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~人違い~



「あら~、翠ちゃん。久しぶりねぇ~」

 小さな商店街を歩く凸凹コンビの片方、津村に気が付き、商店街の人達は彼女に声をかけ、それに応えるように、津村は手を振る。一方、美弥は片手に入部届けを握りしめ、その人情味溢れる商店街をフラフラと歩いていた。

「あぁ・・・なんでこうなる訳~?」

「と、とにかく、浩と正義に事情を説明して、カイボー部に入部してもらおう」

「無理だよ~。絶対、あの二人聞き入れてくれないよ・・・」

『お前等、明日までにアクセルとブレーキをカイボー部に入部させる事が出来なけりゃ、この入部届けは、俺が受理する』

 二人の名前が書かれた入部届けは、小麦ちゃんが扇子のように仰ぎながら、正座する二人の前から消えた。

 時代遅れのあの先輩達に囲まれる小麦ちゃんを想像しながら、似合わないと頭を横に振ってその想像物をかき消す美弥。

 津村の案内で、赤く染まる商店街を案内され、金城カイボー専門店と書かれた看板のある店を発見した。木製の扉は、立てつけが悪く、うまく横に引く事が出来ず、困っていると後ろから、大きな声で話しかけられた。

「ヘィ、ラッシャイ!っと言いたいとこだけど、今日は、もぅ店じまいなんだ!・・・てー、あれ?翠ちゃんじゃねぇか」

 驚きのあまり、扉ごと倒れてしまった美弥ではなく、その横で驚きのあまり、毛を逆立てる津村に気付き、頭に白いタオルを巻いたオジサンは、声をかけた。

「久しぶり、オジサン。浩いる?」

「ん~、浩かぁ?今、反応するかな・・・ちょっと待ってろ」

 壊れた扉と美弥を飛び越えてオジサンは、店の奥へと入り、大きな声で浩を呼ぶが、代わりに降りて来たのは、正義の方だった。

「何だよ。親父ぃ、あいつ作業中だから、耳に届きゃしねぇよ」

 店の奥にある階段から降りて来た正義は、オジサンが客だと指さした方向にいる二人を見て、驚き、階段を上がって行った。

「ヒロっ、大変だ。破壊神が殴りこみに来やがった!」

「ちょっと、変な事言うなぁ!」

 美弥の叫びも空しく、正義は二階へと消え、取り残された二人とオジサン。

「ところで、今日は何の用だ?」



「はぁ?殴り込み?」

 作業着を着て、油まみれの藤田は、作業ゴーグルを外して、車の下から現れた。

「おぅよ。しかも、ご丁寧に、扉まで破壊して登場しやがった」

「あぁ・・あの扉、立てつけ悪いからな・・・兄さん、俺ちょっと、様子見てきます」

 車の下で一緒に作業をしていた人にそう伝えると、声の代わりに鉄を二回たたく音が返ってきた。

「この作業終わったら、積み込み開始するから、それまでには帰って来いよ」

「わかりました」

 顔に付いた油をタオルで拭いながら、階段を下りると、原田家の父親と居間で、お茶を飲む二人が待っていた。

「おぃ、マサ。殴りこみに来た奴が、お茶飲んで和んでると思うか?」

「あれ?おかしいな・・・」

 首を傾げる正義に、原田家の父親が仲介役を務めた。

「この子達は、パンサーの嬢ちゃんに、無理くり入部させられそうなんだと。しかも、交換条件が、お前等がパンサーの傘下に下る事らしい」

 わかりやすいご説明に首を縦に振る美弥と津村。そして、藤田と正義は、奴ならやりそうだと、思いながら、首を縦に振った。

「首振り人形?」

 四人が首を振る居間を見て、感想を述べながら、油まみれの男が新たに登場した。

「あぁ、こいつ、俺の兄貴な」

 正義が、新たな登場人物に混乱する美弥に気付き、説明し「原田 大正(たいしょう)です」と手をふる大正。頭を掻きながら悩む藤田は、正義の兄貴に声をかけた。

「兄さん、今日、こいつ等も連れてっていい?」

「ん?別にいいけど、どうした?」

「ちょっと、桜田さんと揉め事」

「そっか、まぁとりあえずシャワー入ってくる」

 油まみれの大正は、そう言いながら部屋の奥へと消えて行った。

「と、言う訳で、お前等、今から出発する支度しろ」

 居間に放置されていた美弥と津村に指さしながら、藤田はそう言い、自分もシャワーに入ってくると言い残し、居間から姿を消し、何の事やらさっぱりわからない二人は、知らない間に荷物と一緒に、軽 トラの荷台へと押し込まれ、扉を閉じられてからようやく美弥が声を発した。

「えっ?行くってどこに?」


 頭の混乱する美弥は、店の前で手を振るオジサンに見送られながら、走りだす軽トラの中で「嘘でしょ!」と喚いた。

「おぃ、うるさいぞ。ちょっと静かにしてろ」

 助手席に座る正義が、後ろの覗き窓から喚く美弥に、声をかけるが、それによって美弥の喚くゲージは更に高まった。

「ねぇ、どこに向かってるの?なんで私達も連れてかれるの?」

 覗き窓に顔をくっ付けて尋ねる美弥を見て車を運転する大正が笑いながら、答えた。

「これから、桜田に会いに行くんだよ。・・ハハッ、どうせ、めんこいだとか言って、顔じゅう舐め回ったんだろ」

 大正の言葉に、正義は笑いながら「それは無い」と断言するが、後ろがやけに大人しくなっている事に、気がつかなかった。

(やった。・・・しかも、可愛いとか言って耳を甘噛みした)

 嫌がる小麦ちゃんを捕まえて、噛みつく映像を思い出しながら、津村は大人しく荷台に蹲り、覗き窓から前の席を窺う美弥は、藤田がいない事に気がついた。

「あれ?ブレーキが、いないんだけど?」

「大丈夫だ。そろそろ、追いつくから」

 正義は、軽トラに付いたサイドミラーを窺いながらそう言うと、荷台の後ろで何やら物音がしたと思い、後ろを振り返ると、走っている軽トラの荷台の布が捲られ、藤田が荷台に飛び乗ってきた。

 突然の藤田登場に、二人は悲鳴を上げ、その悲鳴に気がついた藤田は、顔を上げた。

「なんだ。お前等、前の席に座らなかったのか?」

 藤田は、ローラーの付いた靴を脱ぎ、荷台に布が被せられた荷物の布を取り、作業を開始しようとするが、布の下から現れた物を見て、美弥は思わず息をのんだ。

 布の下に隠れていたのは、二台のカイボーだった。真っ白なフレームの両肩に一輪の白いバラがデザインされ、目の部分は淡い青色のレンズが二枚付けられ、白のフレームの下には黒い関節部分が、見えていた。

「マミ、最終メンテナンスだ。調子の悪い所はないか?」

 藤田の言葉に、カイボーの一台が目を光らせ、質問に答えた。

「はい、マスター。全て問題ありません」

「人工筋肉の部位で一カ月以上使用している部位は?」

「棘腕筋が、二か月前。大腿筋は、一カ月と十五日前。その他は、全て一か月前です」

「二号機は?」

「全て同様です」

「わかった。向こうについてから、棘腕筋と大腿筋は取り替える」

「わかりました」

 マミと呼ばれるカイボーは、青く光っていた目の光が消えて、藤田は再びカイボーに布を被せた。

「さてと・・・連れて来たのは、いいけど、どぉしようか?」

 白いカイボーを久しぶりに見て、呆気にとられていた美弥は「へっ?」なんて変な声を出し、津村は、そんな感じだろうと予想していたのか、頭を抱えて、ため息を漏らす。

 藤田は、二人と向かい合うように座り、美弥がまず手を上げた。

「はい、質問。どこに向かってるんですか?」

「東山って言う、小さな山の頂上」

「そこで何をするんですか?」

「頂上から、下の湖の途中まで続く、水道管を滑り台のように下って行きます」

「カイボーで?」

「そう、カイボーで」

 何の躊躇もなく『カイボー』と言う単語を言い放つ藤田に、何故だろう。特に理由もないが、無性に腹が立った。だらしなく壁に寄りかかり座る藤田に腹が立つ、自分の親を失ったというのに、そのカイボーを続けているという事実に腹が立つ、黙りこむ美弥を見てせせら笑うかのような表情に何故か腹が立つ。

 こんな奴の父親に私の母親は、連れてかれたのかと思うと腹が立つ。

「ねぇ・・・」

「なんだ?」

「・・・なんで、カイボーを続けてるの?」

 美弥の問いかけに、藤田は眉を潜ませ、その場にいる誰もが、その美弥の問いかけに耳を澄ませながら、表情を固めた。止めに入ろうとする津村に「黙ってて」と美弥は釘を打った。

そんな美弥の態度に藤田は、少々迷いながら答えた。

「そうだな・・・なんでだろうな。面白い・・からかな?」

「なんで?・・だって、ブレーキは、お父さんを亡くしてるんでしょ?それなのになんで?」

 なんで?と言う単語を繰り返し言い続ける美弥の頭の中には、子供の頃、印象的だった新聞の見出しが蘇る。『日本の恥さらし!』『世界の頂点を極め続けた男の汚点』『詐欺師(ペテンし)野郎』良いように新聞の見出しを飾っていた彼が死んだ後に、見つかった汚点を新聞雑誌で取り上げ、誰も彼の死を労わろうとはしなかった。

 それは、もちろん小さかった頃の美弥だってそうだった。

「・・・・田村は、カイボーが嫌いか?」

 藤田の問いかけに、美弥は一度躊躇し、喉の奥が詰まる思いをするが、それはすぐに解消された。

「嫌い・・・大っ嫌い!死ぬほど嫌い。カイボーって単語が、出てくるだけで吐き気がする。それに・・」

 日本中から毛嫌いされた彼の親族が、同じ思いだと思っていた親族の一人が、未だにカイボーを続けている事に腹が立つ。

「そんなブレーキが、カイボーって単語を普通に発して、しかもそれを生業にしてるなんて、考えられない」

 思わず「美弥!」と大きな声で叫ぶ津村だが、それを止める藤田。

「翠、いいんだ。止めるな」

「でもっ・・」

「事実だ。全て事実なんだ・・・確かに、俺の親父、金城正志は、やってはいけない事をしていたんだ」

 藤田の言葉に、軽トラの運転席の方から壁を思いっきり叩く音が、荷台の方へと聞こえてくる。

「おぃ、ヒロ・・・発言には、気を付けろ。それはつまり、俺の親父が、お前の父親を殺した事になるんだが?」

 覗き窓から顔が少し見える正義の目には、怒りがこもっていた。

「違う、そうじゃない・・こいつ等が知っている事実では、それが真実だ。俺が言いたいのは、そういう事だ」

 正義は、再び窓から姿を消し、藤田は深くため息をついた。

「田村、俺だって、嫌いだ。」

「・・だ、だったら」

「けど、嫌いなのは、カイボーじゃない。そうやって失った物の原因を、何か適当に、理由をこじつけようとする奴が嫌いだ」

 その言葉を、まるで美弥で表すかのように言い聞かせる藤田に、思わずカッとなる美弥は、思わず立ち上がるが、走り続ける軽トラにバランスを崩して倒れた。

「当たりだな」

 まるで図星を言い当てたかのような藤田の発言に、反論しようとするが、確かに自分の逆恨みは、ただのこじつけだという事に歯を食いしばる。親しくもない人に、心を見透かされているようで、心地の良い物ではなかった。

「あんた、何様のつもりよ!」

「だったら、お前は何様だ。俺の過去を知っているから、何だと言うんだ?俺の親父が死んだのを知っているからなんだと言うんだ?それは、お前にとって優位な事なのか?俺にはなんの得もない。むしろ損をしてる気分だ。・・・惨めな奴を見て、俺は、まだ大丈夫。こいつに比べれば俺は、まだマシな方だ。そうやって思いたかったのか?変な同情を、しようとしてたのか?」

「違う。私は・・・」

(同じ苦しみを分かち合いたかった・・)

 けど、それは無理のようだ。


 そうとわかると、頭に上っていた血も下がり始め、美弥は立ち上がり制服に付いた汚れを払う。

「もぅいい。なんでこんな事に、ムキになったのかわからないもん」

 美弥の言葉にその場にいた美弥と藤田以外の全員が、解放感に満たされ胸を撫で下ろす。

「そっか・・なら、それでいい。・・じゃぁ俺から逆に質問」

「どうぞ!今の私だったら、なんでも答えてやれる気分だからっ!」

 胸を張って何でも来いと待ち構える美弥。

「なんで破壊神なんて呼ばれてるの?」

「へっ・・・?」

 素っ頓狂な声を出す美弥に、質問をした藤田は首を傾げながら答えを待っていた。

 破壊神と言う名前を作った本人が、首を傾げて待つのに対し、思わず口元が痙攣する。

「何?覚えてないの、言っておくけどブレーキのせいなんだから」

 藤田に指をさし、そう言い放ち、予想外の返答に「はぁ?」と指を差された本人は声を出した。

「私達、一度会った事あるでしょうが!」

「あっ、やっぱりあるよな!どこで会ったかは、覚えてないけど、田村の顔どっかで見た事あると思ってたんだよ~」

 胸の奥でモヤモヤしていた思いが晴れ、顔を輝かせる藤田。そして「そぅそぅ」と相槌を打ちながら、美弥は月から舞い降りたカイボーについて語り、その答えを聞いた藤田の表情は、完全に死んでいた。

「あの・・・ごめん。それ、俺じゃないよ」

「えっ、だって、こうやって頭の天辺(てっぺん)を掻いてさ、癖だって合ってるでしょ」

 頭の天辺を掻く真似をする美弥を見て、頭の天辺を掻く藤田を、覗き窓から見ていた正義が、腹を抱えて笑い始める。

「ハハハハハッ、けっ傑作だ!癖一つで犯人に仕立て上げられて、入学早々、ビンタを食らうとは」

 大声で笑う正義の声を聞き、美弥は本当に違うのかと思い始め、自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。

「いや、田村。俺は、完全に癖だけど、カイボーって慣れない間は、天辺が蒸れてな。たまに装備の上から掻く奴とかいるんだよ」

「そうそう、ヘルメットしてるから、上から掻こうが、意味ないのにな!」

 藤田の回答に相槌を打ちながら、大笑いする正義。そんな二人になんとか、藤田を犯人に仕立てようと美弥は必死になった。

「でも、だって、・・・だって、ブレーキはカイボーに乗らなくても頭の天辺掻いてるじゃない!それを、証拠と呼ばないでなんて言うのよ。カイボーだって白かったし・・・」

 なんとか笑いを堪えようとする藤田の体は、よじれながら震え、決定的な証言を言い放った。

「だってな、田村。俺、カイボーに乗らないから」

「へっ・・・?」

 再び上げる素っ頓狂な声に正義は、足をばたつかせ大笑いし、運転席に座る大正も、声を上げて笑いだした。

「俺がやるのは、調整だけだ。カイボーには乗らない」

「嘘!だって、・・そしたら、私は・・・えっ?」

 混乱する美弥を横に、運転席に座る大正が荷台で盛り上がる人達に声をかけた。

「盛り上がっている所、申し訳ないが、そろそろ会場に到着するぞ」

「おっ、マジか・・・今年は、結構盛り上がってるかな?」

 藤田は、壁に付いた布を一部、剥がして、外の風景が見えるようにした。

 辺りは一面、街灯もない山道だが、道路の横に並ぶ木々の奥に何やら、明かりが灯っているように見える。曲がりくねった道を抜けると、木々の奥で光っていた物が、美弥と津村の目に飛び込んできた。

 木々の奥で光っていた正体は、車のライトや設置された屋台の光だった。まるでお祭りのような熱気に、重低音の音楽が周りから腹の底に響いてくる。

「うわ~、なにこれ~」

 お祭り気分に誘われ、美弥は布から顔を出し思わず声を出す。

「何って東山の頂上だよ」

 お祭り気分の会場には、警備の人達がいて、彼等の誘導に従い軽トラは指定された駐車場に、車を停車した。



『レディィィィス、エ~ンド、ジェントルメェン!今年もカイボーファンの馬鹿騒ぎ、もしくは、空騒ぎのお時間がやってまいりました~』

 荷台から降り立つと早速、周りに設置されたスピーカーから聞いた事のある声が聞こえてくる。

「ねぇ、この声、聞いたことあるんだけど・・」

「もしかして、歯取?」

 荷台から荷物を降ろし始める三人に放置された美弥と津村は、スピーカーから聞こえる声の主を当てようとするが、スピーカーから早速『私、歯取でございます』と歯取が答えてしまった。

『さぁて、今年一発目の試合と言う事で、会場は盛り上がり~、こんなに馬鹿騒ぎをしていると言うのに、警察の野郎は、どこで点数稼いでんだろうねぇ~?police report(警察予報)は、本日は快晴のパターン青でございます』

「えぇっ!嘘、なんで歯取がここにいるの」

 頭を抱えて、テレビの人間がこんな田舎町にいる事に、興奮する美弥に、歯取が、ここにいるのが当たり前だと言わんばかりに、荷物を降ろしながら「少し、落ちつけよ」と一番言われたくない正義が言ってきた。

「あいつ、カイボーの試合がある所には、すぐに駆けつけて、実況するんだよ。神出鬼没ってやつだよ」

「でも、でも、全国区の人間が、こんな北の小さな村にさ・・」

「だったら、周りの人間の多さにも驚けよ。町中歩く人間よりもきっと多いぜ」

『さぁて、盛り上がってきた所で、今回の試合ルートをご説明しましょぅ!21年前、東山の急激な落差を利用した水力発電で電力を供給していましたが、水素発電が主流になる時代の波にのまれ、今や取り壊しを待つばかりの水道管を、どっかの馬鹿共が、カイボーで滑り出し、今やカイボーの会場として、生まれ変わった。一直線だった水道管も、毛細血管のように曲がりくねり、全長28,5Kにも及ぶ、このパイプを滑り切るとパイプの天辺にゴールを示すベルを鳴らした者が、今年最初の勝者となる』

 スピーカーの下に設置された簡易な立体映像に、曲がりくねるパイプの全貌やゴールを示すベルが映し出され、二人は、その映像に見入っていた。そんな二人の後ろでは、藤田がカイボーの最終調整を行い、人工筋肉が密閉された袋から取り出され、白いカイボーに取り付けを行っていた。

「マミ、今の所、異常はないか?」

「異常は発見されません。全て順調です」

「順調なんて言葉を気安く使うな」

「はい、マスター」

「左足を上げろ。大腿筋を取り替える」

 命令通り、カイボーは左足を上げ、藤田は白いフレームを外し、中にある薄い緑色の液体が入った人工筋肉を取り外し、新しい物と取り替えを開始した。

「そんなに、とっかえひっかえ繰り返さなくてもいいと思うけどね」

 黒いゴム製の服に着替えた正義が荷台から降りてきて、言ってくるが「そんな訳にはいかない」と藤田は否定した。

「万が一の事があれば、お前達を守ってくれるのは、こいつだからな。全て問題なくしないとな・・・。よし、ちょっと慣らしてくれ」

「はいょ」

「マミ、腹を開け」

「はい、マスター」

 カイボーは、胴体部分を左右に開き、一人分のスペースが設けられ、その中に正義は入った。カイボーの中に正義が入った事を確認すると、勝手に胴体部分を閉じ、正義の顔をカイボーのマスクが上から降りてきて隠した。

「どぉ?違和感はあるか」

 藤田の問いかけに、カイボーは指の関節を開いたり閉じたりを繰り返し、横を向いて握った拳を突き出し、回し蹴りなどの素振りを見せ「問題なし」と親指を立てて答えた。

「後は、兄貴とマミでどうにかする」

「わかった。なんかあったら連絡してくれ、俺は桜田さんを探してくる」

 藤田は、立体映像に釘づけになる二人を現実に引き戻し、桜田を探しに出かけて行った。


 お祭り騒ぎの会場から一歩抜けた静かな場所に、ピンク色のカイボーの肩に腰をおろし、欠けた月を見つめる桜田がいた。

「いたっ、小麦ちゃん!」

 美弥は桜田を指さしながらそう叫び、藤田は「小麦ちゃん?」と首を傾げる。

「うわ~、何、そのプラグスーツ。超エロいんですけど」

 自分の入部届けが、人質になっている事を忘れ、美弥は「ヱヴァだ。ヱヴァンガリオンだ」とピンクのゴム製の服を着た桜田に指をさし続け、津村がその指を降ろした。

 同じ女性同士だと言うのに、よだれを垂らし、目を輝かせる美弥に、桜田は思わず身構えた。

「うるさい!見るな」

 桜田は、カイボーの肩の上で、そう言いながら腕で体を隠した。

「それと、俺のコンプレックスで、あだ名を作るのはやめろ!」

「えぇ~、いいじゃないですか~。小麦色で可愛いよ」

「くわぁ、くぅわぁいいぃ・・?」

 言われ慣れていない単語を言われ、思わず体と口が硬直する。

 そんな中、話を進めようと、藤田は桜田に近づいて行った。

「桜田さん、今のカイボー部をどうにかしようとする、部長の気持ちはわかりますけど、さすがに強引すぎますよ」

 固まっていた桜田は、藤田の言葉にようやく目的を思い出し、カイボーの肩から飛び降りて来た。

「浩、入部届けは持ってきたか?」

「持ってきてないです」

「そっか、ならあの二人を貰うだけだ」

「それは、駄目です」

「じゃぁ、どうする気だよ」

 口を尖らす桜田。それを見て、目をぎらつかせる美弥を津村は、地面に抑え込み、そんなやり取りを後ろで行われている事に気付かず、藤田は口を開いた。

「わかってるでしょ。俺達は、賭博人だ。欲しい物があれば、それを勝ち取るのが流儀」

「へぇ・・いいのか?お前達は、まだ独立したチームじゃない。」

「大丈夫です。白薔薇は、突き付けられた勝負から逃げるほど、落ちぶれちゃいない」

「よし、なら商談だ」

 桜田は、握った拳を突き出し、藤田は突き出された拳に自分の拳をぶつけた。

「俺が勝ったら、問答無用でアクセルとブレーキ、そして、破壊神及び、柔道全国クラスの翠を貰う」

 津村が全国クラスの柔道かだったとは知らなかった美弥は抑え込む津村に目をやると、津村は、ピースサインをして自慢して見せる。

「俺達が勝ったら、二人の入部届けを即刻破棄、そして、桜田さん、白薔薇から俺達が独立した際に、あんたを貰う」

 自分が商談の話に出て来た事に少々驚くが、桜田は「いいだろう」と呟き、藤田の拳に拳をぶつけた。

「今日が、俺の最後の試合だ。優勝は、出来ないかもしれないが、負ける気はない」

「引退した時は、俺が貰ってあげますよ」

 笑いながら軽い、嫁に来い宣言に、桜田は「バカッ」と捨て台詞を投げつけながら、ピンクのカイボーに乗り込み、土埃を巻き上げながら、その場から去って行った。

「はい、質問!」

 桜田が立ち去ってから勢いよく手を上げる美弥が、藤田に質問しようと口を開いた。

「小麦ちゃん、最後の試合って、どういう事ですか?」

「弄月高校カイボー部の伝統だよ。年初めの最初の大会で三年生は引退して、二年生が主体となって、部活動をするんだ」

「じゃぁ、引退するってわかってて、なんで小麦ちゃんは、二人をカイボー部に引き込もうとするの?」

「そりゃ、見ただろ?教室にやってきた時代遅れのヤンキー達をさ。・・あいつ等は、カイボーなんてやる気はない。ただ、あの大きな倉庫を自由に使いたいだけなんだよ。今日を境にカイボー部は、活動を休止するってことさ」

 確かに、桜田は見た限り、いつも一人だった。入部する気は全くなかったが、それはそれで桜田が可哀想に思えてくる。

「カイボー部は、そういう伝統だからな。仕方ないんだよ。マサの兄さんが、カイボー部に所属していた時もそうだった。兄さん達が引退した途端、二年生は自由気ままに倉庫を使いまくった。その名残が、カイボー部の看板の文字が薄くなってるの見ただろ?兄さんが、作った看板を削ったんだよ」

「そんな、いくらなんでも・・」

「伝統行事なんだよ。三年生は引退したら、何も手が出せなくなるのさ。自分達も似たような事を繰り返していたからな」

 そんな話をしていると、上空に何かが音を立てながら、上がって行くのが見えた。

「始まったな」

 藤田が、嬉しそうにそう呟くと、上空に上がった火薬が大きな音を立てながら、空に見事な花を作り上げた。

「「おぉぉぉ!」」

 地面に抑え込まれていた美弥と抑え込んでいた津村は、季節外れの花火に唸り声を上げ、スピーカーからは歯取の声が聞こえ始める。

『さぁ、始まりの合図だ。際は投げられた!今年もいっちょ楽しもうじゃないか!』

 歯取の言葉に、会場は更に盛り上がりを見せ、花火は更に空を飾った。



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