地震が起きてエレベータから落ちて……」
必死にエミュに説明するが。
「あー、こんびにもえべれーたも理解はできんが……ああ、侯爵家のダンジョンに不法に侵入した件については不問にしてやるから心配するな。話が進まなくなるしな」
「侯爵家?ダンジョン?不法侵入?」
訳の分からんコスプレイヤーに訳の分からん設定で不法侵入の冤罪をふっかけられてる件。なにこれ、話噛み合わなすぎない?。
「まったく意味が分からないんだが」
正直な感想を漏らす。
「奇遇だな、私もだ」
あれれ。
エミュも何やら困り顔で溜め息をついた。
「埒が明かん、相互理解は後だ。直近の危険を回避する話をしようじゃないか、チートクレオ」
なんか発音しづらそうだな。
「その方が建設的だな、フルネームでなく呉夫と呼んでくれ」
「そうか、助かる。異国人の名は発音し辛い」
にこりと白い歯が光る、それだけで心臓がドキドキする。美形は得だな。
「いいかクレオ。私達は今、侯爵家の管理する資源ダンジョンの未踏エリアのどこかにいる。正確な位置は不明、帰り道も分からない。
お前も帰り道が分からないなら、二人共に生きて帰るには協力しあわなければならん。そう思わんか?」
突然そんなこと言われても。
「理解が追いつかないのは判る。が、いつこの部屋にモンスターが湧くのか判らんからな。
取りあえず先に装備を身に着けておけ、少しでも死亡確率を減らせ。一人より二人の方が生き延びるには有利だからな、お前には生きて居て貰わないと私が困る」
「装備?」
エミュが自らの背後を差し示す。
エミュの周りに浮いていた辺りを照らすビッグサイズホタルのような輝きがエミュの示す辺りに移動すると、そこににはやはり鋼の鎧を着込んだ兵士が一人仰向けに横たわっていた。胸には一本の剣が抱かれている。
「最後まで私を守ってくれた忠義の騎士だよ。死者は弔わねばならんが、今のお前の恰好ではモンスターが現れてもロクに戦えまい、その者の装備を外しお前が使え、少しはマシになるだろう」
……。
自分の服装を見下ろせばコートもジャケットもぼろぼろに破れている、表面は酸か何かで焼かれた様に爛れあちこちに穴が開いていた。
たしかにこの服装で何かと戦うのは無理だと思う。
ドッキリ番組の可能性は捨てきれないが、遺体は本物に見える。
セットも小物もリアルすぎるしとにかく仕掛けが壮大すぎる。無名の素人騙すのにここまで予算かけられないだろう。
地震の後に落ちたエレベーターホールの下がどこかの異世界ダンジョンに繋がっていました。なんて雑な導入、どこの素人ラノベなんだよ。
静かに横たわる若い男の顔はところどころ傷つき爛れてはいたが、どこか柔らかく笑みを浮かべた、全てを尽くしてやり切った顔をしていた。大切な物を守り抜いた男の顔だ。
肌感が『これはリアルだ』と告げてくる。
ここはエミュに言われた通りにして置いた方が無難かと思う。
傍らに置かれた金属のヘルムは彼のものなのだろう。蒼白い顔の首筋にそっと指を添えて脈を見る真似事をするが何も感じられない。
その場で手を合わせ哀悼の意を示した。
遺体を傷めない様にそっと装備している鎧の類を外していく。
黙々と作業を始めたクレオに手を貸しながらエミュがこれまでの顛末を語り始めた。
エミュは侯爵家所有の資源ダンジョンを探索するパーティの一員だったそうだ。
この世界でダンジョンは内部に湧くモンスターを倒して様々な資源を得る、一種の鉱山としての価値を持っているらしい。
貴族たちは自分の所有しているダンジョンを管理しそこから得た資源の売り上げを財源の一部として領地運営を行っているのだそうだ。
そのダンジョンの未踏破エリア探索中にエミュは転送トラップに引っかかってしまった。
機転の利く騎士が転送トラップ発動寸前のエミュにしがみつき、一人だけで転送される事だけは防げたものの。
二人の転送された先はボスモンスターの居るトラップ部屋だった。
今、俺とエミュが居るこの部屋のことだ。
力を合わせて戦ったものの攻撃が効きにくい肉厚の巨大スライム相手にたった二人では弱点である核にまでなかなかダメージが通らず大苦戦。
このままジリ貧が続けばいつか二人共に力尽きてしまうと、若き騎士はエミュに今生の別れを告げ、内部から直接核を攻撃する為に敢えてスライムに飛び込んで行った。
「その暫く後だ、巨大スライムがいきなり爆散し巨体がドロドロに溶け出した時には。『ルオハレートがやってくれた!』と思ったよ……」
エミュの声にどこか寂しさが漂う、かけがえの無い仲間だったんだろうな。
「スライムが液状になって流れ失せた後に倒れて居るのが二人だった時には驚いた」
結局、若き勇敢なる騎士ルオハレートはすでに事切れており。
何故ここに居るのかわからない異邦人の俺はまだ息があった。
「一応ヒールポーションを飲ませて回復させた、こちらの事情もあってやったことだから恩に着ろとは言わんが少しでも借りと感じてくれると助かる」
何とかやっとこさ胸当てと腕甲、脛あてを括り付けた。
これで多少は防御力が上がっただろうか。
それにしても脚長いなルオハレート。
軽く振ってみたルオハレートの長剣に振り回される俺を見たエミュは苦笑を浮かべながら。
「慣れるまで短剣の方がいいな」
持ち替えさせられた。
剣なんか生まれてこの方ふったことねぇよ。仮面ライダーグッズのおもちゃ以外は。..../1
「さてと、クレオの言った通り、落ちてきた時に尻で砕いたのがスライムの核なのだとしたら――――」
エミュは俺の語った奇想天外な話も受け入れることにしたらしい。
俺がエミュ達から見て別の世界の人間だと言う話だ。
疑心暗鬼はまるっと飲み込み、現状での目標達成の為に最大限の時間リソースを割り振る姿勢。
出来る女だなエミュ。
「――――少しはレベルが上がっているはずだ、モンスターとの戦いでは当てにさせてもらうぞ」
お、ついに来たか?
「ス、ステイタスオープンか?」
「何だそれは?」
レベルときたら『ステイタスオープン』だろうが!作者はファンタジーラノベの定石を知らないのかよ!
「いや、色々となスキルとかステイタスが数値化されてだな、レベル上昇で得たポイントを割り振って強化できたりと言う……」
「凄いな、お前にはそんな能力があるのか」
真剣な目で見るなよ。恥ずかしい。
「いや、ないんだが。エミュの世界では使えるのではと……」
「残念だが聞いたことは無いな。ダンジョンでモンスターを倒していくと何処かのタイミングで自分の中で何かの境界を越えたのが判る時がある。それを位階を越えるとかレベルが上がると表現するんだ」
それ、まんまレベルアップやないですか。
ステイタスオープンはできないけどレベルアップはアリということね。自分でスキルポイントを割り振ってスキルツリー育てたりするタイプではないと言うことか。
ちょっとハードモード寄りかも知れんなぁ。