16・夢一夜(ノーマルエンド)
目が覚めたのは昼前頃だろうか。思わず隣を弄った手は虚しくも空振り。
我を忘れるほどに愛したあの熱く柔らかき肢体は其処にはなかった。
ゆっくりと昨夜仕出かしてしまった事を反芻し暫し思いに耽る。
確かに異世界で骨を埋めるのも悪く無いかなとは考えていた。
けれど、ここまで覚悟していたかと問われればそんなことはなく。
最初はそういうこと専門のメイドさんだったのかもとも思ったけれど、褥に紅の染みを見つけてしまった瞬間に全身が総毛立った。
頭を抱えて溜息を吐く。
やっちまったなぁ⋯⋯。
彼女の名前すら聞いていない。何やってんだ俺。
「おはようございます」
もそもそと俺が起き出したのを察知したのかノックと共にメイドさんが入って来た。
昨夜の彼女で無いことにガッカリしている自分が居る、アホが。
テキパキと俺の身支度を整えてくれるメイドさんの目が『昨夜はお楽しみでしたね』と言っているようで怖い。完全な被害妄想な訳だが。
身を整え、向かった先は昨夜の食事会場。サバルス氏は昨夜からずっと其処に居たかのような姿でたたずんでいた。
「⋯⋯あの」
導かれるままに始めた朝食の最中に勇気を出しサバルス氏に訊ねた。
「昨夜の⋯⋯あの」
最初は何のことかと考えていたサバルス氏も思い当たったのか。
「ああ、たんぽの事ですか?慣れない者でありましたので何か不都合がございましたでしょうか?」
慣れないどころか初めてだったみたいなんですけど。
「いや⋯⋯そんな事は全く無くてですね、その⋯⋯彼女はこの後どうなるのか⋯⋯」
恐る恐る聞いてみた。
「ふむ⋯⋯特にどうなると言う事もございませんが⋯⋯」
噛み合わない、やはり貞操観念というものが違うのだろうか。
「子供が出来ていたら⋯⋯どうなりますか?」
其処が一番気になる。
「侯爵家への献身によって産まれた者ですから侯爵家にて大切に育てることになります。その者の出来にもよりますがその様な出自で侯爵家の家臣となられた方も何人か居られますね。
お客様より側室として母子共に身を請われる事もございますが」
「⋯⋯」
よし、決めた。
俺は朝食のオムレツをお替わりした。
◇
◇
マッシュが訪問して来たのは午後になってからだ。
「ゆっくり休んでくれたかな?クレオ」
どこかホッとした顔のマッシュ。やっぱり昨日は臭いがキツかったのかもしれない。
「ええ、充分に英気を養わせて貰いました、感謝します」
元の世界でこんなサービス受けたら一泊十万円どころじゃ済まないだろう。
「それは良かった。エミュが君に会いたがっていたがお祖父様の方の用件を済ませないうちはなかなかに難しそうだ」
「用件、ですか?」
「ああ、お祖父様は侯爵家の力を最大限に使って近隣の貴族王族に孫娘の救援作戦への協力を要請したんだ。有力な探索者達が数十組集まり異例の早さでダンジョンの攻略が進められた」
あー、それだけエミュが可愛いって事だな。
「基本身内にしか明かさないダンジョンの情報を公開してね、探索で得たドロップアイテムの権利も無条件で渡した。
今はエミュを連れて探索者を都合してくれた貴族家へのお礼行脚の予定を立てている」
こちらの貴族世界のしきたりはよくわからないけど、借りたものは返さないとならないし礼も尽くさなければならないのだそうだ。今はエミュを含めてそちらの方へ全力投球中なのだそうで。
「済まないがクレオには侯爵家が落ち着くまで待って貰う事になる」
申し訳なさそうに言い、ティーカップを傾けた。
「それは構わない、が、ただ待っているというのも所在がない。一つお願いしたい事があるんだ」
「ほう、何だい?クレオ」
「何か侯爵家の役に立つ仕事がしたい。そしてそれに見合う報酬をお願いしたい」
マッシュは一口茶を含んだ。
「働いて報酬を得て、何をしようと言うんだい? 君の生活は食客として侯爵家が保証するよ」
「それはありがたい申し出だけれど、此方で家庭を持つとなればただ面倒を見てもらうと言う訳には行かないだろう?」
俺は昨夜の出来事を話し、男として責任を全うしたいと伝えた。
もの珍しそうな物を見るような表情で見つめられた。
「⋯⋯男の責任とはなかなかに生真面目だな。確かに侯爵家に取って大切な客人には夜伽を出す事も有るが、本人に相応の報酬を約束し納得したうえでの事だよ。饗応された君が其処まで気にかけるとは中々に興味深い」
「まぁ、俺のいた所ではそういう物だったんだ。少なくとも俺の周りではね」
マッシュは暫くの間を置き、こう切り出した。
「うん、君の意向は分かった。意に沿うかどうかは分からないが少し頼みたいことがある、それに対して報酬を払うというのはどうだろう?」
おお、流石に話が早い。
「出来ることなら何でもやるぞ」
雑用なら任せてくれ、こちらにはパソコンは無さそうだけど。計算機のドロップ品とかあれば簡単な経理位は出来る。
「多分君にはそんなに負担にはならないと思う、サバルス、クレオ殿の外出の支度を整えてくれ」
「承知致しました」
応接間の入り口に控えて居たサバルス氏が一礼した。
◇
◇
再び馬車に乗り揺られること数十分。
マッシュと共に降りたのはこれまたデカい建物の前だった。
「伯爵家の倉庫だ、ダンジョンからのドロップ品を保管して居る」
簡単に説明してマッシュはさっさと歩き出した。
今日は文官らしき軽装の部下が二人お付きのようだ。
入り口を守る兵士がマッシュに対して軍人の礼を捧げ観音開きの巨大な扉を左右に開いて行く。
『ウィル・オー・ウィスプ』
トリガーワードを唱え灯りを従えながらマッシュは進んでいく。
流石に倉庫なだけあって明かり取りは必要最小限しか付いておらず薄暗い。
「ここは私が管理して居るが侯爵家のダンジョンでドロップした品物の中には使途の不明な物もあってな、君ならばその使い方が判るものがあるのでないかと思うんだ」
確かに巨大倉庫の中に置かれた棚や机の上にはところ狭しと様々なアイテムが置かれていた。
「このアイテムの使い方を説明すればいいのか?」
手近な所に置いてあった金属棒を取りそれを割り広げて見せた。
「これは″コンパス″と言う円を描く為の道具だ」
「ほう″こんぱす″というものなのか、どうやって使うのだ?」
マッシュの問かけと同時に、裏で控えて居た文官が大学ノートを開きペンで何かを記入し始めた。
「そうだな、鉛筆の芯があれば此処の穴に入れて実演出来るんだけどな」
残念ながら円を描く為の鉛筆芯が失われていた。
なるほど、一部が欠品している事で使い方が分からなくなっている物も有るのか。
「こっちの紙パックの中身は牛乳という飲み物だが、多分もう中身は腐っていると思う」
「ほう、牛の乳か。確かに牛や羊の乳を採って飲む地方もあるな⋯⋯その横の薄布の出る箱は何なのだろう?」
「箱ティッシュだな、でてくるのは布でなくて紙だ、鼻をかむのが主目的のものだ」
「そうだったのか⋯⋯」
「こっちは⋯⋯」
「⋯⋯」
◇
◇
◇
こうして俺は侯爵家でダンジョンドロップ品の鑑定士と言う仕事を担う様になった。
もちろんこちらの世界では唯一無二の仕事の為報酬も破格だ。
ダンジョン探索者としてダンジョン攻略のヒントが読める特殊能力も買われ、ダンジョンの攻略隊のうち一隊を任され数多くのドロップ品も持ち帰り侯爵家に莫大な利益をもたらした。
国王や侯爵家に連なる派閥のダンジョン攻略やドロップ品鑑定に駆り出されたり王国の学術院に駆り出され数多くの本の翻訳を行い『王国の異世界学は千年分進んだ』とも言われ国王との謁見も行った。
最終的には男爵位を賜り異世界貴族として家を立てることになった。
メイドのマリエッタも最初は断られたものの最終的にはプロポーズを了承。子供も生まれこちらの世界で骨を埋める決意も固まった。
エミュとも再会し一緒に探索もしたりした。
何故かイーザステラとの婚約を解消し遠くの伯爵家の後妻に収まったらしい。
あの時探索に協力してくれた辺境の伯爵家でどうしてもとエミュを望まれ断りきれなかったのだそうだ。
マリエッタとのことがなければもしかしたら⋯⋯とも思うけれど縁がなかったのだと思うしかない。
多分俺は元の世界に居ても結婚すらおぼつかず、ただの人としてダラダラとうだつの上がらない人生を送っただけだったと思う。
そう考えるとあの夜に地震でこの世界へ送られたのは俺にとっての最高のクリスマスプレゼントだったのだ。




