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~粋がってんじゃねぇぞ~

 金田専門店の奥にある倉庫には、原田兄弟の呼びかけに人が集まり始めていた。

「よぉ、原田兄弟。今日は一体何の集会だい?」

 無精髭を顎下に蓄え、白い無地のTシャツに黒いジーパン、体格のがっしりとして暑苦しい人が三名やって来て、原田兄弟と熱く握手を交わした。

「どうも、バイソンさん」

 大正が握手を交わすと森谷に席に案内され、指定された席に腰を降ろし、腹が大きくなった牝牛についてバイソン達は語り合っていた。

「原田総指揮殿!本日、会合があるとの連絡を受け、馳せ参じた次第でございます」

「おぅ、ご苦労さん・・スパイダー」

 迷彩服を身に纏い、正義の前で敬礼をするスパイダー達に、正義も敬礼で返し、指定された席にスパイダーも腰を降ろした。他にもチームが続々と集まり始め、雑談で盛り上がりを見せる中、大正が大きく、手を鳴らした。

「皆さん、お忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。早速ですが、話に入りたいと思います。白薔薇の本部から、今日の午後、連絡を受け、早急に手を打たねばと思い、今回の会合を計画しました」

「ほぉ、親から子への業務連絡か、どんな内容だったんだ?」

 冗談半分で尋ねるバイソンだが「足軽が、この村に入ったとの連絡を受けました」との大正の言葉に、雑談交じりで聞いていた全員の口が止まった。

「おぃおぃ、なんで傭兵部隊が、この村に来るんだよ」

「わかりません。ですが、事実です。先ほど、ブレーキから、山道で足軽と思われるカイボーと接触したと連絡を受けました。モデルはWARR武人。足軽が好んで使う機体、そして、商談を持ちかけられたと言っていました。商談内容は、爆弾ゲーム。賭け商品は、各チームのカイボー一体です」

 大正の商談内容の説明に「恐れながら申し上げます」と手を上げてスパイダーの一人が立ち上がった。

「足軽は、請負の部隊です。誰かが雇わなければ活動を起こしたりしません」

「誰かが雇い、ブレーキに襲いかかったって話だろ。兵隊が傭兵を雇う事だってあるんだろ?」

 バイソンの一人が腕を組みながら、その発言者を挑発するような態度で言い放ち、その言葉にスパイダーは顔を濁らせた。

「恐れながら、家畜の牛は、人に飼われる身。どちらが雇っているのか、理解できませんな」

 一触即発のムードに大正が「とにかく!」と声を張り上げた。

「ここにいるメンバーは、俺達が信頼できると思ったメンバーしか呼んではいない。弄月の均衡を崩し、この村に新たな芽が生えようとしている」

 大正が、そのチームの名を言おうとしたその時、倉庫の扉が開き、春先の季節を感じさせない黒いランニングシャツ姿で、狛犬が登場した。

「おぅおぅ、相変わらず、家畜と兵隊気取りは、喚いてばっかりで進展が無いな」

 倉庫の中に勝手に上がり込む狛犬を見て、バイソンは席から立ち上がり、原田兄弟を睨みつける。

「おぃ、原田兄弟。こいつは隣町の奴だろ!何故呼んだ」

 声を荒げ、狛犬の来訪を歓迎しないバイソンだが、その横では迷彩服に身を包んだスパイダーの一人が、小さな声で感心して言った。

「なるほど、足軽の内部に詳しい元足軽を会合に呼び出した訳ですか・・」

 スパイダーの言葉に、バイソンの一人が席にふんぞり返りながら鼻で笑った。

「フン、その元犬のお陰で、この村は足軽の拠点にされた事があるんだぞ」

 バイソンの反感を狛犬は嘲笑った。

「だったら、その足軽と対抗する白薔薇の拠点を、この倉庫に使っていた原田兄弟だって同罪だろ。それに、俺は原田兄弟と同様、独立を目指し足場を形成するために足軽を利用しただけだ。今は奴等と関係は築いていない」

「おぃ、狛犬。その独立を目指している最中に、原田兄弟の倉庫や俺達を襲い、東山を荒らした事を忘れたとは言わせねぇぞ」

「牛がモゥモゥと喚くな。噛み殺すぞ」

 狛犬の後ろに立つ双子が、バイソンの方を見て親指を下に降ろし、バイソンは鋭い目つきで狛犬を睨み返した。

 険悪なムードを漂わせる中、一つの空いた席が、勢いよく蹴飛ばされ、全員がそっちに目をやった。


 折り畳みの椅子を蹴飛ばしたのは正義で、一向に進まない話し合いに「いい加減にしろよ。お前等」と最年少の正義が、ここにいる人達を黙らせた。静かになった倉庫で正義は席に着き、大正が口を開いた。

「今回の会合は、俺達が開いた。これ以上、邪魔をする奴等は退室を願う・・・。結論から言うと、狛犬や俺達のように、足場を固めようと強引に俺達を黙らせようとしている奴がいる。そのチームを俺達が、どのように歓迎するかが、今回の話し合いだ。そして、そのチームは、弄月高校カイボー部だ」

 新しいチームの名前に全員がざわつき出し、さっきから席に座ったまま大人しかった桜田に注目が集まり出し、大正の合図で森谷は照明を落とし、映像を映し出した。

 三枚の写真が映し出され、席に座っていた桜田が立ち上がり、映像の前に立った。

「まず、弄月高校カイボー部でこんな絵を描けるのは、この三人だ。二年の斑目晴信と斑目一角。別に兄弟って訳じゃないんだけど、声帯も似てる訳だし、冗談混じりで檜山(かいやま)コンビって私は言っている。おそらく、足軽と連絡を取ったのは一年の池助平、通称、狐。原田兄弟と同様、中立の立場を利用して大量の情報網を持っている」

 桜田の説明が終わり、席に大人しく腰を下ろしたバイソンが大正に話しかけた。

「大将。今回、白薔薇からの増援の数は?」

 バイソンの言葉に、大正は肩をすくめ「言っておかないと駄目だな」と口を開いた。

「希望する人数以上に、俺達のチームに新しいメンバーが加わった時点で、俺達は白薔薇から抜けた。だから、増援は無い。俺達が白薔薇から抜けた事を知って、向こうも動いたのかもしれない」

 その後、狛犬が足軽についての説明に全員が耳を傾け、話し合いは終盤に差し掛かり、爆弾ゲームに参加するメンバーは、原田兄弟、バイソン、スパイダー、狛犬を主力とし、控えに参加していた数チームが名乗りを上げた。


 そんな中、再び倉庫の扉が開き、巨人が二名、倉庫の中に入ってきた。

「あれ?もぅ終わってる頃合いだと思ってたんだけどな」

 体中に人工筋肉の返り血を浴びた藤田と、両足に自分の人工筋肉の残骸が、へばり付いた美弥が、やってきた。藤田の登場に狛犬が、喜びの声を上げた。

「よぉ、ブレーキ。おめぇ、久しぶりに戦ったらしいじゃねぇか。その話、聞かせろよ」

「あぁ、ごめん。その前にシャワー浴びてくる。体中にジェルが、へばり付いてて、気持ち悪いんだよ」

 藤田は、全員が会合を開く倉庫を横切り、居間の前で靴を脱ぐと、家の奥へと消えて、藤田の後を追い、靴を脱ごうとする美弥は、バランスを崩し、その場に腰をついた。

「いてっ・・・。あぁ、これで三回目だ」

 尻餅をつき痛がる美弥の周りには、目を光らせる見知らぬオジサンたちが群がり、我先にと口を開いた。

「おぃ、嬢ちゃん。ブレーキの戦いを見たんだろ。どんな感じだった」

「是非、お聞かせ願いたい。金城正志の息子の動きは、如何程のものだったのか」

 無精髭を生やしたオジサンと、迷彩服を着て自衛隊のような格好した人に質問攻めにされ、「えっ?えっ?」としか、答えられない美弥の間に桜田が割って入った。

「ほらっ、離れろ!こいつは、まだ純心(うぶ)なんだ。お前らみたいな、万年発情期が寄ってたかるんじゃねぇ」

 半径3m以上離れろと、オジサン共に言い放ち、救いだした桜田だが、助かったとため息を漏らす美弥の両肩を鷲掴みにし「どんな感じだったか言え」と怯える美弥に答えるよう命令した。

 必死に藤田と足軽の戦いを思い出す美弥だが、暗闇の中、繰り広げられた戦いで、ろくに目を開いてなかった事で曖昧な記憶しか残っていなかった。

「えっと・・・動きが早すぎて、わからなかった」

 そんな美弥の説明に全員が納得して、顔を縦に振り、適当に答えた美弥は、こんなもんで良かったのか?と疑問に思っていた。

「へぇ、浩が戦ったのか。珍しい事もあるもんだ」

 藤田が足軽を相手に戦った事を珍しがる大正だが、そんな兄貴の反応に「いやいや」と弟が手を横に振った。

「馬鹿兄貴が、あいつだって男だぞ。女の前で逃げ腰になるかよ」

 弟の言葉に「いや、そうだけどよ・・」と口籠る大正。そして、美弥は周りの反応を不思議に思い、感心する桜田に話しかけた。

「ねぇ、そんなに浩が戦う所って珍しいの?」

「珍しいって言うか、浩が戦っている所を誰も見た事が無いんだよ。唯一、見た事があるって言ったら、原田兄弟ぐらいだ」

 桜田の答えに感心する美弥だが、狛犬の後ろに隠れる双子がずっと睨みつけている事に気付き、見つめ返すが、双子は見つめ返す美弥に、舌を出し、狛犬の後ろに隠れた。見ず知らずの双子に、舌を出され、嫌われた美弥の心は傷つき、自分の足についた人工筋肉を洗い流すと言い残し、居間の方へと向かった。


 藤田の登場で、会合は終了し、倉庫では各チームが解散し始め、反対側の店の前では、抜け落ちた髪をタオルで隠す浩嗣が、店のシャッターを降ろそうとしていた。

 そんな浩嗣の前に、思わぬ来訪者が現れ、後ろから話しかけた。

「相変わらず、こんな店を続けているのか」

 後ろから聞き覚えのある声に話しかけられ、浩嗣が後ろを振り返ると、紺のスーツに身を包み、整った髪を左右に分け、デザイン眼鏡を掛けた田村義彦が後ろに立っていた。

「義彦・・・か?」

 しばらく顔を見ていなかった旧友に、本人確認をする浩嗣の問い掛けに、義彦は答える事はなかった。

「娘の帰りが遅くてね。まさかとは思うが、ここにいるってことは無いだろうな?」

「おおぉ、やっぱり義彦か、しばらくだな」

 近寄ろうとする浩嗣の前に手を出し、義彦は近づくなとサインを出した。

「ヒロ・・・お前は、何を考えている。自分の息子と、マサの息子にカイボーをやらせるだなんて・・挙句に俺の娘までたぶらかせやがって」

 義彦の態度に、浩嗣は顔を曇らせ言葉が詰まった。

「・・・懐かしいな。そんな呼び名で俺達を呼ぶなんて」

「答えろ!お前は、親友だけでなく、その息子と自分の息子まで失うつもりか!」

 店の外が騒がしい事に気が付き、風呂上がりの藤田が店の外に出た。店の外に出て来た藤田と義彦の目が合い、義彦は口を開いた。

「君が、マサの息子か、確かに体格といい面影はある・・・いや、その鋭い目つきは、母親の桃花に似ているな」

 見ず知らずの人に、突然、自分の顔が親のどの部分に似ているかと、図々しく指摘され、ムッとする藤田は、横にいるオジサンに話しかけた。

「オジサン、この人は?」

「美弥ちゃんの父親だ」

「田村の?」

 二人の会話を聞き、義彦はここに娘がいると確信し、口を開いた。

「やはり、ここにいるんだな。連れて帰らせてもらうぞ」

 美弥の父親が、店に向かい歩き出すのを見て、思わず藤田が前に立ちはだかった。

 立ちはだかる藤田を見上げる父親を見て、藤田は何故、立ちはだかったのか首を傾げた。

「何のつもりだ?」

「いや・・なんとなく。・・・ただ、ここで止めないと駄目な気がして」

「父親を失ったお前が、何故、カイボーを続ける。そこで俺を止めようとせず、栄光に縋り続ける浩嗣に唆されたのか?」

「俺の親父もオジサンも、関係無い。俺達は、自分の思いでカイボーを続けている。それに田村だって同じだ。あんたが反対しようが、あいつは、きっと続けるぜ」

「だとしても、俺には娘を止める義務がある」

 義彦は、見上げるほどの藤田に伝えると、浩嗣の方に目をやった。

「ヒロ・・。お前は何故、息子達を止めない?いつまでも大人になれない餓鬼でもあるまい、いい加減、大人になれ」

 ちょうど義彦が、その言葉を浩嗣に言い放った時、店の中から顔を真っ赤にし、Tシャツの背中に書かれた『粋がってんじゃねぇぞ!』の刺繍を見せながら、美弥が店の前に立つ藤田に気が付き、やってきた。

「浩!何この背中のマーク。これ、私知らないで老人ホームに・・」

 美弥が登場するのと同時に、歯を強く噛みしめていた浩嗣が、口を開き、その言葉に、美弥の声はかき消された。

「大人になりきれていないのは、どっちだ。眞美の死から立ち直れていないのはどっちだ・・」

 吐き捨てるかのように言い放った言葉は、義彦に突き刺さり、店前に立つ高校生二人にも重く圧し掛かってくる。

「お前達二人は、いつもそうだ。餓鬼の頃から、余計なお節介を掛けまくって・・・その挙句、マサに関しちゃ、死ぬ間際に、眞美まで連れて行きやがった」

 睨み合う二人と、心の傷付く言葉が飛び交う場所に、やって来てしまった美弥は「何?」としか言えず、怖さのあまり、佇む藤田の袖を掴む事しか出来なかった。

「お前が、最終メンテナンスを、しっかりとやって置けば、マサも眞美も死なずに済んだ!二人とも、ヒロ、お前が殺したようなもんだ!」

「違う、俺はミスなんかしちゃいない。・・・けど、正志が死んで、もしかしたら俺に非があったのかもしれない。だが、眞美に関しちゃ、俺は無関係だ。変な言いがかりはするな!」


「二人とも、その辺にしておきな」

 いがみ合う二人の言い争いに割って入ってきたのは、騒ぎを聞きつけた狛犬だった。

「二人はそのまま、いがみ続けようが構わないが、あんた等の息子娘が、あまりにも悲惨だ」

 ニヤつきながら、二人に近寄る狛犬の言葉に、二人は店前に立つ、自分達の子供達に目をやると、娘は今にも泣き崩れそうな表情を浮かべ、必死に藤田の袖を掴み立っていた。そして、その藤田の目は、我に返る父親達を蔑むような目で睨みつけていた。

 狛犬の仲裁によって口を開くタイミングを見出し、口を開いた。

「情けねぇ、失った者同士、失った原因の責任転嫁かよ。・・・・餓鬼の俺から見たら、二人とも、薄汚い大人だよ」

 冷たく言い放つ藤田の言葉に、上昇していた体温が急激に下がり始める浩嗣と義彦。そして、藤田の言葉にニヤついていた顔が、笑い声を上げた。

「ハッハッハッハッ・・。こりゃいい、息子と娘に諭される父親ってのも、案外、見物だ!」

 静まり返る場所で、場違いにも大声で笑う狛犬は、笑うのを止め、藤田に近づき、藤田の肩を叩いた。

「狛犬、ありがとう。止めてくれなきゃ、マジで切れてた」

 すでに怒りを爆発させている藤田だが、狛犬は、あえてそこには触れなかった。

「明日からの合同練習、楽しみにしてる」

 狛犬は、藤田の耳元で呟くと、双子が後部座席に座る車に乗り込み、立ち去った。

 珍客も立ち去り、取り残された四人だが、義彦は浩嗣に目を合わせる事無く、娘に「帰るぞ」と呟くが、父親の言葉に娘は首を横に振った。

「いや・・・帰らない」

 今にも崩れそうな顔で、首を横に振る娘に、父親は心を痛めながらも、息を深く吐き出し、その感情を押し殺した。

「何を言っている。そこらで野宿でもするつもりか」

 無理にでも連れて帰らせようと、父親は娘に近づこうとするが、その前に大きな壁が立ちはだかった。

「・・・また、なんとなくって理由なら、そこから退けろ」

「いや、お互い、気持を整える時間が必要だろ。野宿は、させないから安心しな」

 藤田の言葉に、義彦は思い悩み「明日には帰って来い」と娘に言い聞かせ、店の前からゆっくりと去って行った。立ち去る父親の寂しそうな背中に、娘は『粋がってんじゃねぇぞ!』Tシャツを投げつけ、店の奥へと入って行った。



 赤と白のカイボーが並べられた倉庫の横に小さな階段があり、階段の先にはスーパーハウスが一つ置かれ、美弥はそこに籠ったまま、一向に出てくる気配はなかった。

「あそこ、俺の部屋なんだけどな・・・」

「まぁ、いいじゃねぇか。どうせ、ヒロが俺の部屋に来て、破壊神にあそこ使わせようって寸法だったんだろ?」

 見上げる藤田と正義は、そんな会話をしながら、敵陣に乗り込もうとする桜田を見守っていた。

「桜田~。相手は、かの有名な破壊神だ。気をつけろよ~」

 冗談半分で手を振る正義に、桜田は胸に抱えていたピンクの豹の人形を投げつけ、見事に顔で受け止めた正義は、その場に倒れた。

「マサ・・・。相手は、かの有名な破壊神とピンクパンサーだぞ。気をつけなくちゃいけなかったのは、マサだったらしいな」

 顔にくっ付く人形をどかしながら、藤田の言葉に「二人共、ただの女の子さ」と付け加え、そんな二人を他所に、桜田は、部屋へと入っていた。


 スーパーハウスの中には、勉強机と、カイボーに関する本が並べられ、その横に、シングルベットと、美弥が寝転がっていた。

 入ってきた桜田に気付き、美弥はベットから起き上がると中学の卒業アルバムを見せつけてきた。

「小麦ちゃん、見て、エロ本見つけた」

「いや、どう見ても違うだろ」

 桜田の指摘に、美弥は「まぁそうだけどさ」と力無く答え、突きつけていたアルバムを降ろした。

「普通、男の子なら、一冊ぐらいあってもいいと思うんだけど・・」

「普通、男の部屋に入ってエロ本を探す女子は、まず絶対にいない」

 続かない会話が、何度か繰り返されていく間に、美弥が話を変えた。

「ごめんね。明日になったら、いつも通りに戻ってるから。みんな心配してた?大丈夫だよ。私、一日寝たら元気になるから」

 頭を掻きながら言った言葉に、桜田は「粋がんなよ」と小さく答え、美弥は髪を掻き乱すのを止めた。

「辛かったら、吐き出せばいいじゃねぇか。思い詰まったら、悩む前に誰かに、話せばいいじゃねぇか・・・お、俺はてっきり、お前とは、そういう仲だと思ってたんだけどな」

 後半部分を、かなり照れながら呟く桜田に、美弥の心が疼き「小麦ちゃ~ん」と叫びながら、飛び付き、突然の行動に桜田は悲鳴を上げた。


 倉庫でカイボーのメンテナンスを続ける藤田は、自分の部屋が大きく揺れ動いた事に驚き、横にいる正義は「あいつ等、大丈夫か?」と読んでもいないファッション雑誌を持ちながら呟いた。

「私ね、知ってたんだ。お父さんが、書きたくもない記事を書かされてた事ぐらい・・・」

 突然、襲われそうになり、部屋の隅で毛を逆立てる桜田に、美弥は膝を付き、顔を下に向けながら口を開いた。

「金城正志とそのチームを擁護するような記事を提出したら、そんな記事、今の読者は必要としていないって突き返されたことぐらい。・・・でも、批判するような記事を書いてるのを見て、まるで、お母さんの仕返しをしているように見えたの。そしたら、オジサンの前で私が勘違いだって思おうとしていた事を、お父さんが言ったの。そしたら、私」

 長い髪で隠れた顔からは、涙が流れているように見えた。

「あぁ、私、今まで何を勘違いしてたんだろうって、力が抜けちゃって・・」

 逆立っていた毛も、次第に落ち着きを取り戻し始め、そんな桜田の目の前で、美弥は握った拳で流れていた涙を拭い、深く息を吸って思いっきり吐いた。

「まぁ、私も浩にお母さんの事で、酷い事言ったけどねっ」

 勢いよく顔を持ち上げると、流れていた涙も止まり「スッキリした」と言い、美弥は部屋の隅にいる桜田に指さした。

「はい、次、小麦ちゃんの番!」

「はぁ?・・・俺?」

 突然の指名に、自分を指さし美弥に尋ねるが「そぅそぅ」と首を縦に振られて、何を話せばいいのか戸惑っていた。

「もぅ・・きっと、みんな気付いてるよ。小麦ちゃん、最近元気が無いって、特に私と小麦ちゃんは、そういう関係なんだから」

 指を小刻みに揺らし、目を光らせる美弥に、思わず身構え「そんな関係を築いた覚えはない!」と言いながらも、見抜かれていた事に肩を落としながら桜田は、口を開いた。

「俺は・・・お前のメンテナンスをやるって浩に言ってたんだ。・・でも、あの野郎、田村のカイボーを買うついでに、俺のカイボーも買おうか?って、聞いてきたんだ」

「えっ?だって、小麦ちゃんには、自分のカイボーが・・」

「あのカイボーは、部活の金で買ったんだ。引退しちまえば、あれは俺の相棒じゃなくなる。一年以上、あいつと一緒に走ってきた。新しい相棒なんか、作りたくもない。だから、お前のメンテナンスに志願したっていうのに、浩の奴、今度の商談で、パンサーを奪い返すって言い始めやがった」

「そうなの?」

 美弥の言葉に「そうだよ」と答え、話を続けようとする桜田の手を取り、美弥が先に口を開いた。

「私、頑張る。小麦ちゃんのカイボー奪い取ろう。そしたら、私と一緒に走れるでしょ。私、小麦ちゃんと一緒に走りたい」

 目を輝かせる美弥の顔に思わず見惚れるが、すぐに手を放した。

「ば、馬鹿じゃねぇの。もし、負けたら逆にカイボーが取られちまうんだぞ!走るどころの話じゃなくなるんだぞ」

「大丈夫だよ。浩がいるし、それに正義や大正さんだっている」

 断言する美弥は、桜田に親指を立てて突き出し「問題(モウマン)(タイ)」と言った。何を根拠に言っているのか、わからないが、そんな美弥の言葉に、思わず笑みをこぼし、その笑みを見た途端、美弥の目が光り、再び飛びかかった。

 再びスーパーハウスが、大きく揺れ動き「俺の部屋、壊れないだろうな」と藤田が呟き、正義は、桜田の悲鳴を聞き合掌をしていた。


 しばらく静かになったスーパーハウスに繋がる階段を、帰って来たばかりの津村が上ろうとしていた。

「頑張れ、津村。お前にしか頼めないんだ。どんな状況になっているか、確かめてくれ」

 正義の言葉に、軽くため息を付きながら、津村は階段を上り、ゆっくりと扉を開き中の様子を窺うと、照明の落とされた部屋で美弥と桜田は藤田のベットの上でご就寝になっていた。

「ねぇ、本当に私を呼んだ意味って何?」

 予想通りの結果に、津村は少々ご立腹のようで、階段の下では部屋の中が予想通りの結果に胸を撫で下ろしていた。

「くそっ、心配掛けさせやがって。俺の就寝時間を返せ」

 胸を撫で下ろしながらも、何故こんな夜遅くまで、起きていたのかわからなくなった正義が、腹を立てる中、藤田は、津村を送って行くと言うが、津村はそれを拒否した。

「いや、いいわ・・私も浩の部屋で寝る。もぅ疲れたもん」

「おぅ、そうか・・布団の場所、わかるだろ?」

「うん、大丈夫。じゃ、おやすみ」

 津村は、階段下にいる正義と藤田に、伝えると部屋に入って行き、下に残された二人は、正義の部屋へと向かった。



 最初は、我慢しようと思っていた。いびきを掻こうが、歯ぎしりが聞こえようが、だが、殴るのは、止してくれ・・・。

 ボロボロになった藤田は、いびきを掻く正義の部屋から布団を持ち出し、薄暗い中、急な階段を下り、居間にやって来ると、ちょうど倉庫から、布団を持ち、乱れた髪をそのまま放置した津村が居間に上がって来ていた。互いに、目が合い「お互い苦労するな」と藤田が言うと、苦笑いしながら頷いた。

 次の日、一人暮らしをする大正と森谷が、居間に寝る大きな男性と小さな女性を見て、悲鳴を上げる所から始まり、大家族となった原田家の朝食では、どっちが悲惨だったかを藤田と津村が激論し、いくつ痣が出来たかを公開して、痣を作った張本人達は、その光景を見て『嘲』笑っていた。





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