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第二章 発足 ~どうだっていいじゃん~

 


 金城正志。今から5年前まで時の人として、熱く語られ、世界的にも名を馳せた男。カイボーの『何でもあり徒競走』の世界タイトルを総なめにし、数多くの大会で連勝記録と世界記録は未だに破られていない。そんなカリスマ性と明るい性格から、ちょくちょくテレビにも出演し、多くのファンが魅了されていた。

 だが、世界マシリンピックの決勝戦で、ある事故が起きた。トンネル内で突如、彼の乗ったカイボーが爆発。事後調査の結果、国際規定の安全レベルよりも著しく低下したカイボーに乗っていたことが判明。国際競技連盟は、彼の死を労わりながらも遺憾の意を表明し、日本もそれに応えた。日本カイボー競技連盟は、彼の国際ライセンスを剥奪し、彼のチームを迫害した。

 数年間の国際競技への出場を停止され、解禁となった今でも、日本から出場するカイボーの選手は一人もいなかった。




『月から舞い降りたから、アンビリカルケーブルが無いって?僕には、ちゃんと付いてるよ。下の方に・・・』

『あ、あんた、バカぁ?』

 深夜に再放送しているヱヴァンガリオンというアニメで、男好きの使途が半裸状態で、ツンデレヒロインに対し下ネタを言い放ち、思いっきりグーで殴られるシーンを、風呂上りに歯を磨き、父親が独自に調査したマシリンピックの報告書をチラチラと見ながら美弥は、目にして苦笑いをしていた。

(子供の頃、こんな物をよくわからないで、夕方に見て喜んでたのか、私・・・)

 そう思いながら、美弥は硬直し口からは、歯磨き粉が垂れていた。

『き、君は、何か誤解をしているようだ。・・僕は、掘るよりも硯君に掘られる方が・・』

 グーで殴られた鼻を抑えながら、白銀の髪を靡かせる使徒は、赤茶色い髪を靡かせるツンデレに今度は無言で蹴り飛ばされた。

 夕方に過激な暴力シーンが多い事で問題となり、最終話はまさかの放送延期、楽しみに待っていた人達の前に出て来たのは、湖に浮かぶ船と優雅に流れるBGMは、今でも鮮明に思い出せる。

 濡れた髪を後ろでまとめ上げた美弥は、弐号機に乗り込んだツンデレが、ヤンデレへと変貌し、自殺願望を匂わせる第17使徒のカヱル君を握りつぶそうとするシーンの前にテレビの電源を落とした。

 自分以外に誰もいない居間で、深夜の時間帯をさす時計を見て「寝よ」と呟き、居間に、父親のまとめた報告書を散らかしたまま、自分の部屋へと向かった。



 とある大家族では、津村と愉快な兄弟達が、朝から大はしゃぎになっていた。

「ねぇ、私の下着、無いんだけど!」

 長女の翠が次女にそう叫び、次女は自分が履いている下着を確認し、間違えていた事に気付き、愛想笑いをして見せ、長女は仕方なく、次女の箪笥を引っかき回し、長男に朝飯をパスすると報告して、泣き出す六女をちょっとだけあやして、家を飛び出した。


 一方、寝坊で思うように頭が働かない正義の口に食パンを押し込み、立てつけの悪い扉を蹴破り、学校へと向かい飛び出す藤田と正義。

「マサ!さっさとしろ、遅刻するぞ」

「何だよ・・・今日は日曜日だぜ~」

「今日は月曜だ!」


 一両編成の電車に揺られ、青い海を眺めながら高校生が、押し込められた電車の中で席に座り、欠伸をかく美弥は、寝不足の体を思いっきり伸ばし、両サイドに座る男子生徒の顔を思いっきり叩いてしまった。

「あっ・・ごめんなさい」

「いえいえいえ、俺等がこんな所に座ってるから悪いんです。どうも、すみませんでした!」

 高校新聞のお陰で、かなりの有名人になってしまった事にため息を漏らす美弥に、両サイドに座る男子生徒は、完全に強張っている事に、また更にため息を漏らした。



 弄月高校に入学して早々、破壊神と言う名が知れ渡り、カイボー部に無理やり入部させられそうになり、小さな村の小さな山で、とあるイベントに参加してから、土日を挟んで月曜日がやってきた。

 チャイムが鳴るギリギリに滑り込んできた正義と藤田の手には、高校新聞が握られ、その内容をすでに知ってしまっている美弥は、机に突っ伏したまま動かず、そんな美弥を津村が励ましていた。

「私・・・違うもん、こんなんじゃないし・・・」

「だ、大丈夫だって、美弥・・・こんなの全部出まかせなんだから」

 w・村長の態度に、二人は新聞を広げると、そこには涙を流す桜田に噛みつく美弥の写真が大きく掲載されていた。

『破壊神、まさかの百合疑惑?』

 大きな見出しに正義は吹き出して大爆笑する。

「じゃぁ、じゃぁ、翠は、私がちゃんと男の方に興味あるって信じてくれる?」

「そ、それは・・・」

 桜田に対する相次ぐ美弥の暴走に、素直に信じられず目を合わせられない。そんな正直な津村にショックを受けた美弥は、また更に机に顔を擦りつける。

「ウワ~ン、翠の馬鹿~」

 そんな、美弥の態度に指をさしながら笑い声を大きくする正義。

「ハッハハハ、馬鹿だ。馬鹿がいるぞ!」

 正義の笑い声が、教室中に響く中、小麦色の肌をした女子高生が、新聞を手にして一年生の教室が並ぶ廊下を走っていた。

 笑い声がする教室の扉を勢いよく開くと、教室の中央で、机に顔を突っ伏して動かない美弥を発見して、口を開いた。

「おぃ、破壊神!こりゃ、一体どういう事だ!命名・小麦ちゃんって・・どういう事だ!」

 自分が、美弥に噛みつかれる写真が、大きく掲載された新聞を手に、三年の桜田が教室へやってきた。

 やってきた桜田に気付き、美弥は目に涙を浮かべながら、近寄ってくる桜田に抱きついた。

「小麦ちゃ~ん。翠が、翠が、私の事、信用してくれないの!小麦ちゃんは、信じてくれるよね」

「な・・・や、止めろ、離れろ、くっ付くな!」

「イヤ~、そんなこと言わないで!」

 訳のわからない状況に、抱きついてくる美弥を振りほどこうとするが、どんなに振り落とそうとしても、頑として離れようとしない。

「やべーよ、なまら面白いってこれ!なぁ、ヒロ」

 ヒロと言う単語に気付き、桜田は、黒板の近くで中央の暴れる光景を苦笑いで見守る藤田に気付き、小麦色の肌を赤く染め上げて叫んだ。

「ダァァァァ・・こっちを見るな!浩の馬鹿野郎!」

 桜田は、しがみ付いた美弥を引きずりながら、教室から飛び出して、美弥は教室の出口にぶつかり、地面に倒れ、解放された桜田は、廊下を走り去って行った。



 そんな新聞部による公開イジメも、時が経つにつれて大人しくなり始め、今は、隣町にある女子高のマドンナ的な存在の女性と正義が付き合い始めたという話題が新聞の一面を飾り、これまでの馬鹿にされ続けた恨みを晴らそうと、美弥が馬鹿にして見せるが、新聞に載ったにも関わらず、ドンと構える正義によって、美弥の計画は空振りに終わった。

「フン、破壊神なんかに馬鹿にされるほど、俺は軟弱じゃないんだよ」

「って言うか、どこに離れたお嬢様学校と、あんたが、接点あるのよ」

「どこって、カイボーに決まってんだろ。この前の大会で知り合った」

 藤田が、営業で外回りに必死になる中、正義は片づけを大正と森谷に任せ、会場にいた女性に片っ端から声をかけていたらしい。

「うわっ、最っ低だ!」

「どこが最低だ。紳士と呼べ!」

「どう見たら紳士になるのよ!」

 睨み合う二人に、ため息を漏らす藤田と津村。そして、一時限目から体育なので、さっさと行こうと藤田が口を開いた。

「おぃ、凸凹コンビ。もぅ、みんな移動しちまってるぜ」

 そういう二人も十分な凸凹コンビに「どっちが凸凹コンビだ!」と同時に声を張り上げられ、美弥はそれにプラス「ノッポ野郎」と自分事を棚に上げて藤田に言った。




 一時限目の体育では、体力テストが行われ、スポーツに力を入れる弄月高校では、そんな体力テストにかなり気合を入れる生徒達に先生も圧倒されていた。青いジャージが本校指定のジャージなのだが、部活で製作されたジャージに身を包む生徒達の方が多く、むしろ青いジャージを着ている人の方が珍しかった。

 青=文化系もしくは帰宅部

 我が校の常識に乗っ取り、今の所、どの部にも所属していない凸凹コンビ二組は、青いジャージに身を包むが、サイズが規格外の藤田は、自前の黒いジャージを着て、かなり浮いた存在になっていた。

「くそっ、ただでさえ目立つ体格だと言うのに、青三人に黒一人って、かなり恥ずかしいな・・」

「あぁ、ブレーキってそういう自覚あったんだ・・」

 女子の中では頭一つ分飛び出るが、男子の中に紛れれば、それほど目立つ事のない美弥が、感心したように声を出し、当たり前の事を聞かれ、藤田はため息を漏らす。


 まずは男子から短距離のタイムを計るらしく、女子は小さな草むらで待機させられ、出席番号順に二組ずつ走らされる男子を見守っていた。そんな中、深いため息をつく美弥に、津村が気付き、誰かさんのマネをしながら声をかけた。

「ため息ついたら幸せが逃げるって何度言ったらわかるんだ!」

 指をさし、必死にマネたつもりだが、それほど似てなかったからか、それとも気付かなかったからなのか、美弥は再び、ため息をついた。

「えっ?何、そんなに似てなかった?」

「違うよ。この後、身体測定じゃん・・・」

「あぁ・・・そういえばそうだったね」

 向こうでは、自己タイムを更新したかなんかで陸上部の白いジャージを着た男子がガッツポーズを決め喜びの声を出していた。

「あぁ・・ヤダな~」

「何、そんなに体重が気になるの?」

「違うよ。身長の方よ・・・また伸びてたらどうしよう・・・」

「あぁ・・・」

 身長が低い人にとって、それはどんなに羨ましい悩み事かと思うのと同じで、背の高い人にとっては、背が低い人を羨ましがるのも、同じ事である。

 アメフト部対ラグビー部の短距離走の勝敗はアメフト部が勝ち「トゥス!」なんて一時期、流行った芸人ネタをアメフト部の男子がやっていた。

「まぁ結局は、無い物ねだりだよね・・・」

 津村のそんな言葉に、美弥は自分の胸部と横に座る津村の胸部を見比べながら「そうだね」と呟き、嫌な視線を感じた津村は、思わず身構えた。

 一方、出席番号の都合上、最後の組は三組で走る事となり、陸上部の期待の新星と青いジャージの正義。黒いジャージの藤田がスタートラインに立った。

 結果は、黒、青、白の順でゴールし、全く相手にされてなかった白は、その場で落ち込み、帰宅部二人組は、どうやら賭け勝負をしていたらしく、負けた青は腕立て伏せをやっていた。

「あいつ等って馬鹿なんじゃないの?」

「まぁ、馬鹿だから、あんな事、やってるんでしょ」




 男子と女子の場所が入れ替わり、女子が短距離、男子は見学と言った感じで、正義は未だに終わらない罰ゲームをし続けていた。

「よぉし、次はスクワット!」

「サボるなよ~」

「了解」

 草むらの脇でまだ体力測定があると言うのに、体を痛め続ける正義を無視して藤田は、青いジャージを着た写真部の夏樹と言う男に声を掛けられていた。

「ねぇ、どうやってw・村長と仲良くなったんだ?」

「別に・・知らない間にこうなってた感じだな」

「いいよな~w・村長。今度、写真のモデル頼みたいんだけど、どうやって頼めばいいかな?」

 目を輝かせる夏樹に「いるよな、こう言う奴クラスに必ず一人は」と罰ゲームを中断して、やってくる正義に「続き」と釘を刺し、渋々、スクワットを続けた。

「時の人だってのもあるけど、かなりあの二人は、人気あるんだぜ。でも、破壊神だし、声を掛け辛いんだよね・・」

「盗撮でいいんじゃないか?」

「それは、駄目だ。確かに自然な表情は、盗撮に限るが、俺は、そういうのは好まない!あの二人、絶対にスク水や露出度の控えめな服とか似合うって!あの体格なのに貧相な胸を恥ずかしそうな表情で、腕を使って包み隠す田村と、それとは、逆に背の小ささとは逆に大きな胸を田村と言う大きな壁を使って隠れ、そんなある意味、凸凹コンビならぬ山壁コンビ!」

 夏樹の体内妄想は、一気に膨れ上がり、そんな噂をされている凸凹コンビは、小さなくしゃみをし、吹きつける風に体を震わせていた。

「そう!寒がる二人は、互いに身を寄せ合い、互いの体温で体を温め合う。そんな二人の表情は、和らぎ、互いに見つめ合うその表情には、必ず萌えがある!萌えと言う万国共通の用語は世界を救うんだ!」

 急に立ち上がり、拳を握りしめる熱く語り始める夏樹に正義と藤田は「こいつ、どっか病気だな」とアイコンタクトと心の中で会話をしていた。

 だが、向こうの二人は体を温めようとシャドーボクシング的な事をし始め、美弥に関しては『かまはめ波』に似た動作をしていた。

「うわっ、今、ビーム的な物、出なかったか?」

「出てねーよ・・・」

「いや、俺には見えた!彼女の気の強さを目にした!スカウターでも測りきれない彼女の強さを目にした!」

「変な趣味をお持ちで・・・」

「違う、マニアックと呼んでくれ」

 その後も、ボールの遠投や垂直飛び、反復横飛びなど体力テストが続けられ、色々な種類の体力テストが行われる度に、帰宅部に相手にされない白いジャージを着た男子生徒のプライドをズタズタに引き裂き、正義はテストの度に罰ゲームが増やされていった。


 午後から行われた身体測定では、正義は遂に165cmに到達した事を喜び、身長が中学から伸びない津村は、いつも通りの150後半の身長に納得し、遂に190の大台に達してしまった藤田と、後1センチで180に達してしまうと言う事が判明した美弥は、止まらない第二成長期に頭を抱えていた。

「遂に来てしまった190・・・」

「別にいいじゃない、私、女子のくせに180だよ・・・」

(この成長がどうして、胸に行かないのか・・・)

 互いに成長の記録に、ため息を洩らし、次の日、高校新聞には、そんな二人のため息を漏らし、項垂れた表情が印象的な写真が掲載され『ツインタワー』と命名されてしまった。



 カイボーの大会が終了してから数日、発注の仕事に振り回される大正と藤田を横目に、何故か、店には美弥と津村が屯するようになっていた。

「お前、カイボー嫌いなんじゃなかったのか?」

「うるさい、今でも嫌いだけど、ただの偶然で起きた出来事に無理やり理由をこじつけるのをやめただけよ」

 藤田の質問にそう反論し、店の壁に飾られる写真を眺めていた。そんな中、額に納められた色褪せた一枚の写真に目が止まった。

「あれ?」

 その写真には、大きな倉庫を後ろに、何人かの高校生と、二体のカイボーが映り込んでいた。

「これは、俺が高校生の頃の写真だよ」

 お茶を美弥と津村に渡しながらオジサンが答えた。

「中央で肩を組んでる二人が、俺と正志だ。部屋の掃除をしていたら懐かしい物が出て来たから、こうやって額に納めてみたんだ。この頃は、楽しかったねぇ・・」

 見た事のなかった写真に藤田も目をやり「これが高校の頃の親父か」と思い出に耽るように呟いた。

 そして、美弥はこの写真をどこかで見た事があるような気がして、首を傾げていた。

「じゃ、俺これから狛犬の所に、注文の品を届けに行ってきます」

「あっ、俺もバイソンとスパイダーの所、行ってくる」

「兄さん、途中まで荷台に乗せてって」

 藤田と大正は、オジサンにそう言い残すと、大正は軽トラに乗り込み、藤田は大きな荷物を背負って荷台に乗り込み、軽トラは走りだした。


 カイボー専門店は忙しく動き回っていた二人がいなくなり、急に静かになった。

「二人は、まだ帰らなくていいのかい?」

 学生服姿の二人に、オジサンは尋ねるが、二人とも「問題ないです」と答えた。

「どうせ、家に帰っても誰もいないし・・・」

 意味深に美弥は、そう呟き、仕事に熱中してろくに家に帰ってこない父親に口を尖らせ、父親の顔を思い出し、写真に移る生徒の一人に父親の面影がある奴がいる事に気がついた。

「んんっ?」

「いやはや、男兄弟ばかりのこの家に、娘が二人も出来るとはね」

 オジサンが嬉しそうに空になった碗に新たにお茶を入れようと立ち上がり、奥へと進もうとするが、そんなオジサンの足を美弥が掴んだ。

「オジサン!こいつ誰?」

 自分の父親にそっくりな男をこいつ呼ばわりし、美弥は指をさした。

 指の指された先を見てオジサンは、互いに肩を組み合う二人の脇に立つ男の名前を言った。

「あぁ、田村 義彦だな」

「やっぱり・・」

 同じ名字と美弥の態度に、オジサンは「もしかして」と呟き「父です」と答えた。

「おぉ!そうか・・あっ、そしたら眞美は?あいつは、元気にしてるか?」

 オジサンは、写真に移る背が低く黒い髪を腰まで伸ばし、大人しそうな女性を指さして、美弥に尋ねるが、尋ねられた美弥の顔は、一気に曇った。

「母は・・・5年前に交通事故で死にました。」

「えっ・・・」

 質問の答えをうまく理解できなかったオジサンは、その場に凍りつき、美弥はさらに言葉を付け加えた。

「金城正志が事故で死んだ日に母も死にました」

 オジサンは、その言葉が相当ショックだったらしく、その場に腰を付いた。

「そんな・・・そりゃ、一体何の嫌がらせだ」

 頭を抱え込むオジサンの目からは、涙が流れだし「やっぱり、私、帰ります」と美弥は言い残すと、店から出て行き、津村はどうするべきか迷っている間に、正義が串焼きを銜えながら帰ってきた。

「あり?こりゃ、一体どういう状況?」

 オジサンの頭に巻いた白いタオルが外れ、オジサンの頭は明らかに不自然な髪の毛の抜け落ち方に、津村は思わず言葉を失った。虫食いのように所々、髪が抜け落ち、四十代後半のオジサンが一気に、老けたように見える。

「親父、頭、頭。禿げてんぞ」

 正義は、そう言いながら頭にタオルを被せ、津村に「ストレスのせいだ」と答えた。

「知ってんだろ?金城さんのメンテナンスをしてたのは、うちの親父も・・・人殺しだのなんだのって結構、酷い事言われ続けたからな・・俺等には大丈夫とか言ってたけど、体に症状が出ちまって、この通りだよ」

 正義は、父親の肩を担ぐと店の奥へと連れて行った。




「そうか・・田村の母親が、俺の親父と同じ日にか、そりゃ辛いな」

 仕事を終えて帰ってきた藤田を待っていたのは、タオルの外れたオジサンと、そんなオジサンを布団で寝かせて看病する正義と津村だった。

 日も完全に落ち、夜道は危険だと津村を送り届ける中、津村が、一体、何があったのかを藤田に伝えていた。

「ヤバいな・・そんな事、俺知らないで、酷い事言っちまったな・・・」

 藤田は、東山の頂上に向かい最中で言ってしまった事を後悔するが、そんな藤田の態度に、津村は首を横に振った。

「大丈夫だよ。もし、気にしてたら、浩と普通に接したりしてないよ」

「そう・・かな。そうだといいけど・・・」

「まっ、明日が来れば、わかるよ」

 弄月の小さな村には、季節外れの名残雪が降り、地面に落ちるとその雪は、水滴となって消えていった。

「そろそろ、春だな」

「そうだね」





 星空へと高く伸びあがる建物が並ぶ一角に、これまた大きなマンションが一つ、静まり返った廊下を突き進み、部屋へと入る扉を開くと、明かりの落ちた部屋が、美弥の父、田村義彦を出迎えた。暗い部屋の廊下を突き進み、台所へ向かうと、冷蔵庫の中には娘が作っておいてくれた料理がラップされ、義彦は娘の料理を冷蔵庫から取り出し、テーブルの上に置いた。

 料理を口に運ぼうとしていた時、部屋の電気が付けられ、義彦は扉の前に立つ娘に気がついた。

「なんだ。まだ、起きていたのか」

 父親の問いかけに娘は、応じる事無く、一枚の写真を、父親の座るテーブルの前に叩きつけた。

「説明して。金城正志とお父さんは友人だったの?」

 資料の中に隠してあったはずの写真を叩きつけられた父親は、思わず持っていた箸を落とし、娘は、その反応に父の頬を思いっきり叩き、父親の書いた雑誌の記事を料理の上に置いた。

「・・・だったら、なんでこんな記事を書けたの!お母さんが死んだ腹いせ?この写真に写ってる人達は、お父さんにとって何なの?友人じゃなかったの?脇にいるお母さんは、お父さんの妻なんじゃないの?」

 髪の毛を左右に分け、毎朝、髭を剃った凛々しい顔の横に娘に叩かれた跡をくっきりと作り、デザイン眼鏡の下から見える目には、生気を感じる事はなかった。

「お前には、関係のない事だ」

「関係無くない。金城正志と原田浩嗣の息子と今、一緒にいる」

「そうか・・そういえば、同じ時期に子供が出来ていたな」

 義彦は、自分の書いた金田正志を批判する記事をテーブルから除くと、記事の下に置かれた料理に手をつけようとするが、美弥がその料理を奪い取った。

「おぃ、頼むよ。明日も朝早くから取材なんだ」

「娘を放っておいて、仕事の方が面白い?」

「もぅ、寂しがるような、歳じゃないだろ。むしろ、反抗期である方が、自然だ」

「だったら、これが反抗期よ」

 娘は手に持った料理を、父親の目の前で口に一気に流し込んだ。だが、腹いせのつもりで、かなり辛くしていた事を忘れていて、自分が仕掛けた罠に顔を赤くして噎せる。

「また唐辛子入り、ポテトサラダか・・進歩が見えないな」

 急ぎ台所の蛇口を捻り、冷たい水をコップに注ぎ、熱い舌を冷ましながら娘は、肩をすくめる父親に対し「今回はラー油だ」と訂正した。

 舌の痛みが治まらない娘は、再びコップに水を注ぎ始め、夕飯を失った父親は、自室へと向かう途中、娘の耳元である事を呟いた。

「いい事を、教えてやろう。金城正志はな・・・」

 水を口に大量に流し込んでいた娘に、父親はある事を呟き、その内容を耳にした娘は、思わず水を口から吹き出し、その光景を見た父親は、小さく、ほほ笑みながら台所から出て行った。




 次の日、学校では高校新聞に、陸上部期待の新星が、短距離走から砲丸投げに転職した事が一面に取り上げられ、教室ではその原因は、明らかに数日前の体力測定にあると確信を掴み、その話題で一色だった。

 教室に先にいた男子の凸凹コンビは、新聞を開き、読んでもいないのに「フムフム」「なるほど」などと口から出し、教室の出入り口をチラチラと窺っていた。

「やった、久しぶりに私以外の記事が、一面を飾ってる!」

 新聞を片手に持ち、自分の顔写真が映っていない事を喜びながら、教室に入ってきた、もう片方の凸凹コンビに気付き、二人で一つの新聞を読んでいた正義と藤田は、新聞を握りつぶし、自分の席から立ち上がる藤田と、藤田の机から飛び出す正義は、入り口から入ってくる美弥と津村に「おぃ」と声をかけた。

「何?」

 美弥の問い掛けに、先に辿りついた正義は、何と切り出せばいいかわからず、迷った挙句、今日の高校新聞について口を開いた。

「き・・今日の高校新聞、見たかよ」

「・・・今、読んでる所なんだけど」

「だぁ、そうだけどよ・・・だから、俺が言いたいのはだな」

 頭を掻きながら、言葉を探す正義に美弥は、頭を下げた。

「ごめんね。昨日は、急に帰ったりして・・・」

「いや、別にそれはいいんだけどよ・・俺達はだな、どちらかと言うとお前の方が心配で」

「大丈夫、特に問題ありません」

 頭を勢いよく上げた美弥の視線には、正義の後ろにやってきた藤田が入り、父親の呟いた言葉を思い出して、思わず硬直し、視線の合った瞬間、固まった美弥に対し、藤田は首を傾げた。

「おぃ、どうした?」

 藤田の問い掛けに、美弥は思わず津村に、持っていた鞄を押し付け

「ホホホホ、何でもありませぬわ~」

 と言いながら、教室から出て行った。

「おぃ、翠・・・これが、あいつなりの普通の接し方なのか?」

「さぁ・・わからない」

 教室から飛び出した美弥に、首を傾げる二人。そして、正義は「遂におかしくなった」と自分を納得させ、首を縦に振っていた。


 その後も、授業が終わり、藤田が声を掛ける前に美弥は教室から飛び出し、昼休みに関しては、女子トイレから出てこなく、午後には落ち込む藤田が完成していた。

「俺・・・また何かしたのかな」

「俺が知るか!どうせ、仕事中になんか言ったんだろ」

「・・・カイボーが嫌いなのに、なんで店に来るんだって聞いた」

 答えに、正義は頬杖を落ち込む藤田の頭の上に突き、乙女心を全く分かって無い!と言われてしまった。

「お前は、阿保か。いや、阿保だ。どうしようもないくらいの阿保だ」

「そこまで言うか、お前は・・・落ち込んでる俺にそこまで言うのか・・」

「とくかく、こうなったら平謝りだ。とにかく、謝っとけ!」

 とにかく、謝れば万事解決だと正義に言われ、それを信じ込んだ藤田は、わかったと小さく頷き、決行は放課後だと決め、静かに時を待った。6時限目の授業も、前の座席では爆睡する正義の背中を見つめ、極力、中央に座るw・村長を見ないようにして授業が終わり、担任のHRを終えた。

「ウッシ!」

 気合を入れた藤田は、中央の座席に座るw・村長の大きい方が座る座席を見るが、そこにはすでに美弥の姿は無く、すでに出口近くにいた。

「逃がすかぁ!」

 黒ぶち眼鏡を外し、正義に手渡すと藤田は、眼鏡の下に隠れていた鋭い目つきで目標物を捉え、窓際から標的を追って駆け出し、その鋭い目つきを見た生徒は思わず道を開き、標的にされた美弥は、危険を感じて教室から飛び出し、藤田も後を追って教室から飛び出した。

「まずい、ヒロのストッパーが外れた!」

 遊び半分で、藤田に平謝りだとか提言していた正義は、眼鏡を手渡された事に驚き、伊達眼鏡を机に叩きつけて、藤田の後を追いかけた。





 必死になって逃げると信じられない程の力を生み出すとは、良く言った物だ。短距離走の世界記録保持者から財布を盗んだ小さな少女が、その世界記録保持者から逃げ切った事実と、今の状況は、かなり重なり合っている。

 気が付けば、誰もいない屋上に立ち、後ろには恐ろしい面妖で追っかけていた藤田の姿も無い。だが、唯一、気がかりなのが、今、美弥の片腕には、目をナルトのように泳がせた桜田が担がれている事だった。

 長い廊下を必死になって走り、階段から降りて来た桜田に気付くが、ここでスピードを落としたら、面妖に捕まると思い、見事に桜田の腹にタックルを決め「ウゲッ」と声を洩らし、伸びた状態の桜田を肩に担ぎ、後ろから追ってくる妖怪から美弥は逃げ切り、今、屋上にいる。

「お前は、一体何なんだ!突然、タックルを決めて、俺をこんな所に運び込んで・・一体、何をするつもりだ!」

 意識を取り戻した桜田は、出口の前に立ちはだかる美弥に、思わず身構えるが、今、それどころではない美弥は、桜田の前で深いため息をついた。

「な、なんだよ・・・一体」

「別に・・・何でも無いです」

「何でも無いって言葉は、ため息を吐きながら使う言葉じゃねぇ!」

「・・・・お父さんが」

 突然、話を切り出し、全く相談に乗る気でも無かった桜田だが、かなり気落ちした美弥を見て、話くらいならと耳を傾けた。

『金城正志はな・・・母さんの初恋の相手だ』

 その後にも、父親は何かを言っていた気がしたが、最初の言葉しか耳に入って無かった美弥にとっては、かなりショッキングな出来事だった。夜もろくに寝付けず、次の日、ご本人の息子登場に、何故か胸がきつく締めつけられ、どんな顔をすればいいのか、わからないと、桜田に泣きつこうとするが、それを桜田は阻止した。

「止めろ、制服が汚れる」

「そんな~・・・小麦ちゃん」

 薄情な桜田にしがみ付こうとするが、両手で頭を抑えつけ突き離され、しがみ付く事すら出来なかった。

「それに、母親なんて、関係無いだろ」

「えっ?」

「そうだよ。関係無いじゃん。なんで破壊神が悩まなくちゃいけないんだよ。むしろ、なんで俺が、そんな事を諭さなきゃいけないんだよ・・どうだっていい。どうだっていいじゃん」

 桜田に諭され、今日一日、こんな事を悩まされていた事が馬鹿らしくなる中「ここかぁ!」と、藤田は扉を蹴り開けて登場した。

 眼鏡の取れた藤田は「俺の謝罪を見ろ」と目を輝かせながら、言い放つ単語ではない物を口ずさみながら、近づいてくる。

 今にでも襲いかかってきそうな藤田を見ても、桜田に諭された美弥にとっては、例え変人になった藤田ですら、普通に見える。

 桜田が、恐ろしい面妖の藤田を見て、大きな背中の後ろに隠れる中、美弥が口を開き、藤田に話しかけた。

「ねぇ・・」

 美弥の問い掛けに、一瞬にして変人からいつも通りになった藤田は「なんだ?」と聞き返し、聞き返された本人は、驚くべき言葉を言い放った。

「私、カイボーやりたい」

 信じられない言葉に、瞬きを繰り返す藤田と桜田。そして、自分の心の中では、すでに決心が付き、晴れやかな気分になっている美弥は「アーハハハッ」と男と女が入り混じったような笑い声を屋上から、大きな学校へと響かせていた。



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